第4話(98話) 進化の終着点 前編
「ようこそおいで下さいました。アルギネア軍総司令官殿。私、お初にお目にかかります、総司令官代理、トリック──」
「芝居をしている場合じゃないのはお前も分かっている筈だろう、ギーブル」
「……あぁ、そうでしたね。貴方は芝居が大嫌いだったことを今思い出しました」
外で戦闘準備を急かすようにサイレンが鳴り響く中、アーバインとギーブルは席に着く。この場に2人以外の影はない。
「ゼオンは? 久々に彼の顔も見たかったのですが」
「奴をここに呼ぶ意味がない。何より奴は、私やお前をこの世界の誰よりも忌み嫌っている」
「つれないですねぇ。じゃあこの会の意味が3分の1減ってしまった。過去の業を語り合いながら酒でもと思ったのですが」
「……何故開戦した? 大統領同士の対談が時間稼ぎのフェイク、だが私とお前の談合は正真正銘、開戦前最後の話し合いだった筈」
「それは彼女がこの国を好きに出来る権利を得た時点で無意味だと、そう気づくべきです。少し考えればそんな答えくらい簡単に出るでしょう。貴方らしくないですね、アーバイン?」
ニヤけたままの顔で話すギーブル。しかしそれは決して嘲る意味で言った言葉ではない。
「そもそも。貴方には今更戦争を止める道理なんてないでしょう。この会合なんか蹴って早急に仕掛けたってよかった。何故──」
「彼女…………アリア・クラウソラスは生きている。私がそれを知ったのは1年前だった。紛れも無い、彼女自身からの電話でな」
大きく息を吐き、アーバインは眉をひそめる。
「あれから十数年間、何の音沙汰もなかった。何処かでひっそり死んでいると思っていた。だが、そこから流れ出る声は、確かに彼女のものだった」
「決心が鈍りましたか?」
アーバインは答えない。しかしその答えを知っていたギーブルは代わりに話し始めた。
「違いますね。貴方は彼女の変貌ぶりに愕然とした。かつて我々が見たアリアはそこにいなかった。いたのは自らが産み落とした他人の子を渇望して止まない、生きた屍」
脳裏に響く、深淵からの声。
── 貴方がビャクヤを攫ったのは知っているの。戦争を止めたければ、ビャクヤを私に返して ──
「アーバイン、彼女はもう死んでいるんですよ。天翼の光事件から、ビャクヤ君を奪われたあの日から。もうアリアはただ、ビャクヤ君を自分の元へ取り戻す事しか考えていない。その為なら自らの兄を手に掛け、国のあらゆる機密を握り、トップに立つ事だってする。……恐怖するに決まっている。私だって怖かった」
「だがお前はアリアに協力した。……何故だギーブル。私が何故ビャクヤを彼女達から引き離したのか、彼女に協力すれば世界がどうなるか、お前なら想像出来た筈だ!!」
アーバインが声を荒げる。しかしそれを聞いたギーブルの口角がゆっくりと持ち上がる。
「アーバイン。私の目的は最初から変わっていません。アクトニウムがもたらすこの世界への革命。停滞した世界の開闢の光を見たい。その為の手段がクラウソラス博士からアリアに変わっただけです」
「その結果があの歪んだ怪物2体だとでも言う気か!?」
「怪物は私達の方だ!!! そんな事既に貴方だって分かっているでしょうに!!」
ギーブルは立ち上がり、座っていた椅子を蹴り飛ばす。床に倒れ込み、木材の軋む音が鳴り響いた。
「彼女は素晴らしい母親でしたよ! 自分の兄を殺し、その死体を鳥に食わせて隠蔽した! そして残った研究資料と姉弟を元に研究を引き継いだ! クラウソラス博士の功績を全て自分のものにして軍の中枢に潜り込んだかと思えば、今度はそこの機密や汚職を握って上層部を次々と蹴落とし、遂には自分が軍の総司令官の座についた!! 」
過呼吸になりかけたのか、ギーブルはテーブルに両手をつき、肩で息をする。
「それを、たった、1人の、子供の為に!! やり遂げてみせた! それも10年程で!! えぇ、もちろん私も手伝いましたよ、ほんの少しだけね! あれを、怪物と言わず何と言う!? ですがね、そんな怪物を生み出した怪物は、私達なんですよ!!! 貴方やゼオン、クラウソラス博士が彼女を狂わせた、私が彼女の狂気を助長した!!」
