第13話 錆び付いた心
今回は長めです
「総司令官、ご報告が」
「……あぁ」
「一つ目は整備班から。現在全てのアクトニウムフレームが完成。うちニ機は外装もほぼ完成し、ロールアウト可能との事です」
報告を聞いた総司令官は、無言の拍手を送る。
「素晴らしい、私が想定した期日より早いとは。こちらでパイロットは選考してある。伝えておこう」
「はい。それと、二つ目なのですが……」
報告を行っていた兵士は、重い口調で告げた。
「グシオスがフラムシティの一件以来、大きな動きを見せました。近い内に戦線布告を行い、まずはシミットへ侵攻するとの事です」
「……成る程。彼らももう隠す気は無いということか」
シミットーーアルギネアの中で数少ない重工業都市の一つ。
総司令官は机の上にある地球儀を回し、一定の場所を指で弾く。
「コルセス砂漠、第一次帝国大戦。私達は二つの戦いにおいて勝利した事は無い。帝国大戦に至っては、あの事件があってこそ引き分けだったのだ」
「…………天翼の光事件、ですか」
総司令官はその問いには答えない。
言わずとも、そうだと告げていた。
「整備班に伝えてくれ。なるべく早く他の機体も出撃可能まで仕上げる様に、と」
「ハッ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「よし、そこまで!!」
ティノンの号令が響き、仮想の戦闘の幕が引かれる。
中から出て来たビャクヤは大きく深呼吸し、その場に座り込んだ。
ビャクヤが訓練を受け始めて一ヶ月が経過した。
始めはレベル1の内容ですら苦戦していたものの、今では通常の兵士が行うレベル5までをクリア出来るようになっていた。
「今回はどうだった、ティノン?」
ビャクヤはティノンから渡された水を飲むと、切れ切れな声で尋ねる。
「……どうだった、って?」
「いや、少し前にウェルゼ隊長から言われたんだ。『割と良い動きしてる』ってさ」
「………………」
ビャクヤの嬉々とした声を聞いたティノンの反応は、かなり冷めていた。
「VRで一般兵レベルがやっとな奴の動きが良いなんて、私には思えないな」
「ウッ…………」
「そんな事言ってる暇があるなら自主練習の一つでもやったらどうだ?」
ティノンは冷たく突き放すと、訓練ルームを後にする。
「まだ……まだ足りないのかな」
ビャクヤはライトが光を放つ天井を仰ぐ。
しばらくアリアの声はおろか、頭の痛みすら感じない。
彼女は今、この様子を見ているのだろうか。
彼女なら、何というのだろうか。
ビャクヤの足は訓練コクピットへ向かおうとしなかった。
その理由が自分にも分からないことが、複雑な気持ちにさせた。
ティノンが部屋を後にし、自室に戻ろうとした時だった。
「エルシディア?」
蒼銀の髪を持った少女が、通路に立っていた。その感情が宿っていない瞳が、ティノンを見つめている。
「……何だ? 何か用があるならさっさと言ってくれないか」
「艦長からの伝言。整備区画に集合して。時間は今から30分後」
「……了解」
要件を聞くと、ティノンはさっさと通り過ぎようとした。
その時、エルシディアは囁くような声を発した。
「彼、凄いわね。たった一ヶ月であそこまで出来るなんて」
「ふん、どうだかな! 戦い方を見たが、まだあれならエリスの方がマシだ。前に出れないんじゃあ前線維持だってまともに出来やしない」
「…………そんな言い方しか出来ないんだ」
「何っ!?」
ティノンは食ってかかるが、エルシディアはそのまま曲がり角に消えてしまった。
「あぁもうっ!! 何なんだアイツ!」
苛立った声の響きは、誰の耳にも届くことはなかった。
不意に虚しくなり、ティノンは整備区画に歩を進める。
こんなにも苛立つ自分自身に、疑問を抱く。
確かにエルシディアの言った事は間違っていない。ティノンの最初の予想では、途中で挫折するとばかり思っていた。
しかしビャクヤは泣き言こそ言うものの、無理のあるこの訓練について行こうと必死だった。
なのに何故、何故それを賞賛する事が出来ない。
何故苛立ちばかりが積もるのか。
ドン
「あうっ!」
突然、可愛らしい声と共に胸の辺りに軽い衝撃が走る。
見ると、よたついているエリスの姿があった。
「あぁ、すまない。大丈夫か?」
「は、はい。私もぼーっとしてて……ごめんなさい」
「二人共〜、ちゃんと前見てくださいよ〜」
額を擦るエリスの後ろから、エレナの姿が現れる。そう言う当人は、二人以上にぼーっとしている様に見えたが。
「ていうか、エレナとエリスはこんなところで何を?」
「え〜っと、…………??」
「お、覚えてないのか……」
「わ、私が説明します!」
自分の存在を示す様に、エリスは大きく手を挙げる。
「艦長に呼ばれたので、ティノンさんを呼びにいく所だったんです。私達も呼ばれていたので、一緒に連れて行こうってお姉ちゃんが」
「二人も呼ばれてたのか……?」
何故この面子なのか。
ティノンには、単なる偶然には思えなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方その頃、整備班はてんやわんやしていた。
至る所で作業車が走り回り、人が走り回り、作業用グリフィアが歩き回っていた。
「A区画、グリフィアの配置完了!」
「おい、C区画のグリフィアに予備パーツ回してくれ! 足りねぇよ!」
「うわ、ブースターマズルが一個足りねえ!
