表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第2章 Pride of Ace
30/120

第25話 背水

 その手に握られていたのは、お弁当。


 エリスはただ一人、朝の廊下を歩いていた。これで何回目なのかはよく覚えていない。だが、せめてもの思いだった。



 医務室の利用者名の中に、



 ティノン・ハストの名は無かった。



「ティノンさん……? いったいどこに……」

 エリスは立ち尽くすより他はなく、呆然としていた。

 しかしそれもすぐに終わりを告げることとなる。



 グリフォビュート内に響くサイレンの音。

 敵の来襲。

「…………ごめんなさい。私、行ってきます」

 エリスは弁当をぎゅっと抱きしめると、その場を後にした。





「まさか本当に来るとはなぁ……」

 格納庫の整備橋に、一筋の煙が上がる。疲れたような溜息と共に吐き出された煙草の煙は、港からの潮風に乗って何処かへ飛び去っていった。



 あの日デイレックの言ったことは、二週間後の今、現実となったのだった。



 と、ウェルゼの隣に歩み寄ってくる人影。筋骨隆々な老人だ。

「格納庫で煙草はやめとけ」

「おやじさん……悪かったよ」

 ガロットの忠告を聞き、ウェルゼは煙草を携帯灰皿へ放り込む。

「なんだお前……嫌なことでもあったか?」

「今起きてるだろ。敵襲っていう、とびきり嫌なことが」

「あぁ、まぁ、そうか」

「さて、俺、先に出撃しなきゃいけないからこれで。よろしく頼むぜ」

 そのまま、彼はEA、ファンタズマの元へ歩いていく。


 ガロットは心の何処かにある不安を拭えずにいた。

「あいつ、大丈夫かね……」



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「早いな、もういたか」

 ハリッドは、格納ブロックにいたアレンに声をかけた。

 振り向いたアレンの顔は、相変わらず無表情のままだった。長い付き合いになるが、未だに表情らしい表情をみせたことはない。

「出撃まで、まだ少しあるんじゃないのか?」

「……いや、その…………」

「そんなにあの銀色の機動兵器が気になるのか」

 ハリッドが口にしたその言葉を聞いた途端、アレンの表情が一変した。いつもの無表情とは違う、複雑な、様々な感情が入り混じったものだ。

「アレン……?」

「……いいえ、そういうことでは」

 その表情は束の間のものだった。


 すると、キリキリというタイヤが転がる音が二人の耳に入る。

「アレン、ハリッド、もう行くの?」

「あぁ、スティア」

「……少佐」

 紫混じりの銀髪の隙間から、美しい瞳が二人を見つめていた。

 スティアはゆっくり彼らに近づくと、それぞれの手に、自らの手を乗せた。

「気をつけて、行ってらっしゃい」

「フフ、了解」

「……了解しました、少佐」

「アレン!」

 スティアは頬を膨らませる。普段の妖艶さがなりを潜め、今はあどけなさが露わとなっていた。

 そして姉弟だからこそ、スティアの行動の真意が分かる。

「……姉さん」

「よろしい」

 その笑顔が、アレンの心を絞めつけた。



「えぇ〜、私は待機〜!?」

 ヴォイドオブザーバーの中から悲鳴のような声が響いた。声の主であるフブキは、コクピットのあちこちをガンガン殴ったり蹴ったりを繰り返していた。

 最早まともに取り合うのも面倒になり、エリーザは作戦内容の確認を行う。


 七割の戦力が港を攻撃し、そちらに注意が向いているうちに残りの戦力が市街地へと侵攻するらしい。そのため、エリーザは艦隊から出撃して直接港へ乗り込み、フブキは艦隊で待機しつつ、必要があれば狙撃することとなったのだが……。


「残りの三割はアレンさんとハリッド中佐達か……」

 正直な話、エリーザの心中は不安でいっぱいだった。アレンの腕を疑っているわけでは決してない。だからと言って心配しないことなど出来ないのだ。


[エリーザ中尉、出撃準備が完了いたしました。いつでも行けます]

「了解。カウント30の後、発進します。カタパルトへセットお願いします」

 いつまでも悩んでいるわけにはいかない。

 今は、自分の任務を確実にこなせばいい。


 それが、アレンの為に出来ることなのだから。


[カウント15、カタパルトへ接続完了。カタパルト電圧上昇、5カウントにて出撃できます]



 アレンの力にならなければ、自分に価値など無いのだから。


[5カウント。出撃どうぞ]

