第26話 天を駆る隼
「港の部隊は上手く引きつけてくれているようだな」
市街地前、ハリッド率いる別動隊は侵攻を開始していた。
読み通りほとんどの部隊は港に集結しており、おかげで呆気なく防衛線を突破。
[ここまで来ると、逆に不安ですね]
「あぁ、まだ何かあるかもしれない。索敵は怠るな」
[了解]
進軍を開始した数機を、ハリッドは見送る。
と、その中に紛れていたアレンのジオ・ギルファに目を留めた。
「アレン、君は行くな。何があるかまだ分からんからな」
「……全くこの人は」
スティアのこともあるのだろうが、過保護が過ぎる。いい加減にして欲しいとまで思ってきた。
「静かすぎるんだ。何か違和感を感じる。下手に先行しすぎると……」
ズガァァァァアン
鼓膜を叩く爆音と共に、前方から黒煙が上がる。
[中佐! 先行した一機が大破! 砲撃もないのに何故……!?]
「……こうなるってことだ」
ハリッドは苦笑した。
「……うし、一機撃破」
建物の影に、ファンタズマの姿があった。
その背にある円板状の特殊工作兵器、「ガーズ」を用いて街の各所にトラップを仕掛けていたのだが、上手くいったようだ。
「とはいえ、あの数を一人じゃなぁ……」
ウェルゼは嘆息する。残念なことに、ファンタズマ単騎の戦闘力は決して高くない。
増援が来るまで、ちまちまと片付ける他ないのだ。
「こんな時ティノンが……っていけねえ」
ティノンに頼りっぱなしではいけない。
彼女がいない今、彼女の帰る場所を守らねばならない。
この危機でこそ、隊長である自分が踏ん張らねばならないのだ。
「例え実家があれでも、特務隊くらいは俺が守っといてやる」
いつでも帰れる場所を。
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「一か八かだ!」
囲まれた状況下、ビャクヤは覚悟を決めた。
両肩のミサイルをアルミラージへ向けて発射。
「くっ、悪足掻きをしたって……なっ!?」
ミサイルに気を取られた一瞬だった。ゼロエンドは跳ね起き、アルミラージへ手を伸ばしてきたのだ。
アルミラージは咄嗟にパイルバンカーを射出、続けて周りのヴァルダガノンもマシンガンを撃ち放つ。
だがパイルバンカーはゼロエンドの右ヒートライフルを撃ち抜いただけだ。
ゼロエンドはアルミラージの頭をつかみ、それを軸にして前方に我が身を投げた。
「よし、上手くいった!!」
包囲網を脱した。
「抜けられたっ!? だけど!」
エリーザはすぐさま反転、左腕のミサイルランチャーを構える。
「牽制している間に回り込め!」
エリーザの指示に従い、ヴァルダガノンがゼロエンドに迫る。
ゼロエンドの肩から機銃が火を吹く。しかしヴァルダガノンは止まることはない。
「どうする……どうする!?」
焦りがビャクヤに襲いかかる。冷静な思考にストップがかかり、判断が追いつかなくなった。
小型ミサイルがゼロエンドの頭部を直撃。フェイスガードにヒビが入り、大きく仰け反る。
その隙を逃さず、ヴァルダガノンがヒートアックスを振りかざした。
「しまっ……!?」
ズシャッ
金属が裂ける、不快な音。
だがそれは、ゼロエンドが発したものではなかった。
「あ……れは……?」
ヴァルダガノンのコクピットに刃を突き立てる、蒼色の機体がそこにあった。
流麗ながらも刺々しいシルエット、ホワイトのツインアイ、腰のサイドスカートアーマーから覗くバーニア。背には雄々しくも美しい4枚のウイング。
まるでその出で立ちは、戦乙女の様だった。
「4号機!?」
ビャクヤは驚愕の声を発する。ベレッタからは、まだ各所の調整が終わっていないと聞いていた。
