第20話 LOST
コクピットの中が、メタル系の音楽で満ちている。グループは知らない。だがその曲調と歌詞に一目惚れした。重い音、サビが来た瞬間、フブキは全身を使ってタテのりし始めた。
「ヒャハハ、いいねぇいいねぇ!! もっとボルテージ上げて――――」
[准尉、お言葉ですが、これではエリーザ副隊長の指示が……]
良いところでそれを邪魔したのは、正式採用型のヴァルダガノンに乗った兵士の一人。同じ輸送ヘリに乗っていたようだが、大音量で聞いていたせいで気づかなかった。
「あぁ? うるさいなぁ、雑兵は黙ってなよ」
[フブキ、その態度はやめなさい。味方との軋轢を生む要因になるわ]
「チッ、聞いてたか腰巾着め……はいはい、すいませんでした~」
エリーザの叱責に、フブキは吐き捨てるように発した。
二ヶ月前からほとんど謹慎状態だった為、鬱憤が溜まりに溜まっていた。射撃訓練でも、シュミレータでも、吐き出されることはなかった。現実の機動兵器を撃ち抜きたい、生身の悲鳴が足りない。
だが、そんな苦しみも今日までだ。
「いれば良いなぁ、あのスナイパー……ぶっ殺してやる、ヒヒヒヒ」
彼女の機動兵器のゴーグルは、卑しい金色の輝きを発した。
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~中立領 渓谷地帯〜
ビャクヤはただ一人、艦内の廊下を歩く。その脳内ではあの言葉が反響し続けていた。
――お前……勲章が人殺しの証だとでも言いたいようだな――
――お前がいる必要なんか――
「やっぱり、僕は……」
「戦う資格なんか~、ってか?」
「うわぁ!?」
いつの間にかウェルゼが隣で並進していた。なぜこの人は、こうも気配を消して近づくのかとビャクヤは怪訝な眼差しを向ける。
「食堂であった事か?」
「ま、まぁ……はい」
「何か掴みあいしてるところしか見てないからよ、教えてくんないかな?」
ビャクヤは一瞬戸惑ったが、ウェルゼに事の顛末を全て教えた。聞き終える頃には、ウェルゼの表情は苦笑しているようなものになっていた。
「確かに、ティノンにも非はあるが……こりゃお前にも非があるぜ」
「はい……でもそれが何故なのかは分からなくて……」
それを聞いたウェルゼは軽く溜息をついた。呆れた、というよりも難しいな、と感じて出たものに近かった。
「無理もねぇけどな、お前が分からないのは。言っておくぜ。お前が貰った勲章は、決して人殺しを称賛して贈られたものじゃない。それだけたくさんの敵から仲間や市民を守った証だ。そしてティノンは、それを誇りに思ってる」
「守った……証……」
そんな風に考えたことはなかった。そして同時に、ティノンがあれほど憤慨した理由も理解できた。
ビャクヤの言い方では、ティノンの誇りを真っ向から否定したようなものだ。怒って当然だ。誰だって誇りを傷つけられたら、許せない。
「隊長、僕、ティノンに謝ってきます。あんな言い方をしたことを」
「おお、そうだな。がんば……」
突如として、サイレンが鳴り響いた。敵の接近を知らせるものだ。
「こんなこったろーと思ってたわ」
ウェルゼは大きく肩を落とした。
「敵機の状況は?」
「両サイドの山岳部から砲撃されています。おそらく狙撃部隊かと」