「了解、エリーザ・べネトレイ、アルミラージ、発艦します!!」

 カウント0と共に、アルミラージがカタパルトから射出。そのまま、円板状のホバー移動ユニット「スライダー」に搭乗。


 既に大量の機体が、レーヴァスの港へと向かっていた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「おおーい、ビャクヤ、急げ〜っ!!」

「すみません!」

 慌ただしくなりつつある格納庫。


 ビャクヤは急ぎゼロエンドのコクピットへ飛び乗る。

 コクピットモニターが起動すると、ベレッタから通信が入る。

[今回のゼロエンドも砲撃戦重視だ。なるべく港に敵を近づけないでくれよ。先にインプレナブルとファンタズマが出ている]

「分かりました」


 武装を見てみる。バックパックの狙撃ヒートライフル二丁に、両肩にはミサイルポッド、大型マシンガンは一つ。銃身の下部にはグレネードランチャーが取り付けられている。


「凄いな……これだけ搭載してるのにオーバーウェイトしていない」

[よし、ゼロエンドを出すぞ! ラッチを外せ!]

 ベレッタの声掛けと共に、ゼロエンドを縛る枷が外された。


(ティノン……君の戦いの邪魔は絶対させないから)

 レーヴァスの中心にある病院で手術を受けているティノンに、心の中で誓う。


 この約束は、絶対に守ってみせる。


[いいぞビャクヤ、行ったれ!!]

「了解、ソウレン・ビャクヤ、行きます!」


 カタパルトは港には無いため、ゼロエンドのスラスターを吹かして出撃。風を巻き上げ、港の外へ飛び出した。




 港の海には、既に十数機のグシオスの機動兵器が向かってきていた。スライダーに乗りながらも、何機かは銃撃を港へ送っている。


「もうこんなに……」

 このままでは市街地に進入されるのも時間の問題。

 ゼロエンドの背中のヒートライフルのバレルが伸長。二つを腰に構え、ビャクヤも砲撃に参加する。

 港側の固定砲やグリフィア、インプレナブルの砲撃は大多数の敵機を打ち落としているが、何機かは厚い弾幕をすり抜けて港へ上陸した。


「しまった!? エリス、ビャクヤ君に連絡して!」

「分かった! ビャクヤさん、港に何機か上陸しました。海側は私達がやります、なのでビャクヤさんはそれらの迎撃を!!」


「了解!」

 ビャクヤはヒートライフルをしまい、敵を補足する。

「敵はヴァルダガノン2機にジェイガノン1機……何とかする!」

 マシンガンをジェイガノンへ向けて発砲。装甲が厚い分、機動性が低いため、当てる事自体は容易だ。


  ビャクヤは、思い出す。


「狙って、トリガーを引く。これを正確に。それだけだ」


 マシンガンの弾丸は、ジェイガノンの僅かな装甲の隙間から覗く関節を正確に撃ち抜いていた。


 ジェイガノンはまるで軟体生物のようにグニャリと崩折れ、爆炎もあげずに機能を停止した。

「馬鹿な!? ジェイガノンをこうも簡単に!」

「おい、気を取られ……」

 もう一人のパイロットの勧告も虚しく、ゼロエンドのグレネードランチャーがヴァルダガノンの胴体を直撃。装甲を砕き、その爆炎はエンジンを焼き尽くした。

「ぐぉぉ……き、貴様……」

 残ったヴァルダガノンはZ.Kを引き抜くと、ゼロエンドめがけて突き出した。


 ビャクヤは、思い出す。


「動きを見ろ、余計に守ろうとするな」

 Z.Kを半身になって避け、ヴァルダガノンの右腕を掴む。

「なにっ!? こいつ……ヒィッ!?」

 パイロットの目の前には、マシンガンの銃口が向けられていた。

「…………」


 ーービャクヤ、情けは兵士にとってーー


 最大の侮辱。

 ビャクヤはマシンガンのトリガーを力一杯引き絞った。

 穴だらけになって倒れこんだヴァルダガノンを見て、ビャクヤは呟いた。

「分かってる、アリア……分かってるけど……」


 その時、警告アラームが鳴り響く。

 方向は……


「上っ!?」


 この時、反射的に後ろへ飛び退いていなければ、ゼロエンドは串刺しになっていただろう。

 地面を轟音と共に穿ったのは、鉄杭だった。


「アレは……あの時の機動兵器だな!?」

 エリーザは怨恨が込められた言葉を吐き捨てた。

 頭部から突き出た二本のロングブレードアンテナ、逆関節の脚部、右腕のランチャーから先程のパイルバンカーが巻き戻っていく。左腕にも、よく似たランチャーが取り付けられている。

 その姿はまるで、一角を持つ殺人ウサギそのものだった。


「また新型か! こんな時にーー」

[特務隊機! 援護する!]

