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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第3章 彼方の希望
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第34話 繋がった存在

 

 今、エルシディアの脳内は全く働いていなかった。

 あのスティアと名乗る女は、自分の姓をクラウソラスと。確かにそう言った。


 そんな筈がない。



「フフ、どうされました、二人とも?」

 スティアの笑みがビャクヤとエルシディアを捉える。優しく見えたその瞳は、エルシディアにとってはまるで蛇の睨みに見えた。


 対してビャクヤは、アレンから目を逸らす事が出来ない。目の前に、三度も殺しあった相手がいるのだ。

「何で……何で……!?」

「ここは中立都市だ。アルギネアの人間がいれば、グシオスの人間がいてもおかしくない」

「そういう事です。だから今は(・・)、敵じゃないですよ? 安心して下さって」

「そんな理由で安心なんて出来ないよ!!」

 ビャクヤは思わず声を張り上げた。ティノンは口こそ閉じているものの、敵意の灯った視線を向けている。

 その時、ガチャリという重い音と、誰かの悲鳴が響く。


 エルシディアが、銃口をスティアに向けていた。


「おいエル!?」

 ティノンが咄嗟に銃を取り上げようとする。しかしエルシディアが素早く銃をコッキングレバーを引くのを見てその手を止めた。


 今下手に止めれば、どこに当たるか保証できない。


「あらあら」

 だが当のスティアは笑みを崩さない。いつ命が散るのか分からない状況でなお、エルシディアに優しく語りかけようとする。

「銃を降ろせエル! 街中で撃つ気か!?」

「止める必要なんてないでしょ。彼女の車椅子にあるエンブレムを見れば分かるはず」

「だけど……!」

「フフフフ」

 突如大きく笑い出すスティア。エルシディアはビクリと肩を震わせ、一層銃を握る力を強める。

「何が可笑しいの!?」

「可愛い。本当に愛おしいわエル」

「気安く呼ばないで! 何なの……貴女一体何なの!!」

 明らかに様子がおかしいエルシディアに、ビャクヤとティノンは困惑を隠せなかった。いつもの寡黙な姿は身を潜め、焦燥に囚われている様に見えた。

「おいで、エル」

「来ないで!!」

「フフフフ……だって私達は……」

「嫌……やめて、やめて!! 言わないで!」

 エルシディアの様相が一変し、怯えたような声を発し始めた。手にした銃はカタカタと震え、銃口はスティアを捉えられないほどぶれている。


 やがてスティアの細い指が、エルシディアの頬に這う。蛇が這いずり回るような悪寒が走り、エルシディアは小さく悲鳴を上げた。



「もう一度呼んで頂戴。お姉ちゃん(・・・・・)って……」



 その瞬間、空気を割るような発砲音が走った。銃から噴き出す黒煙が空気を汚す。


 泣き叫ぶ声が何処からか木霊する。その方向には小さな女の子の肩から、紅い鮮血が流れ落ちていた。


 泣き叫ぶ少女と、泣き喚く母親。


「エルッ!?」

「ち、違うの、違う、違う……!!」

 ビャクヤが血相を変えてエルシディアの方を向くと、銃を取り落とし、顔面から血の気が一切失せたエルシディアの姿があった。声はか細く、絞り出すのがやっとだった。


「あらあら、間違えちゃったの? お姉ちゃんがよしよししてあげるから泣かないの」

「離れろ!!」

 ティノンはガタガタと震えるエルシディアを抱き、スティアから引き離す。

 その時僅かだが、スティアの瞳が感情に揺らいだ。

「ビャクヤ、隊長に伝えろ! グシオス軍がここにいる時点でそうすればよかった……少しでも話を聞こうとした私が甘かった!!」

「あら、それは残念。でも、だったら銃を出す前にエルを止めるべきだったわね」

「何……!?」


 見渡すと客の姿は無く、遠くからサイレンの音が響いてくる。

 何が起きたのかも、その原因も、足元の銃と残った血痕を見れば誰でも理解できた。


「あら、大丈夫かしら? アルギネアはここを味方に付けたいのに、これじゃあ不都合ね」

「な……!?」

 静かに微笑むスティアを見て、ティノンは改めて認識出来た。


 この女は、こうなることも想定していたのか。


「ビャクヤ、グリフォビュートに戻るぞ!!」

 ティノンはエルシディアの手を引き、走り去って行った。ビャクヤも慌てて追おうとした時、背後からスティアの声が絡みついてきた。


「もうしばらく預けておくわ。私達の、可愛い妹を、ね」


 エルシディアが自分の妹。

 その意味を考えると同時に、ビャクヤの脳内にいつもの痛みが走る。


 だが今は、考えることをやめられなかった。

 言葉の真意と、あの時の二人の表情を。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「艦長、そろそろ行くんすか?」

