第31話 望まぬ創造
「レーヴァスの戦いから一週間か」
弾き出される数字は、グシオスが受けた被害状況。
動員した戦力の大半は使い物にならなくなっていることだけは確かだった。
「これからはあまり派手な作戦は立てないよう上層部に報告しておくよ。君達もしばらくゆっくりするよう伝えておいてくれ」
「了解」
画面から目を離したハリッドは、顔半分を包帯で覆ったアレンへ複雑な表情を向ける。
「済まなかったな。君の隊にも甚大な被害をもたらしてしまった。私の力不足が招いたことだ」
「そんなことは……」
「いや、事実だよ。……と、君にこんなことを言っても困らせるだけだな」
空間のモニターを脇へと退かすと、ハリッドはある紙を差し出した。
「これは?」
「休暇届だ。君は休めと言っても素直に休まないからな。勝手ながら出させてもらった」
「……中佐」
「ふふ、ズルかったかな? でも君の姉さんは喜んでいたよ。たまには姉弟で出かけてみたらどうだい?」
部屋を出たアレンは、小さく溜息を吐く。
自分に休んでいる暇はない。あのEAと相打ちになって痛感した己の力不足。それをなんとかしなければならない。
次に会った時は必ず仕留めてみせる。
「アリア……クラウソラス……!!」
その時、カラカラとタイヤの音が背後から迫る。
振り向くとそこには、自らの姉の姿があった。
「アレン、どうしたの?」
「いや、別に……」
「じゃあ機動兵器の格納庫まで連れて行って? 車椅子で行くの、辛いのよ」
「あぁ、うん」
アレンは小さく頷くと、スティアの車椅子を押し始める。
機動兵器の格納庫に、一体何の用事があるのだろうか。
気にはなるものの、それを聞くより先にスティアに話を振られる。
「アレン、お休みもらったんでしょう? ゆっくりして、怪我を早く治してね」
「……早く、戦場に復帰しなきゃならないし、な」
「そうじゃなくて」
スティアは頬を軽く膨らませ、ジトリと睨む。
「今度、姉さんとデートしよう。久しぶりに二人だけで、ね?」
そう言うと、静かに笑った。
自分の姉なのに、締め付けられるような気持ちになる。いや、家族だからなのかもしれない。
「中佐とすればいいものを……」
「ハリッドとは何回かお出かけしてるから心配ないよ。根を詰めすぎるのは良くないわ」
「……」
諦めたように沈黙したアレンを見ると、スティアは「フフッ」と笑いを零した。
そんなことを話していると、いつの間にか格納庫に辿り着いていた。薄暗い空間の中に今は機動兵器の姿は見えない。
だが中心に、見慣れない影があった。
「あれは……?」
「わぁたくしが説明いたしまっしょう!」
背後から妙な声が聞こえたかと思うと、目の前に一人の男が現れた。
その身に黒いロングコートを羽織っており、体型はよく分からない。何故かフルフェイスヘルメットを着けており、顔すらも伺うことは出来ない。
「誰だ、貴様」
「ふぅっふん、私のことはそう、トリックフェイスとでもお呼び下さい」
トリックフェイス、奇術の面と名乗った男は身を翻すと、大仰に両手を振り上げた。
「とぉきぃにぃ! アレン君、君は先の戦いですんばらすぃー戦果を上げてくれたねぇ!」
あまり表情を顔に出さないアレンも、瞼がピクリと震えた。
「皮肉のつもりか?」
「ノンノン、兎に角まぁこれを見たまえよ」
不愉快そうなアレンを余所に、トリックフェイスは天に向かって指をパチンと鳴らした。
「照明、オーン!」
目がくらむような光が辺りを照らす。
そしてそこには、
「これは……」
白銀の腕が横たわっていたのだ。
「そう! あのEAのぉぉぉ……レフトハンドゥ!!」
心当たりはあった。
あの時、ゼロエンドから奪った左腕だ。しかし、いつの間に回収されていたのか。
そんな想いを巡らせ黙り込むアレンとは裏腹に、トリックフェイスは饒舌を振るう。
「ふぅっふん、本当に嬉しいよぉ。君達屍龍隊が交戦したEAの戦闘データもたぁしかに必要だったよ? けどねぇ、実物がなけりゃあ、きついのさ」
「……さっきから、何が言いたいんだ。結論を言え」
「もぉん、いけずだねぇ。まぁ何が言いたいかっていうと……」
トリックフェイスはお辞儀をすると、ヘルメットのバイザーが半分だけ開く。
その口が、ニタリと歪んだ。
「EAの鹵獲はやめです。これがあればEAを作ることは十分可能ですしね」
「なん……だと」
「わぁ、素晴らしい」
絶句するアレンに、賞賛の拍手を贈るスティア。姉弟の反応はまるで違ったが、トリックフェイスは特段気にするような素振りは見せなかった。
「それでぇ、ものは相談な、ん、で、す、が……アレン君、完成したらテストパイロットやってみないですかぁ?」
「……冗談ならまったく笑えないな」
「冗談じゃないですよぉ、私は真剣にーー」
「なら尚更冗談じゃない!!」
アレンはトリックフェイスの胸倉を掴むと、地面へ勢いよく投げ倒した。
「あんな呪われた機体に誰が乗るものか!!奴らは俺達の敵だ、解くべき呪いなんだ!!」
激昂した声を出すアレンを、スティアはただ止めようともせず見守っていた。
まるで弟ではなく、我が子を見るように。
「あぁん、痛い……。さて、それはさておき」
トリックフェイスはわざとらしくヘルメットを撫でる。だがその口は未だ笑っていた。
「今決めろとは言いません。ですがねぇアレン君。これだけは言っておきますよ」
「君は絶対にこの力が欲しくなる。この機体に込められているのは呪いじゃなく……祝福なんですから。キヒヒヒヒヒヒィィァ!!」
病室の戸を開ける。
そこには負傷した兵士達が大勢寝ていた。ブラウンの髪の少女は狭い病室の通り道を歩いていく。
そして、とあるベッドの前で歩を止めた。
「気分はどうかしら? フブキ」
頭と両足を吊り、身体にチューブを通されたフブキがそこにいた。
「んん!! んん、ん!」
必死に何かを訴えようとしているが、下顎の骨が砕けているせいで唸るような声が出るばかり。
だがエリーザには何を言っているのか分かる。
見るな!! 見るな!!