誰だよつけ忘れた奴、危うく大惨事だったじゃねえかコラァ!!」
それはベレッタ達、特務隊整備班も同じだった。こちらは他の班から人員を借り、残りのEA完成に尽力していた。
「ベレッタさん、このパーツは?」
「それはあっちに送っとけ。なんかクソジジイがバカ孫に頼まれてるパーツって言ってたわ」
「ういーっす」
すると整備橋の上から二つの怒号が響いた。
「誰がクソジジイだぁ!!」
「だれがバカ孫だぁ!!」
「お前らだよ、このすっとこどっこい!!」
ガロットとミーシャの叫びを足した分の怒号を返す。
するとミーシャは、ふふんと幼い胸を反らす。
「ベレッタ、わたしのじしんさく見たい?」
「見なくていいから仕事しろや」
「そんなに見たいなら見せてあげる!!」
ベレッタの拒否宣言を当然の如くスルーし、自らの背後に佇む機動兵器に向けて両手を掲げる。
「これこそ! うまれかわったゼロエンドのしんのすがたよ!!」
肩から上腕、両脚部の無骨な増加装甲、両足の脛に付け足された大型スラスター、更に増加装甲の隙間には小型のスラスターとブースターマズルが覗いている。
両手の手首には、謎の追加武装。背中にはウェポンクラッチが追加され、頭部に至っては兜の様に装甲が被せられ、額から巨大なブレードアンテナが天へ伸びていた。
「な、な、なんじゃあこりゃあああああ!!?外装に装備盛りすぎじゃあねえかあああ!!」
余りの変貌ぶりにベレッタは絶叫する。対してミーシャは謎のドヤ顔。
「昔にあった、せいよーのきしを参考にしたんだ! カッコイイでしょ!」
「カッコイイでしょ、じゃねぇ!! お、おやっさん……あんたこれマジで出す気か?」
「ベレッタよぉ。見た目は人それぞれだろう。それに、ちゃんと性能は向上しとる。心配すんな」
ガロットの自信たっぷりな対応を見ても尚、ベレッタの顔色は青いままだ。
その理由は隣の機動兵器にあった。
「ついでにミーシャ。そのグリフィアは何だ?」
「これ? エルお姉ちゃんとティノンお姉ちゃんのグリフィアをくみあわせたの」
そのグリフィアは、バックパックに巨大なブースターが4基。サイドアーマーに2基のブースターが追加されていた。
「ちなみにね、最高の速さはグリフィアより1.7倍出るよ」
「…………パイロットは耐えられんのか?」
「……あっ」
ミーシャはしばらく沈黙した後、手をコツンと頭に打って舌を出して言った。
「考えてなかった。てへっ☆」
「……………………」
ベレッタは力無く、その場に座り込んだ。
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「特務隊副隊長、ティノン・ハスト、及びエレナ・アリアード、エリス・アリアード、ただいま参りました」
グリフォビュート艦長、マックスへ向かって3人はビシリと敬礼する。
そして隣には特務隊隊長、ウェルゼの姿もあった。
「うちのメンバー、本っ当真面目だな」
「ハハッ、悪いことじゃあないだろう。さて、単刀直入なんだが……」
マックスは言葉を切ると、小さな録音機を取り出す。スイッチを入れると、クリアな音で声が放たれた。
『特務隊の諸君。調子はいかがかな?』
「この声……総司令官?」
「へっ、嘘!? 総司令官!?」
ティノンの発した名前に、エリスは過剰に反応する。
『私は無駄な長話は得意ではないのでね、最低限の用件だけを伝えよう。まずは一つ、完成しているEAを、ティノン・ハスト中尉、及びエレナ・アリアード少尉、エリス・アリアード准尉、この3人に受領してもらう』
3人に緊張と衝撃が走る。
EA、考えうる限り、現在のアルギネアの中で最高性能の機動兵器。
それを特務隊のメンバーだけが受領するとは、どういう事なのか。
