第27話 突き動かす衝動
未だ格納庫にまで被害が及んでいないのは、敵を抑えてくれている証拠だ。
しかし、伝えられてくる撃墜報告の数を聞く限り、戦況が良いということは決してない。
そしてその中、もう一つの問題が生じていた。
「おい誰だ!? 勝手にマーシフルを持ち出した馬鹿たれはぁ!?」
ガロットの憤慨した声が爆音に負けじと響き渡る。
マーシフルがあった場所には、天井に斬り裂かれた跡があるのみ。整備橋で倒れていたベレッタは気絶しており、事情も聞けない。
調整不足の機体では何が起きても不思議ではない。誰かは分からないが、一刻も早く止めさせなければ。
「ガロットさん、緊急連絡です」
「あぁん!? 今忙しいんだ、無視しろ!!まったく、誰だこんな時に……」
「いや、それがですね……」
駆け寄ってきた整備員は気まずそうに続けた。
「はぁ? 何だと!?」
「ど、どうしますか? やはり断った方が……」
ガロットは考え込む。
いや、本来なら考えるまでもない事だ。しかしガロットには、一蹴する事は出来なかった。
「…………まったくよぉ、年寄りの寿命を縮めるような奴ばっかだな」
瞳には、緋色に輝く機体が映り込んでいた。
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「カイエン、状況はどうだ!?」
「かなり押し込まれています。数は減っているんですが……」
グリフォビュートは現在、港の格納エリアからの援護に徹していた。前線に出れば砲撃に晒されるという、アイズマンの考えを参考にしたためだ。
「レーヴァス第3部隊、通信ロスト!」
「おいおいおいおい、まずいってこりゃあ!!」
リンとビリーの言葉を聞いてなお、マックスの顔に焦りの色は無かった。何かを考えている、いつもの表情のままだ。
「なぁ、アイズマン」
「何でしょう?」
「グリフォビュートは水陸両用艦だったよな?」
「えぇ、確かにそうですが……まさか」
アイズマンの額に汗が浮かぶ。
マックスのその眼には、ワクワクしているような色が見えたためだ。
「グリフォビュートは輸送艦じゃないんだ。引きこもってちゃあ戦況は変わらんだろ!」
「本気で言ってるんですか艦長!?」
砲手のクラウンが引きつった顔で問うと、マックスはニヤリと笑った。
「やってやろう、私達だって彼らに恥じない戦いをしなきゃならん!!」
やれやれと言わんばかりに首を振るアイズマン。他のメンバーも、何処か諦め気味に苦笑していた。
「…………仕方ないですね。これより本艦は敵艦隊へ向けて進行する! 総員、仕掛けるぞ!!」
「お姉ちゃん、グリフォビュートの方から通信。敵艦隊に進行して攻撃を仕掛けるって……」
「うぇ〜マジで? 無茶するなぁ……」
エレナは嘆息する。
グリフォビュートのしんがりを務めようにも、インプレナブルでは役者不足だ。海に浮かぶ艦隊が相手では固定砲台同然。
「エル、グリフォビュートの直掩についてくれる? インプレナブルじゃあキツイかも」
[……了解]
「ごめんね〜。……嫌な顔一つしない所、私好きだよ」
モニターからエルシディアの顔が消えた後、独り言のようにエレナは呟く。
最初の頃は真意が掴めず、何処か不気味だったのだが。
「お姉ちゃん! 港の格納庫に敵が!」
「え、うぁぁ、ヤバイ!!」
見るとそこには、格納庫に向けてバズーカを構えるヴァルダガノンの陰があった。
インプレナブルは上半身を起こし、両腕を展開、EA形態へと変形。
シミット防衛戦の時とは違い、その両腕はガトリング砲に換装されていた。
インプレナブルのキャタピラが唸りを上げて回転。まるで暴れ牛のように猛進する。
「エリス、シートベルト締めてるよね!?」
「ま、待ってお姉ちゃん、ちょっと待って、まさか!!」
「突貫じゃあぁぁぁぁ!!」
「きゃあああああぁぁ!!?」
エレナの雄叫び、そしてエリスの悲鳴と共に、インプレナブルの体当たりがヴァルダガノンに直撃。