「うぅむ、どうなさいますか艦長? ここからハスト社のあるレーヴァスまでまだ距離がありますが……」
カイエンの報告を聞いたアイズマンはうなりながらマックスに尋ねる。マックスは心底面倒臭そうな顔をしていた。
「いやぁ、相手するのは時間の無駄かもしれないが……無視したらしたでグリフォビュートが穴だらけになるか。仕方ない!」
マックスは意を決したように立ち上がり、大声で告げた。
「面倒だが、迎撃するぞ! グリフォビュートは今、山と山のど真ん中を航行している。そこで空を飛べるエグゼディエルが遊撃を行い、他はグリフォビュート甲板上から支援砲撃だ」
[そういうわけだ。今回の作戦はティノン中尉にかかってる。エースの腕前、見せて――]
「言われなくても分かってる」
[……あ、あぁそう]
いつもより、心なしか余裕が感じられないようにベレッタは思った。コクピットの入る前から、だが。
[そ、それではティノン中尉、出撃タイミングを譲渡します]
「了解、ティノン・ハスト、エグゼディエル、出撃する」
リンのコールを聞いてすぐにエグゼディエルはカタパルトから放たれ、大空を舞った。
[ビャクヤ兄、今回はゼロエンドも砲撃戦が出来る装備にしておいたよ]
ミーシャが言う通り、ゼロエンドの装備はシミット防衛戦から変更されていた。大型マシンガン、両手首のネイルガンは取り外され、胴体の増加装甲も外された。代わりにシールドが両肩に装着され、更にバックパック左部には、かつてティノンが乗っていたグリフィア狙撃型の狙撃用ヒートライフルが取り付けられていた。
「それは分かるけど、僕狙撃なんてやったことないよ」
[そこは、フィーリングで何とかして、ファイト!!]
「そ、そんな適当な……」
ビャクヤは弱気な発言。それでもやるしかないことは十分承知していたが。
すると、意外な人物から発進許可が出た。
[ビャクヤ、発進準備、出来たよ]
「ってエル? 今回は出ないの?」
[私のグリフィアは地形的に向いてないの。だからあなたのオペレーターとしてサポートする]
「あぁ、そういうこと。分かった、それじゃあ……ソウレン・ビャクヤ、ゼロエンド、行きます!」
甲板上に着くと同時に、インプレナブルも着艦した。
そしてエグゼディエルは早速高高度へ飛び上がり、索敵を始めた。
いた。山岳の巨大な岩や亀裂の間に狙撃ライフルを持ったジェイガノンやヴァルダガノンの影があった。
「小賢しい奴らだ」
ティノンは電磁加速砲にエネルギーパックを装填。即撃ちが可能だが二発ほどしか撃てず、威力も半分程しか出ない。
だが、機動兵器を落とすには十分。
コクピットのトリガーを絞る。青い電光が瞬時に走り、一発目の弾丸が放たれた。
地上で狙撃にかまけていたヴァルダガノンが、粉々に飛び散った。
「な、何だ、何が起きた!?」
「くそ、上空から狙撃だ! 全機、警戒しろ!!」
何機かのヴァルダガノンとジェイガノンが上空への迎撃射撃を行う。
「ファイアァァッ!!」
しかし、今度は甲板上からインプレナブルの砲撃が来襲。爆音が響くと同時に岩壁を砕き、ジェイガノン二機が転げ落ちていく。
内一機をインプレナブルのミサイルが、もう片方をゼロエンドのヒートライフルが撃ち貫いた。
[ビャクヤ君、ナイスショット! ティノン仕込みの狙撃は違うねぇ!!]
