第15話 コア・リミット
「ビャクヤく〜ん、調子はどうだ?」
戦闘中にこんなふざけたナビを行っているオペレーターに、ビャクヤは不安を隠せずにいた。第一、その質問にどう答えれば良いのか分からない。
強いて言うならば、決して良くない。
「ま、良くはないよな。いつあの爆発の一つになってもおかしくないし。……そこで、優しいウェルゼ隊長からワンポイントアドバイス☆」
「は、はい……」
「敵は機動兵器だ。人間じゃない。……そんじゃあ、頑張んなさい」
そう告げると、プツリと個人回線が切れた。
ウェルゼは気づいていた様だ。ビャクヤの中で燻っている、苦痛と恐怖に。
だからこそ、その一言をくれたウェルゼに感謝した。
アラート音が敵の襲来を告げる。
ジェイガノンが一機、正面から迫って来る。左肩に巨大なシールド、右手にはガトリングガン。
その重厚な脚で地面を踏み鳴らし、その三門の砲身が回転し始める。
ーー敵にうまく当たらない……どうすれば……ーー
ーー簡単だ。構える、狙う、トリガーを引く。これを速く、正確にやればいいーー
ティノンの言葉を反芻する。
「構えて……」
背中のウェポンクラッチが大型マシンガンを右腕に渡し、両手で腰だめ持ちする。
だがその瞬間、ジェイガノンのガトリングが先に火を吹いた。
「素人が!!」
ジェイガノンのパイロットが嘲るように叫ぶ。見た事のない機体だが、動きが緩慢だ。自分一機で墜とせる。その自惚れにも近い自信が心を満たしていた。
「ひっ……!!」
モニターを埋め尽くす弾雨。一気に恐怖が頭を支配する。
人を殺す恐怖から、殺される恐怖へ。
操縦桿から手が離れそうになる。揺れる操縦席がそれを手助けするようだった。
(大丈夫、ゼロエンドを信じてあげて)
突如、脳内に響く声。
アリアの声だ。
「ーーーーっ!!」
ビャクヤは操縦桿を握り直し、ロックオンカーソルを操作。
すると、赤い照準が敵機の各部を示す。そこには〈WEAK POINTS〉の表示。
まるで、ゼロエンド自身が分析したように。
「狙って……撃つ!」
ビャクヤは赤いカーソルの一つ、胴体と腰部の接続部をロックオン。
トリガーを引き絞った。
耳をつんざく炸裂音と共に、徹甲弾が無数に放たれる。
それらはジェイガノンの機体内を侵し、上半身と下半身に引き千切り、無数の風穴を開ける。
機体のジェネレーターに引火したのか、ジェイガノンは小爆発を起こしてその身を焦がした。
その爆発で気がついたのだろうか、周りから敵機の反応が押し寄せる。
しかし、顔をあげたビャクヤの表情はいつもの穏やかで、どこか情けないそれではなかった。
自身を襲う恐怖とトラウマまでも咬み殺さんとする、決意の表情。
「行こう……ゼロエンド!」
ゼロエンドのフェイスガードの下で、琥珀色のアイレンズが煌々と輝いた。
まずは二時方向の敵機。数は二体。
マシンガンを構えたのを見た瞬間、ゼロエンドのシールドを左肩から左手にスライド。前方へ構える。
グリフィアを簡単に仕留めるマシンガンはシールドに阻まれ、ゼロエンドには届かない。
ーー仕方ないな……ガードするなら、そこから攻めに転じる一手を考えろーー
「分かってるよ、ティノン」
ゼロエンドの背部ブースターを点火。シールドを構えたまま、左側のジェイガノンを猛突する。
零距離まで迫った瞬間、左手のシールドを高く振り上げる。すると、シールドの裏側から二本の鉤爪状の刃が展開。
間もなく、シールドクローがコクピットを抉る。
ギシィ ギシャギギギギ
もがきながら引き裂かれてゆく僚機を見て、もう一人のパイロットは恐怖した。
急ぎマシンガンの銃口をゼロエンドへ向け、仇を討たんとする。
だが、既にゼロエンドが先に右手に携えた大型マシンガンを向けていた。
「や、やめろぉ! やめーー」
その悲痛な叫びは機体と共に撃ち抜かれて果てた。
だが、アラート音が絶えることはない。
「まだ来る……!?」
深く抉り込まれたシールドを無理矢理引き抜き、左肩へ戻す。
今度は三機。ゼロエンドを取り囲む様に接近して来る。
ビャクヤは左手にも大型マシンガンを持ち、まずは一機に牽制射撃。
味方を三機も葬った凶弾の嵐だ。そのジェイガノンはシールドを構え、その動きを一旦は止める。
