第16話 翼、開きしとき
人間は事故などに逢う瞬間、一瞬だが世界がゆっくり流れるらしい。脳が危機を感じ取った時、情報処理能力のリミッターが外れるからだとか、様々な説がある。
振り下ろされた鋼鉄の刃を、ビャクヤは反射的に右に機体を捻り、左肩のシールドで受け止めた。
ゾーン、と呼ばれるのだろうか。一瞬だが世界が止まった様に感じたために瞬時にとれた行動だった。
「今のを躱すか……」
アレンはさほど驚いた様子もなく、後ろに飛び退いた。鈍色だった「Z.K」はシールドとの凌ぎ合いにより赤熱していた。
「ジオ・ギルファ……悪くは無い性能だ」
Z.Kを構え直し、再び突進。未だなお赤味を帯びた刀身を突き出した。
ビャクヤはシールドを左手にスライド、それを再び受け止めた。
「こんなことしてる場合じゃない! エルシディアが……!!」
しかし受け止められたZ.Kを使って、無理矢理防御をこじ開ける。
刹那、晒された胴体にもう一本のZ.Kを突き立てた。
「ぐぁ!?」
凄まじい振動が襲い来る。しかしゼロエンドの胸部の増加装甲が何とかコクピットへの侵入を妨げていた。
ビャクヤはゼロエンドのバックパックブースターを点火、ジオ・ギルファの胴体を蹴ってZ.Kを引き抜き、もう一度距離を取った。
「貰った!!」
大型マシンガンを二丁、ジオ・ギルファへ向けてトリガーを引き絞ろうとした時、
「今だ、鹵獲しろ!!」
突如飛来したワイヤーにゼロエンドの両腕が絡めとられる。
「なっ……!?」
更に背後から両足を拘束される。
身動きが取れない。
[アレン大尉! 例の機動兵器の拘束を完了しました!]
「……少しは使える連中らしいな。後は関節部を破壊すればチェックメイトか」
機械的な台詞を漏らすアレン。その響きはまるで、チェスで素人相手に完封勝ちを決めたかの様な虚しさがあった。
「ビャクヤ?」
エルシディアはジェイガノンのコクピットへねじ込んだ対艦刀を乱暴に抜き払う。数機掛かりでゼロエンドを拘束している。
鹵獲しようとしているのか。通りで自身を狙う敵が少ない訳だと合点した。
「鹵獲は……させない」
グリフィアは流れる様に加速。全身にのしかかるGが心地よく感じる。
しかし、進路を塞ぐ様にジェイガノンが立ち塞がる。
「ここは通さーー」
「邪魔」
大型ブースターが蒼炎を噴出。軽い機体重量のグリフィアは空へ舞い上がり、ジェイガノンの頭を踏みつけて更に跳躍。
落下の重みを乗せた対艦刀の一撃が、無防備なジェイガノンを背後から縦に引き裂いた。
「ありがとう、エルシディア!」
ビャクヤは右腕のワイヤーが緩んだ隙を逃さず、強引に振り回す。
「っ!」
アレンは咄嗟にジオ・ギルファを飛翔させる。直後、円を描く様に残骸が通過。
左腕を拘束していたジェイガノンに直撃し、衝撃でワイヤーランチャーを取り付けた右腕が破損した。
[な、何て馬力だ!]
[くそ、増援を要請し……うがぁ!!]
残る二機はゼロエンドに集中し過ぎた為にエルシディアの接近を許してしまい、ワイヤーを切断される。
うち一機は深々と対艦刀を入刀され、ゴーグルアイから光が消える。
「今度こそ仕留めて……」
しかしビャクヤがマシンガンを向けた時、既にジオ・ギルファの姿は無かった。
背中に悪寒が走る。
ガギィィィィ
間一髪。振り下ろされたZ.Kとマシンガンが鍔迫り合い、鉄板を切り裂く様な甲高い音が鳴る。
そして、程なくしてマシンガンが切断された。
「だったら!」
「もう片方のマシンガンを撃ちに来る」
双方の独白はまるで会話の様になっていた。
アレンは向けられたマシンガンの銃口を射抜く様に突きを繰り出し、破壊。
「くっ!!」
ゼロエンドが右拳を振りかぶる。鉄杭を撃ち出す兵器、ネイルナックルが届く距離。
「そうせざるを得ない」
その時、ジオ・ギルファの背後から謎の物体が出現。ゼロエンドの右腕に喰らい付き、その動きを妨害する。
その正体は、三本指のクローアームだった。
そしてもう一つのクローアームが、ゼロエンドのコクピットに強烈な一打を浴びせた。
「がっ…………!?」
衝撃はコクピットに伝わり、ヘルメットの中にまで伝導する。
左腕での攻撃を試みたが、本体の腕によってガッチリと掴まれる。
「やはりお前は、俺の予想どおりにしか動けないか」
追い打ちの様にクローアームが叩きつけられ、その度に失神しそうな程の振動が襲いかかる。
増加装甲が先の斬撃で破損していたこともあり、剥がれ落ちていき、強靭なアクトメタルの装甲も余りの威力に損傷し始める。
「ま……まだだ、ゼロエンド……僕は……」
ビャクヤの意識が闇に落ちると共に、アクトニウムコアがオーバーヒートしたことをパネルが伝達。
ゼロエンドは力なく項垂れた。
「……止まった」
アレンは溜息の様に一言呟いた。
