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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第2章 Pride of Ace
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第23話 取り戻す

〜グシオス領 エクスガル グシオス軍本部〜


「フッフフ、やはり、か」

 デスクに表示された文字列を見て、ハリッドは思わず笑ってしまった。


 〈貴殿らの要求には、残念ながら応じることが出来ない。というのも、EAについての詳しいデータは我々も解析が出来ておらずーー〉


 実に素晴らしい、百点満点なシラの切り方だ。

 自社の開発した機動兵器のデータが、無い。こんなものを見て笑わない者がどこにいようか。

「ハリッド中佐、いかがでしたか?」

 ハリッドのすぐ横に、車椅子に乗った人影がゆっくりと近づいてくる。わざとらしい敬語から、誰かは分かっていた。

 その白く小さな手がハリッドの頬に優しく触れる。

「フラれたよ。見え見えの嘘つかれて、こっぴどく」

「ごめんなさい。私がもっと……」

「いいや、スティアは十分頑張ったよ。ありがとう」

 そして椅子から立ち上がると、そっとスティアに口づけする。

「ん………………」

 少し長いキスの後、ハリッドは彼女の頭を胸に抱く。

「……どうするの?」

「私が報告すれば、きっと強行奪取するように上は言うだろうね。……あまり理想的な形では無いが……」

「そう……またアレン達に、無理させちゃうな」

「いいや、彼らだけに任せるわけにはいかないね」

「……?」

 スティアが見上げたハリッドの表情は、獲物を見つけたかのように鋭かった。

「私も出るよ。あの機体(・・・・)も仕上がっているだろうしね」

「へぇ、意外。どうしたの?」

「いや、まあね。気に入らないのさ。どっちつかずのコウモリさんは」





 アレンは機動兵器格納庫の中を静かに見渡していた。

 自らの機体、ジオ・ギルファは、変わらぬ姿で立っている。

 その隣にはエリーザの機体、アルミラージが。その更に隣にはフブキのヴォイドオブザーバーが。



 しかしその近くに、見慣れない機体の姿があった。

 ヴァルダガノンをベースにしているようだが、その面影はほとんどない。

 両肩に設置された四基の大型ブースター。異様にせり出した胸部は、外側にリアクティブアーマーがある増加装甲によるものだ。

 何より一層目を引くのは、バックパックにマウントされた大剣と、左手の大型シールドだった。



「あれは……」

「HF-HCAR、機体コードはゲオルガイアス。整備員によると、ハリッド中佐の専用機だそうで」

 アレンに歩み寄って説明したのは、キーレイだった。

「中佐の……」

「はい、何でも今回は中佐自ら出撃なさるとか。…………大人しくハスト社がデータを渡していれば、こんな無駄な戦闘は……」

「随分、気に入らない様子だな」

 それを聞くと、キーレイは音を立てるほどに歯を食い縛る。その表情に、いつもの冷静さは皆無だった。

「この作戦はハスト社のある街……レーヴァスを巻き込んだ市街地戦になりますからね。無関係な市民とデータの重さすら測れないのか、デイレック・ハスト……!!」

「…………少し、違うな」

「……はい?」

 アレンはそれ以上言おうとはせず、格納庫を去っていった。

 違う、とはどういう意味なのか。


「貴方は、人の命の方が軽いと……そう思っているのですか……アレン大尉?」


 戦場では、真っ当な心でい続けることは不可能に近い。それはキーレイも知らないわけではない。



「だけど僕は…………人間の心を、失いたくないんだ」

 キーレイは小さく呟いた。

 誰に言ったわけではない。


 自分自身に、言ったのだ。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 暗く静まり返った部屋の中。

 グリフォビュートの中にあるエルシディアの部屋は今、大量の本や資料で埋め尽くされていた。いずれも、医学に関するものばかりだ。


「…………これなら、きっと」

 無音の空間に、微かな声が響く。



 確信、そして、狂気を帯びた、コバルトグリーンの瞳が濡れたような輝きを放つ。



「ティノン……」


 開かれていたパソコンにあったブラウザは二つあった。


 一つは、エルシディアも参加しているアクトニウム研究施設の、とある人物の連絡先。

 そして二つ目には、こう書かれていた。




 〈バイオレストア手術についての、調査報告書〉




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 医務室の扉は、今なお固く閉ざされたまま。

