第18話 約束は繋がり
〜シミット防衛戦より一週間後〜
「と、いうわけだアイズマン。お前が休暇中はドラマの連続だったよ」
「ドラマというか、何というか……よく生きて帰れましたな」
「あぁ、私達は……な」
ロンギール、軍本部内の休憩室にて、マックスとアイズマンは語り合っていた。マックスはショートケーキ、アイズマンはビターココアを嗜みながら。
「今回の一件で、特務隊の評価も多少変わったのでは?」
「良くも悪くもな。ゼロエンドがあんな事になったのは今はまだ公表されてない。全くあの仮面司令は何を考えてるんだか……」
「いつもの事といえば、そうですがね」
「そうだったな、ハッハッハ!」
マックスは年不相応な笑い声をあげる。十歳近く若いアイズマンの方が落ち着いた雰囲気の紳士だ。マックスは、さながら童心を忘れていない大人、といった雰囲気か。
「それで、ビャクヤ准尉はあれからどうなんですか?」
「その戦いの後、二日くらい倒れていたがな。今は復帰してるよ。いやはや、見た目によらず頑丈な子だ」
すると休憩室の外からパタパタという足音と共に声が聞こえてくる。それと、何故か引きずられる音も。
「さあ、今日もミッッッチリ鍛えてやるからな!! 昨日のシュミレーターのダメダメスコアを叩き上げてやる!」
「イヤァァァァッッ!! 誰か! 誰か助けてくださいぃぃ!!」
「フレ〜、フレ〜、ビャ〜ク〜ヤ君」
「お姉ちゃんの応援付きですよ、頑張って!」
「すっかり打ち解けたなぁ、ウェルゼお兄さん感動したわ〜」
「………………ハァ」
怪訝そうなアイズマンに対し、マックスは口元を押さえて爆笑していた。
「……大丈夫ですかね?」
「なぁに心配ないさ。彼らなら」
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整備区画に送り込まれてきた数多の資材コンテナ。それらはクレーンに吊るされ、まるでゴンドラの様に揺れながら天井を行き来している。
ベレッタが資材搬入リストを確認していると、ガロットが歩み寄ってきた。
「どんな感じだぁ?」
「いや普通の資材だよ。武器弾薬に装甲材、パーツ、フレーム…………なぁ、おやっさんこれって」
「こんな数、普通入荷出来ねえよな。げっ、これ見てみろよ」
「あ? ってうわっ!?」
ガロットが指差した項目にはこう書かれていた。
〈EA用につき、別の場所へ要保管〉
EA用のパーツを製造できる、といえばあの会社のみだ。更にコンテナが全て同じものであることを見ると、全てハスト社からの物だということが分かる。
「ハスト社……何のつもりだ? あの時は舞い上がってたけど、改めて考えると不気味だぜ」
「表向きはシミットを守り抜いた礼だとよ。確かにハスト社はあそこから金属を買い取ってたが…………胡散クセェ」
「こりゃまた面倒事に巻き込まれるかぁ?」
ベレッタは海溝並みに深い溜息を吐く。
各地で戦いが相次いでいる中、企業からの支援はありがたい。だがうますぎる話は正直信用ならない。
「切羽詰まってる身としちゃあ、仕方がねぇ話か」
ベレッタはEA格納エリアを横目で見る。
ゼロエンド、インプレナブル、エグゼディエルと並んでいる中、隣には更にEAが二機。
その中でも、「4」のEAはアクトメタルフレームのまま。「5」のEAは装甲まで出来上がり、後は武装を残すのみ。
「あの二機の面倒も見なくちゃいけねぇからな。今はハスト社様のご好意に甘えようぜ、おやっさん」
「それもそうだがよ……」
ガロットが見つめていたのはその二機ではなかった。
視線の先には、一部の装甲と武器が取り外されたゼロエンドの姿があった。
「あの光は何だったのか……総司令に聞いてもダンマリ決め込んでたぜ」
「知ってんのかねぇ……まあ、んなこと俺たちは気にすんなってことだよ」
「はぁ、仕事仕事ってな。老体に鞭打って働くとしようかい」
「はぁ、そうだな」
二人は同時に溜息を吐くと、それぞれの持ち場へと戻っていった。
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久々の訓練だった気がする。
エルシディアはシャワーの中、今日の出来事を思い出す。
交代でシミュレートしていた筈だったが、いつの間にかビャクヤ一人を固定化して、交代しながら訓練していた。訓練の一環だからとウェルゼは言っていたが、ウェルゼやアリアード姉妹は明らかに楽しんでいた気がする。
最終的にはビャクヤが訓練中止を涙目で訴えた為、皆でフォローする羽目になったが。
「…………………………フフッ」
シャワー室を出た瞬間、耐えきれずに僅かに口角が持ち上がった。
「エ……エル……?」
人がいないとばかり思っていたが、同じタイミングでティノンがシャワー室から出てきていた。しかもあろう事か、今のアレを見られたらしい。
「…………」
「今お前笑ってーー」
「何の事?」
