第21話 地に墜ちた鷹
「何が幽霊だっ!!」
フブキが吐き捨てるようにそう言い放つと、ヴォイドオブザーバーのサブアームの内二本が射出。四本のマニピュレーターから鋭利な鉤爪が展開された。
「うおっ、あぶね!」
不意を突かれたが、ファンタズマのパイロットはスラスターを前方へ噴射して対応。その機体は宙返りするように後方へ飛び、射出されたサブアームは空を切った。
「私をおちょくるなんて……ぶっ殺す!」
ライフルをモスグリーンの亡霊に向け、フブキは叫んだ。緩やかに落下していく機体に向け、トリガーを引き絞ろうとした。
その瞬間、背後で爆発音が轟く。
「ひぁっ、な、何っ!?」
間を置かず、先までサブアームが捉えていた崖が崩れ去った。
支えを失ったヴォイドオブザーバーは落下。咄嗟にサブアームを後方へ射出し、崖に突き立てる。岩を削りながら滑り落ち、やがて減速して停止した。
またしても、原因不明の爆発。
否、一瞬だが捉えた。崖を飛び去っていく円盤。おそらく原因はそれ。そしてそれを操っていたのは間違いなくあの機体だ。
「あぁ……イライラする!!」
自らをおちょくるようなその機動兵器に、フブキは怒りを隠せなかった。
「あの機体は……いや、それよりも」
エグゼディエルのアクトニウムコア反応は微弱になっていた。ティノンは先程から呼びかけても反応は無く、とうとう通信機の接続も切れてしまった。
不安がビャクヤを駆り立てる。だが幸いあの狙撃手がこちらを狙う様子は無い。今の内にグリフォビュートへ一直線に進んで行く。
「チッ、エリーザ副隊長!? このままじゃ逃げられちゃう、援護してよ!」
[いや、撤退するわ。時間は十分稼いだ。もうこれ以上の戦闘は不必要よ]
「はぁっ!? ふざけんな!! 折角あそこまで追い詰めたのに! ……もういい、せめてあの緑の奴だけでも探し出してーー」
[そう、なら次から貴女を作戦から外すわね]
「え………………わ、分かった。分かったからっ!!」
これまでとは打って変わり、情けなく喚き出すフブキ。ヴォイドオブザーバーはバックパックのスラスターを全開にして飛翔し、輸送ヘリのワイヤーにホールドされた。
他の機体も、次々に回収されていく。
「後少し、後少しだったのにぃ……アァ、もうっっ!!」
吐き出し切れなかったフラストレーションは、天を貫くような雄叫びへと変換されていた。
「はぁ、行ったか。にしても……」
モスグリーンの機動兵器、EAの五号機「ファンタズマ」は砂埃の中で急斜面をしっかり踏みしめていた。
円盤のような兵器が、まるで止まり木に止まるように肩とバックパックに回収される。
「ティノン……間に合わなくて、済まなかった」
パイロットのウェルゼが発した言葉は、深い虚無感に囚われていた。
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「……では、よろしいですかな?」
「…………」
不敵な笑みのまま、目の前の女は答えることはない。デイレックがその猛禽のような眼光を向けているにも関わらず、怯える様子も、真意を見せる様子もない。
グシオスの中でも指折りの人物を交渉によこすと言われたのだが、ここに来たのは車椅子に乗った年若い女性。
彼女は、スティア・クラウソラス。
紫を帯びた銀髪は肩ほどまで伸びており、肌は生きている者とは思えないほど白い。そのコバルトグリーンの瞳からは、心の底が見えない。
車椅子に乗っている理由は、包帯できつく締められた足にあるようだった。
「無言では分かりませんなスティア少佐。それとも了承と受け取ってもよろしいので?」
「…………そうですね。資材の取引については本部からの要求通りです。この件は取引成立です」
「この件は?」
「あら、まだ話は終わってませんよ? ここからが本題、と言っても過言ではありません」
「一体何を……」
ガチャリという、重苦しい金属音。
いつの間にかデイレックの額には、銃口が突きつけられていた。
迂闊だった。車椅子の後ろにいた銀髪の男に警戒をしていなかった。無表情な男とは対照に、スティアはニッコリと微笑んでいた。
「ウフフ、ご冗談はやめてくださいね。こんな取引の為に、わざわざ特務部隊を足止めしてまで時間を作ったとでも? 欲しいのはそう……」
