第12話 本質
誰もいない、早朝の廊下を歩いていると、不思議な気持ちになるのは何故だろうか。
ビャクヤが特務隊に配属されてから2日が経過した。
その間何の指示も無く、食事と入浴時以外はずっと自身の部屋にいるしかなかった。
しかし2日目の夜、ウェルゼから1通のメールが届いた。
〈準備が出来たから明日の朝8時、飯食い終わったら訓練ルームに来てね。寝坊したら俺のとびっきりのラブコール送りつけるからよろしく!〉
正直、そんな事をされたら一生の傷になりそうなので、こうして早く起床して向かっている。
準備、とは何なのだろうか。
機動兵器操縦のプログラムなのか。しかし、ビャクヤが機動兵器を駆って戦った事は既に知らされているのではないだろうか。
何かと勘ぐる様になってしまった。
ここでは裏が無いなど、無い話だ。
何よりビャクヤには、もう一つの不安材料があった。
〈あぁ後ね、お前の教官は怖〜いティノン先生だから覚悟しとけよ〉
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「お〜っほぅ、ようこそビャクヤきゅん!」
大袈裟過ぎるほど両手を広げ、歓迎ムード全開なウェルゼと、
「………………」
大袈裟過ぎるほど睨みつけ、拒絶ムード全開なティノンの2人が訓練ルームにて待ち構えていた。
早くも帰りたくなる。
「いやぁ、集合5分前に来るなんて真面目さんだな。そんなに楽しみだった?」
「あ、あの……今日は何をするために?」
ウェルゼのジョークを軽くやり過ごし、尋ねる。
しかし、返答はとんでもないものだった。
「さあ? 知らね」
ビャクヤは耳を疑った。
呼び出した当人が、内容を把握していないなんてことがあるのか。
「えっ!?」
「いやさ、内容はティノンに丸投げしてるから本当に知らないんだわ。そういう訳で、俺はこの後出て行くんで頑張ってね」
「ちょっ、ちょっと待ってくださーー」
「じゃあな。……言っとくけど、良い雰囲気になるなよ? まあ無いと思うが」
そう言い残すと、ウェルゼは本当に出て行ってしまった。
深刻な事態だ。ビャクヤにとっては。
恐る恐るティノンの方を見る。
「……さ、さあ始めるか。ビ、ビャクヤ……准尉?」
引きつった作り笑いと棒読みの言葉。
何もしていないが、ビャクヤは申し訳ない気持ちになる。
「あの……それで今日は何をするんですか?」
「VR訓練……」
「VR訓練? ってゲームみたいな奴ですか?」
その一言がビャクヤの口から発せられた時、ティノンの表情が一変した。
作り笑いは失せ、その表情は怒りに染まる。
「ゲーム……? 馬鹿にしてるのか?」
「あ、いやそんなつもりじゃあ……でもフラムの学校ではほとんどゲームだったので……」
「今に思い知る。精々死なないようにな」
「っ!?」
どういうことか、ビャクヤが問おうとした時。
ティノンはビャクヤの襟首を乱暴に掴むと、カプセル状の装置の中に放り込んだ。
間も無くカプセルは閉じ、ビャクヤの周りを暗闇が覆う。
「機動兵器の操作方法は?」
「は、はい。学校で習っています」
「そうか。なら安心して戦えるな」
「戦う!? なんの基礎訓練も無しになんでそんなことーー」
その時、無機質な起動音と共に画面に何かが浮かび上がる。
自身のモニターには、グリフィアの文字。
そして向こう側に、見覚えのある機体が現れた。
機動兵器、それもグシオスの主力量産機、ジェイガノン。
記憶の奥底から、あの時の光景と恐怖が湧いてでる。
「はっ……う、ぐ」
それだけではない。ビャクヤはある事に気がついた。
「空気が……酸素が、薄い……!」
何のためかは分からない。
頭を振るが、視界は朦朧としたまま変わらない。
〈VR訓練、開始します〉
システム音声が告げた瞬間、ジェイガノンはライフルを背部から取り出し、銃撃を始めた。
ライフル弾がビャクヤの乗るグリフィアを抉る度、コクピットは現実の様に容赦なく振動する。
「ぐはぁっ!! がっ、は……!」
ベルトで固定されているにも関わらず、頭が、意識が、大きく揺さぶられる。