エルシディアは服をさっさと着ると、足早にシャワー室を出ようとした。が、後ろからティノンの声が追いつく。からかう様な響きが混ざっていた。
「何もない所で笑うなよ。ビックリするだろ?」
「…………ペタンコ女」
「おい今なんて言ったエルッ!!」
ペタンコの叫びが聞こえたが、届かない距離まで歩いていく。
どうして笑ったのかは自分にも分からない。正直自分自身が一番驚いている。
「まだ、笑えたんだ、私……」
何故かは知らないが、複雑な気分になる。あの戦い以来、いつにも増して食欲もない。今日もインスタントで済ませようか、むしろ食べなくてもいいか、悩みの種が増える。
トスッ
何かが足に当たる感覚。考え事をしていて気づかなかったが、一体何なのかと下を見る。
黒髪の見慣れた人物が倒れていた。
「……ビャクヤ?」
「あ、あぁ、エル。……っ!?」
ビャクヤは首を上げた瞬間、すぐに顔を床に叩きつけた。
疲れ切っていて油断していた。今のエルシディアは特務隊制服のスカート。危うく中が見える所だった。というか、少し見えた。
不可解なビャクヤの行動に疑問符を浮かべたエルシディアだったが、屈んで話しかける。
「こんな所で寝てると踏まれるよ?」
「う、うん……。シャワー浴びて部屋に戻ろうとしたら倒れて……。ティノンが通りかかったんだけど、その……」
「上を見上げたらスカートの中が見えて……とか?」
「何で分かったの……?」
ビャクヤは悲壮感たっぷりに嘆く。
助けを求めて首を上げたら、スカートの中のスパッツを目撃してしまい、
「ふ、ふざけるな!!」
という怒声と共に背中へ理不尽な一撃を貰い、悶えていたのだ。
「…………バァカ」
「も、もう許して……」
容赦無い追撃に、ビャクヤはもうノックアウト寸前だった。
だが直後、エルシディアはビャクヤの手を取り、ゆっくりと立ち上がらせた。シャワーを浴びてすぐだからだろうか、その手はほんのり暖かかった。
「あれから、何か変わったことは無い?」
「あぁ、うん。けど一つだけ……」
ビャクヤは制服の左袖を捲る。
そこには前にもあった生々しい裂傷後。しかし、それは以前見た時よりも深くなっていた。
それを見たエルシディアは一瞬だけ目を見開いたが、やがていつもの無表情へと戻る。
「恐らく、ゼロエンドのあの光と関係しているかもね」
「やっぱり……。アリアは何も言ってなかったけど……」
「アリア?」
「あっ! いやいや、何でも無い」
ビャクヤは口を滑らせた事に焦りつつ、何とか誤魔化そうとする。しかし、エルシディアは顔を近づけて問い詰める。
「アリアって何? ゼロエンドと関係が?」
「いや、違うよ。えっと……」
何か上手い言い訳を考える。しかし、少し濡れた蒼銀の髪からの甘い香りと、身体に当たる何かの感触が見事にそれを妨害。アタフタするビャクヤにエルシディアが更に迫った時だった。
ーーキュウウ
刹那、沈黙が訪れる。
エルシディアの動きがフリーズしたかと思うと、踵を返して歩き出した。
「あっ、待ってよエル!」
ビャクヤは反射的にエルシディアの肩を掴む。振り向いたその顔は相変わらず無表情だったものの、お腹がキュウキュウなり続けている。
「エルが良かったらでいいんだけど……後で食堂に行かない?」
「……別に、構わないけど」
「じゃあ、十分後に食堂に集合で。約束だからね」
「約……束……」
エルシディアはビャクヤの言葉の続きが耳に入って来なかった。約束、その二つの言葉だけが頭を往復していた。
あの時彼は、約束を守った。
自分も、約束を守らねばならない。
「えぇっと、良いかな、エル?」
「…………うん、約束」
そう言ったエルシディアの顔を見て、ビャクヤは心臓が跳ね上がり、すぐさま締めつけられる感覚に変わった。
そっと、微笑んでいた。
アクトニウムコアを見ていた、狂気を帯びたものではなく。
誰かにとても似た、優しいものだった。
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部屋で一人、地球儀を回し続ける。
その音と、篭った歌声だけが部屋に響き続けた。
「ン〜♪ ンン〜♪」
カラカラ、カラカラ、カラカラ
ピタリ、と音が途切れる。
不気味な静寂。
総司令官はポツリとその静寂を破った。
「天の翼が開いた。さあ、ビャクヤ、君だけの約束を……君だけの物語を紡ぎたまえ。私はそれを美しく彩ってあげよう」
嬉々とした言葉が止むと、また地球儀と歌声が部屋を支配する。
「次の主人公は、誰かな?」
続く
アイズマンさん、キーレイくん並みに影が薄くなってました、本当に申し訳ない。
という訳で18話でした。これにて一章、ビャクヤ編は終了です。次の章は……ツンツンなあの人、といえば分かるでしょうか?
次からは更に新機体を増やしつつ、ストーリーも更に気合いを入れていきたいと思います!
それでは皆さん、ありがとうございました!