装甲の厚いジェイガノンならいざ知らず、細身のヴァルダガノンでは、この超重量の体当たりを受け止められなかった。
グシャリと胴体が潰れ、吹き飛ばされた機体は海へと転落した。
「も、もう、お姉ちゃんの馬鹿!!」
「ドヤァ!! ざっとこんなも……」
だがそのインプレナブルを爆風が襲った。
「ひゃ……!?」
「うわっ!?」
ガクン、と揺れるコクピット。金色の装甲には、黒い痕がこびりついていた。
「あの蒼い奴は取り逃がしたけど……まぁアレは彼女に任せるとして」
赤く光るゴーグルアイが、インプレナブルを捉えている。
「あの戦車もどきは、ここで始末しないとね」
エリーザは発した言葉を実行するように、パイルバンカーのトリガーを引いた。
だがエレナの咄嗟の判断により、インプレナブルをバックさせて直撃を回避。胸部がゴッソリ削られたが、致命傷は免れた。
「どうしようアイツ…………。エリス、スモーク散布して!」
インプレナブルの各部の装甲に隙間が出来ると、そこから煙が一気に噴き出した。みるみる内に、視界を濃い煙に塞がれてしまう。
「面倒な……」
エリーザは舌打ちすると、アルミラージの脚部シリンダーを作動。地面に亀裂が走り、その巨体を空中へ押し上げる。
予想通りだ。
機体から出た煙は、濃い分密度が高い為、上へと上昇しない。
上からはその目立つ機体色がよく見える。
「パイルはリロード中だけど、何とかなるわね」
エリーザは左腕のランチャーを構え、先ほど抉り取った胸部付近を狙う。そこを潰せば、いくら重装甲を持っていようと関係ない。
しかし、予想もしない事が起きた。
煙の中を突き破り、黒い砲塔が姿を見せたのだ。
「なっ!?」
「炸裂弾、装填! 近接信管に設定、敵機ロックオン…………ファイア!!」
高らかに上がったエリスの号令に合わせ、インプレナブルの砲身が火を吹いた。
「くっ、うあぁっ!?」
左腕のランチャーで機体を庇うも大きく体勢を崩し、地面に叩きつけられる。
「何て……無茶苦茶な……はっ!?」
しかし、インプレナブルの攻撃は終わらない。そのままアルミラージを轢き潰そうと猛突してきたのだ。
「これで終わりだよウサギさ……っ!?」
エレナが勝利宣言したその時、倒れていたアルミラージからパイルバンカーが突き出してきた。
胴体を狙ったそれは、不安定な姿勢のせいでインプレナブルの左肩を穿った。
キャタピラがストップする。しかしインプレナブルの左腕は吹き飛ばされることなく、未だ健在。
「さっすがインプレナブル……でも……」
「…………この人、強い」
姉妹は顔も知らぬパイロットに、悪寒を抱いた。
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「主砲、撃てぇい!!」
マックスの号令と共に、グリフォビュートの主砲が発射。
放たれた砲弾はグシオスの輸送艦の横っ腹に命中。黒煙を上げる。
「輸送艦が多いおかげか、意外と善戦できている気がします」
「ほんっと、豆鉄砲みてぇな機銃しか撃ってこねぇしよぉ」
クラウンの言葉に便乗するように、ビリーも表情を緩める。
現状、クラウンの言う通り抵抗が少ない。輸送艦だからと言えば、それまでなのだが。
「おかしいですね。機動兵器をこちらに差し向けませんし……」
「単にこっちに回す兵力が無い……か? 分からん」
マックスとアイズマンは腑に落ちない。敵の作戦ミスか。それならばむしろ幸運なのだが。
「まぁ、今はこのまま維持か。リン、エルシディア少尉に連絡してくれ」
「了解しました。エルシディア少尉…………エルシディア少尉?」
[……敵機発見、前線に出ます]
「え!? あの、少尉!?」
リンが慌てている間に通信は切れてしまう。
「…………機動兵器なんていなくねえか? カイエン、どうよ?」
それを聞いたカイエンはレーダーを確認したが、反応は輸送艦のみ。
「いえ、特にはな……」
ガギャアン!!