 あの日から三日間、ずっとだ。


 そしてその三日間、絶えず面会を求める人物がいた。

「…………」

「今日も、ダメだったね。……戻ろうか」

「……うん」

 エリスの手を、エレナは優しく引く。


 ティノンとエリスに起きた事件については既にエレナは知っている。だが、それについてはエリスに話していない。



 三日前から様子がおかしかったのだが、エリスは聞いてもはぐらかすばかりだった。

 そこでグレッグに尋ね、真相を知った。


 確かにエリスは悪くない。しかしエレナには、ティノンを責めることは出来なかった。


 彼女にとって、今はどんな言葉も凶器そのものだ。エリスの、いや、みんなの何気ない笑いや一言さえ、彼女の心にヒビを入れる。

 今はゆっくり、彼女が落ち着くのを待つしかない。



「お姉ちゃん、今日はエリスのご飯が食べたいな〜」

「……うん」

「……元気、出して? エリスが暗い顔しても、仕方ないんだから」

「分かって、る。だから、毎日来るよ。いつか、会ってくれる」

「そ〜そ〜。そんな元気なエリスが大好き。さ、ご飯食べ……」



 すると、廊下の奥から誰かの足音が聞こえてくる。


 エルシディアだった。が、様子がおかしい。目には一切の光が感じられず、いつも以上に無機質な印象だ。

「エ、エルさん? どうしたん……」

 エリスの呼びかけにも応えず、二人の横を通り過ぎていった。


「ど、どうしたのかな、エルさん」

「…………」

「お姉ちゃん?」

「ん〜? 何でもないよ」


 エレナは内心、穏やかではなかった。


(何をする気なの……エル……!?)





 案の定、医務室にはロックがかけられていた。本来なら、この扉を開けることが出来るのは、パスワードを知る船医だけだ。

 しかし、エルシディアは小さなデバイスを挿入。そして迷うことなくパスワードを入力していく。


 この程度のセキュリティ解除は、調べれば素人でも出来る。




 医務室の中は静まり返っていた。グレッグの姿も見当たらない。

 奥へと進んでいくと、緋色の長い髪が視界の中に映えた。

「…………誰だ、そこにいるのは」

 その声は生気がなかった。見るとその頬はやつれており、髪も艶がなくバサバサになっている。



 生きながらにして、死人のようだった。



「話があるの」

「…………あぁ、その声はエルか。どうやって入ったのかは知らないが、今更、何の話だ」

 その言葉には、笑うような響きがあった。

 こんなところまでわざわざ来たエルシディアを嘲ったのか。

 あるいは疲れ切り、もう怒り叫ぶのも馬鹿らしくなったのだろうか。



 いずれにせよ、如何なる敵をも撃墜するエースの面影は完全に消え失せていた。



「…………本当に、何もかも失ったのね」

「何もかも……あぁ、そうだ。たかが、目を失った、でもそれだけで私の全ては無くなったんだ! だから……ゲホッ」

 声を出すこと自体久しぶりだったせいで、ティノンは大きく咳き込む。


 エルシディアには、今の彼女がひどく哀れに見えた。目を奪われ、翼をもがれ、爪を剥ぎ取られ、


 力無くもがき、鳴くことすら諦めてしまった鷹の姿。


 だからこそ、彼女にさし伸べに来たのだ。



 悪魔の、手を。







「もしも目が戻って来れば、貴女は全てを取り戻せる?」





 ティノンは一瞬、エルシディアの言ったことを理解出来なかった。


 今、何といった?

 目が、戻る?


 思考が追いつかないうちに、その言葉は続く。

「目を取り戻すためなら、なんだって賭けられる? その覚悟は、ある?」

「お、お前、何言って、私にはもう何も…………ウグッ!?」

「あるじゃない、まだ」

 エルシディアの両手は、ティノンの細い首にかけられていた。少しずつ、しかし、確実に気管を狭めていく。

「エ、エル……や、め、カッハッ!!」

「まだ貴女には残っている。気高い、純銀のように輝くそれが」

 ティノンの意識が途切れる直前に、エルシディアは首を解き放った。急に入り込む空気にむせ、嘔吐感が胸を支配する。


「ゲホッゲホッ、な、何が……」

 すると温度を失ったエルシディアの言葉が、ティノンの耳から脳内に入り込んだ。




「たった一つだけ残された命を賭けることになっても、全てを取り戻したい?」




 続く

アルミラージって誰だぁ(エリーザさんの機体です)


というわけで主人公不在な第23話でした。次はもちろん出ますよ、えぇ!

次回はティノンの過去と決断+αの予定です。そろそろ戦闘書きたい……。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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