自信家な彼女にとっては屈辱的だ。散々馬鹿にしていたEAに新型を破壊された挙句、こんな無様な姿を一番嫌いな人間に見られているのだから。
「無理しないで。命拾いしただけ幸運だったんだから」
「んん〜!! んんん!!」
「貴女は……はぁ、もう帰るわね」
「んん……!」
エリーザが背を向けると同時に、その声は勢いを失った。彼女はただ、八つ当たりをする相手が欲しかっただけなのだ。
最早苛立ちよりも、悲哀の感情が湧きあがってくる。
レーヴァスでアレンとフブキが機体を失い、今の屍龍隊は大打撃を受けた。
それは今までアレンに頼り切り、自らの力を磨いていなかったツケに違いない。
アレンに、見捨てられてはならない。
「アレンさん……アレンさん……」
呪詛のように愛する人の名を呟くその眼に、光はなかった。
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「いやだいやだぁ!!」
「ミ、ミーシャ、こればっかりは……」
「おじいちゃんまでそんなこと言うのぉ!?絶対ヤダァ!!」
床に寝転び、手足をジタバタさせるミーシャと、それをオロオロしながら宥めるガロット。
何故こうなってしまったのか。それはほんの些細なことだ。
「いい加減にしろミーシャ! 俺がゼロエンドの担当に選ばれたぐらいで騒ぎやがって。ていうかお前だってインプレナブルとファンタズマの担当じゃねえか!」
「私はゼロエンドをやりたかったの!」
「んなこと知るかぁ!!」
いつものベレッタとミーシャの喧嘩。見慣れた光景に他の作業員は苦笑いしながらそれを眺めていた。
「へぇんだ! ベレッタがゼロエンドをカスタムしたってダサくなるもんね! ビャクヤ兄に鼻で笑われちゃえ!」
「おい! テメェの小鼻千切ってやろうか!?」
ミーシャは舌をベェっとしながら走り去っていった。
うるさいのがいなくなったといった様子で、ベレッタはゼロエンドを見上げる。
引き千切られた左腕と右脚は既に予備パーツで修理されている。
「んで、お前はどうやってコイツを着せ替えするんだ?」
「俺なりに纏めてはあるよ」
ベレッタはタブレット端末を起動させると、とある画面をガロットへ見せる。
「ゼロエンドの今までの戦闘データと、ビャクヤのシュミレーションデータだ」
「すんげえ量だな。目がチカチカすらぁ。まさかお前これ全部……?」
「一日中モニター見んのは金輪際ゴメンだ」
話だけでも目が疲れてくるような重労働だ。それでもピンピンしているのは若いからなのか、ベレッタが凄いのか。
「それで分かったことがあった。ビャクヤの戦闘ははっきり言ってピーキーなんだ」
「ピーキー?」
「中距離で撃ち合うか、インファイトか。一応、ミーシャは全領域での戦闘を想定していた……と思いたいが。これは正直カスタムの幾つかを殺しかねない」
「まあ、一理あるな」
「そこでだ」
ベレッタは端末の画面をスワイプする。
そこに現れたのは、各部に新兵装が取り付けられたゼロエンドの姿だった。
「は〜、こいつはまた派手にする予定なんだな」
「これでも戦術的な面を重視したんだぜ? 毎回毎回ボロボロになって帰ってくる奴らなんだから、俺ら整備班もそれなりに考えなきゃならないし」
「ふん、言うようになったな」
ガロットはベレッタの背中をぱしんと叩くと、皺が刻まれた顔をクシャリとさせた。
「別に。当たり前のことじゃねーのか?」
そう言ったベレッタの表情は、満更でもなさそうだった。
続く
ゼロエンド「また……改造されるのか……?」
と言うわけで第31話、そして第三章の始まりでした!
トリックフェイス、かなり重要なので、変態だけど注視しててくださいね。約束だぞ?
それでは皆さん、ありがとうございました!