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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
第2章 Pride of Ace
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第21話 地に墜ちた鷹

「何が幽霊(ファンタズマ)だっ!!」

 フブキが吐き捨てるようにそう言い放つと、ヴォイドオブザーバーのサブアームの内二本が射出。四本のマニピュレーターから鋭利な鉤爪が展開された。

「うおっ、あぶね!」

 不意を突かれたが、ファンタズマのパイロットはスラスターを前方へ噴射して対応。その機体は宙返りするように後方へ飛び、射出されたサブアームは空を切った。

「私をおちょくるなんて……ぶっ殺す!」

 ライフルをモスグリーンの亡霊に向け、フブキは叫んだ。緩やかに落下していく機体に向け、トリガーを引き絞ろうとした。



 その瞬間、背後で爆発音が轟く。



「ひぁっ、な、何っ!?」

 間を置かず、先までサブアームが捉えていた崖が崩れ去った。

 支えを失ったヴォイドオブザーバーは落下。咄嗟にサブアームを後方へ射出し、崖に突き立てる。岩を削りながら滑り落ち、やがて減速して停止した。

 またしても、原因不明の爆発。

 否、一瞬だが捉えた。崖を飛び去っていく円盤。おそらく原因はそれ。そしてそれを操っていたのは間違いなくあの機体だ。

「あぁ……イライラする!!」

 自らをおちょくるようなその機動兵器に、フブキは怒りを隠せなかった。



「あの機体は……いや、それよりも」

 エグゼディエルのアクトニウムコア反応は微弱になっていた。ティノンは先程から呼びかけても反応は無く、とうとう通信機の接続も切れてしまった。

 不安がビャクヤを駆り立てる。だが幸いあの狙撃手がこちらを狙う様子は無い。今の内にグリフォビュートへ一直線に進んで行く。


「チッ、エリーザ副隊長!? このままじゃ逃げられちゃう、援護してよ!」

[いや、撤退するわ。時間は十分稼いだ。もうこれ以上の戦闘は不必要よ]

「はぁっ!? ふざけんな!! 折角あそこまで追い詰めたのに! ……もういい、せめてあの緑の奴だけでも探し出してーー」

[そう、なら次から貴女を作戦から外すわね]

「え………………わ、分かった。分かったからっ!!」

 これまでとは打って変わり、情けなく喚き出すフブキ。ヴォイドオブザーバーはバックパックのスラスターを全開にして飛翔し、輸送ヘリのワイヤーにホールドされた。

 他の機体も、次々に回収されていく。

「後少し、後少しだったのにぃ……アァ、もうっっ!!」

 吐き出し切れなかったフラストレーションは、天を貫くような雄叫びへと変換されていた。




「はぁ、行ったか。にしても……」

 モスグリーンの機動兵器、EAの五号機「ファンタズマ」は砂埃の中で急斜面をしっかり踏みしめていた。

 円盤のような兵器が、まるで止まり木に止まるように肩とバックパックに回収される。

「ティノン……間に合わなくて、済まなかった」

 パイロットのウェルゼが発した言葉は、深い虚無感に囚われていた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「……では、よろしいですかな?」

「…………」

 不敵な笑みのまま、目の前の女は答えることはない。デイレックがその猛禽のような眼光を向けているにも関わらず、怯える様子も、真意を見せる様子もない。


 グシオスの中でも指折りの人物を交渉によこすと言われたのだが、ここに来たのは車椅子に乗った年若い女性。


 彼女は、スティア・クラウソラス。

 紫を帯びた銀髪は肩ほどまで伸びており、肌は生きている者とは思えないほど白い。そのコバルトグリーンの瞳からは、心の底が見えない。

 車椅子に乗っている理由は、包帯できつく締められた足にあるようだった。


「無言では分かりませんなスティア少佐。それとも了承と受け取ってもよろしいので?」

「…………そうですね。資材の取引については本部からの要求通りです。この件は取引成立です」

この件は(・・・・)?」

「あら、まだ話は終わってませんよ? ここからが本題、と言っても過言ではありません」

「一体何を……」

 ガチャリという、重苦しい金属音。

 いつの間にかデイレックの額には、銃口が突きつけられていた。

 迂闊だった。車椅子の後ろにいた銀髪の男に警戒をしていなかった。無表情な男とは対照に、スティアはニッコリと微笑んでいた。

「ウフフ、ご冗談はやめてくださいね。こんな取引の為に、わざわざ特務部隊を足止めしてまで時間を作ったとでも? 欲しいのはそう……」

 ジリジリと距離を詰めるスティア。若々しい顔には似合わぬ、禍々しい色気がその瞳に宿っていた。

「EAの開発データ、あるんでしょう? 渡して欲しいんですよ。もちろん、相応の交換条件は用意してあります」

「…………交換条件とは?」

「現在グシオスが武器開発を委任しているセノア社を、貴方達ハスト社へと吸収合併させます。セノア社の人員、資材、これまでの開発データ、その他全てを差し上げる、と言えば簡単ですかね? あぁ、心配なさらずともセノア社もこれについては了承済みです。悪い話ではないでしょう?」

