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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
最終章 Ambrosiaの騎士
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第5話(99話) 進化の終着点 後編

 

 出撃の少し前。



 いくら好きな音楽を聴いても緊張が解けない。初めての事にフブキは不安が尽きなかった。

 これが最後の戦いになると、ブリーフィングでは伝えられた。戦争が終わる。普通の人からすれば言葉の響きは、これ以上にないほど幸せに満ちているのかもしれない。

 だが戦いを存在理由に生きてきた、自分達軍人はどうなるのだろうか。いらなくなれば捨てられる。そんな未来を想像する度に心臓を撫でられるような気持ち悪さに襲われる。

「終わらなければいいのに……」

 お気に入りのヘッドホンを壁に投げ捨て、毛布を被る。一向に眠くならないのは知っている。仮眠を取れるのは今の内だけだという事も知っている。

「ずっと戦争してればいいんだ、そしたら……」

 自分の居場所は無くならない。

 EAが無ければ、機動兵器が無ければ、自分はただの子供に成り下がる。力も無ければ地位もない。そんな考えだけがずっと頭の中を回っていた。


「戦いが終わったら……どうしたら……」


 あの紅いEAを倒した先に待っている自分。しかしその未来像が見えない。

「……彼奴なら、分かるかな…………?」

 いつもヘラヘラ笑っている彼なら、自分より長く生きているだけだとしても、知っているかもしれない。

 毛布を蹴り飛ばし、制服の上着とスカートを着用すると部屋を出た。

 少し歩けば慌ただしく走り回る兵士達が行き交い、鬱陶しさを感じる。何処にいるかなど分からない為、周りを見渡しながら探し歩く。

 と、別の人影が廊下の分岐路で見えた。茶色の長い髪だけが、廊下の曲がり角に遅れて消えていった。

「エリーザ? 何して……?」

 興味本位で後を追う。エリーザは廊下を進み、時々分岐路を曲がる。やがて、ある部屋の前で立ち止まった。

 エリーザが扉を数度ノックすると、中からフブキもよく知る男が現れた。

「アレン……だよね、あれ?」

 一瞬疑ってしまうほど、彼の顔は弱々しくなっている様に見えた。目は虚ろで、揺らぐ体は枯れかけの木の様。いつも纏っていた冷たい雰囲気など微塵も感じられない。

 そんなアレンと話し始めるエリーザ。会話の内容は聞こえない。しかし無気力な表情で頷き続けるアレンとは対照的に嬉々とした様子で話すエリーザが、フブキの目には不気味に映った。