少々やり方が強引だったが、綺麗な状態で持ち帰れ、とは言われていない。中のパイロットがどうなったかは分からないが、そんな事を気にするアレンでは無かった。
クローアームを放すと、白銀の機体は倒木の様にゆっくり倒れる。ピクリとも動かない。
だが、本当に機能を停止したかどうかは不明だ。
「念の為、関節を破壊しておくか……」
その時、背後から弾丸が数発飛来。ジオ・ギルファの装甲に焼け跡を刻む。
振り向くと、爆風で煤けた色となった一機のグリフィアがマシンガンを構えていた。
その足元には、数機のジェイガノンが転がっている。
「や……らせは、しない……!」
エルシディアの体力も、グリフィアの稼働時間も限界に迫っていた。
だが、ゼロエンドを鹵獲される訳にはいかない。彼女の脳内にはただそれしかなかった。
「あの数を一機で……か」
アレンは微かに、微かにだが、微笑を浮かべた。
「面白い、お前も戦場でしか生を感じられない人間か」
ジオ・ギルファが雄叫びの様な排熱音を発し、グリフィアへ突進する。
グリフィアは腰の対艦刀を二本抜くと、ジオ・ギルファもZ.Kを二本抜く。
それぞれの剣閃が閃き、それぞれの刀身が交差する。
しかし、グリフィアの力はジオ・ギルファに遠く及ばない。左の対艦刀が押し込まれ、そのまま切断された。
「……っ!!」
弾かれた左の対艦刀を素早く投擲。一瞬だがジオ・ギルファに隙が生じる。
両腕で握り締めた対艦刀が、大気を切り裂きながら突き出された。
見た事がある場所だ。
しかし、前とは違う。
今、ビャクヤが立っている場所は暗闇ではなく、
何処までも続く蒼空と、
それを映す澄み渡る水面。
「ビャクヤ」
あの声が、聞こえる。
ビャクヤが顔を上げると、少女は変わらぬ姿でそこにいた。
少し困った様な笑顔で。
風が吹いていないにもかかわらず、きめ細かな銀の髪がなびく。
ビャクヤは彼女と目を合わせる事が出来なかった。
「アリア、僕は……」
すると、彼女は優しく頬を撫でる。母親が、我が子を慰めるかの様に。
「ビャクヤは……頑張ってる。私の約束の為に戦ったのも、知ってるよ」
「……」
「だけど、私の約束は、私の約束。ビャクヤには、ビャクヤの約束がある」
「僕の、約束……?」
ーー死なないでねーー
エルシディアの言葉が脳裏をよぎる。
何でもない一言だが、とても小さいが、確かに約束だ。
「私は君を助ける。……ビャクヤは?」
「………………僕は」
エルシディアが突き出した対艦刀は空を切り、ジオ・ギルファのZ.Kに半ばから切断された。
そして、そのまま胴体に袈裟斬り。
切断された装甲の破片が宙を舞い、後方へ大きく倒れこんだ。
「浅い、か」
アレンはそう言ったが、グリフィアのコクピット内部は惨状だった。
システムパネルはスパークし、コクピットからは外の様子が見えていた。
エルシディアはというと、衝撃でヘルメットが外れ、飛び散った破片が額を切って血が流れていた。
今はただ、呼吸することだけで精一杯だ。
「戦いは、非情だな」
アレンの乾いた声と共に、ジオ・ギルファはコクピットへハンドガンを向けた。
「…………死ぬ?」
エルシディアの言葉はまるで他人事の様な響きを孕んでいた。最早自分の死さえ何とも思わないくらい、心が錆びたのか。
引き金が、ゆっくり動き出した。
「何っ!?」
アレンは直前で何かを察知し、半身で避けようとした。
しかし、飛来した大型シールドの一撃を食らい、大きく吹き飛ばされた。
「あ……」
エルシディアは初めて、困惑した表情を見せた。
先程まで糸が切れた人形の様だったゼロエンドが、そこに立っていた。
「どう……して……?」
[約束、したから]
奇跡的に生き残っていた通信機から、ノイズ混じりの声が届く。
[死なないで、なんて言った本人を死なせたら……約束を破ったのと同じだよ]
「約束……」
[だから、僕はーー]
「エルを死なせない!!」
直後、ゼロエンドに変化が訪れた。
両脛の装甲が展開し、中からスラスターが出現。上半身の増加装甲が剥がれ落ち、内部の装甲までも展開、隙間からカーボン筋肉が覗く。
更にバックパックの一部が弾け飛び、ウェポンクラッチをパージ。
最後に頭部のフェイスガードが砕け散り、アイレンズが露わになった。
そしてビャクヤの瞳が琥珀色へと染まり、アリアとなった。
「ゼロエンド、貴方の力を見せて」
地面のウェポンクラッチから大型の槍、「ストレナ」を引き抜く。
ゼロエンドのバックパックから、羽根の様なフィンが二対突出。それが群青色を纏う。
エルシディアは、ただ一言発した。
「天…………翼……」
アイレンズが今一度輝いた。
続く
遂に、覚醒……
という訳で16話でした。今回は少し短めでしたね。あと1、2話で戦闘は終局を迎える予定です
それでは皆様、ありがとうございました!