更に、総司令官の伝言は続く。
『二つ目は、先日グシオスが戦線布告した件についてだ』
この瞬間、空気が一気に冷たくなる。
それはたった一人が、ティノンが発した殺気に近い雰囲気によるものだった。
『グシオスの大部隊は現在、シミットへと向かっている。そこを抑えられれば、私達アルギネアの兵器開発は壊滅的な打撃を受けることになる。そこでだ』
『特務隊はEAの受領後、グリフォビュートにてシミットへ向かってもらう。そこで現地部隊と合流、グシオス軍を撃退せよ』
「本当、突然だなぁ……」
ビャクヤはグリフォビュートの前で呟く。
突然夜に招集がかかったかと思うと、これからシミットへ向かうとの事だった。
現在、機動兵器の格納が行われている。
その中には、見覚えのない機動兵器が混ざっていた。
巨大な砲身をバックパックに備え、下半身がキャタピラの金色の機体。
主翼部の片側ににロングバレルライフルを装備した巨大な緋色の戦闘機。
「ちゃんと完成したのね」
「うわっ!?」
いつの間にか隣に立っていたエルシディアの姿に、ビャクヤは飛び退きそうになる。
「ていうかエルシディアは知ってるの、あれ?」
「どっちも、EAの試験量産機。つまり貴方の機体の姉妹機に当たるの」
「り、量産したの!? どうしてそんなこと……」
「不都合?」
「い、いや……」
エルシディアは手すりに寄りかかり、前屈みになる。
ただでさえ制服の上からでも存在感のある胸が、更にその存在を誇張する。
ビャクヤは余り直視しないように、格納されていく二機の機動兵器に視線を向ける。
「機体名とかあるの?」
「金色の機体は、インプレナブル。緋色の機体は、エグゼディエル。残りの二機はアクトニウムコアの作成が間に合わなかったのね」
エルシディアの声色は淡々としているようだったが、何処か残念そうに聞こえた。
「エルシディアは戦うの?」
「答えるまでもないわ。戦場に赴く以上、兵士には戦う義務がある」
またしても、義務という言葉を聞く。
ビャクヤはずっと疑問に思っていた事を尋ねてみる。
「特務隊のみんなはさ、戦う事、怖くないのかな?」
エルシディアはそれを聞くと、ビャクヤの方へ向き直る。
「どうしてそう思うの?」
「……僕自身、一番戦うのが怖いから……かな?」
ビャクヤが過ごしてきた日常の風景は、他愛のない会話が飛び交う世界だった。
それが今、銃弾が飛び交う世界へ向かおうとしている。
しかし一ヶ月経った今でも、未だにフラムの惨劇が頭を離れない。
だから、聞きたかったのだ。自分より長く、戦場に立っていた人間の想いを。
しばらくの沈黙の後、エルシディアはゆっくりと口を開いた。
「他のみんなは分からない。ただ、私は戦うことが怖いとはもう思っていない。……きっと、心が錆び付いてしまったんだと思う」
心が錆び付く。
ビャクヤにはそれがどんな状態なのかしっかり理解することは出来なかった。
エルシディアはそう言うと、グリフォビュートへと歩き出す。
「エルシディア!」
「ん?」
「いや、あの……」
なんと声を掛ければ良いのか分からず、ビャクヤはそのまま硬直してしまう。
すると、エルシディアはこう告げた。
「死なないでね。まだ聞きたいこと、沢山あるから」
そしてその夜、グリフォビュートはシミットへ向けて出港した。
続く
見せて貰おうか、新しいEAの性能とやらを。
という訳で13話でした。
今回もまた日常パート、更には一ヶ月時間が飛びました。この間何があったかというと、特に何かあった訳じゃありません。艦のメンバーと顔見知りになったぐらいです。
次回はとうとう、戦闘パートです。機動兵器をドンパチ暴れさせますよ!!
それでは皆様、ありがとうございました!