「何あれ? 一体何話して──」


 直後、アレンの目が見開かれたのを見て思わず心臓が跳ね上がる。一瞬見つかったのかと思ったが、どうやら違う様だ。


 エリーザは笑顔のまま、アレンの左手を両手で握り締める。アレンの左手がそれを握り返すと同時に、2人の唇が触れ合った。

「なっ!? 彼奴ら、何、何、して……!?」

 キス、なのだろうか。鳥の親が子に餌を渡す様に、互いの唇を深く交わすそれを見た瞬間、フブキの血液は沸騰し、何も考えられなくなる。

「だって、キス、にしたってあれは、だって……!!」

 視線が釘付けになっていると、不意に誰かがフブキの肩を引っ張った。突然の事で体勢が崩れ、その人物に寄りかかる様に倒れ込む。

「お子様にはまだ早いって」

「あ、あんた、いつの間に!?」

「お世話係が終わったんでフラついてたら、人の情交を覗き見してる先輩を見つけてね。何、やっぱ気になっちゃうお年頃?」

 シュランがニヤつくと、フブキは慌てて体を離し、手を肩から払う。

「はぁっ!? 興味なんかないし!!」

「いやいや嘘言うなって。先輩みたいに男知らないと、そういうの暴走しがちになるもんなの。こういうのは事前に動画とかで調べて──」

「うるさい、死ね! 死ね、死ね!!」

 シュランの腹目掛けて拳を打ち出すフブキだが、笑いながら受け流されてしまう。


 と、フブキ達の背後をアレンとエリーザが通る。何事もなかったかの様に、2人は淡々と通り過ぎようとする。

 その時、シュランはわざとらしい大声でアレンへ声をかけた。

「隊長殿、これがラストですよねぇ。お互い死なねえように頑張りましょう」

「…………あぁ、これを最後にするんだ」

 アレンは一言そう返すと、エリーザと共に去っていく。フブキは横目でエリーザの顔を見る。


 僅かに濡れた唇が見え、思わず息を呑んだ。それと同時に、少し顔色が優れない事も見て取れた。


 それを見たシュランは、何かを察したように小さく溜息を吐いた。

「なるほど。ちょい心配だな」

「アレンが?」

「いや、副隊長の方。ありゃ多分……いや、先輩にはまだ早いか」

「ちょ、待ちなさいよ!!」

 何処かへ去ろうとするシュランの後を、フブキは慌てて付いていく。

「え、まだ何か?」

「あ、あんたは……………………あるの?」

「何が?」

「だから、あるかって聞いてんのよ…………女、その…………」

「抱いたことあるかって?」

 バツが悪そうに目を逸らすフブキ。シュランは笑いながら右手の指を3本立てた。

「これくらいなら」

「……最低、屑」

「何で罵倒されてるの? 聞いたの先輩だよね?」

「人数まで聞いてねー。ってか何でそんなにいるのよ」

「そりゃだって……こんな世界だし、楽しく生きていたいじゃない。互いに同意の上なら問題ない。人生、人の数だけ楽しみ方があるからねぇ」

 シュランの言葉にフブキは歩みを止めた。さて次はどんな汚い言葉が飛んでくるか、シュランは楽しみに待ち構えていた。


 だがフブキの言葉は、違った。


「あんたはいいよね。楽しみが、戦いじゃなくて」

「……先輩は、戦うのが楽しい?」

「決まってるじゃん。だってそういう家に生まれて、親もそればっかりやって死んで……私の隣にはいつも戦争があった。戦うことが私の生きる意味だった」

「じゃあ戦争終わったら他の趣味見つける良いチャンスじゃん。違う生き方を探すって、案外楽しいもんよ?」

「私だって、あんたみたいにお気楽に、馬鹿みたいに生きられたら苦労しないっつの……!!」


 その目にはいつの間にか、涙が浮かんでいた。


 不安が自分の身体を押し潰さんが如くのしかかる。人を殺す事でしか、何かを壊す事でしか快感を得られない。そんな自分が既に壊れてしまっているのだと。


「……いやいや、俺からすれば先輩の方がずっとお気楽だって」

「なん、でよ……?」

「なに自分は最後まで生き残るって前提で話してんのさ。もしかしたら先輩、目の敵にしてる紅いEAじゃなくて量産機にやられるかもしれないってのに」

 いつものヘラヘラした顔ではない。

 静かな怒気を孕んだ目と声が、フブキを捉えて離さない。

「そんな、こと……」

「目の前のデカイ仕事残して、やれ自分の生きる意味があーだこーだなんて、そんなのガキの意気がりにしか聞こえねぇ。命のやり取りを、戦争を舐めてんだろ、フブキ先輩?」

「……」

 いつものような罵倒を返す事も出来ず、フブキはその場に座り込んだ。抑えることが出来なくなった涙が金属の床に落ち、跳ねる。

「私が、戦いを……?」

「なぁんにも考えないで引き金引いてただろ、ゲームみたいに。命を屑同然に散らせる俺達は、誰よりもその屑が重いものだって知ってなきゃならないんだ。でも周りの連中はだーれも、先輩にそれ教えちゃくれなかった。なんでかって? それを直視する度胸、ここにいる奴らみんなねえからだよ」