「い、いや、そういう訳じゃぁ……」
このエレナの妙なハイテンションには未だに慣れない。表情も普段とはまるで違うので、別人と話しているようだ。
と、またしてもグリフォビュートへ狙いが集中し始める。何機かはティノンが引きつけているものの、やはり一瞬たりとも気が抜けないようだ。
「あちゃー、無駄話しちゃってたな。エリス、次は広域榴弾セット。目標は艦を狙ってるヴァルダガノン二機の隙間。崖から突き落とすよ!」
「了解、広域榴弾、込めます」
インプレナブルのバックパック部キャノンの後部がブローバック。砲身が微細に動き、狙いを定める。そして榴弾が射出された直後だった。
ガギンッ、という鈍い音が響いた刹那、榴弾がへし折れて爆散した。
「うわぁっ、何!?」
「お姉ちゃん、榴弾が撃ち落とされたの! どういうこと……こんなこと出来るなんて」
二人の通信を聴き、ビャクヤは周りを見渡す。
再び、狙撃が襲い掛かる。今度の弾丸は、艦橋の横を掠めた。
「きゃあっ!?」
「あっぶねぇぇぇ!! なんだ今のは!?」
慌ただしくなる船内を他所に、マックスは思考を巡らせる。
「この狙撃精度、ん〜何処かで……」
だが結論に辿り着く前に、ティノンが憎しみの溢れる言葉で口にした。
「あの時の……スナイパーだな!!」
エグゼディエルがエネルギーパックを取り出す。その瞬間、エネルギーパックが地上からの狙撃によって撃ち抜かれた。穿たれた穴からスパークが走る。
「馬鹿な……っ!?」
ティノンが反射的にエネルギーパックを投げ捨てると、直後に爆発。
あわやエグゼディエルのマニピュレーターが吹き飛ぶ寸前だった。
「何だ……お前は……!?」
「ハッハハハハ、見つけたよ! お前だ、お前があのスナイパーだぁ!!」
フブキは歓喜の叫びをあげた。自らを追い詰めた初めての相手。まずはそいつに一泡吹かせることに成功した。
フブキの乗機、「ヴォイドオブザーバー」。金色のゴーグルアイに、望遠カメラを搭載したバイザー。流線型をした細いフォルム、装甲は錆びたような色、ラストカラー。
そして一際目を引くのは、蜘蛛の足のように展開されたバックパックにある八本のサブアームユニット。先端が鋭利な四本のマニピュレーターが岩に食い込み、その機体を支えていた。
「さあ来なよ、撃ち落としてやる!!」
ヴォイドオブザーバーの長大な狙撃銃が火を吹いた。その狂気を含んだ弾丸はエグゼディエルの肩を掠める。ここは上空二○○○メートル。おまけに雲がかかり、気流もあるというのに、とてつもない命中精度だ。
空にいる以上こちらが有利なのは変わりない。だが、今は電磁加速砲を使うのは難しい。
ティノンはエグゼディエルを飛行形態へ変形させ、一気に距離を詰めた。当然狙撃は苛烈になっていくが、それでも尚、高度を下げていく。
「狙撃に頼り切った戦い方はしない、まずはあぶり出してやる」
バックパックからミサイルが射出。それらは次々に崖に命中し、岩を抉り出す。
すると岩塊に混じって、錆色の機体が滑り落ちていく。自身の身の丈ほどもあるライフルを携えている。間違いない、奴だ。
追撃にサブマシンガンを畳み掛ける。何故か崖を滑り落ちるだけで撃ち返さない。不気味に思っていたが、構わず弾雨を降らせる。
「あぁ、あぁ、あぁ、………………そんなに撃ってて大丈夫かなぁ?」
フブキの予想はすぐに的中した。ガチリッ、とスライドが引っかかる音が一瞬だけだが響いた。
何の問題はない。すぐにサブマシンガンを納め、別の武器で仕留めれば良いのだから。
だがその一瞬が、フブキにとっては時間が止まったかのように隙だらけなものだった。
土埃を貫いて飛翔した弾丸が、エグゼディエルのモノアイを潰したのだ。
「何だとっ!?」
砂嵐が荒ぶモニター。これでは戦闘どころの話ではない。すぐにサブセンサーに切り替えようとする。
しかし、
「甘いんだよぉ……私に一瞬でも隙を見せたらお終い」
ヴォイドオブザーバーのライフルが次々と弾丸を撃ち出し、エグゼディエルの装甲を着実に削り取っていく。いくら機動力に優れたエグゼディエルでも、視界が潰されれば意味が無い。
コクピットはもみくちゃに揺れ、カーボン筋肉が千切れてフレームが露わになる。
「ティノンッ!!」
ビャクヤはそれに気付き、ヒートライフルを構えた。ヴォイドオブザーバーの横っ腹に照準を合わせる。
しかし引き金を引こうとした瞬間、上空から機銃とミサイルが奇襲してきた。大きく態勢を崩される。
「ぐうっ!」
グリフォビュートの真上に、一機の輸送ヘリがピッタリ付いていた。
その中から、見慣れない機動兵器が姿を覗かせていた。
「さっすが副隊長。仕事が出来る女だねぇ。さてと……」
フブキはライフルのレバーを引いて排莢し、再度エグゼディエルへ狙いを定める。
狙いはもちろん、コクピット。
[ティノン中尉、応答してください! ティノン中尉!!]
