第22話 ぶつかる怒り
〜ハスト本社〜
「ようこそハスト社へ。遠路遥々、ご苦労様です」
案内された客間は、そう呼ぶには十分以上に広かった。
今この場にいるのは、デイレック、マックス、ウェルゼ、そしてビャクヤの四人。
ビャクヤ以外の三人は、差はあれどそれぞれトップだ。その中だからこそ、ビャクヤの存在は少々異質だった。
どうやら、ビャクヤはEAのパイロット代表でここに呼ばれたらしい。
「では早速、EAについての話を……」
「すみません、その前に重要な報告があります」
デイレックの話を遮ったのはウェルゼ。
「どうした大尉? この案件よりも重要なこととは、とても気になるが」
「……回りくどく言うことは、自分には出来ません。なので、単刀直入に申します」
ウェルゼの表情には、一切の感情が混じっていない。あくまで淡々と、こう言った。
「先日、移動途中でグシオス軍の襲撃に遭いました。その折り貴方の娘さん、ティノン中尉が両目を負傷致しました。……失明しているそうです」
デイレックの表情が曇っていく。無理もない。自身の娘が負傷、ましてや失明したなどという事実を聞いて平静でいられるわけがないのだから。
しかしデイレックは直後、耳を疑うような言葉を放った。
「そんなことか……では、本題に入ろうか」
「……え…………?」
ビャクヤは思わず声を発した。それを聞いたデイレックは一瞬ビャクヤに視線を向けたが、すぐに話を再開した。
だがその内容は、一切ビャクヤの中には入ってこない。
反芻されるのは、昨日エルシディアと話したことだった。
それは前日まで遡る。
エルシディアに言われた通り、食堂で待っていると、しばらくして彼女が訪れた。
彼女はすぐに話を切り出そうとはしなかった。ただ、ビャクヤのことを静かに見つめるばかり。
むず痒さを感じると共に、謎の緊張感が身体を走る。見透かされてるような感覚がしたのだ。
静寂が続いていたが、とうとうエルシディアは口を開いた。
「……ティノンのことで悩んでる」
「っ!? どうして……」
「それ以外の要因に見当がつかないから」
「…………」
「話してくれる?」
ビャクヤは目を伏せたまま黙っていたが、やがて小さく頷き、一部始終を語った。
それを聞いている間も、彼女の表情が変わることはない。
しかしビャクヤはある変化に気づいていた。
少し前の彼女は、あまり他人に興味を持つような性格ではなかった。ビャクヤとは多少なりとも話はするが、その回数は決して多くはない。
その彼女が今、恐らくだが、ティノンのことを心配している。
全てを話し終わって尚、エルシディアの表情に変化はない。
代わりに、こんなことを話し始めた。
「ビャクヤは、ティノンのことをどれくらい知ってる?」
「え? えっと確か……あの若さで副隊長を任せられるくらい強くて……それで……」
その様子を見たエルシディアは、小さく溜息を吐いた。呆れたというよりも、そのくらいだろうというものに近い。
「私は軍学校がティノンと同じだった。だから彼女のことはよく知っているの。少なくとも、特務隊の誰よりも」
「……じゃあ、ティノンがハスト社の名前を聞いた時に血相が変わった理由も?」
黙ったまま、彼女は頷いた。その後エルシディアは、「詳しくは分からないけれど」と続けた。
「ハスト社の社長、デイレック・ハスト……ティノンの父親とティノンは仲が疎遠らしいの。本来ならハスト社の社長を継がなければならないのだけど、ティノンは親の反対を振り切って軍学校に入学した。それが原因で、それっきり」
それを聞いてもビャクヤは不思議とは思わなかった。ティノンの性格を考えれば、そうすることは容易に想像できる。
だが、それだけであんなに怯えるだろうか。ティノンなら尚更、自分のこれまでを胸を張って伝えられると思うのだが。
「でも、ティノンのお父さんは今なら、今ならティノンのことを解ってくれるんじゃないかな? だって……」
「それは、絶対無い」
きっぱりと、エルシディアは言い切った。何故かそれは確信に満ちた答え方だった。
「どうしてさ? 確かにティノンのお父さんは社長を継がせたかったんだろうけど……でも、自分の娘なんだから」
「娘だから……普通なら、そうでしょうね」
「ど、どういう……」