白く濁った眼が飛び出さんばかりに見開かれる。
「アリアはねぇ、今はアルギネアを攻め落とす事に注力しています。けどいつかその対象はビャクヤ君以外に広がるでしょう。彼女が目指す先にあるのは、自分とビャクヤ君だけが生き残る楽園ですよ」
「そんな事……彼女であろうと……」
「あるじゃないですか。全人類を滅ぼす事が可能で、尚且つ彼女とビャクヤ君だけが生き残る、奇跡のような事が。貴方だって見たでしょう、私と一緒に」
その瞬間、恐ろしい事象がアーバインの脳裏をよぎった。
「まさか天翼を暴走させる気か……!?」
「今度はもっと大規模になるんじゃないですかねぇ。何せ次はフェロータスとゼロエンドを巻き込んだもの……きっと範囲はあの砂漠の比じゃない。どんな破壊力になるかは、はっ、流石に想像がつきませんが」
戦慄した。
恐怖した。
あの日見た光景が再び繰り返される。
アーバインは旧友の瞳を睨む。しかしギーブルはそれに睨み返した。
「もう一度聞こうかギーブル……お前の目指す先は何処だ」
「何度だって答えてあげますよ。私が目指す理想の世界……アクトニウムに満ちた、美しい、未来と希望に満ちた世界です」
[グシオス軍、進撃開始を確認! 各自出撃準備完了後、発進して下さい! 作戦は予定通りAプランで、各員健闘を祈ります!]
スピーカーからマクシィの声が響く。今回の作戦ではゴルゴディアスの艦長に任命され、父親のマックスが艦長を務めるグリフォビュートと共同戦線を張る事となっている。
ビャクヤ、ティノン、エリス達はグリフォビュートから、ウォーロックはゴルゴディアスから発進する予定だ。
「行くよツキミ、足上げて!」
「ま、待って、もうちょっと覚悟を決める時間を──」
「時間がないから、はいっ!」
「あぁちょっ、うぅっん!?」
上げたツキミの足に、機械製の義足が接続される。歩く為のものではなく、EAを駆る為のもの。それは無骨で太く、重い。まるで巨大な接続端子の様に見える。
「もういやぁ……繋ぐ時変な感じがする……」
「散々繋ぐ練習したでしょ……エリス副隊長、ツキミの事、お願いします」
「はい、任されました」
エリスはツキミを連れ、インプレナブルの元へと向かった。
そして送り出したゼナの肩に、手が置かれた。
「ティノン隊長……?」
「作戦はお前達のヴァルハラを中心に、量産型の混合部隊が進行する。私達EAはその援護。つまりはお前達が主役、花形だ。しっかりやってくれよ」
「……っ! はいっ!」
しっかりとした敬礼を行い、ゼナは自分の機体へと走り出す。
「……さて」
ティノンも戦場へ向かう前に、行くべき場所へと向かう。
それはゼロ・アンブロシアの格納庫。つい先程整備が完了し、整備員は皆別の機体チェックへ向かっている。
だがその場に1人だけ、このEAのパイロットがいた。
「ビャクヤ、何してるんだ?」
「……あぁ。ちょっとゼロと話してた」
「何を?」
「これからの事」
「これから、か。今の事は考えなくていいのか?」
ビャクヤは困ったような笑いを浮かべる。意地の悪い質問をしてしまったと、ティノンは笑みを返す。
「悪かったよ。確かに大事だな。……エルの事、幸せにしてやらなきゃならないからな」
「う……ん。その、ティノン──」
「余所見はするなよ」
ビャクヤの言葉は遮られた。
ティノンはビャクヤの身体を抱きしめる。
最後だ。これが最後。自分の想いを伝えることが出来る最後の機会。
届かないことくらい分かっている。彼には自分より守らなくてはならない人がいる事を、知っている。
「ビャクヤ……私、お前の事、好きだ。ずっと。誰かの為に涙を流せるビャクヤが、誰かの為に自分を投げ出せるビャクヤが」
「……ティノン」
「いいんだ、返事はいらない。ただ伝えたかっただけだ。これが最後になるかもしれないから。……出来れば、エルとの子供くらいは見たかったかな」