 シュランは小さくフブキの額を小突いた。それでも、フブキの身体には苦痛が走る。

「私……」

「……フブキ先輩、宿題だ。この戦いちゃんと終わらせて、原稿用紙1枚にさっきの事まとめな。それが出来たら相談に乗ってやるよ。先輩の、今後をな」

 シュランは今度こそ、フブキを置き去りにして去ろうとする。床に座り込んだまま動けなくなる。ひたすらにシュランの言葉と、自分の記憶をぶつけ合う。

 悔しさと恐怖で歯を軋ませ、精一杯言葉を絞り出した。


「待てよ……この馬鹿!!」

「へぇっ!?」

「勝手なことばっかり言いやがって! えらそーに説教出来る身分かっての!! 私は、私は……」

 涙を手で拭いさり、食ってかかるような表情でシュランに言い放った。


「生き残ってやる!! あの紅いEAを倒して! 自分の生き方を見つけるのは後でいい!」

「ほっほー、言い切ったな先輩。そっか、生き方は後で探すと。ならいっちょ、俺と約束でもしないかい?」

 シュランは嬉しそうに笑みを浮かべ、左手の小指を差し出した。

「……口説いてんの?」

「違うから! 約束だっつってんだろ!」

「何の……」


「全部終わったらな、俺旅に出る予定なんだよ。世界を見て回るためにな。先輩、一緒に行く気はない? 旅してりゃいつか見つかるかもよ、生き方」


 その言葉は不意打ちのように、フブキの心を打ち鳴らした。

「は、はっ! 何それ、何、それ……!!」

「え、行く気ないなら別にいいけど」

「誰もんなこと言ってないだろ! か、考えとく、考えとく!! でも、その……あぁんもう!」

 頭を振り、勝手に怒り出したかと思うと、フブキはシュランの小指に自らの小指を絡めた。

「多分、行くから…………死なないでよ、アンタ」

「死なない死なない。簡単には死なないって」

 不敵な笑みを見たとき、不思議とフブキの心は安心に満ちていった。




「それでは、私はこの先ですので。作戦の関係上お側にはいれませんが、ご武運を」

「…………」

 機動兵器が格納されているエリアへ続く、3つの分岐路。ここでアレンだけは部隊を離れ、単独での出撃となる。

 しかしアレンは握った手を離そうとしない。物悲しい表情を顔に貼り付けたまま、俯いて動こうとしない。

「……アレンさん?」

「何か懐かしいなと思ったら、そうだ。姉さんによくこうして、手を繋いでもらってたんだ。あの時は何も信じられなくて、何もかも怖くて……姉さんとエルだけが味方だった」

「でも今は──」

「今はお前1人だけだ。十数年間縋ってきた家族を裏切った、俺なんかの手を握ってくれるのは」

 エリーザの手が少し痛いくらいに握られ、そしてそっと離れた。

「ありがとうエリーザ。どんなに無様な姿を晒しても、俺について来てくれて」

「アレンさん……? どうしたんですか、何でそんな言い方を……!?」

「最後にやり残した約束を、果たしてくる」

 引き止めようと掴んできたエリーザの手を優しく振り払い、アレンはEAの元へと向かった。二度と振り返らずに。

「待って、待って下さいアレンさん! 最後じゃない、これからも……うっ、く」

 追いかけようとした時、エリーザを目眩と吐き気が襲う。立っていられない。

「約束、して……帰って来て……″私達″も、必ず、帰ります、から…………!!」



「あぁアレン少佐、お待ちしておりました。出撃準備は出来ております。それと、トリックフェイス氏から、こちらを預かりましたので」

 アレンが手渡されたのは端末と、中身が見えないよう厳重に梱包された小さな袋。

 それらを受け取り、アレンは自らのEAの前に立つ。


『ハァイ、トリックフェイスさんですよぉぉぉう。今からこの機体、ネヴァーエンド・ウロボロスに乗る際の注意事項をお伝えしまーす』


 ヘルメットを着用すると、端末からヘルメット内に通信が伝わる。


『私も色々クッソ忙しい中、貴方の要望と総司令官の要望を擦り合わせ、ネヴァーエンドをアップグレードしましたぁん。出力は今までのネヴァーエンド、いや、アナザーナンバーなんかと比べ物になりません。しかぁし、良い話には裏がある。この力を手に入れる為に、文字通り半分死んでもらいます』


 アレンは袋の中にある錠剤を全て出し、口に含んでかみ砕く。痛覚抑制剤である。多量摂取によって、アレンは痛覚どころか体の五感が感じられなくなる。

 まるで無重力空間歩いているかのようにふらつく。しかし何とかコクピットへ辿り着き、倒れ込むように座った。


『まぁあれです、2年前にキーレイさんに投与した奴と、デュランハデス、あぁ、元EA5号機のパイロットで試験したセカンドブレインシステム、あれの複合技術ですよ』


 コクピットから拘束具のようなものが飛び出し、アレンの体を固定する。そして腹部に針が打ち込まれた。

「うぐぁ、が、うっ!!」

 痛みはない。しかし身体に薬品を流し込まれ、右腕の裂傷からアクトニウムの結晶が皮膚を突き破ってくる光景に幻肢痛を脳が感じていた。


『これに乗っている間、貴方は簡単には死ねなくなる。体内のアクトニウムが増大と減少を繰り返して、身体の破壊と再生を繰り返す。けどネヴァーエンドから降りた瞬間、生命維持の役割を持つアクトニウム活性剤と抑制剤が切れる。つまり貴方の無限はそこで、終わりを迎えます』


 感覚が元に戻る。痛みはない。右腕から結晶が伸び続ける生々しい音を響かせながら操縦桿を握った。


『さぁ、こんな怪物になってまで果たしたかった、貴方の約束と決着をつけましょう!! 最後に私から一言……』


「アレン…………クラウソラス、ネヴァーエ、ンド、ウロボロス……い、くぞぉっ!!!」




『今までお疲れ様でした、アレン』




 変形もなしに飛翔するネヴァーエンドの姿は最早人型から離れていた。

 装甲は竜の甲殻のように積層型となり、口部ナイフと口部パイルの大型化に伴い顎も巨大化。両腕の爪は鋭利になりつつも主武装の大剣を持てるようなマニピュレータに変更。腰部のテールウィップは常に展開されており、幾層にも重なった分厚い装甲に生えた棘が凶気を醸し出す。