するとエルシディアは、続けてこんなことを言った。
「きっと社長は、自分の娘なんて道具くらいにしか感じていない。……自分の思い通りにならない道具なんて、必要と思う?」
「そ、そんなこと、そんなこと……」
「おかしいですよっ!!」
ビャクヤの絶叫は、デイレック達の会話を遮った。
マックスは驚きながらもビャクヤを諌めようとする。しかし、それをウェルゼは手を前に出して止めた。
「……何が、おかしいのかね?」
貫くような視線がビャクヤを射抜く。普段なら怯んだだろう。だが今は全身が滾るような怒りで満たされている。
「どうしてそんなに冷静なんですか……? ティノンは貴方の大事な……」
「……マックス艦長、ウェルゼ大尉、しばらく席を外してくれないか?」
「え、いや、しかし……」
「了解しました」
戸惑うマックスをよそに、ウェルゼは一礼すると部屋を去っていった。慌てて、マックスも一礼して後を追うようにいなくなる。
一瞬訪れた静けさは、デイレックの重い声で破られた。
「大事な娘、と言ったか? まずその前提が間違っている。ティノンはもう私の娘では無い。あいつはハストの姓を捨てたも同然の行いをした」
「自分の跡を継がなかったことが、そんなに気に入らないんですか!?」
「……知っているのか。誰から聞いたかは知らないが、ならば尚更理解出来るはずだ。黙って私の跡を継ぐことに専心していれば、両目を失うなどという馬鹿な目に合わずに済んだというものを」
「そんな言い方……!!」
「私からすれば、君の方がおかしい」
デイレックはビャクヤの目の前にまで迫ってきた。頭一つ分高い位置から見下ろされる威圧感に、ビャクヤは息を飲んだ。
「ティノンは昔からプライドだけは高かった。EAの存在が、それを助長させたのかもしれない。その無駄な自尊心に、君だって振り回されたんじゃあないか?」
「それでもティノンは仲間のことを考えていた! 僕に戦い方を、戦う覚悟を教えてくれたのはティノンなんですよ!」
「ティノンが……君に? 人にものを教えるほど偉くなった気でいるのか。周りからエースなどと持て囃された末路がこれだ。……だが、そんな誇りももう失せただろう」
その表情が嘲るようなものへと変貌した。
「眼を奪われ、翼と爪をもがれた鷹は惨めなものだな」
「それ以上言うなっ!!」
気づいた時には、右の拳をデイレックへ向けて突き出していた。
バシンッ、という音が部屋いっぱいに鳴り響く。だがそれはデイレックの頬には届かず、左手に阻まれていた。
「君は実に仲間想いだ。だからこそ、簡単に命を投げ出せる。そういうところが…………他人を傷つけるんだ!!」
重い拳が、ビャクヤの顔面に打ち付けられた。
「ぐぁっ!!」
ガツッ、という鈍い音。その直後、倒れこんだビャクヤの背中に足が振り下ろされた。肺に溜まった空気が無理やり吐き出され、唸るような声が口から出る。
「パイロットは自分勝手な人間しかいない。ティノンも、君も、イリシアも……自分の命は自分一人のものだと思い上がって!!」
「イリシアって……ゲホッ」
その声に、もはや今までの冷静さは微塵も残っていない。
まるで何かをビャクヤに重ね合わせ、それを目の前から消そうとしているようだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ウェルゼ大尉、何故……?」
「…………」
マックスの問いに答えようとはしないウェルゼ。何故か、目や口がピクピク震えている。
「危ねぇ危ねぇ……ビャクヤがキレてなかったら俺の方が……」
「君の気持ちはよく分かるが、気を付けてくれ給えよ」
「も、もちろんでございますよ艦長殿! は、ははは」
「なら良いんだけどなぁ……」
ウェルゼを新兵の頃から知っているマックスは、底知れぬ不安感に襲われていた。今にも無茶なことをしでかそうとしているのではと気が気でない。
「んじゃ、俺この後用事があるので後は頼みますよっ!!」
「お、おぉい! 心配したそばから……って、はぁぁ」
大きく嘆息するマックス。もはや追う気さえ起きないのは、昔から変わっていないからだろうか。
すると、大きな扉が音を立てて開いた。ビャクヤとデイレックの話が終わったのだろうか。