[私も出る。ティノンの救援に……]
[中尉、脱出しろ!! 狙われてるぞ!]
[ティノン、撤退してっ、ティノン!!]
[ティノンさん、ティノンさん!!]
「…………うるさい」
何もかもが、自分にとって雑念に感じる。血が目の中に入り、痛みが苛立ちを生む。
震える指先で触れたのは、脱出ボタンではなく、操縦レバー。
エネルギーパックを込める。電磁加速砲を前へ向ける。焦点の定まらない目、それでも敵に当てる自信があった。
自分は、強い。
自分なら、やれる。
「ママ…………私は、強い、から……」
「さようなら」
電磁加速砲が解き放たれる刹那、ヴォイドオブザーバーのライフル弾が電磁加速砲の銃口へ進入。
行き場を失った電流は銃身を逆流する。
暴発し、砕け散った電磁加速砲から電流が蛇の群れのように溢れ出した。
エグゼディエルに反逆した電流はコクピットまで侵攻。各部でスパークが起きる。
そして、悲劇が起きた。
特段大きなスパークが走り、甲高い音が鳴り渡る。
ティノンの眼前に鋭利な金属片が迫って来た。
それが、ティノンの最後に見た光景。
「ああああアァァァァァァァっっっ!!!」
残ったのは真っ赤な景色と、焼け付くような激痛。
自らの足に、ドロリと血涙が流れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ティノンーー!!」
力無く落下していくエグゼディエルを見て、ビャクヤは陸艦からゼロエンドの身を躍らせた。
「ヒャッハ、釣れた釣れた!」
今度のフブキの狙いはゼロエンド。八本のアームを崖に突き立ててよじ登り、機体を固定して狙撃する。
恐ろしいことに、スラスターがある位置を的確に狙ってくる。
ビャクヤは焦りを感じたが、今はティノンを救う事に無我夢中になっていた。
バックパックのヒートライフルをパージすると、スラスターを全開。バックファイアが全身から噴き出す。
エグゼディエルの落下点に、間一髪滑り込んで受け止めた。ぐたりとしたまま動かないエグゼディエルと、通信機から声が聞こえないことに悪寒が走る。
「ティノン! ティノンったら、返事してよ、ティノン!!」
[ザーーー……ぁぁ……ザーーー]
フブキの照準は、ゼロエンドのコクピットに向けられていた。
「なぁんかシュールだなぁ。機動兵器が機動兵器抱っこしてるの。……へへへ、水差してやろうっと」
後はトリガーを引けば、あの二体は炎の花を咲かせる。さっぱりしてはいたが、中々楽しい戦いだった。
「じゃあね、ばっははー……」
[言わせねえぞ]
「っ!?」
振り向いた瞬間、崖が破裂するような音と共に爆散した。ミサイルや機銃で破壊されたのではない。そんな物は一切レーダーに映っていなかった。
聞き覚えのない声が、通信機から届く。
「スナイパーさん見ーっけ」
虚空に、イエローのツインアイが浮かび上がると、空気の被膜を剥ぐようにモスグリーンの装甲が浮かび上がった。
ヴォイドオブザーバーの鼻先に、ショットガンを突きつける。
「ファンタズマ(幽霊)は見通せなかったな、ヴォイドオブザーバー」
続く
果たして、その正体は……
というわけで第20話でした。ティノンに起きた悲劇……なんとなく分かるかと思いますが、次回分かるかと思います。
彼女に降りかかる試練、それにどう向き合うか、ご期待ください。
それでは皆さん、ありがとうございました!