ジリジリと距離を詰めるスティア。若々しい顔には似合わぬ、禍々しい色気がその瞳に宿っていた。
「EAの開発データ、あるんでしょう? 渡して欲しいんですよ。もちろん、相応の交換条件は用意してあります」
「…………交換条件とは?」
「現在グシオスが武器開発を委任しているセノア社を、貴方達ハスト社へと吸収合併させます。セノア社の人員、資材、これまでの開発データ、その他全てを差し上げる、と言えば簡単ですかね? あぁ、心配なさらずともセノア社もこれについては了承済みです。悪い話ではないでしょう?」
「仮に断れば?」
「その時は…………貴方達ハスト社がセノア社に吸収されます。多少、血が流れることになるでしょうがね、フフフ」
何が可笑しいのか、突然笑い出すスティア。
要するに、応じなければ力づくでも奪うということだ。
「なるほど、グシオスは相当焦っておられるようだ」
「当たり前です。あれは世界のパワーバランスを覆す程の力を秘めた兵器なんですから」
スティアの顔は笑ってはいるが、声色は真剣そのものだ。
「戦争が長引けば、貴方達のような兵器会社は儲かるでしょう。ですがこちらはそういかないんですよ。早急に、戦争は終わらせなければならない」
「…………」
黙りこくるデイレックを一瞥すると、スティアは瞳を閉じた。
「後日、お返事を聞きましょう。よい返事を待っています」
ゆっくり一礼すると、スティアはトントンッと膝上を指で叩く。すると男は拳銃を仕舞い、彼女が乗った車椅子に手をかける。
カラカラと耳に障るタイヤ音は、扉の向こう側へと吸い込まれて消えた。
「戦争が長引けば、か」
デイレックはふと、棚の写真立てに目をやる。
若かりし頃の自分と妻、そしてその真ん中で無邪気に笑う娘。
「……私は、お前達の生き方は認めない」
「やはり一筋縄ではいかないわね」
呆れたように嘆息するスティア。先程とは打って変わり、その顔は子供のようだった。
「ハリッドなら上手くやれただろうにね、アレン?」
「……今は任務中です」
「あらあら。じゃあ上官命令、これから何処かでお茶しましょう。姉さんが奢ってあげる」
「はぁ……了解」
さしものアレンでも、姉の無邪気な笑みには敵わなかった。
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あの戦いの翌日。
艦内は不気味なほどの沈黙に包まれていた。所々から定期報告が聞こえるくらいか。
ビャクヤが医務室を訪れると、その扉にはこう書かれた紙が貼ってあった。
〈面会謝絶〉
「ティノン……」
運び込まれてきた時の光景は今でも脳裏に焼きついている。
両眼に突き刺さった金属片。止めどなく流れる血涙。必死に息をする痛々しい姿。
その日はティノンの緊急手術の為にグリフォビュートは航行を中止。手術は朝方終わったのだが……。ティノンのことを尋ねても、医師は「一命は取り留めた」としか返さなかった。
「あ……ビャクヤさん」
隣に同じ訪問者が現れる。それは何かの箱を抱えたエリスだった。心なしか彼女も、表情が暗い。
「あぁ、エリス。どうしたの?」
「ティノンさんにお弁当を……ビャクヤさんもお見舞いですか?」
「まぁ、そんな感じ」
「なら一緒に先生に頼んで中に入れてもらいましょう」
先生、という人物はビャクヤもよく知る人物だ。グリフォビュートの専属医師の一人、グレッグ・サバハ。いつかの折にビャクヤの左腕を診てくれた人物である。
エリスが扉の隣にあるインターホンのボタンを押すと、グレッグの顔が映し出される。
「はい……おぉ、ビャクヤ准尉とエリス准尉か」
「グレッグ先生、ティノンさんのお見舞いに来ました。中に入れてくれませんか?」
「あ、あぁっと、その……今は……」
歯切れが悪くなるグレッグ。その様子に、ビャクヤは何か嫌な予感がした。
「ねぇエリス、また今度にした方が……」
「お願いします、グレッグ先生。せめてお弁当だけでも渡したいんです」
それでも引き下がろうとしないエリスに、グレッグは困り果てた様子になる。しばらく間が空き、やがて囁くように答えた。
「分かった。でも約束してくれ。弁当を渡したらすぐに部屋を出ること、そして……決して彼女を刺激しないこと。いいかい?」
「はい」
エリスは何の疑問も抱かず了承したが、ビャクヤには引っかかる点があった。
(刺激しないこと……?)
