第11話 始まりの脈動
理解出来ない。
その言葉しか、今のティノンには浮かばなかった。
何故一般人を入隊させたのか、何故尉官待遇なのか、何故特務隊に配属されたのか。
よりにもよって、あんな得体のしれない奴を。
怖くなったのね
あの時のエルシディアの言葉が、脳裏をよぎる。
「そんなはずあるか!!」
ティノンは壁を殴りつける。
誰もいない廊下に、その音は大きく反響した。
「おうおう、何一人で荒ぶってんだ?」
「っ!?」
いや、もう一人そこにいた。
特務隊の隊長、ウェルゼ。その表情は意地悪くニヤついていた。
全く人の気配を感じていなかっただけに、ティノンは驚きを隠せなかった。
「新入りと何かあったのかよ」
「……隊長には関係ないことです」
「一応、相談に乗ろうと思ったんだけど?」
「関係ありません」
鷹のような眼光をウェルゼに向ける。しかし、ウェルゼは怯む様子すらなかった。
「あっはは、確かにそうだ。でも悲しいねぇ。信用されてないのか、嫌われてるのか」
だが次の瞬間、飄々としていたウェルゼの表情はガラリと変化した。
ティノンを一瞬だが竦ませるほど、冷酷な物に。
「だけどなぁ、今から言うのは ”命令” だ。ティノン・ハスト中尉、ビャクヤ准尉の訓練教官に任命する」
「なっ!? そ、そんなこと……!!」
余りに突然で、且つ彼女にとって今、最も承諾し難い命令。
だが、ウェルゼの言葉はまるで何十トンもの重りの様にのしかかる。
「”命令” だって言ったはずだ。上官からのな。それとも……」
ロウソクの灯火を吹き消すように静かに言葉を紡いだ。
「拒否してもいいんだぜ? お前自身がそんなことを許せるならな」
「くっ……うぅ……」
ティノンは唸るような声を漏らし、苦悶する。
ウェルゼは知っていた。
ティノンは規律や命令を誰よりも重んじている。
だからこそ〈頼み〉ではなく〈命令〉と言ったのだ。
上官命令に意見することは、ティノンにとっては並の兵士よりも簡単なことではない。
「やってくれるな?」
「………………はい、了解、しました」
虫の羽音の様に小さな声で、ティノンは承諾した。
途端に、ウェルゼの表情はいつものものに戻る。
「よし、じゃあビャクヤには俺から言っておくからよろしくな」
機嫌良さそうに去っていくその姿を、ティノンはしばらく見つめることしか出来なかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「入って」
目の前の自動ドアと同じくらい無機質な声で、エルシディアは招き入れる。
「ここは…………!?」
その場所は、研究施設だった。
しかし、只の研究施設ではない。
ビャクヤは無数に伸びる円柱の中にある、群青色の結晶を見た瞬間察した。
「あれって……アクトニウム?」
「そう。よく分かったね」
エルシディアは1本の円柱に触れる。
その目は先程までと打って変わり、光を宿していた。
「ここは政府直属の研究所。様々な実験を行っているけど、最近はアクトニウムが中心」
アクトニウムについては未知の部分が多く、人類はまだこれを我が物には出来ていない。。だが分かっているのは、可能性と危険が入り混じった物だという事だ。
その美しい輝きは、見る人の視線を奪い去ってしまいそうで。
しかしそれは、命さえ奪ってしまう輝きで。
その時だった。
エルシディアが触れている円柱の中に、1匹のマウスが入れられた。
そのマウスは鼻をヒクヒクさせながら、アクトニウムの周りを駆ける。
エルシディアは黙ってそれを見つめている。
「何を……してるの?」
ビャクヤが訪ねた瞬間、マウスに変化が起きた。
キィィィィィィ!! ギィィィィィィ!!
突然マウスは悲鳴をあげ、跳ね回る様に苦しみ始める。
よく見ると、マウスの体表はみるみる内に盛り上がっており、血管が浮き始めている。
そして、
ギィィィィィィ…… バン!!
遂に筋肉が体表を突き破り、マウスは肉塊へと変貌してしまった。
「うっ!!?」
ビャクヤは咄嗟に口元を押さえ、こみ上げる何かを抑え込む。
初めて目撃した、アクトニウムによる死。
ここまで残酷な死に様だとは、知らなかった。
マウスはまだ完全に絶命しておらず、体の各部が小さく震えている。
しかし、いつの間にか周りに集まっていた研究所員達からは落胆の声が上がる。
「ああダメか、また破裂しちまった」
「この濃度でもかよ、クソッ……!」
「理論上は大丈夫なはずなんだがなぁ」
マウスだからなのだろうか?