「仮に断れば?」

「その時は…………貴方達ハスト社がセノア社に吸収されます。多少、血が流れることになるでしょうがね、フフフ」

 何が可笑しいのか、突然笑い出すスティア。



 要するに、応じなければ力づくでも奪うということだ。



「なるほど、グシオスは相当焦っておられるようだ」

「当たり前です。あれは世界のパワーバランスを覆す程の力を秘めた兵器なんですから」

 スティアの顔は笑ってはいるが、声色は真剣そのものだ。

「戦争が長引けば、貴方達のような兵器会社は儲かるでしょう。ですがこちらはそういかないんですよ。早急に、戦争は終わらせなければならない」

「…………」

 黙りこくるデイレックを一瞥すると、スティアは瞳を閉じた。

「後日、お返事を聞きましょう。よい返事を待っています」

 ゆっくり一礼すると、スティアはトントンッと膝上を指で叩く。すると男は拳銃を仕舞い、彼女が乗った車椅子に手をかける。

 カラカラと耳に障るタイヤ音は、扉の向こう側へと吸い込まれて消えた。

「戦争が長引けば、か」

 デイレックはふと、棚の写真立てに目をやる。

 若かりし頃の自分と妻、そしてその真ん中で無邪気に笑う娘。

「……私は、お前達の生き方は認めない」




「やはり一筋縄ではいかないわね」

 呆れたように嘆息するスティア。先程とは打って変わり、その顔は子供のようだった。

「ハリッドなら上手くやれただろうにね、アレン?」

「……今は任務中です」

「あらあら。じゃあ上官命令、これから何処かでお茶しましょう。姉さんが奢ってあげる」

「はぁ……了解」

 さしものアレンでも、姉の無邪気な笑みには敵わなかった。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 あの戦いの翌日。

 艦内は不気味なほどの沈黙に包まれていた。所々から定期報告が聞こえるくらいか。




 ビャクヤが医務室を訪れると、その扉にはこう書かれた紙が貼ってあった。


 〈面会謝絶〉


「ティノン……」

 運び込まれてきた時の光景は今でも脳裏に焼きついている。



 両眼に突き刺さった金属片。止めどなく流れる血涙。必死に息をする痛々しい姿。

 その日はティノンの緊急手術の為にグリフォビュートは航行を中止。手術は朝方終わったのだが……。ティノンのことを尋ねても、医師は「一命は取り留めた」としか返さなかった。



「あ……ビャクヤさん」

 隣に同じ訪問者が現れる。それは何かの箱を抱えたエリスだった。心なしか彼女も、表情が暗い。

「あぁ、エリス。どうしたの?」

「ティノンさんにお弁当を……ビャクヤさんもお見舞いですか?」

「まぁ、そんな感じ」

「なら一緒に先生に頼んで中に入れてもらいましょう」

 先生、という人物はビャクヤもよく知る人物だ。グリフォビュートの専属医師の一人、グレッグ・サバハ。いつかの折にビャクヤの左腕を診てくれた人物である。


 エリスが扉の隣にあるインターホンのボタンを押すと、グレッグの顔が映し出される。

「はい……おぉ、ビャクヤ准尉とエリス准尉か」

「グレッグ先生、ティノンさんのお見舞いに来ました。中に入れてくれませんか?」

「あ、あぁっと、その……今は……」

 歯切れが悪くなるグレッグ。その様子に、ビャクヤは何か嫌な予感がした。

「ねぇエリス、また今度にした方が……」

「お願いします、グレッグ先生。せめてお弁当だけでも渡したいんです」

 それでも引き下がろうとしないエリスに、グレッグは困り果てた様子になる。しばらく間が空き、やがて囁くように答えた。


「分かった。でも約束してくれ。弁当を渡したらすぐに部屋を出ること、そして……決して彼女を刺激しないこと。いいかい?」


「はい」

 エリスは何の疑問も抱かず了承したが、ビャクヤには引っかかる点があった。

(刺激しないこと……?)