 機体を飛翔させるほどのエネルギーを噴出するバックパックは翼竜の翼の様なフレームとなっており、炎を吐き出す様はまさに竜の翼だった。


 全てはやり残した事を成し遂げる為。


 自分達兄弟が悲劇の運命を歩む事になった元凶を葬る為。



 地に降り立った瞬間から砲火に曝される。前方にグリフィア2機とガルディオン2機、そして巨大な盾とライフルを構えたヴァルハラが立ち塞がる。

 グリフィアが先行。ネヴァーエンドの側面に回り込むと手に持ったワイヤーランチャーを発射。両腕を絡め取る。その隙にヴァルハラとガルディオンがライフルを一斉に放つ。


 ネヴァーエンドは背部のウイングスラスターを展開した。



 次の瞬間、翼を象った蒼いエネルギーがネヴァーエンドのバックパックから放出された。膨大な衝撃と熱量でワイヤーが千切れ飛ぶ。大きく体勢を崩したグリフィアへ、ネヴァーエンドは獣の様に飛びかかった。

 胸部へ巨大な鉤爪を叩きつけたかと思うと、そのままコクピットごと胴体を引き裂く。力無く項垂れるのを確認するとすぐさまもう一機へ接近。口部が裂ける様に展開し、グリフィアの頭部へ噛み付いた。高熱を帯びたナイフが装甲を溶解させ、内部が剥き出しになっていく。

 放心したかの様に動きを止めるガルディオン。しかしそんな2機に構わずヴァルハラが駆け出していた。

 ライフルを撃ち放つが、ネヴァーエンドはテールウィップで弾き返す。ライフルを投げ捨て、固定武装であるアクトニウムブレードを叩きつけた。

 しかしテールウィップには傷一つつかない。軽くあしらわれる様にブレードをはたき落とされ、返す薙ぎ払いで吹き飛ばされてしまう。


 グリフィアの頭部に最早頭だったと分かる面影はない。ネヴァーエンドは更に深く食らいつくと、内部へ高熱の杭を打ち込んだ。首筋から打ち込まれた杭はコクピットまで到達し、パイロットが悲鳴をあげるより早く内部をぐずぐずに溶解させた。


 ヴァルハラは盾を投げ捨て、徒手空拳のままネヴァーエンドへ殴りかかる。突き出された拳は鉤爪で無残に引き裂かれ、胴体へテールウィップが叩きつけられる。大きく吹き飛ばされた機体には痛々しい傷が刻まれる。

 この時ヴァルハラのパイロットは気がついた。引き裂かれた機体の腕にまとわりつく群青色の結晶に。それらは蒼炎となって勢いを増し、腕を覆い尽くす。すぐさま腕を切り離して難を逃れたが、これでは近づく事が出来ない。


 巨大な蒼翼を背負った怪物がゆっくりと歩み寄ってくる。自分達が相手をしているのは本当に機動兵器なのか。ヴァルハラのパイロットは戦慄する。




 その時、ネヴァーエンドとヴァルハラ達の間へ無数のミサイルが降り注いだ。地面を抉る爆風と舞い上がる塵芥に、両者の間が一瞬遮られる。ヴァルハラ達はその隙に体勢を立て直すべく撤退した。


「…………わざわざ探さなくても、巡り会えるものなんだな。こんな広い戦場の中で」


 これが運命。


 爆風と塵が晴れた先にいたのは、目障りな輝きに身を包んだ純銀の機体だった。



 この機体が、この機体に乗っている男が、生まれさえしなければ。



 幸せだっただろうに。自分達が歩んでいく未来は。



「…………ぁぁぁ、ぁぁぁああああああああ!!! うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! ──────────っっっっっ、ビャァァァァァァクゥゥゥゥゥゥヤァァァァァァ!!!!!!」


 ── キュィィィィィィィィィィィィシュゥゥゥゥゥゥ ──


 アレンの慟哭に呼応するようにネヴァーエンドは咆哮を上げ、大剣を振りかぶり、天翼が大きく羽ばたいた。




「アレン…………!!!!」

『アレン!!』


 ── コォォォォォォォ ──


 ビャクヤとゼロの呼びかけに共鳴する様にゼロ・アンブロシアは叫び、槍を構える。





「お前を殺す!!!」


「君を止める!!!」

『貴方を止める!!!』




 刃と声が、交錯した。



続く

次回、Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜


「惹かれ合い」


こんなにも広い世界の、広い戦場で、因縁という赤い糸がEA同士を引き合わせる。

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