「よし、後はあの二機を……っ!?」
しかし、空気が震える程の発砲音が聞こえたかと思うと、ゼロエンドの機体を大きく吹き飛ばした。
地面に叩きつけられ、大型マシンガン二つを取り落とす。モニターを拡大すると、そこには機体高に近い大きさの滑空砲を構えたジェイガノンの姿があった。
更に三機目のジェイガノンが目の前に歩み寄る。その手には巨大なヒートアックスが握られており、まるで処刑人の様だ。
だが、ビャクヤが恐怖より先に頭に思い浮かんだのは、
(どうする……こいつを破壊するには……)
戦いという狂気は少年を大きく変えていた。
機銃程度ではジェイガノンの重装甲に弾かれ、ナイフは抜く暇がない。
両腕のアレを使うには、距離が足りない。
薪を割る様に戦斧を振り下ろそうとした時だった。
何故か、ジェイガノンの胴体から二本の刃が飛び出した。
「あ……っ!!」
刃はそのままクロスを描く様にジェイガノンを切り捨てる。
倒れ伏したジェイガノンの背後には、蒼い機体のグリフィアが立っていた。
背部のバックパックに、一際目を引く大型ブースターが一つ。それを取り巻く様に四つのサブスラスターが設けられている。更に腰部にもブースターが取り付けられている。
「何だあのグリフィア!? いつの間に!」
[狼狽えるな、二人でも仕留められる]
二機のジェイガノンは、それぞれ滑空砲とマシンガンでグリフィアへ狙いを定める。
まずは滑空砲を持ったジェイガノンが仕掛けた。ゼロエンドをも吹き飛ばした弾丸。グリフィアの装甲では防ぐことなど出来ない。
しかし蒼いグリフィアは、地面を滑る様なホバー移動でそれらを躱す。前傾で行うそれとは違い、まるでアイスダンスの様に美しく。
そして二本の対艦刀を構え、バックパックのブースターが青白い息吹を吐き始めた。
「だがその速度なら動きは単調になるはず……そこを撃ち抜く!」
そうパイロットが独白し、発射態勢に入った。
勝負は、この一瞬で決した。
グリフィアの対艦刀は、ジェイガノンの頭部と胴体に突き刺さっていた。
「イ……イッダイ……ナ……ガ、ガ」
首から下が両断されたパイロットはうわ言の様に遺言を発した。死ぬ寸前まで、自身に何があったのか分からぬまま。
しかしビャクヤは見ていた。ブースターの点火と共に、音速の様な速度で走行したグリフィアを。
「こんの……化け物めぇぇぇ!!」
残されたジェイガノンのパイロットはやけくそ気味に叫び、マシンガンをグリフィアへ乱射し始める。
「やらせるかぁぁぁ!!」
ビャクヤの声と共にゼロエンドは立ち上がり、全身のスラスターを開き、一気に跳躍。
ジェイガノンの真上から自由落下を上乗せした右ストレートを叩き込んだ。そして、右手から赤熱した鉄杭を発射。
ビクン、と痙攣を起こした後、ジェイガノンは爆発四散した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
何とか、付近の敵を全滅させた。過呼吸に近いほど喉を鳴らし、コクピットの小さなケースから水の入ったペットボトルを取り出してがぶ飲みする。
喉の潤いにつられて落ち着きを取り戻し、モニターに向かって呼びかける。
「ありがとう、エルシディア。助かったよ」
[…………別に]
蒼いグリフィアーーグリフィアBM型から簡素な応答が返ってくる。
だがそういう彼女の声も、少しだが掠れていた。表情こそいつものままだが、額には水滴も浮かんでいる。
「だ、大丈夫? 声……」
[速度にまだ慣れてないだけ……大丈夫]
やはりというべきか、あの速度では負担が大きいらしい。とは言いながら、ビャクヤもゼロエンドの性能に振り回されがちで疲労が現れ始めている。
「とにかくここに敵はいないみたいだし、隊長たちに連絡をーー」
すると突然、エルシディアの画面に割って入ってきた人物がいた。
オペレーターの一人、カイエンだ。
[ビャクヤ准尉、エルシディア少尉! 今すぐティノン中尉たちと合流して下さい!!]
「どうしたんですか!?」
[グシオスが巨大機動兵器を……とにかく、鉱山基地が危ないんです! グリフォビュートも今向かっていますから、急いで下さい!]