その態度は、まるで出来の悪い子供を毒突く様だった。
だがビャクヤは周りのどんな言葉より、エルシディアが放った言葉にショックを隠せなかった。
「さあ、行きましょう。こんなつまらないものを見に来た訳じゃないわ」
まるでマウスに道端の石ころを見る様な視線を向けるその姿に、ビャクヤは戦慄が走った。
きっと彼女は、マウスだろうと人間だろうと同じように言うのかもしれない。
つまらないと。
エルシディアが立ち止まったのは、まるで水族館の大水槽程もあるガラス張りの空間だった。
その中心にあったのは、天井から吊るされている巨大な金属の物体。
まるで人間の心臓の様な形で、いくつものチューブが天井に繋がっている。
「これが、見せたいもの?」
「アクトニウムコア。貴方が乗っていた機動兵器にあった、半永久機関」
チクリと、また脳内に痛みが走る。どうやら、アリアと関わりがあるものの様だ。が、それ以上の事は分からない。
「半永久機関……」
「最も永久機関に近いとされている物。アクトニウムが持つ異常活性化を用いて、内部で熱エネルギーを生み出し続ける。その膨大なエネルギーを、圧縮パルスに変換して機体の全身に送り込む」
「へ、へぇ……詳しいね」
「本部からの資料に書いてただけ」
エルシディアは素っ気なくビャクヤの褒め言葉をあしらう。
「だけど動いてないね」
「あくまで〈近い〉だけで、永久機関ではないから。今は人間でいう、仮死状態」
ビャクヤはその例えが妙にしっくり来た。形はほぼ人間の心臓そのものだし、ゼロエンドも人間にかなり近いフォルムだからだ。
人間だって、いつまでも生きていられる訳ではない。
だが、ビャクヤはある疑問を抱いた。
「どうして、僕にこれを?」
「……どうしてだろうね。何となく……なのかな?」
彼女の返答は意外だった。
何か知っているのではないかと問い質されるとばかり思っていた。
『ただいまより、アクトニウムコアの稼働実験を行います』
そんなアナウンスが流れ始める。
「私は、君を知っている気がする」
「え?」
「私は小さい頃の記憶は無いけれど。それでも、初めて見た時に思った」
「小さい頃の記憶……それってーー」
言葉の続きは、ゴォォォという稼動音に制止された。
その重厚な音とは対称的に、アクトニウムコアは青白い幻想的な色を帯びる。
そしてその音は、キイインという澄んだ音に変わる。
そして、チューブが一定のリズムで伸縮を始める。
脈動の様に。
「綺麗……」
エルシディアはガラスに両手を突き、囁く。
彼女の吐息が、ガラスに小さな曇りを作り出す。
ガラスに映し出されたエルシディアの表情を見て、ビャクヤはドキリとした。
「まるで、生きているみたい」
その切なさに包まれた瞳の輝きは、まるでアクトニウムの結晶。
命を奪う様な、危険な美しさだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「どういうつもりだ中佐!!」
机の上の小型ディスプレイから、唾を飛ばし続けて怒鳴りつける男の声が響く。
中途半端に頭が禿げ上がった壮年、ゲハルン・ベイルグ大佐だ。
「みすみすあの機動兵器を取り逃がし、挙句に先行量産したヴァルダガノンも大破、ここまでの失態を犯した屍龍隊に、何の処罰も無しだとぉ!!!」
「………………(ズズッ)」
「話を聞いてるのかハリッド中佐ぁ!!」
ゲハルンは剥き出しの頭皮から湯気が出んばかりに憤る。
そんな様子を黒髪の端正な顔立ちをした男、ハリッドは見ようともしていない。
コーヒーを静かに飲み干すと、やっと応対する。
「聞いてますよ。答えるつもりはありませんが」
「な、なにぃ!?貴様、上官に向かってーー」
「上官? ……あぁ、そう言えばそうでしたね。これは失礼」
ゲハルンはその態度にまたも激昂しようとしたが、それを遮る様にハリッドは続けた。
「勝手な行為でアルギネアを刺激し、あまつさえ機動兵器の回収が出来ずに全滅した隊の尻拭い、そしてろくなテストもしていないヴァルダガノン3機で出撃させられる。全く、彼らの苦労を考えると涙も出ます」
「ぐぬっ!?」
「誰からの指示でしたかね? ……お話は以上でよろしいですか?」
「お、おい待てーー」
ブツリ、と映像が途切れ、先程の喧騒から嘘の様に静まり返る。
「やれやれ、見苦しいものを見せてしまった。すまないね、大尉、曹長」
ハリッドと共に一部始終を聞いていたのは、アレンとキーレイの2人だった。
「いえ。それに……大佐が言っていたことは、自分に責任があります」
キーレイは深く頭を垂れる。自身が本部に連絡を取った際、「屍龍隊に任せるべき」と言ったことを負い目に感じているらしい。
「いや、屍龍隊はよくやってくれた。」
ハリッドはアレンとキーレイに、小さな拍手を送った。
「特にアレン大尉、よく全員を生還させてくれた。ヴァルダガノンのメインコンピュータの中に、あの機動兵器との戦闘データが残っていたんだ。鹵獲は出来なかったが、素晴らしい戦果だ。他のメンバーにもそう伝えてくれ。次の任務まで、ゆっくり休むように。では、下がりたまえ」
「ハッ!!」
キーレイは声高く、アレンは無言のまま敬礼する。
「あぁ、アレン!」
突然呼び止められたアレンは、その歩を止める。
「スティアに……君の姉さんに伝言を頼みたい。『無理はするな』とな」
「……了解しました。中佐」
「今は2人きりだ。義兄さんと呼んでくれないか?」
「分かったよ、義兄さん」
アレンはため息まじりに了承した。
自身の姉が隊の司令官、その婚約者が上官。
ある意味おめでたい環境は、アレンにとっていい気分ではなかった。
続く
キーレイ君ごめん、正直存在忘れかけてたよ
という訳で11話です。
テスト週間真っ只中ですが、「天が許してくれたほんのちょっぴりの奇跡」のおかげで投稿が出来ました。(も、もちろん勉強してますよよよ)
次回は2月になってしまうかと思いますが、是非楽しみにしていてください。
それでは皆様、ありがとうございました!