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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
最終章 Ambrosiaの騎士
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第2話(96話) 招き

 

 ミーシャが設計に夢中になっている間に、ベレッタは他のEAのメンテナンスへ赴く。

 ディスドレッドは見切りをつけた。未知数のシステムを使った反動から、アクトニウムコアもフレームも酷い損傷であったからだ。何より、電子頭脳が完全に焼き切れて停止してしまっている。4号機──マーシフルリッパーを流用した機体でよくここまで保ってくれたものだ。

 すでにエルシディアをパイロットとして登録していたにも関わらず、何故ビャクヤを自らに乗せることを許したのか。それを知る術はもう無い。


 そして最終調整を受けている機体達のエリアに入る。


 エグゼディエル。ミーシャはグリファスと呼んでいたが、正に鷹の王を冠するに相応しい改修を施した。

 図ったのは主に通信能力の強化。頭部のブレードアンテナに加え、胸部にも2本のV字アンテナを装備。更に自身が観測した敵データを有効範囲内の味方へ送信する事が可能となっている。これは今回の作戦において、ティノンが総隊長を務める事になった為でもある。この技術にはかつての隊長機──ファンタズマの機能を発展させたものが使用されている。

 更にはバックパックにマーシフルリッパーのものを改修したブレードウイング、そしてアクトニウムコアと直結したバッテリーユニットを搭載。機動性を更に向上させ、バッテリーユニットと電磁加速ライフルを接続する事で更に強力な狙撃を行えるようになっている。


 隣にはインプレナブル。再び複座型に戻されるのに際し、最早要塞のような姿となった。

 分厚い装甲に包まれた容姿は変わらない。しかしその腕は4本に増えており、追加された右腕には大型ガトリング、左腕には2連装キャノンを搭載。2門あったバックパックのキャノン上部には6連装大型ミサイルコンテナが追加。全身及びキャタピラユニット内にもマイクロミサイルを積んでいる。正に移動する火薬庫、小さな陸艦にすら見えてしまう。


 そしてグリフィア、ギールアイゼン、ガルディオンの格納庫へ、新たな量産機が搬入された。


 EAーMPT02「ヴァルハラ」。騎士の兜をシャープな形状にした様な頭部、細身なフォルム、そしてエグゼディエルのものとよく似たバックパック。肩や腕部、腰部や脚部にまで搭載された武装マウントプラットフォーム。

 機体形状やコンセプトはゼロエンドを、推力やシステムはエグゼディエルを参考に開発された、初の「量産型EA」である。機関部はアクトニウムコアとガルディオンの動力をミキシングした「ハーフアクトニウムコア」、自動学習機能や予測演算機能を廃して処理能力へ特化した電子頭脳を搭載。更に内蔵火器を全てオミットする事で、EAの性能と一般兵士でも扱える癖のなさを両立した。

 武装は60mmアサルトライフルとアクトニウムブレードを基本兵装に、パイロットの戦闘スタイルに合わせた武装を搭載可能となっている。


 そして、あくまでグリフィアやギールアイゼン、ガルディオンを使いたいというパイロットも数多くいた為、各所で整備員が引っ張りだこになっている。一番大忙しなエリアだ。



 一方、少し外れたエリアの端では。


「も〜う!! 何でこんなにしちゃうかなぁ!?」

 ノルンの怒号に耳を押さえるウォーロック。ティラントブロスの整備にはノルンとガロットが赴いているが、予想以上に難航している様だ。傍でリムジーとベックも手伝っている。


「…………はぁ。やるしかないか」

 やがて自分が担当する機動兵器の前に、ベレッタは遂に辿り着いてしまった。


 ゼロ・アンブロシア。


 骨格にはアクトメタルを特殊な鋳造方法で制作した新フレーム「アンブロシアフレーム」を使用。カーボン筋肉も二世代型へ交換し、装甲材としてアンブロシアフレームに使用したアクトメタルと同様の物を、超高密度に積層させたものを使用。

 そして新たなアクトニウムコアと、ゼロエンドの電子頭脳。これら2つを搭載した時、あるシステムが機動可能になると総司令官から告げられていたのだが…………。

「あ、ベレッタ君」

 そんなゼロ・アンブロシアの下で作業をしていたシラキが振り返る。そのシステムの解析を頼んでいたのだ。

「何か分かりましたか?」

「全然。EAの内部データの中でも特にロックが硬くて、やろうとしたパソコンが壊れました。ほら」

 シラキが指差した先には、煙を上げるパソコンが何機も積み重なっていた。

「彼奴…………ビャクヤがいれば…………」

「多分、ダメだと思う。彼にも聞いたんだけど、よく分からないって言ってた。本当かどうかは分からないけど……」

「そんな危ないもん積むのは反対だ…………って言いたいが…………グシオスにあんな化け物がある以上、賭けるしかない、か……」




 自分の膝で眠る少女の頭を、ビャクヤは優しく撫でる。リハビリの一環で艦内を歩いてきたのだが、もうほとんど自分の力で歩く事が出来るまで回復していた。

 微かな寝息。膝から伝わる小さな拍動。

 彼女の生を感じられる、至福の時間だった。


「んんん……ん?」

「起きた?」

 開かれた瞼から、翠の瞳がこちらを覗いた。エルシディアの上半身が起き上がったかと思うと、今度はビャクヤの右腕へと寄り添う。

「喉が渇いた……」

「はい」

 少し渇いたエルシディアの唇へ、水の入ったペットボトルの飲み口が触れる。喉を鳴らしながら水を飲み終えると、不意打ちの様にビャクヤへ口づけをした。

「……そんなに積極的だったっけ?」

「今更そんなことを言うの?」

「あー…………う、うん…………」

 2年前。互いに歯止めが効かない精神状態だったとはいえ接吻以上の事をしてしまっていた事を思い出し、ビャクヤはそれ以上何も言えなくなる。


 と、ビャクヤのタブレット端末にメールが届く。話を逸らす機会を見失っていたビャクヤはすがりつく様にそれを開いた。エルシディアはというと構って貰えなくなった為か、小さく頬を膨らませている。