モニターの画面が消える。かなり焦っていた所を見ると、かなり危険な状態なのだろうか。
[とにかく戻りましょう。急がないと……]
「うん、それじゃあ……」
突如、弾丸が降り注いだ。
「何!?」
ゼロエンドとグリフィアは反射的に飛び退いて躱した。
その犯人は、取り囲むように陣形を組んだ十機近い数のジェイガノン。
「そんな……」
[…………これは遅刻かな]
エルシディアは早くも臨戦態勢に入る。
しかしあの数……多勢に無勢とはこの事を言うのだろうか。
確かにゼロエンドの性能は高いし、エルシディアの腕はエース級だ。
だがビャクヤは聞いた事があった。古来より、戦いにおいて数は大きく勝敗に関わるものだと。それが当てはまるのなら、今の状況は詰みに近い。
やるしかない。
ここを越えなければ、アリアの約束は果たせない。
先ほど取り落としたマシンガンの残弾は二丁共に充分。戦う力はまだ残っている。
[援護は任せたよ、ビャクヤ]
「うん、暴れて来て」
グリフィアBM型は蒼い流星の様な速さで敵陣へ切り込んでいった。
ゼロエンドも後を追おうとした時だった。
真後ろから高熱源反応。何が迫っている。
振り向いた瞬間、眼前にあった青いゴーグルアイと目が合う。
その手に握られた、鈍色の刀が突き出された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おいおい……これがエースって奴か……」
ウェルゼはブリッジ内で嘆息する。いつものヘラヘラした笑いではなく、苦笑気味だ。だが、彼はまだ良い方だ。
他のメンバーは唖然としていた。ビリーに至っては悟りを開いた様な顔をしている。
理由は、空を翔けるEAと大地を駆けるEAがもたらした戦況にあった。
それまで押されていたアルギネアは、この二機の参戦により、陸艦二隻を行動不能、およそ三つ分の中隊を撃滅せしめたのだ。
この戦果は、EAを管轄している特務隊やグリフォビュートの面々も予想していないものだ。
「これが……EAの力か。いいねぇ……」
ウェルゼの言葉に、マックスはつられて笑った。
笑うしか、なかった。
「これで最後か……」
ティノンは屑鉄となった敵機を一瞥すると、辺りを見回す。
黒煙を噴きあげる機体が転がるばかりで、まるで墓場の様だ。
あまりに静か過ぎる気がした。まさかこんな呆気なく終わる筈は無い。
「こちらティノン。エリス、周囲に変化は?」
[はい、見た感じ異常はありません。撤退……したんですかね?]
普通はそう考えるのが妥当だ。確かにシミットを墜とせればグシオスにとって大きなアドバンテージになる。だが、現状このまま続ければグシオスは大量の資源を消費することになるのだ。明らかにリスクとリターンが釣り合わなくなる。
ティノンは考えていた。
本当に、シミットだけが狙いだったのか?
シミットを占領する為だけに、陸艦や部隊を
複数派遣するのか?
「なぁ、エレナ……」
[何?]
「もしも、何だが……奴らがまだEAの鹵獲を諦めていなかったら、どうすーー」
その言葉は、奇しくも現実となった。
[っ!? ティノンさん、前方に高熱源反応を確認しました!! こっちに向かってます!]
鬼気迫るエリスの声。
ティノンは電磁加速砲のスコープを覗きながら、周囲を見渡す。
前方に、巨大な影が現れる。
「な……っ! あれは……」
それは陸艦ではなく、機動兵器だった。
六本の長い脚、ドーム状に盛り上がった背部、くすんだ黒色の全身。
陸艦と並ぶほど巨大なそれは、甲殻類の様な姿をしていた。
「お、お姉ちゃん……あれ、何……!?」
それを見たエリスは震えた声で話すが、エレナは歯を食い縛るのみで答えない。
代わりに、モニター越しにティノンが語る。
「グシオス軍超大型殲滅戦用機動兵器、シザースパイダー……!!」
ティノンはエグゼディエルを戦闘機に変形させ、接近しようとする。
するとシザースパイダーは、背部のハッチを開き、ミサイルを乱射。次々と迫るミサイルの一部を、戦闘機形態のまま回避。後に人型へ変形、両腕の機関銃で羽虫の様に全てを叩き落とした。
だが間髪入れず、機銃の弾幕が歓迎する。
エグゼディエルは全身のスラスターを用いて、踊る様に避ける。よく狙って撃っているのは分かるのだが、それ故パターンも見極めやすい。
そして電磁加速砲下部のバヨネットを展開、青いスパークを帯びる。
「このまま操縦席を引き裂いてやる……!」
エグゼディエルのモノアイが野獣の眼の様に輝き、スラスターが火を噴いたその時ーー
ビィィィ ビィィィ ビィィィ
「な、何だ!? どうした、エグゼディエル!?」
〈CORE OVERHEAT SAFETY LOCKED〉
機械音声が鳴り響くと、プツリとモニターが途切れる。
そしてエグゼディエルはスラスターから微量の炎と煙を吐き出しながら、まるで風船のようにゆっくり降下していく。モノアイにも、光が灯っていない。
シザースパイダーのミサイルランチャーが、次弾を装填し始める。今やエグゼディエルは的同然だ。
このままではやられる。
「エリス、150㎜砲に徹甲炸裂弾! 注意をティノンから逸らして!!」
エレナは後ろを向くと、知らずうちに大きな声で要求する。
しかし、返答が無い。
「エリス? 聞いてるの、エリス!?」
「……お姉ちゃん」
顔を上げたエリス。その表情は、涙に濡れていた。
「ごめんなさい……気がつかなかった……ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
直後、ティノンのものと同じ警告音。
インプレナブルはがくりと項垂れ、その機能のほとんどが停止した。
放たれたミサイルがなす術なき緋色のEAへ殺到し、その姿を炎の化身へ変えた。
続く
安全機能があって安心だね(半ギレ)
というわけで15話でした。次回は謎の機動兵器VSゼロエンド、そして戦闘パートも佳境に入ります。
それでは皆様、ありがとうございました!