「それって……やっぱり目が……」
「まだ大丈夫だ。元々、戦う為に必要だった眼だ。ここまで保ってくれただけ良い」
抱き合った身体を、ティノンの方から離す。
名残惜しい。離れたくない。エルシディアの次で良いから、隣にいさせて欲しい。
だがそれは望み過ぎだ。自分はビャクヤの背にある大事なものを、背中合わせで守ればいい。
「あの時の約束、忘れてないな?」
「最後まで生き残る。約束は守るよ」
「信じてるさ。……健闘を、祈る」
ビャクヤとティノンはハイタッチを交わし、互いに自らの機体へと向かう。
ティノンは自分の目の端に、小さな雫が付いていることに気がついた。小さく笑い、それを拭う。
初恋と決別し、最後の戦場へと赴く。
ビャクヤはゼロ・アンブロシアに乗り込み、システムを起動。
外観は最初に見た時と大きく変化を遂げている。ゼロエンドの時よりも分厚いアイガードとヘルムで頭部を防御し、胸部も同様に追加装甲で守りを固めている。肘と膝には今回増設された武装や装甲で増加した重量を補う為、アシストフレームを組み込んだ装置が組み込まれている。そして肩や腕、腰、脚、バックパックにいたるまで武装の接続部を設置。
今回選出された武装は、右肩、左肩のミサイルコンテナ、バックパック右部分のガトリング砲はインプレナブルのもの。バックパック左部分にエグゼディエルの電磁加速砲。バックパック中央にゼロエンドの巨槍「ストレナ」。左腕にティラントブロスの大型シールド。両掌のワイヤーランチャー、右腰のショットガンユニットはファンタズマのもの。左腰にマーシフル・リッパーの対艦刀。
それらを搭載して尚有り余る推力を活かすべく、エグゼディエルのスラスターとマーシフルのブースターが各所に設けられている。携行武装にディスドレッドが使用していた大型ライフルを装備。
近、中、遠距離に対応し、全ての領域で猛威を振るう、文字通りEAの全てを結集した機体、ゼロ・アンブロシアFWE。
「数値は全て正常。システムもクリーン。後は……」
コンソールを叩くと、画面に少女の姿が浮かび上がる。白い髪がフワリと舞い上がり、ゆっくりと目が開く。
「ゼロ、作戦開始だ」
『身体の調子も思考の調子も問題ないよ。いつでも出撃して』
粋な計らいなのか、副産物なのか、ゼロと現実で会話が出来るようになっていた。一体何の意味があるのかは不明だが、少し心強い。
自分の発進タイミングまでコクピットで待機していると、モニターにベレッタの姿が映る。親指を立て、後ろを指差している。うんざりした表情で。
「どうかしたの?」
ハッチを開くと、ベレッタの溜息が漏れ出た。
「お前の彼女さん、見送りだ。俺、他の最終チェックあるからここに置いてくぞ」
「えっと……? う、うん……」
ベレッタは少しふらついた様子で去っていく。徹夜を何日行ったのだろうか。それは分からないが、この機体にほとんどの時間を割いていた事だけは分かる。ビャクヤは心の中で礼を言った。
ベレッタと入れ替わりで、蒼みがかった銀髪が現れた。足取りはしっかりしている。しかし何処かフワフワとした雰囲気を醸し出している。
「エル? 言っておくけど、出撃しちゃダメだよ?」
「しない。私だってそこまで無茶じゃない」
「じゃあ一体……?」
「見送りぐらいしたって、バチは当たらない」
ビャクヤの胸に寄り添い、顔を埋めるエルシディア。パイロットスーツを強く掴む手から、彼女の真意が伝わる。
本当は行って欲しくない。自分も連れて行って欲しい。
だけどそれは我儘で、それは出来ない事で。
今の自分にはこうして彼を抱きしめ、無事を祈ることしか出来ない。
「……きっと、帰って来て。今度はちゃんと、ここで待ってるから」
「分かってる。もう二度とエルを1人にしない。約束したから」
「……ビャクヤ」
エルシディアは左の小指を差し出す。ビャクヤはそれに自身の左の小指を絡める。しっかりほどけないように。