嘔吐感に耐え、何とか操縦レバーを握るが、最早グリフィアは戦える状態ではなかった。
腰部から40㎜マシンガンを取り出し、ジェイガノンに乱射するものの、傷一つ付けることもできないままグリフィアは爆散。
もみくちゃにされる様な振動が生じる。消えた瞬間に画面に表示されるメッセージ。
〈YOU LOSE〉
あなたの負け。
つまり、現実なら無残に死んでいたと遠回しに言われたのだ。
カプセルの外から、ティノンの呆れを帯びた声が聞こえる。
「死んだか。本当、呆気ない」
「はぁ、はぁ、何で……いきなりこんな……」
「時間がないんだ。それに……」
その後続いた言葉は、不可解なものだった。
「お前の本質を見たい」
「本質? 一体何を言ってーー」
「私はあの時、お前を初めて見た時に思った。あんな戦い方をしたくせに、何故そんなに弱腰な態度なのか……。私には分からなかった」
ティノンは何故か、息苦しそうに話している。
あんな戦い方とは、アリアのことを指しているのだろうか。
「はっきり言おう。私はお前をまだ信用出来ない。だが任せられた以上、私はお前に出来る限りの事をする義務がある」
「義務…………」
果たして、自分の義務とは何だろう。
アリアのために戦う。それは志しであって、義務ではない。
自分の義務を、ビャクヤは見いだせていない。
「容赦はしない。だが、見捨てもしないつもりだ。まだやれるか?」
「……」
不確かな思いに揺れるビャクヤの左手の指輪は、涙を浮かべる瞳の様に輝いた。
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ウェルゼは一人、不敵な笑いを浮かべていた。
「思い通り。やっぱり正解だったぜ」
「何がですか〜?」
いつの間にか隣にいたのはアリアード姉妹。
しかしウェルゼに話しかけたのはエレナで、エリスはガラス越しにビャクヤの訓練を心配そうに見つめている。
「新入りをティノンに任せた事だよ」
「で、でもビャクヤさん辛そうですよ。大丈夫なんですか……?」
「やり方は確かに強引だけどな。だけどあのぐらいしなきゃ、新米をすぐに戦えるようには出来ない。ましてや好戦的じゃないあいつなら尚更、な」
ウェルゼはエリスの心配を諭す。
「回避がなってない! 敵の銃口と自機のレーダーを見るんだ!」
「銃口って、そんな無茶な……うわっ!?」
「あぁもうっ!! シールドに頼り過ぎるな、避けられる攻撃は避けろ!!」
「ハハハッ、先は遠そうだけどな!」
そう言ったウェルゼの顔は、喜びに満ちていた。
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「うむぅ、こいつは中々……」
大量の機動兵器が眠りについている、大型格納庫。
ある数枚の紙と睨み合いをしているガロットの姿がそこにはあった。隣には、ミーシャの姿もあった。
「ねぇおじいちゃん、出来そう?」
「おう、出来るともさ。しかしまさか、たった2日で仕上げるとはよく出来たなぁ! さすがわしの孫だ!」
「えへへぇ」
その紙、設計図には、ミーシャが発案した武装強化を施されたゼロエンド、そしてグリフィアのカスタム機が描かれていた。
ガロットはそれを見て、不思議な気持ちを抱く。
(確かに発想自体は奇抜だ。だが、きちんと理にかなっている。儂の孫とはいえ、こんな物を考えつくとは……)
「おじいちゃん?」
「ん? あぁ」
ガロットは設計図を置くと、その小さな頭に手を乗せる。
「後はおじいちゃんが細かい調整をしよう。お疲れ様」
「うん!」
走り去っていったミーシャを見送るガロットは、誇らしげな、それでいて悔しそうな表情をしていた。
いつか、あの娘は自分を超える設計士になりそうだと、感じていた。
続く
さあ、ティノンズブートキャンプ、スタート!!
というわけで12話です。間が空いたせいか、いつも以上に拙い文章で申し訳有りません。
次回から、物語にアクセルがかかります。ぜひ、お楽しみに!
それでは皆様、ありがとうございました。