先ほどは突然激昂したので驚いたが、ビャクヤは言葉を選べる少年だとマックスは信じている。だから大丈夫だと、自らへ言い聞かせながら振り返った。
ふらつきながら、痣だらけのビャクヤが倒れる光景が視界に飛び込んだ。
「ビ、ビャクヤくん!?」
ウェルゼは長い廊下をただ一人進み続ける。忙しなく行き交う執事やメイドの間を縫うようにして。
ウェルゼがここへ来たのは、デイレックと話をするためではない。
本当の目的は……
(にしても、総司令官も無茶言うぜ。武器横流しの証拠を掴めなんてよ……)
ーー何故、自分なのですか?ーー
ーー君の得意分野だろう。過去に工作部隊で″幽霊″と呼ばれていたのだからーー
あまり触れられたくない経歴だったのだが、確かに自分には適任だ。
それに、久しぶりの本業も悪くない。これはあくまで任務だが、デイレックのあの態度に腹が立っていたところだ。
「ようし、お兄さん張り切っちゃうぜぇ……」
悪戯を思いついた子供のような笑みが、顔に張り付いていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その頃、ハスト社の港近くにある機動兵器ドックでは様々な機体が搬入されていた。その中には、ハスト社製の新型機の姿もあった。
相も変わらず慌ただしい中、ベレッタはEA四号機の最終調整をしていた。ハスト社の整備員も参加しているのだが、思いのほか手間取っていた。
「あちゃあ、まだ出力がデカ過ぎるなぁ」
「どうしますか? アクトニウムコアのメビニウムの量を増やすか、もしくは機体重量を増やして調節するかですが」
「機体重量増やすのはナシだ。戦闘の中で装甲が少し剥がれちまうだけでも機動に変化が出る。それが命取りになるからな。面倒でも、アクトニウムコアのメビニウム量を増やすか……」
メビニウムとは、高熱下で高い吸熱反応を起こす特殊な金属だ。アクトニウムコアは稼働時に超高熱を発生するため、それを冷却停止させることに使用している。
改めて、四号機を見上げる。
とあるシステムを組み込むために、この調整は必要なものだ。急遽出撃させた五号機とは違い、パイロットにかなり負担をかける機体であるが故、今まで以上に慎重にしなければならない。
だがもう一つ、別の問題が生じていた。
「ミーシャ、良い加減にしろよ!! 今はエグゼディエルよりこっちをだな……」
「うるさい、ベレッタのバーカ!!」
ミーシャはここに来てから、エグゼディエルの改修をしているのだ。おかげでただでさえ足りない人手が回ってこない。
「今エグゼディエルを直してもしょうがないだろ。パイロットがいないってのに……」
ティノンが両目を失ったことは既に二人とも知っていた。それでもミーシャは、エグゼディエルから離れようとはしない。
「ティノン姉は戻ってくる」
「けどな、両目が見えないんならもうパイロットは出来ねぇよ。だから今は……」
「また戻ってくるもん!!」
ミーシャはベレッタの言葉に耳を貸さず、大きな声で叫んだ。
「ティノン姉はもどってくる! その時にエグゼディエルが直ってなかったらたたかえないじゃない! だから直すの! こんどは負けないように強くするの!!」
「あぁもう、勝手にしろ!!」
ベレッタは苛立った声を上げる。ミーシャもそっぽを向き、また作業に戻ってしまった。
自分の持ち場に戻りながら、ベレッタは考えていた。
本当にエグゼディエルが力を発揮していたら、ティノンはこんな目に合わずに済んだのだろうか?
ミーシャは負い目を感じているのだろうか?
「本っ当、馬鹿だなあいつは……」
エグゼディエルはきちんと、設計通りの性能を示していた。
だとすれば、あれは恐らく力を発揮出来なかったのではなく、性能がティノンに追いついていなかったのではないだろうか。
「……組み込んでみるか? あれの応用を」
ベレッタは四号機の設計図と、エグゼディエルを見比べる。
その瞳には、確信の色が現れていた。
「出来る筈だ。きっと」
続く
さあさあ、キリキリ動きなさい(話の展開)
というわけで、第22話でした。今回はビャクヤとデイレックさんのぶつかり合いがメインでした。まあ、途中一方的にボコられてましたが……。
次回はあの人とあの人が衝突? 是非、お楽しみに。
それでは皆さん、ありがとうございました!