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第17話 約束を守るため

「まさか、シザースパイダーを出す事になるとはな!!」

 ゲハルンは苛立った様子で吐き捨てる。

 理由は明白。圧倒的な戦力を持った自軍の部隊がたった数機の見慣れぬ機動兵器に蹂躙されたためだ。うち何機かが辛うじて前線を維持していたおかげで、シザースパイダーを出撃させる事が出来たのだが……。

 隣の男はというと眉一つ動かさず、淡々と戦況を見つめている。

「あの機動兵器を量産するなど、アルギネアにそんな技術力があるとは到底……」

「それだけ、彼らは本気なのでしょう」

「何ィ?」

「言葉通りです」

 今まではアルギネアが友好を結ぼうと必死だった為に目立った軍備拡大が出来なかっただけだ。ハリッドは心中で呟いたが、余計な一言だと感じて留めておく。

 目の前に表示されたパネルの数字を見る。どう見繕ってもこの戦いは、グシオスの敗けだ。だが紅い機動兵器は機能停止まで追い込んだ様だ。これを鹵獲すれば目的は達成。少々お代が高過ぎるが致し方無いと諦めた。

 ハリッドが鹵獲指示を出そうとした時だった。

「紅い機動兵器、未だ停止してません! シザースパイダーから離脱して行きます!」

「ほぉ、まだ動けるとは……追えるか?」

「はい、速度が著しく低下している模様。追撃しますか?」

「……まぁ良いだろう。追撃を許可する。間違っても粉々にするなよ」

 ハリッドの謎の笑みが、ゲハルンにはやはり理解出来なかった。気色が悪いとさえ思う。

 一度で良い、この男の余裕が崩れる様を見てみたかった。



「くそ、何とか持ってくれたか」

 ティノンは肩で息をしながら呟く。あの数のミサイルを見た時には生きた心地がしなかったが、コクピットを庇ったのが結果として幸いした。

 しかし装甲は焼けてくすみ、右肩が損傷していた。おまけにアクトニウムコアがセーフティモード。エグゼディエルは普段の20%程の出力しか出せない。無事な武装は電磁加速砲のみ。

 さしもの鷹も、爪をもがれてしまえば獲物を狩ることは出来ない。

 [テ……ティ……ノ……]

 グリフォビュートからの通信。ノイズが酷いが、ティノンは出来る限りチューニングする。

 ウェルゼからだった。

 [ティノン! 無事なら応答してくれ]

「……ティノンです。色々と問題が生じていますが、無事です」

 [おし! 時間がねえから今から簡潔に言うぞ! とりあえずエレナ達とグリフォビュートに戻ってくれ、後はそこで伝える]

「グリフォビュートへ? 一体何を……っ!」

 警告音が鳴り渡る。見れば、またしてもミサイルが接近していた。今のエグゼディエルは戦闘機型に変形すら出来ない。何とかホバー移動をしているが、今の機動性はグリフィアよりも劣っている。

 レーダーを頼りにエグゼディエルを回避させるが、爆風は容赦なく機体を襲う。

「くっ……何とかしなきゃ……!」


「ティノン!? ……我慢ならねぇ!」

 ウェルゼは頭をガシガシ掻くと、ブリッジを出ようとする。

「艦長! グリフィアが一機残ってたよな!?」

「ウェルゼ大尉、何を!?」

「俺も出る。囮くらいにはなれんだろ」

「お、おいウェルゼさんよぉ! 指示はどうすんだい!」

 ビリーも引き止めようとしたが、ウェルゼは止まらない。

「どの道このままじゃあティノン達がやられる! 艦長、後の指示は……」

 任せた、と言おうとしてウェルゼは硬直した。正確に言えばその場の全員が、だ。



 何かが画面を横切ったかと思うと、それはシザースパイダーの脚の一つに轟音と共に激突した。

 シザースパイダーが体勢を崩し、大きくよろめく。



「あ……れは……」

 それはバフェメットの船員たちも同じだった。

 ハリッドの顔から笑みが消え、一瞬にして焦燥を帯びた。



「ビャクヤ!?」

「アレン!?」



 ジオ・ギルファの左肩に深々と槍を突き刺した、ゼロエンドだった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「こいつ……!!」

 アレンは何とかして槍を引き抜こうと、右腕とクローアームを組ませる。

 だがそれも虚しく更に深く刺し込まれた。

「おおおおおァァァァァァァァ!!!」

 アリア、もといビャクヤが裂帛の咆哮を上げる。ゼロエンドの背中のフィンの光が一層輝く。

「……なら腕くらい好きにさせてやる!」

 ジオ・ギルファの右腕とクローアームがゼロエンドの頭部へ組み付いた。ギリギリとゼロエンドの頭が軋み、徐々に脚が地から離れていく。

 そしてとうとう、ジオ・ギルファの左腕が槍により引き裂かれた。それと同時にゼロエンドの身体が完全に宙に浮かぶ。

「沈め!!」

 機体の馬力を最大限用いてゼロエンドを地面に叩きつけた。ガギリッという鈍い音は、ゼロエンドのバックパックがひしゃげた事を告げていた。

 しかし、

「まだだっっ!!」

 アリアはジオ・ギルファの機体にゼロエンドの脚を押し当てると、倒れ込んだ勢いを利用して後方へ投げ飛ばした。

 投げ技の一つ、巴投げ!