 総司令官からのメールだ。その内容に目を通していく。


 ビャクヤの表情が一変、厳しいものへと変わった。

 そのまま何処かへ行こうとするビャクヤ。しかしの袖を、エルシディアによって掴まれる。その目には何かを感じ取ったかのように、不安で揺れていた。

「何処に行くの……!?」

「…………」

「私も行く」

「ダメ」

 笑いながらエルシディアをベッドに寝かせようとするが、彼女は動こうとしない。

「エル……」

「お困りか?」

 その時、病室に人影が現れる。束ねた紅い髪が照明の光で煌く。

「ティノン?」

「流石にタジタジだな」

 ニヤニヤと笑いながら2人を見るティノン。

「すまないが、エルと話があるんだ。ビャクヤは何処かに行きな、ほら」

「待ってティノン、私は……!」

 エルシディアが止めようとしたが、半ば追い出される形でビャクヤは病室を出された。


「ティノン、一体何の……」

「グシオスが交渉を申し出た」

「っ!?」

 ティノンがテレビの電源を入れると、そこに映し出されたのは2人の大統領だった。対談が生中継されている事にも驚いていたが、なぜ今になって交渉など始めたのか。

「あのEA……鹵獲された7号機を見せつけて降伏を要求している。応じなければロンギールへ奴を投下すると」

「ロンギールまで侵攻する事が可能なの……?」

「多分これを最後にする気だろう。全戦力を投入して防衛線を突破、そうしたら後はあのEAを放り込めば、私達は終わりだ」

「…………私には、この交渉が本命には見えない」

 不安な色を宿したエルシディアの瞳が揺れる。

「何故?」

「今までの戦争はこの2人が主導権を握っていたわけじゃない。多分裏で、総司令官同士の対談が行われているはず」

「本命はそっち……か。じゃあこの対談はフェイク、一般人へ向けたパフォーマンス」

「もう最終戦争は避けられない」

「あぁ。最後で、あって……欲しい…………っ!」

 直後、電流が走る様な音が小さく鳴った。


 ティノンの義眼はよく見るとヒビ割れており、細い血涙が出ていた。


「ティノン、貴女目が……!? まさかあの時──」

「いや、これは…………バイオレストアの、ガタが来ている。……エルとビャクヤは、こんな痛みを、ずっと……!」

 血涙を拭い、決意に満ちた瞳に戻る。

「これが本当に最後だ……絶対、アルギネアを守ってみせる」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 語らいが終わり、シーツの上に倒れ込むエリーザ。その上に、アレンが彼女を抱く様に倒れる。

 名残り惜しむように抱き合った後、脱ぎかけになっていた衣服を再び整えた。



 力無く身を寄せるアレンを、エリーザは優しく受け入れた。


「どうかしました?」

「…………怖い」

「何が、です?」

「怖い夢を、見る」


 震える口から発せられる、辿々しい言葉。以前の刺々しい雰囲気は面影すらなく、無垢な子供のように見えた。

「暗い所で独りでいると、姉さんと、エルの声が聞こえるんだ……裏切り者って、私達を見捨てたって。責められて責められて…………最後は、彼奴に殺されるんだ……アリアの声をした、ビャクヤに……!!」

 エリーザは頷きながら抱きしめる。


 夢の中に助けに入られたのなら。アレンを苦しめる悪夢を、この手で消す事が出来たのならどれだけ良かっただろう。

 エリーザは以前、アレンの事を憧れの目で見ていた。我欲と怨念が渦巻く世界の中、力を持って生きてきた彼の姿に、敬意と恋慕を抱いていた。


 しかし今は違う。


 今この心に抱いている想いは、慈愛。

 アレンの本当の姿を見て感じたのは狂おしい程の庇護欲。弱い心を隠し、必死に生き抜いてきた彼を、この手で守りたいと初めて感じた。

 何者も近づけない。この人を守れるのは自分だけ。それ以外は全て彼を傷つける害でしかない。


 狂った恋情に取り憑かれたエリーザの愛に、アレンは呑まれ、溺れていくのだ。


「アレンさん、新型の調整があります。私も一緒に行きますから、頑張りましょう?」

「…………分かってる」

「終わったらまた…………ね」



 至福、愉悦がエリーザの中から溢れ出す。アレンは自分のもの、自分はアレンのもの。


 もう誰にも、渡さない。






 ビャクヤが足を踏み入れたのは、グシオスの最新型陸艦「エーギル」。それはロンギールから遠く──しかしながら侵攻するには十分な距離に待機していた。

 迎えはグシオス軍のヘリ。しかし客人をもてなすように丁重に通され、軍人達に案内された先には、フルフェイスヘルメットを被った男が待っていた。


「待ぁっていましたよぉ〜! いやいやね、私が会いたかったわけじゃあないんですがぁ! 私達のそーしれいかんがね……」

 ひとしきり高いテンションでまくし立てていたが、急に黙り込み、ヘルメットを脱いだ。

「道化はここまでにしましょう。さて、私は私で用事があるので、貴方を案内したら消えます。あとはごