第7話 追走
「隊長〜?本当にここ通るんですか〜?」
「任務中よ、口を慎みなさいフブキ准尉」
「いやエリーザ中尉達も暇でしょ〜。こんなクソ広い平原にほっぽり出されてさぁ」
通信機越しに任務中とは思えない態度で話し続けているのは、フブキ准尉。その幼い身体のおかげで広く感じられるコクピット内で、彼女はペラペラ無駄話を止めない。
そんな准尉を咎めるのは、エリーザ中尉。こちらはフブキよりも身体は大人のそれだが、やはり若い。彼女はというと、自分の注意を無視する准尉に溜息を吐いていた。
「んったくさ、何で勝手なことした挙句に機動兵器1機持ち帰れない雑魚の任務を私達が………」
「いい加減にしなさい准尉。隊長の前で…」
「はいはい、エリーザ中尉は真面目さんですね〜。そんなに隊長さんに気に入られたいのかな〜?」
「准尉‼︎………あっ」
エリーザは通信機が入ったままなのを思い出す。この会話も筒抜けだ。
「隊長、申し訳ございません……隊長?」
返答はない。
しかし、エリーザは感じた。
何か、静かな気配というか。
無機質な殺気を。
「戦闘態勢に入れ。来るぞ」
隊長ーーーアレンの言葉は凍りつくような響きだった。
グリフォビュートは現在、アルギネアの中心都市「ロンギール」の手前に位置する中立地域の平原を航行している。
「周囲の状況はどうだ?」
マックスはオペレーターの1人、カイエン・カムルに尋ねる。
「周囲に機動兵器の反応、及び他の兵器の反応はありません」
「そうか…」
マックスは何故か不安気にしている。
その様子を見た副艦長、アイズマン・メネトは彼の考えを瞬時に理解した。
「敵の追撃が無いことがそんなに不安ですか?」
「無い分にはいいんだけどなぁ…」
マックスは苦笑する。どこの世界を探しても、敵の追撃が無いことに違和感を覚える艦長は中々いないだろう。
「フラムに侵攻して来たグシオス軍はほぼ全てが大破。陸艦も潰されています。増援が出たにしても、もうロンギールは目と鼻の先です。追撃は難しいのでは?」
「ううん、だがなぁ」
「艦長、緊張しすぎですって。まああんな兵器持ち帰るなんて任務、誰だって緊張しますけどねぇ」
話に割って入ったのは金髪モヒカンの男、ビリー・ケルベン。このグリフォビュートの操舵兵だ。
「そ、それ、ビリーさんが緊張感無いだけなんじゃあ…」
「ほっとけリン、脳味噌はおろか心臓まで筋肉で出来てんだよビリーは」
「心臓は筋肉ですよね?」
そんなビリーを見て不安がっている女性ははカイエンと同じオペレーター、リン・シンファ。
呆れている男は砲術士。クラウン・シネマ。
マックスはビリーの茶化しをまるで聞いておらず、未だに表情は暗いままだ。
ふと、マックスは話を切り出した。
「なあアイズマン、もしもここにお前が楽しみに楽しみに取って置いたショートケーキがあったとする」
「私、甘いものは好きではないのですが」
「話の腰を折るんじゃない。もしも、その楽しみにしていたケーキを私が横から盗って食べようとする。その時、お前はどうする?」
「…………取り返すでしょうね。全力で」
一体マックスが何を言いたいのか、みんな分からずにいた。
「あの機動兵器は、奴らにとって今のケーキのようなものだ。民間人を犠牲にしてまで手に入れようとしたものを、簡単に諦める訳がない」
「………と、いうと?」
「ここからは私の推測…いや妄想だが」
「私達に奪われることを、あの戦いの最中に察した奴がいたとしたらーーー」
だが、マックスの言葉は途中で阻まれた。
空気を震わせ、響く重低音。
突如グリフォビュートを衝撃が襲い、船体が大きく揺れる。艦の緊急事態を告げるアラート音がやかましく鳴り渡る。
「どうした、何が起きた⁉︎」
アイズマンの呼び掛けに応えたのは2人、クラウンとビリーだ。
「レーダー補足!高度約1000mに大型輸送ヘリを確認、機動兵器を乗せています‼︎」
「おい!前方にも機動兵器2機いるぞ!……なんだありゃあ、見たことねえタイプだ‼︎」
よりにもよって、目的地目前での襲撃。こちらは機動兵器を現在2機しか格納していない。
あの謎の機動兵器を含めれば3機だが、まさか出撃させるわけにはいかない。
「相手している暇は無い、振り切れるか?」
「残念ですが無理ですねぇ、よりによってグリフォビュートのホバーユニットを一つ吹き飛ばされちまってる。ホイール走行に変えるにしろ、攻撃に晒されちゃあ…」
「馬鹿な、あの距離からそこを狙い撃つなど……」
一気に慌ただしくなったブリッジの中、マックスは重苦しく息を吐く。
不安が的中してしまった。
「船内に通達!これより敵機動兵器との交戦に入る。機動兵器の発進準備、及びパイロットは直ちに出撃せよ‼︎」
『はいっ‼︎』
ビャクヤは艦内アナウンスを聞き、右往左往していた。
エルシディアはというと、ビャクヤ1人を部屋に残したまま戻って来ない。既に出撃してしまったのだろうか。
今尚、艦に被弾する激音と揺れが続いている。
ここから出るにしても、出たところでビャクヤは何の役にも立たないだろう。操縦したことがあるのは作業用機体のみ。足手まといになるのは明らかだ。
それにまた戦ってしまったら、今度こそどうなるか分からない。
「だったら、いっそここでおとなしくし…」
が、そうは行かなかった。
ギリギリ ギリギリ
「うぐっ⁉︎」
またしても、頭に激痛が訪れる。
その正体はすぐにビャクヤに語りかけた。
ビャクヤ、身体を貸して
姿こそ無いが、アリアの声が脳内を反響する。
ダメだ。そんなことをしたらもう誤魔化すことなんか出来ない。
しかし、強烈な痛みが頭を走り、ビャクヤは床に倒れこむ。意識が朦朧とする。視界が二重、三重に重なる。
ゴメン。でも、ゼロエンドを奪われる訳にはいかない。協力して、君を死なせたりなんかしないから。
パリン、と脳内でガラスが割れる音。
ビャクヤは呻くのを止め、すぐさま立ち上がって走り出した。
琥珀色に染まった瞳には、決意の色が混ざっていた。
「ティノン機、エルシディア機、共に出撃準備完了。エルシディア機は前線に出撃、ティノン機はグリフォビュート甲板上より狙撃をお願いします」
リンが発したコールは、外から響く被弾音の中からでも明晰に聞こえた。
「了解。ティノン・ハスト、作戦行動開始」
「了解。エルシディア・ゼイト、出ます」
2人の発進宣言と同時に、エルシディア機はカタパルトから射出、ティノン機はエレベーターで上昇。
2機のグリフィアが、戦場に放たれた。
しかし、ティノンが甲板上に着いたその時だった。
先ほどまで機銃や連装砲を狙っていた弾丸が、突如ティノンのグリフィアへと狙いを変えたのだ。
「うわっ!くっ、くそ‼︎」
かなり遠くから放たれているにもかかわらず、凄まじい精度だ。先ほどから、腕や頭部を集中放火している。
狙撃型にカスタムされたティノンのグリフィアには、その全てが致命的な部位だ。
「調子にのるなよ……グシオスの外道どもが……‼︎」
怨恨の混じったどす黒い言葉を溢すと、ティノンは自機の持つ狙撃用ヒートライフルを天空へ掲げた。
「ヒャッハーーー‼︎もう最っ高‼︎」
フブキは裏返りそうなほど高揚した声をあげ、ただの馬鹿でかいボートと化したグリフォビュートを撃ち続けている。
おまけに甲板に現れたグリフィアも、ボーナスバルーン同然だ。
発射、排莢、装填、発射。
この流れが心地よい快感となっていく。
「准尉!無駄撃ちしないで、機銃と連装砲を狙えと言ってるでしょう⁉︎」
「チッ、っせー上官だな」
最早エリーザに対して敬語すら扱わず、フブキはうっとおしげに吐き捨てる。
「だってヴァルダガノンの性能やばすぎるもん。どうせ、陸上は隊長一人で十分じゃないの?」
「どういう意味よ⁉︎いいから隊長の指示にーーー」
しかしエリーザの言葉を最後まで聞かず、通信を切った。
「隊長、隊長、隊長……。腰巾着は腰巾着らしくかしこまってろっつの」
だが、その一瞬スコープから目を外した時だった。
甲高い炸裂音と同時に、輸送ヘリの装甲にがっぽりと穴が空いたのだ。
「はあっ⁉︎ 何で…」
フブキはスコープを覗き、そして捉えた。
天に向かって白煙を吐く狙撃ライフルを構えた、グリフィアの姿を。
「へぇ……この距離でヘリに当てたんだ…」
ただの偶然か、あるいはパイロットが編み出した必然か。
だがそんなこと、フブキにとって重要じゃない。
「気に入らないなぁ…、ボーナスバルーンの分際で私に狙撃勝負挑もうなんてさぁ‼︎」
彼女のヴァルダガノンのゴーグルアイが、一層強く光った。
(敵の狙撃がティノンにだけ向いてる…?)
エルシディアはその異様な光景を訝しみながらも、自身のグリフィアを加速させる。
前方に新型が2機。頭部はジェイガノンとそこまで変わらないものの、その胴体はかなりスリムで、グリフィアに近いほどだ。
また、前を走る機体には指揮官機を表す長いブレードアンテナが頭部に、そして腰部に2振りの刀がマウントされている。そして両肩には、大きなブースターユニット。
少し後ろを走る機体は、右腕に何か巨大なものを装備しているが、それが何なのかは判別がつかない。
数ではこちらが不利、ティノンの援護狙撃も状況的に期待できないだろう。
「なら、私1人で片付ける」
エルシディアはグリフィアの持つ対艦刀を中段に構え、速度を緩めずに突進。
隊長機、アレンも2振りの対機動兵器刀「Z.K」を抜き、対艦刀を受け止める。
青白い火花が咲き乱れ、刀が拮抗しあってガチガチと震える。降りかかる高熱の花弁で機体の装甲に点々と焦げ跡が付く。
だが次第にそれは崩れ始め、アレンのヴァルダガノンが押し返そうと迫る。
エルシディアはそこを見逃さない。拮抗が破れるその寸前、左腕からナイフを取り出し、ガラ空きのコクピット目掛けて突き出そうとした……
瞬間だった。
「隊長!避けてください!」
アレンの通信機から、エリーザの警告が響き渡る。
アレンは反射的にバックパックと両肩のブースターを点火、空中へと飛び上がった。
拮抗していた力の片方が消失し、エルシディアのグリフィアは大きくよろける。
その瞬間、グリフィアの右肩に大きな風穴が開き、対艦刀を持った腕ごと吹き飛んだ。
「…………‼︎」
無言のまま後ろに吹き飛び、地面に叩きつけられるグリフィア。
エリーザのヴァルダガノンの右腕の武装からは、一角のような杭、パイルバンカーが突き出していた。
続く
ク〜リスマスガコトシモヤ〜ッテクル〜
というわけで7話です。今回2度目の戦闘パート、そしてたくさんの新キャラクターが出ました。(まだ味方の主要キャラが残ってますけどね…(^_^;))
キャラが増えてきたので、そろそろ登場人物表も書こうと思っています。後は用語集にいくつか追加していこうかと。
それではみなさん、メリークリスマス☆