 そこに、一機のグリフィアがアルミラージへ接近する。

「後ろがガラ空きだぜ、このやーー」


 と、アルミラージが左腕のランチャーからミサイルを発射。

 そのうちの一発が足元へ直撃。


 よろけたところへ、すぐさまパイルバンカーが撃ち込まれた。

 一瞬動きを止めたグリフィアは、そのまま爆発四散した。

「そんな……クッ!」

 味方の撃墜を気にする余裕などない。アルミラージからはすかさずミサイルと機銃が発射される。

 更に、港へ四機のジェイガノンが辿り着く。



 そして事態は、最悪な方向へ向かいつつあった。



[全機、通信繋がってるな!?]

「ウェルゼ隊長!?」

 鬼気迫る声が通信機から鳴り響く。


[まずい事になった……敵の増援が市街地に来てる!]

「っ!!?」

[おそらく港の部隊は囮。本命は少ない戦力でガラ空きの市街地を墜とすつもりだ。今俺が向かっているが、一機でこなす自信は無い! 誰かこっちに向かえる奴はいるか!?]

「でも、このままじゃあ……!!」


 市街地を墜とされたら終わり。だが、戦力を港から割けば、間違いなく港が制圧されて挟み撃ちにされる。



 絶望。その一言に尽きる状況だ。



「ここで墜とさせてもらうわ!」

 通信に気を取られているゼロエンドに、アルミラージは一気に跳躍。脚のシリンダーが蒸気を吹きながら天を舞う。

 パイルバンカーが、ランチャーに巻き戻っている。


「やらせるかぁっ!!」

 ビャクヤはヒートライフルを展開。空中のアルミラージへ強力な榴弾を撃った。


 弾丸はアルミラージの左肩に直撃。体勢を崩した状態で放たれた鉄杭はゼロエンドの左足の甲を貫いた。


「外した!? でもまだ終わってない!」

 エリーザは空中で体勢を整えると、ランチャーを振り上げながらゼロエンドへ落下。そのまま殴りつける。

 ビャクヤも両手を交差して防御。しかし、これで胴体の守りが薄くなる。

「やっぱり、こういう所が素人なのよっ!!」

 アルミラージが右足をゼロエンドの胴に押し当てると、そのままシリンダーを作動。


 巨体を押し上げる爆発力が、ゼロエンドを吹き飛ばした。


 凄まじい衝撃。そのままゼロエンドは鉄塔へ打ちのめされた。

「ウグッ!!」

 コクピットにもそれは伝わり、ビャクヤは胃酸を吐きそうになる。

 急ぎゼロエンドを立ち上がらせようする。


 しかし、すでに目の前にアルミラージが迫っていた。更に数機のヴァルダガノンにも取り囲まれる。


 どうあがいても、絶望。


「どう……したら……!」


 ゆっくりと、右腕のパイルバンカーが突きつけられた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 カツン、カツン


 騒がしい格納庫内では、足音すらかき消される。

 ゆっくりと、しかし隠れることなく、近づいていく。


 カツン、カツン


 外で爆音が響き、また足音が消える。



 蒼い機体が、目の前に迫る。


「お、おい少尉!」

 と、後ろから声がかけられる。振り向かずとも、声だけでベレッタだと分かる。

「まだ4号機は調整が終わってない。出来たら呼ぶから待機して……」

 しかし聞く耳は持たない。白く細い指を機体に這わすと、受け入れるようにコクピットを開いた。

「少尉! 待てってーーうっ!?」

 肩を掴んだ瞬間、突き出された肘がベレッタの腹に刺さる。

 その場にうずくまった隙をつき、コクピットへ乗り込む。



「……さあ、行こうか。マーシフル」



 ツインアイが、白色の光を放った。


 続く

漢のロマン、パイルバンカー!(ただし乗っているのは女の子)


という訳で、25話でした。パイルバンカーは即死技なイメージがある少尉であります。アーマードコアのやり過ぎかな?

次回はとうとう、4号機の登場です。


それでは皆さん、ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