「っ!?」

 奇妙な浮遊感、直後に強い衝撃が伝導。

 肋骨が折れたのか、アレンは肺の痛みと共に吐血した。だが今のアレンはそれで止まることはない。

 立ち上がり様に残った右手でZ.Kを引き抜く。すると、槍を構えて突進するゼロエンドと相対する。

 その赤く輝く双眸と、夕日色に赤熱する槍、「ストレナ」。

 青く輝く一筋の光と、鈍色に光る刀、「Z.K」。

 渾身の力を込めた一撃が交わった。



「ハアアアァァァァァッッ!!」

「オオオオオオォォォッッ!!」

 金属が擦れ、空気を震わせる。

 灰色の空間に、青白い火花が散りばめられる。どちらの刃も後ろへ引かない。


 だが、決着の時が来た。

「せやぁっ!!」

 ゼロエンドのストレナがZ.Kを弾き飛ばし、ジオ・ギルファの右腕ごと切断した。

「っ!?」

 グラリと揺らめいたジオ・ギルファ。そこへ間髪入れずに、ゼロエンドがストレナを振り下ろした。



「あのゼロエンド……一体何が……」

 マックスは呆然と言葉を漏らしたが、すぐさま我に帰る。

「エグゼディエルとインプレナブルの二機は!?」

「はいっ! 双方、艦内へ格納完了しています!」

「でもあのカニグモもどき、また動き出しましたね」

 カイエンとクラウンの報告を聞くと、今度はウェルゼの方を向く。

 それを見たウェルゼは目で告げた。作戦通りに進行しましょう、と。マックスは少年の様に笑った。

「ティノン中尉、エレナ少尉、エリス准尉! これより作戦を伝達する。整備班、直ちに機体を甲板上に配備せよ!」





 ストレナの穂先は、アレンを屠る事が出来なかった。

 目の前に立ち塞がった、一機のヴァルダガノンの大盾に阻まれて。

 [撤退しなさい、アレン!!]

「ハリッド中佐……!?」

「チィッ!!」

 アリアは更に槍を押し込もうとするが、まるで城壁の様にビクともしない。

「ゼロエンドの力と張り合うなんて……!」

 ヴァルダガノンが大盾に手を掛けると、裏側から巨大な剣が姿を現した。突き出されたそれを紙一重で回避。ゼロエンドはしなやかな挙動で側転し、距離を取る。

「しかし中佐、こいつはーー」

 [この戦いは既に私達の負けだ。何より君を死なせたら、スティアに会わせる顔が無い]

 アレンは一瞬躊躇したが、すぐに了承した。

「……分かりました。死なないでください、俺も姉さんに会わせる顔が無くなります」

 [ハハッ、その心配は無用だよ]

 ジオ・ギルファは失った両腕のスパークさせながら、後ろへ飛び去っていく。

「逃がさなーー」

「追わせはしないよ」

 その背を追おうとしたゼロエンドに、ヴァルダガノンが斬りかかる。洗練された動き。まるで剣が生きている様に襲い来る。

「いい機動だ、是非とも欲しいね」

「何なの、この機体……?」

 更に上から鋼鉄の塊が降ってきた。シザースパイダーの脚だ。ゼロエンドを踏み潰そうとやたらめったらに足踏みをしている。

 ハリッドも危うく巻き込まれかけたが、反射的に回避したのが幸いした。

「ゲハルン大佐の指示かな? 危ないなぁ」

「クッ、邪魔っ!!」

 アリアはストレナを真横に薙ぐ様にして脚を殴りつける。しかし動きを止めたのは一瞬。

 最悪な事に、その隙をハリッドは見逃さなかった。

「やっと隙を見せてくれたね」

「しまった!」

 ストレナを引き抜くが既に懐に入られた。このままではやられる。

「いただきます」

 そう思った時だ。

 突如シザースパイダーが大きくよろめき、二機を纏めて蹴り飛ばした。

「あぁっ!」

「うぉっ!?」

 その要因は、すぐそこにあった。

「グリフォビュート!」

 その流線型をした陸艦が苛烈な砲撃を浴びせたのだ。

 するとすぐにノイズが混ざった通信が届く。

 [やっと繋がったか。ビャクヤ、ゼロエンドがどうなってんのか説明して欲しいが今はしょうがねぇ! グリフォビュートがシザースパイダーに牽制砲撃している。今のうちに離脱してくれ。エグゼディエルの電磁加速砲でシザースパイダーを吹っ飛ばす]

