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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第3章 彼方の希望
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第33話 刻まれた邂逅

 〜グリモアール 港〜


 ーー や〜、お疲れさん ーー


 ーー あ〜それはあっちに置いといて ーー


 ーー 違う違う! それはそっちに ーー


「うわぁ……凄い……」

 ビャクヤはただ呆然と一言発する他なかった。


 中立都市であるグリモアールは、アルギネアとグシオス双方の輸送船が駐泊しており、両国の人々の声で満ちていた。

 今、戦争状態であることなど忘れてしまいそうな光景だ。


「相変わらず人がたくさんだね〜」

「相変わらず?」

「あ、そうだった〜。ビャクヤ君に話すの忘れてたね〜」

 まるで懐かしむかのように笑う様子にビャクヤが首を傾げると、エレナは思い出したように続けた。

「私とエリスはね〜、ここの孤児院で育ったんだ〜。ここに帰ってくるのは大分久しぶりだね〜」

「孤児院……ですか」

 あまり踏み込んではいけない話題だと感じ、ビャクヤは話を逸らそうとした。

 だがエレナはビャクヤの背中をポンポンと叩く。柔らかい表情は、気にしなくていいよ、と告げていた。

「今時珍しくないよ〜。アルギネアとグシオスの小競り合いで、戦争孤児は増えて来てるしね〜」

「はぁ……。でも、どうして軍人になったんですか?」

 両親を奪った戦争。ならば憎くて仕方がないはずなのに。

 それを聞いた瞬間、エレナの目がうっすらと開いた。隙間からマリンブルーの輝きが零れだす。


「それしか、生きる方法がなかったからね……」


「? どういう……」

 ビャクヤが追求しようとした瞬間、エレナは何かをビャクヤの顔面に突きつけた。

 それは先ほど甲板で撮られた、エルシディアと横たわっている写真だった。

「うわぁっ!? な、何を……!!」

「このお話はお終い! さもないとこれをティノンとかエリスに送信しちゃうぞ〜」

「わ、分かりましたから早く消して下さい!」

 それを聞いたエレナはニコリと笑うと写真をしまい、手を振りながらグリフォビュートへと戻っていった。


 よく分からない疲労感がビャクヤを襲う。


「ビャクヤ、どうしたんだ?」

 すると艦内から降りてきたティノンに声をかけられる。

 あまりにタイムリーなタイミングだったため、ビャクヤは思わず肩をびくりと震わせた。

「い、いや、別になにも!?」

「そ、そうか……」

 ティノンは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上追求しようとはしなかった。


「ティノンは休憩?」

「ま、まぁ……」

「でも何で艦内じゃなくてここに来たの?」

「それは、うん……」


 先程から様子がおかしい。

 以前の訓練の際もそうだったが、どこか挙動不審なのだ。いつも堂々とした態度故に、それが余計に目立つ。

 何かあったのだろうか。

「な、なあビャクヤ!!」

「ヒッ!?」

 突然声を上げたティノンに対し、ビャクヤは上擦った声を上げる。

「今、暇か?」

「え、あ、うん、暇、だけど」

 ビャクヤは舌がもつれながらも何とか返答する。心臓はまだ落ち着かないらしく、脈が速まっている。


 ティノンは一瞬躊躇うかのように息を呑み、やがて意を決したように言葉を発した。

「なら、一緒にーー」



 と、背後から突然誰かに手を掴まれた。反射的に振り返る。

「……って、エル?」

 コバルトグリーンの瞳が、ビャクヤの白銀の瞳と交錯する。宝石のような色に気を取られていると、袖をグイッと引っ張られる。

「ちょ、ど、どこ行くの!? エル!?」

 ビャクヤがどんなに聞こうと、彼女は歩みを止めない。


「おい待てエル!!」


 心臓に重く響く声が発せられ、ビャクヤのもう片方の手が掴まれた。

 その主は瞼を痙攣させ、エルシディアを睨みつけるティノンだった。

「どこに行くつもりだ、エル?」

「ビャクヤと昼食に行こうと思って」

「先に誘ったのは私だぞ。私が先客だ」

「……そんなこと知らないもの」

「何だと!?」


 険悪になって行く二人の雰囲気。それに比例し、ビャクヤの腕を掴む力も強くなっていく。

「いいから手を離せ!」

「そっちこそ」

「ふ、二人とも、痛いって……イタタ!?」

 悪くなっていく状況と、強まっていく腕を掴む力。ビャクヤの身体と心は、長く持ちそうにはなかった。




「二人とも、そろそろ、さ……」

 晴れた空の下、とあるカフェにて食事を摂ることにしたのだが……。

 エルシディアとティノンの雰囲気は一向に良くならず、今尚睨みあっていた。

「まぁ、仲良く……し、よ」

 ビャクヤは居心地が悪いが、何とか二人の仲を取り持とうとする。


「そうね。こんなくだらない事で」

「それも……そうか……」


 やっと二人は落ち着いたようで、静かに食事を始める。ビャクヤはホッと胸をなでおろし、渇いた喉に水を注ごうとした。

 その時、背中に何かがぶつかる。衝撃で水が変な場所へと入ってしまった。

「うぐふっ!? ゲホッ!!」

 鼻から水を垂らすという間抜けな姿を晒しながらも、ビャクヤは必死に肺から水を追い出そうとする。


 だがぶつかった本人は気づいていないのか、何も言わずにそのまま過ぎ去ろうとしていく。

「ちょっと待て! 謝りもしないのはどういう了見だ!?」