 一命を取り留めた後だから不用意に起こさないように、ということだろうか。ならば念押しせずとも理解しているつもりなのだが。

 扉が音を立てずに開く。清潔感のある白い空間の中に、医療用のベッドが三つ。

 その内、奥にあるベッドにはカーテンで仕切りがしてあった。


「ティノンさん、お弁当持ってきました。良かったらどうぞ」

「…………」

「ティノンさん? お弁当、中に入れますよ?」

 返事が無いことを疑問に思ったのか、エリスはカーテンに手を伸ばした。

「…………っ! エリス、カーテンは開けたら……!」

 虫の知らせというのだろうか。ビャクヤは脳を貫いた予感に従い、エリスの手を止めようとした。


 だが、遅かった。



「っっ!!? ティノン……さん」



 そこには、ティノンの姿があった。

 目を一周するように包帯が巻かれていた。だが目の位置は、不自然に少し窪んでいた。

 それが何を意味しているかは、誰の目にも明らか。


 その光景を目の当たりにしたエリスはしばし絶句していた。

 しかし、何とか絞り出すような笑顔と言葉をかける。

「ティ、ティノンさん……その……お弁当……」

「………………いらない」

 その温度の無い声に、ビャクヤはゾクリとした。ティノンのこんな声は聞いたことが無かった。

 エリスは少しふらついたように見えたが、それでも会話を続けた。

「あ、あぁそうですよね! そんなすぐには食べられないですよね! わ、私ったらもう、あはは」

「……何が可笑しい」

「え?」



「何が可笑しいんだお前っ!!!!」

「ひゃあっ!?」



 ティノンは突然絶叫し、エリスを突き飛ばした。弁当箱の蓋が開き、中身が白い床へぶちまけられる。

 更にティノンは倒れこんだエリスに追い打ちをかけるように、手当たり次第に掴んだ花瓶を投げつけようとする。それは間一髪、ビャクヤが腕を押さえつけて止めた。


「やめてよティノンっ! エリスはただ……」

「何が可笑しい!? 言ってみろ、言ってみろよ!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃなかったんです! ごめんなさい!!」


 ティノンの怒号と、エリスの涙交じりの叫び。医務室の異変にグレッグが飛び出してきた。

「どうしたんだね!? ティノン中尉、冷静になりたまえ! エリス准尉は君のことを想ってーー」



「だったら今すぐ出て行けっ!! 私の……私の目を返せぇぇぇ!! うわぁぁぁぁぁぁっ!!」



 最早、発狂していると言っても過言では無かった。グレッグはエリスを抱き上げると、一旦医務室を去って行った。

 ビャクヤは、暴れるティノンを抱き抑えていた。胸や腹、時には顔を殴打されながら、それでも耐え抜いた。

 殴られる痛みよりも、ティノンの慟哭を聞くことが、何よりも辛かったから。






 頭がスッキリしない。

 もう何百回も模擬刀で空を斬り続けているが、額に汗が浮かぶばかり。

 エルシディアがこの訓練ルームを訪れたのはもう数年ぶりになる。最近は研究に専心していたから、というのもそうだが、そこまで興味が無かったことが一番の要因だったのかもしれない。

「……何でこんなことしているんだろう」

 何かが、おかしい。

 今まで同じ隊員が死んだ時にさえ、何も感じなかったというのに。

 なのに今は、ティノンのあの姿が頭から離れない。


 ピキピキ

 心が錆び行く音。ここ最近聞くことが少なくなってきたのだが、やはり消えていない。


 一生、これに縛られて生きなければならないのだろうか。



「……シャワー浴びよう」

 暗くなっていく自分に呆れ、考えることを打ち止めにする。自身の頬を伝う汗は、決して清々しいものではなかった。

 まるで現実から目を背けたようで。

 すると、訓練ルームの扉が開いた。誰か来たのかと振り向く。


 ビャクヤだった。その表情は酷く疲れ切ったもので、エルシディアがいることにすら気づいていない様子だった。

「ビャクヤ?」

「ん? ……あ、エル」

 声をかけると応答こそしたものの、やはり浮かない顔をしている。

 よく見ると、顔には打撲痕があった。赤く腫れたそれは痛々しかった。

「どうしたの?」

「いや、何でも無いよ。シャワー浴びに来ただけ」

「……嘘つくの下手だね」

「へ?」

 ビャクヤは素っ頓狂な声を上げる。こんな姿でばれてないと思っていたのだろうか。

 エルシディアは溜息を小さく吐くと、ビャクヤの横を通り抜ける。


「シャワー浴び終わったら、食堂に来てね」

「ど、どうして?」

「約束だよ」

 ビャクヤの問いには答えず、エルシディアはシャワー室の中へ入っていった。

 ビャクヤは何が何だか分からず、しばらく呆然とその方向を見ていた。


「……ばれてたかな?」


 すると扉が隙間ほど開き、エルシディアが顔を覗かせた。

「一緒に入りたい?」

「えっ!?」

「冗談」

 無表情で言い放つと、再び扉は重く閉じられた。



 妙に虚しかった。



 続く

次回、エルシディア先生のカウンセリングが始まる!(適当)


という訳で、第21話でした。新たなEA「ファンタズマ」の登場、やっと仕事したウェルゼ隊長、もがき苦しむティノン、新機体を見せずに帰ったエリーザ、アレンの美人姉さんのスティア登場…………

はぁ、はぁ、詰め込みすぎたかな……。これから2章もペースアップしていきますよ!


それでは皆さん、ありがとうございました!

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