だとしたら、一体誰が乗っているのだろうか。
「また新型か! 次から次へと厄介なものを!!」
エリーザはしばし呆気にとられていたが、やっかみを払うように頭を振るとアルミラージのミサイルを発射する。
しかし蒼い機体は止まり木を離れるようにゆらりと浮遊。
機体をひねるようにして、その身を飛行形態へと変形。
直後、急加速した。
尾を引くアフターバーナーが流星のように輝く。
その速度はミサイルを振り切るほどだった。
「あの速度……あれじゃあパイロットが持たない!」
ビャクヤは急ぎ通信を4号機へと繋ぐ。
だがモニターに現れた人物を見た瞬間、ビャクヤは絶句した。
「どうして……」
胸を圧迫するG。視界が揺らぐ速度。
普通の人間ならば不快感を催すそれらが、エルシディアにとってこの上ない快感だった。
「動きが止まった敵を狙う、かな。……ついておいで、マーシフル」
マーシフルは空中で反転。地表のヴァルダガノン目掛けて急加速する。
「来るぞ!!」
ヴァルダガノンは撃ち落とそうと、マシンガンを撃って弾幕を貼る。
しかしマーシフルは全てを舞うように躱し、一気に懐へ飛び込む。
そのまま人型へ急速に変形。対艦刀二振りを抜き放ち、
回転しながらヴァルダガノンを斬り裂いた。
「お、おい! 応答し……ゲボァ!?」
マーシフルはその速度を殺す事なく、立て続けに3機を斬り捨てた。
やがて地面へ着地。火花を散らしながら、地面に足を突き立ててブレーキをかける。
「っ!? ゲホッ!!」
急に変形したせいで身体に負担が掛かってしまった。ヘルメット内部で吐血し、視界が真っ赤に染まる。
「動きが止まったぞ! 挟みこめ!」
その一瞬に、ジェイガノンとヴァルダガノンが躍りかかる。
エルシディアは急いで場を離脱しようとするが、またしても咳き込む。避けられない。
「せやぁっ!」
ゼロエンドは背中にあったストレナを投擲。飛翔した槍は、ヴァルダガノンの腹部を深く貫いた。
「ビャクヤ……!」
エルシディアは刹那、ヴァルダガノンからストレナをすぐさま引き抜き、目の前のジェイガノンを薙ぎ払った。
分厚い装甲に阻まれ致命傷には至らなかった。
が、背後からの援護射撃により、その身は無残に砕け散った。
インプレナブルの砲身から、一筋の白煙が上っていた。
「ありがとう、エリス、エレナ」
[合点! 礼はビャクヤ君とエリスに言いなよぅ!]
[ビャクヤさんのフォローもあったからですよ]
「エル……」
ビャクヤは心配が拭えない。ヘルメットを濡らす赤い液。
やはり調整が間に合っていないのだ。
「無茶しないでよ! エルまで怪我したら……」
「今度は、私が……」
「え?」
ヘルメットを脱ぎ、その美しい顔が露わになる。
「港側は任せて。貴方は市街地に」
「でも……」
「大丈夫」
するとゆっくりと、どこかぎこちなく、エルシディアは微笑んだ。
ビャクヤは、もうそれ以上言えなくなってしまった。
「…………約束だよ」
ゼロエンドは踵を返すと、市街地へ向かった。
「うん……約束」
憂う様な、どこか嬉しそうな。
「ち、ちょっと〜、お二人さん?」
「ど、どうしたんだろうね……?」
見たことのないエルシディアの表情を見て、エレナとエリスは首を傾げた。
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敵の無線機から拾った情報を頼りに、罠を仕掛けながら逃げ隠れする。
だがだからこそ、見えない恐怖を敵に植え付けることが出来る。
[クソ、何処にいるんだ! ……うわ、ぁぁぁぁっ!!?]