今一度約束を交わし、2人の小指が解けた。
エルシディアの唇が名残惜しそうに結ばれるのを見たビャクヤは、最後に軽く口づけを残し、
「行ってきます」
ゼロ・アンブロシアに乗り込むと同時に、カタパルトへ接続。発射口まで運ばれていく。
小さく手を振るエルシディアが背後に消え、代わりに鉄の道が広がる。もう量産型部隊は出撃し、戦線へ参加しているようだ。次は自分達、EAの出番。
ツキミはインプレナブルの操縦席に座り、義足を下の装置へ接続。これでインプレナブルの巨大なキャタピラユニットの制御が容易になる。
「準備出来ました、副隊長!」
「力を抜いて、緊張しないでください。貴女ならきっと出来る」
「私……いや、私達なら」
「はい、火器管制は任せて下さい。さぁ、行きましょう!」
ティノンはエグゼディエルが現在受け取った戦況を確認する。今の所拮抗状態だが、いつ覆るかは分からない。自分達が突破口になれば、流れをこちらが掌握出来る筈。
「……あの機体がいつ出るか。それ次第だな」
あの化け物を相手に出来るのはビャクヤとゼロ・アンブロシアだけだろう。
それまでに舞台を整える事が自分の役目だ。
「ふぅ、私が先か。……ティノン・ハスト、エグゼディエル・グリファス、出撃するっ!!」
カタパルトから電流が迸り、エグゼディエルが発進する。飛行形態のまま戦場の中心へと飛翔していく。
「ティノン隊長が出ました。私達も行きますよ!」
「は、はい! グリフォビュートへ通達します! インプレナブル、作戦通り甲板へ出ます!」
昇降装置に乗り、甲板上へインプレナブルが姿を現した。
「作戦区域中央に接近したらミサイルで牽制、そのまま降りて部隊の後方支援に回ります。それまで弾薬は温存していきます!」
「はい!」
[おいスペクター、お前はいつ出るんだ?]
ゴルゴディアスにいるウォーロックから通信が届く。ティラントブロスの修理は最終チェックを残すのみらしいが、EA組の出撃にはギリギリ間に合わなかったようだ。
「もう行くよ。大丈夫、ウォーロックが出る前に終わらせてくるから」
[出来るもんならやってみろよ]
小さく笑い合う2人。しかしビャクヤの笑いはすぐに止み、声色が変わった。
「本当なら、ここまで巻き込むべきじゃなかったのかもしれない。これはアルギネアとグシオスの問題なのに」
[あぁ? 言っておくがこれは俺達が決めた事だ。お前がなんて言おうが止める気はねぇ。少なくとも俺は最後まで戦うぞ]
「そうか……うん。そういう事にしておいてくれると、嬉しい。ありがとう」
[お? おぅ……なんか、あぁ、変な感じだなお前……]
今までスペクターとしてのビャクヤしか知らなかった為、ウォーロックは調子を狂わされる。だが周りの様子を見る限り、これが本来の彼なのだろう。
「じゃあそろそろ出るから。ウォーロックも準備だけは……」
[死ぬなよ]
「っ?」
[お前、前に言ったよな。自分は亡霊だって。死ぬ事は出来ないって。自分が言った事は絶対守れよ。破ったら殴る]
返答する間もなく通信を切られる。この不器用さが彼らしい。ビャクヤの口元が再び笑みを浮かべた。
カタパルトに電力が充填され、発進タイミングを譲渡される。先に見える外は薄暗く、太陽の光は見えない。曇天のようだった。
これが最後になる。これを最後にしてみせる。
今、アリアを止められるのは自分と、ゼロだけだから。
「ソウレン・ビャクヤ、ゼロ・アンブロシア…………行きますっ!!!」
迸る電流と共に、ゼロ・アンブロシアが空高く飛翔する。
変形無しでの凄まじい跳躍は、各部に設けられたブースターとスラスターの恩恵によるものである。
眼下では既に乱戦が繰り広げられている。響き渡る爆音、噴き上がる爆炎、舞い散る破片。戦場という地獄がそこに顕現していた。
だがビャクヤの視線の先に、あるものが映った。この灰色の戦場で輝く、群青の翼。
皮膚の下を這い回る嫌な予感を、ゼロが代弁した。
『天翼……!? 一体誰が……』
続く
後編へ続く