「そうだなぁ。グリモアール側から指定された時間まではまだあるんだが、まぁ、あれだ。時間前行動は大事だから」

「ほーん」

 ウェルゼは興味を失ったように相槌を打つ。自分で聞いたくせに、と内心でマックスは不満を漏らした。

「上手くいく確証はあるんすか?」

「確証はない。でも上が言ってきたんだ、上手くいこうがいくまいがやるしかない」

「俺はありますよ、確証」

「そうなのか?」

 ウェルゼが珍しく断定的な意見を持っていることにマックスは驚く。

 しかし、その驚きはすぐに別のものへと変わった。


「交渉は上手くいかないって確証が」


「どういうことだ?」

「結構、 簡単な理屈っすよ」

 ウェルゼは煙草を取り出し、それに火をつけることもせずに指で弄ぶ。その様子は落ち着いていないようだった。


「グリモアールの奴ら、グリフォビュートが入って来ても無反応だったんすよね。普通、自分の国に他国の戦艦が入って来たら少しは警戒するでしょ?」

「それは、アルギネアが事前に私達が来ることを伝えていたから……」

「にしたって戦争しているこのご時世、丸腰でいるわけない。だけどここに機動兵器の影も形もない。……で、俺は捻くれてるからこう考えちまったんです」


 〈艦長! 今すぐにブリッジに来てください!〉

 その時、艦内にリンの声が響き渡った。こんな大事な話の時に何が起きたのかと、放送に耳を傾けると、信じ難いことが告げられた。

 

 〈グシオス軍から退艦勧告が!〉


「な、何故グシオスから……!?」

「……」

 ウェルゼは早々に当たってしまった予感に舌打ちし、ポケットの中の煙草の箱を握り潰した。


 中立とは誰もの味方ではない。誰の味方でもないことだ。

 頭に浮かんだ不吉な言葉を脳内から払い、ウェルゼは格納庫へと走る。


「これは……ちょいと身内も探らなきゃならんかな?」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ご協力に感謝致します、ビグ司令官」

「このぐらい、気にすることはないよ」

 煌びやかな司令室の中、向かい合う二人は互いに礼を交わす。

 ハリッドが向かい合う相手はグリモアール軍総司令官、ビグ・ビッドラー。70を超えてなお、屈強な肉体と威厳溢れる白髭が威圧感を放っている。

「名目上は中立を謳っているグリモアールです。あまり派手な敵対行動をとっては不都合だとは存じあげているのですが……」

「構わんよ。アルギネアの方にはツテがいる。グリモアールと関係を絶って困るのはアルギネアの方だしな」

 グリモアールは様々な地域の物資が集結する、いわば世界の心臓部だ。戦争状態の今、そんな重要な国を切るほどアルギネアに余裕は無い。

 ビグは髭を撫りながら部屋を練り歩く。軍人時代に立てた武勲の証を恍惚の表情で眺める。

「今回はあんたらグシオスがコンマ一秒、交渉が早かった。儂はアルギネアの血だが、考え方はグシオスの方が性に合っていたしな」

「我々からのプレゼントは気に入っていただけたのでしょうか?」

「あぁ! 舞い上がりそうなほどにな!」

 ビグが大きな拳を振り上げ、腹の底から声を上げた。

「中でもハイパワーフレーム、あれは良い! 荒削りな部分もあるが画期的だ!! 君もそう思うだろう?」

「えぇ、そう思います」

「ハッハッハ、そうだろう!!」

 ハリッドの愛想笑いに気づくこともなく、ビグは熱く語り続ける。


 内心ではつまらない男だと、かけらほども話を聞いていないというのに。この男は全く分かっていない。


 するとハリッドの電話に連絡が入った。

「申し訳ありません、連絡が」

「ここでいい。儂に聞かれてまずいことでもなければな」

 ハリッドは一礼し、電話に応じる。

「私だ。ん? スティアか、アレンとのデートはどうし……ほぅ」

 その顔がまるで玩具を貰った子供のように笑う。そしてしばらくの間の後、電話を胸ポケットへしまった。

「ビグ司令、楽しみならば性能をお見せしましょうか?」

「何?」

「思いがけないきっかけが出来ましてね……」

 ニヤリと笑ったその顔から滲んだ狂気に、ビグもつられて笑った。




「フゥゥゥゥゥ!! さっすが天下の中立都市グリモアール!!」

 格納庫内をくねくねと動き回るトリックフェイスに、グリモアールの整備員は奇怪なものを見る眼差しを向ける。

「ふぅっふん、いいですねぇゼファーガノンの装甲の肌触りはっはぁん! 君もそう思わないですか!?」

「え、あ、はぁ……」

 しかし当の本人は御構い無し。整備中の新型に頬ずりしながら近くの整備員に絡む。

「当たり前だよ私が作ったんだから!! ……ってあぁ!? あっちにあるのはグリフィアたぁん!!」

 内股で駆けていくと、今度はグリフィアに頬ずりを始める。

「ふぅっふん、敵だけどぉ、だからこその背徳感がぁ……はっ!? いけないいけない、本業を投げ出すところでしたぁ」

 トリックフェイスは突然態度を変えると、とある機動兵器の前まで移動する。


「ほぅほぅほぅ、フレームはまあまあだね。……装甲は?」

「はい、問題は無いかと。ですがやはり……」

「ふぅっふん、やっぱあれが無いとダメかぁ。全く手のかかる」

 そう言いながらも、トリックフェイスの声に負の色は灯っていない。それどころかまるで楽しむような色さえあった。

 人間の骨格によく似たフレームに手を伸ばし、高らかに笑った。

「大きく大きく、育ってくださいねぇ……クヒヒヒヒヒヒィ!!」



 人型のフレームに、小さく文字が刻まれていた。




 〈EAーAN0001〉



 続く

アレン君が終始無口だったのも、全部スティア姉さんって奴の仕業なんだ。


ということで34話でした。話の落としどころにトリックフェイスを出すのは今後控えます。便利すぎなんだよなぁ、あのキャラ。

ただラストでとんでもないことしでかした彼奴はやはり天才だ。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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