 アリアは応答こそしなかったが、大きく後ろへ跳び退いて撤退する。ヴァルダガノンは追撃の様子を見せない。だが、シザースパイダーの機銃は未だゼロエンドを狙い続けていた。


「ティノン! 撃てるか!?」

 甲板上で電磁加速砲を構えるエグゼディエル。ミサイルによって腕の関節部は損傷していたが、それを支えるためにインプレナブルがバイポッド代わりになっていた。

「80%を超えました。最大出力まで後30秒!」

「エリス、ティノンを守ってね!」

「は、はい!」

 次々に飛来するミサイルを、グリフォビュートの機銃が次々に撃ち落としていく。インプレナブルも肩の機銃で出来る限りの助太刀をする。

 しかし、シザースパイダーに変化が訪れる。節足動物で言う頭胸部から巨大なブレードが飛び出したのだ。折りたたまれていたそれは赤く熱を帯び、グリフォビュートへ突進してくる。

「まずいな……ビリー! 回避出来るか!?」

「出来るには出来るけどよぉ、お嬢さん達が投げ出されちまうぜ!」

 マックスは苦虫を噛み潰したような顔をする。どうすれば、最善な選択だ?


「グリフォビュートはやらせない!!」


 アリアは反転。ストレナを振りかぶると、勢いよく投擲した。

 赤熱した槍は流星のように尾を引き、シザースパイダーの脚を二本斬り裂いた。ガクリとその巨躯はバランスを崩し、前のめりに転倒する。

 その隙を見たティノンは、マックスは、ウェルゼは声を張り上げた。



「「「撃てぇぇぇぇぇぇ!!!」」」



 グリフォビュートからは対艦ミサイルが、インプレナブルからはマイクロミサイルが、そしてエグゼディエルからは最大出力の電磁加速砲が放たれた。


 音速を超えた弾丸がシザースパイダーに直撃。キィィィァァ、という生物の断末魔の様な破壊音と共に真ん中からバックリと断ち切られた。そしてトドメを刺す様にミサイルの豪雨が降り注ぐ。

 巨大な鋼鉄の蟹蜘蛛は、その原型を留めずにこの世から消えた。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 爆音と爆風がここまで伝わる。

 細かい埃や破片が傷口を撫で、痺れに似た痛みが走る。

「ん…………っしょ」

 ひしゃげたコクピットから這い出るのも一苦労だ。

 エルシディアは自身のグリフィアの胴体の上に立つ。火山噴火の様な噴煙と、遠くに撤退するグシオスの陸艦も見えた。この戦いは、アルギネアの勝利。

「勝った……?」

 ふと頭をよぎる。


 勝利、とは何だろうか?


 周りには敵味方、アルギネアとグシオスの残骸と人間かさえ分からなくなった死体ばかり。


 何を得た?


 戦争に審判はいない。どちらかが降伏しない限り、決着はない。永遠に続く。



 いつまで?



 ピキピキ ピキピキ


 心が、錆びて行く。

 何も感じない。勝利の悦楽も、生き残った喜びも、グシオスの敗けを嘲る気持ちも。

 死体を見て吐き気もしない。痛みに泣き狂う事もない。

 錆びて、錆びて、錆びて、錆びて。


「いっそこのまま、錆びて朽ちてしまえば楽なのに……」



 その時、エルシディアの影を埋める影が現れた。

 見上げると、そこには白銀の騎士がひざまづいていた。その焼けた装甲は、尚も美しく輝きを放つ。やがて息を大きく吐き出す様な音と共にコクピットハッチが開く。

 中から出てきたビャクヤはヘルメットを外しており、その目は酷く虚ろだった。スーツの左腕は赤く濡れており、立っているのもやっとなほど消耗している。

 騎士の手に乗り降り立ったビャクヤに、エルシディアは駆け寄った。

 ビャクヤの口が、静かに開いた。



「約束……守った……よ……」



 擦れ切った、虫の羽音のような声。そして重力に引かれて前によろめく。彼をエルシディアは胸に抱きとめ、ゆっくり座り込んだ。

 ビャクヤは一言そう言った後、眠る様に意識を失った。


 心の錆びが、剥がれていく気がした。

 気のせいかもしれないが、それでもそう思った。


 エルシディアはビャクヤの背中に手を回し、抱きしめた。身体の温度が伝わる。自分の温度が、ビャクヤに伝わる。

 錆びが剥がれていく。





「…………ビャクヤ」





 灰色の空に、言葉が融けた。



 続く

ビャクヤ、お疲れ様でした。


というわけで第17話でした。次の話で一章、

Awakeningは終了です。ビャクヤの試練が一つ、終了しますよ。


それでは皆さん、ありがとうございました!

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