[もう限界です! ハリッド中佐、建物を破壊してあぶり出すしか……]
「それはダメだ」
ハリッドは頑としてその要求を呑まない。
その理由は至極簡単。
自分の美学に反する、それだけだ。
[ですがこのままでは何時まで経っても敵が……]
「……はぁ。全機、その場を動くな。私が仕掛ける」
そういうと、ハリッドは操縦桿を握る。ゲオルガイアスは欠伸をするかのように排熱し、両肩のブースターを用いて市街地へ繰り出した。
「おっとデカ物が動き出した。進路は……よし、罠の方に行ってる」
ウェルゼはガーズから受け取ったデータを確認すると、ファンタズマのステルス装甲を起動。まるで透明人間のように空間に溶け込む。
「姿が見えない。おまけにレーダーに反応無し……厄介な」
ハリッドは顔をしかめる。見えない敵、幽霊とでも戦っている気分だ。
カツン
小さい何かがぶつかる音がした刹那だった。
ゴォォォォォォ
モニターを埋め尽くす爆炎。
「クッ、まさか……機雷っ!?」
ゲオルガイアスの分厚い装甲は炎を物ともしない。
しかし、それはあくまで前菜に過ぎなかった。
「あばよ、デカ物さん」
爆炎を突き抜けてきたナイフが、ゲオルガイアスの胴体に突き刺さった。
「この感覚は入った! 決まったぜ!」
ウェルゼは小さくガッツポーズ。いくら図体がでかく装甲が厚くとも、コクピットを突けばそれも無意味だ。
だが、その考えはハズレだった。
突如ゲオルガイアスの装甲が爆裂、ナイフ諸共ファンタズマを押し返した。
爆発の衝撃で、ステルスが切れてしまった。
「何だとっ!?」
「……残念、作戦としては完璧だがね」
ウェルゼは見た。その装甲に貼り付けられた、小さな板を。
「炸裂装甲かよ、面倒臭ぇな!」
「なるほど、そこにいたか」
ゲオルガイアスは腰からハンドバズーカを取り出し、発射。炸裂装甲の反動で動けないファンタズマの左肩に弾頭が直撃。
弾け飛んだ装甲からフレームが顔をのぞかせた。
猛攻は止まない。ゲオルガイアスはその右腕でファンタズマの頭を掴み、残る左腕で胸部を殴りつけようとする。
「いい加減にしろよ……っと!」
ウェルゼはファンタズマの脚を振り上げ、ゲオルガイアスの左肩を蹴って脱出。
「ほう、中々」
距離を取るファンタズマに対して、ゲオルガイアスは再びハンドバズーカを向ける。
しかし、ハンドバズーカに何か見えない力が働く。
「んっ!?」
不意を突かれたハリッドは、ハンドバズーカを離してしまう。
左腕を突き出していたファンタズマが、それをキャッチした。
よく見ると細い線がハンドバズーカを捉えている。
「ワイヤーか」
「いい武器持ってんじゃないか。こいつでその分厚い装甲吹っ飛ばしてやんぜ!」
その砲身を元の持ち主であるゲオルガイアスへ突き出す。
トリガーに指を掛けた時だった。
ビィィィ ビィィィ
鳴り響く警告音に、ウェルゼは反射的にレーダーを見る。
「ふふ、ナイスフォローだ、アレン」
ファンタズマが振り向こうとした時、鈍色の刃がその手甲を貫いた。
「しまった!?」
「出しゃばりすぎたな、工作兵」
ジオ・ギルファのゴーグルアイが、睨みつけるようにギラリと光った。
そのまま残る腕に携えた刀を、ファンタズマの頭部へ振り下ろした。
だが、その凶刃を受け止めたのはファンタズマではなかった。
「ゼロエンド!? ビャクヤか!」
「……またお前かっ!? 銀色のEA!!」
ゼロエンドとジオ・ギルファ。
ビャクヤとアレン。
両雄が再び、巡り合った。
続く
〜一方その頃〜
フブキ「しゅーつーげーきー!! まだー!?」
というわけで26話でした。来たぞ、人殺しロボット、マーシフル・リッパー! 自身のパイロットをも苦しめる諸刃の剣!
次回は、遂にあの人が……?
それでは皆さん、ありがとうございました!