 それに気づいたティノンは声を張り上げて抗議する。

 その相手は車椅子に乗った女性と、それを押す青年だった。


 振り向いた青年は、明らかに敵意が込められた視線をティノンへと送っていた。


 他の客がざわつき始める。エルシディアは青年とティノンを面倒臭そうに一瞥すると、無関係な雰囲気で紅茶に口をつけた。

「何とか言ったらどうだ?」

「ティ、ティノン、あまり騒ぎを起こしたら……」

 煽り文句を放つティノンとは裏腹に、青年は無言だった。

 だがここで、車椅子から女性の声が響いた。


「素直に謝りなさい。そのお嬢さんが言わなければ私が言っていたわ」

「……チッ」

 窘められた青年は小さく舌打ちしただけで、謝意の様子を見せようとはしなかった。

 女性は車椅子を反転させると、ビャクヤへ白いハンカチを差し出した。

「すみません、私の弟がご迷惑をおかけしました」

「あ、いえ、そんなことは……」

 ビャクヤはその女性の顔を見た瞬間、息を飲んだ。

 紫の混じった美しい銀髪と、吸い込まれそうなコバルトグリーンの瞳。優しい声色を聞いただけで脳を揺さぶられる感覚を感じた。

「それでその、この後で厚かましいとは思いますが……よろしければ席、ご一緒して構わないですか? 席が無くて……」

「は、はい、どうぞ」

「ふふ、では失礼します」

 女性は静かに笑う。

 そして女性は青年の方を向くと、同じように微笑みかけた。

「貴方は紅い髪のお嬢さんのところへ」

「……」

 青年は不満そうに俯いていたが、やがて溜息を吐いてティノンの隣へ腰を下ろす。ティノンは少々ムッとした顔をしたが、すぐに視線を外した。

「失礼ですが、お名前は?」

「あ、はい、えっと……」

 ビャクヤは少し詰まりつつも、自己紹介を始めた。

「ビャクヤ……ソウレン・ビャクヤです。そして二人は……」

「ティノン・ハストだ」

「……エルシディア・ゼイト」


 直後、ガタリと椅子が倒れる音が響く。

 音の方向に目を向けた瞬間、ビャクヤの心臓が一気に凍りついた。



「ソウレン・ビャクヤ……エルシディア!?」

 激情に燃えるコバルトグリーンの瞳を、青年が向けていたのだ。



「そうですか。ビャクヤ君、ティノンさん、エルシディアさん……うん、良い名前」

 しかし女性は微笑みを崩さない。

 否、むしろ恍惚のものへと変わっていた。まるで探し求めていた名を見つけたように。

「それでは私達も自己紹介しますね」




「私はスティア。そして弟のアレンです。姓は…………クラウソラス」




 ガシャン、と甲高い音が立つ。


 それはエルシディアが持っていたティーカップが、地面へ衝突した音だった。


「アレン…………!?」

「クラウソラス…………!?」


 ティノンは何故二人の様子が変わったのか理解出来なかった。だが、二人が気づいていないことに彼女は気づいていた。



 スティアと名乗った女性の車椅子に、グシオス軍のエンブレムが刻まれていることに。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「はぁっ!? インプレナブルの複座式を廃止しろだぁ!?」

 ガロットの悲鳴に似た叫びが整備区に木霊する。

 裏腹に、頼んでいる側のウェルゼはヘラヘラ笑っていた。

「何とか頼めないっすかね、親父さん」

「いやいや、まず何でそんなことをする必要があんだよ。今のままでも十分大丈夫だろ」

「インプレナブルはいいんすけどね。ま、ちょっとね」

 ウェルゼは言葉を濁すと、隣にいたエリスの頭に手を置く。


「エリスを、インプレナブルのパイロットから外すことにした」


 ガロットはしばらくウェルゼの言葉を飲み込むのに時間がかかった。

「インプレナブルから……外すだぁ?」

「要するにインプレナブルをエレナ一人で動かせるようにしろってことだよ。本部の整備班と人事班で決定されたことだから、頼むぜ」

「いや、でもよう……」

 ガロットの視線は知らず内にエリスへと向けられる。


「嬢ちゃんは良いのか、それで?」

「……いいも何も、本部の決定ですし……あはは」


 無理をしている事が誰の目にも明らかだった。ガサついた頭を掻き毟り、ガロットは大きく息を吐き出す。

「じゃあ嬢ちゃんはもう戦わねえのかい?」

「さあ? それはエリス次第だぜ」

「本当、責任感のねぇ野郎だ」

 冗談ではなく、本気で毒づくように言うと、ガロットはその場を後にした。

 ウェルゼは少しばかり溜息をつくと、そのまま整備区を後にしようとする。

「ウェルゼさん、あの……!」

「ちょっと煙草吸ってくる。今日はこれで終わりだから、ちゃんと復習しとけよ〜」


 そう言ったウェルゼの手に、煙草は握られていなかった。




 事の始まりは、一週間前の出来事だった。


「ちょっと待って、何だってエリスを……」

「お願いします」

 頭を下げたまま、彼女はただ一言繰り返す。先ほどからウェルゼが理由を尋ねても、エリスをインプレナブルから降ろしてくれの一点張りだ。

「何でだよ……エリスの腕は良かっただろ。何が不満なんだ」

「……お願いします」



 エレナの言葉は、最後まで変わることは無かった。



 続く

修羅場ですな、三重の意味で。


と言うわけで33話でした。ロボット関連の話題すらねぇ! ……と思いきや最後にちょっとやりましたね。

次回は更に話を動かしたいです。動かせる……と信じてます。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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