直後、何かが破砕する音と共に船体が大きく揺れる。
「ど、どうした!?」
「うぅ……しゅ、主砲一門大破! 何処からか狙撃されたようです!」
「長距離狙撃……まさか!?」
マックスはすぐに思い立った。
ティノンの眼を奪った、あの機動兵器だと。
「ちっ、腰巾着女、遅ぇんだよ……」
フブキはヴォイドオブザーバーのライフルをコッキング。重い排莢音と共に空弾薬が落ちる。
見れば、味方の数も敵の数も少ない。ほとんど消耗戦だ。
こんな終わり際に出撃させたエリーザが憎たらしい。
「だけど、今回は許してあげるよ。最後にとびっきりのご馳走を用意してくれたんだし!!」
再度ライフルを構え直し、サイトの中に獲物を捉える。
発射と同時に撃鉄が撃ち鳴らす音が耳に響く。どんなハードロックよりも耳に来る重い音。
弾丸はグリフォビュートの主砲をまた一つ破壊した。
「キッヒヒヒヒ、次は艦橋だよ〜。さっさと逃げたほうが…………あ?」
ふと、空に煌めく光が目に入る。尾を引く流星のようなそれは、真っ直ぐこちらへ向かって来た。
「狙撃手を発見。これより撃破します」
機械音声のような声の温度。それはマーシフルが抜き放った対艦刀のように冷たかった。
だがマーシフルの腕を、バックパックマニピュレーターが挟み込む。対艦刀はヴォイドオブザーバーには届かなかった。
「今度は青い鳥か……あの赤い鳥のお友達?キャハッ!」
[……趣味の悪い笑い方]
「は? 何この声、誰…………あ、ヤバ」
どうやらいつの間にかオープン回線になっていたらしい。これではだだ漏れだ。
「まあ、いいよね!!」
ヴォイドオブザーバーはサブアームの力を強くしていく。
「これなら直接悲鳴が聞こえるってことだしさっ!」
「…………」
だがそのまま突っ立っているはずがない。マーシフルが脚を大きく振り上げると、足底から鋭いサーベルが突出。
サブアームを切り捨てると、胴体へ蹴り込む。
「ナメんなコラァァァァッ!!」
フブキの叫びと同時に、ヴォイドオブザーバーは体を捻って直撃を回避。
空振りの隙をついて、マーシフルの頭部をライフルで殴りつけた。
「うく……!!」
衝撃で頭がぐらついた。目の前が揺れる。
「くたばれ!!」
ヴォイドオブザーバーはライフルを突きつける。
「……っ」
しかしマーシフルは右腕装甲からナイフを射出。ライフルを支える左肩に咬みつく。
照準がずれた一射は、マーシフルの脇腹を掠めただけだった。
マーシフルはその隙に変形。水を跳ね上げ、再び天高く舞い上がった。
「クソがっ! 手こずらせやがって!」
フブキは少女らしからぬ、歪みきった顔で睨む。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。自分の思い通りにいかないなんて。
「お前も赤い奴と一緒にしてやるよぉ! キャッハハハハハ!!」
「………………殺す」
エルシディアは少女らしからぬ、熱のない瞳で見つめた。
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真っ白な病室の中では、その出で立ちがよく目立つ。
無音の病室の中では、しっかり踏み出す足音がよく響く。
「……君も分かっているとは思うが、本来はまだ戦える状態じゃない。これだけは言わせてもらうよ。私も一応医者なんでね」
白髪の混じった男が自虐のように笑う。普段の自分の所業を知っていればこそだ。
「地下通路を使うから途中で爆死するこたぁないだろう。では行ってらっしゃい」
「…………あぁ」
彼女は微笑む。
「世界が、見える……」
続く
またしても主人公、出番無し!!
というわけで27話でした。
皆さんはどちらが怖いですかね。エルシディアの様に静かに「殺す」と言われるか。はたまたフブキの様に口汚く罵られるか。
あ、人によってはむしろ気持ちい(ry
それでは皆さん、ありがとうございました!