一命を取り留めた後だから不用意に起こさないように、ということだろうか。ならば念押しせずとも理解しているつもりなのだが。
扉が音を立てずに開く。清潔感のある白い空間の中に、医療用のベッドが三つ。
その内、奥にあるベッドにはカーテンで仕切りがしてあった。
「ティノンさん、お弁当持ってきました。良かったらどうぞ」
「…………」
「ティノンさん? お弁当、中に入れますよ?」
返事が無いことを疑問に思ったのか、エリスはカーテンに手を伸ばした。
「…………っ! エリス、カーテンは開けたら……!」
虫の知らせというのだろうか。ビャクヤは脳を貫いた予感に従い、エリスの手を止めようとした。
だが、遅かった。
「っっ!!? ティノン……さん」
そこには、ティノンの姿があった。
目を一周するように包帯が巻かれていた。だが目の位置は、不自然に少し窪んでいた。
それが何を意味しているかは、誰の目にも明らか。
その光景を目の当たりにしたエリスはしばし絶句していた。
しかし、何とか絞り出すような笑顔と言葉をかける。
「ティ、ティノンさん……その……お弁当……」
「………………いらない」
その温度の無い声に、ビャクヤはゾクリとした。ティノンのこんな声は聞いたことが無かった。
エリスは少しふらついたように見えたが、それでも会話を続けた。
「あ、あぁそうですよね! そんなすぐには食べられないですよね! わ、私ったらもう、あはは」
「……何が可笑しい」
「え?」
「何が可笑しいんだお前っ!!!!」
「ひゃあっ!?」
ティノンは突然絶叫し、エリスを突き飛ばした。弁当箱の蓋が開き、中身が白い床へぶちまけられる。
更にティノンは倒れこんだエリスに追い打ちをかけるように、手当たり次第に掴んだ花瓶を投げつけようとする。それは間一髪、ビャクヤが腕を押さえつけて止めた。
「やめてよティノンっ! エリスはただ……」
「何が可笑しい!? 言ってみろ、言ってみろよ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 私、そんなつもりじゃなかったんです! ごめんなさい!!」
ティノンの怒号と、エリスの涙交じりの叫び。医務室の異変にグレッグが飛び出してきた。
「どうしたんだね!? ティノン中尉、冷静になりたまえ! エリス准尉は君のことを想ってーー」
「だったら今すぐ出て行けっ!! 私の……私の目を返せぇぇぇ!! うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
最早、発狂していると言っても過言では無かった。グレッグはエリスを抱き上げると、一旦医務室を去って行った。
ビャクヤは、暴れるティノンを抱き抑えていた。胸や腹、時には顔を殴打されながら、それでも耐え抜いた。
殴られる痛みよりも、ティノンの慟哭を聞くことが、何よりも辛かったから。
頭がスッキリしない。
もう何百回も模擬刀で空を斬り続けているが、額に汗が浮かぶばかり。
エルシディアがこの訓練ルームを訪れたのはもう数年ぶりになる。最近は研究に専心していたから、というのもそうだが、そこまで興味が無かったことが一番の要因だったのかもしれない。
「……何でこんなことしているんだろう」
何かが、おかしい。
今まで同じ隊員が死んだ時にさえ、何も感じなかったというのに。
なのに今は、ティノンのあの姿が頭から離れない。
ピキピキ
心が錆び行く音。ここ最近聞くことが少なくなってきたのだが、やはり消えていない。
一生、これに縛られて生きなければならないのだろうか。
「……シャワー浴びよう」
暗くなっていく自分に呆れ、考えることを打ち止めにする。自身の頬を伝う汗は、決して清々しいものではなかった。
まるで現実から目を背けたようで。
すると、訓練ルームの扉が開いた。誰か来たのかと振り向く。
ビャクヤだった。その表情は酷く疲れ切ったもので、エルシディアがいることにすら気づいていない様子だった。
「ビャクヤ?」
「ん? ……あ、エル」
声をかけると応答こそしたものの、やはり浮かない顔をしている。
よく見ると、顔には打撲痕があった。赤く腫れたそれは痛々しかった。
「どうしたの?」
「いや、何でも無いよ。シャワー浴びに来ただけ」
「……嘘つくの下手だね」
「へ?」
ビャクヤは素っ頓狂な声を上げる。こんな姿でばれてないと思っていたのだろうか。
エルシディアは溜息を小さく吐くと、ビャクヤの横を通り抜ける。
「シャワー浴び終わったら、食堂に来てね」
「ど、どうして?」
「約束だよ」
ビャクヤの問いには答えず、エルシディアはシャワー室の中へ入っていった。
ビャクヤは何が何だか分からず、しばらく呆然とその方向を見ていた。
「……ばれてたかな?」
すると扉が隙間ほど開き、エルシディアが顔を覗かせた。
「一緒に入りたい?」
「えっ!?」
「冗談」
無表情で言い放つと、再び扉は重く閉じられた。
妙に虚しかった。
続く
次回、エルシディア先生のカウンセリングが始まる!(適当)
という訳で、第21話でした。新たなEA「ファンタズマ」の登場、やっと仕事したウェルゼ隊長、もがき苦しむティノン、新機体を見せずに帰ったエリーザ、アレンの美人姉さんのスティア登場…………
はぁ、はぁ、詰め込みすぎたかな……。これから2章もペースアップしていきますよ!
それでは皆さん、ありがとうございました!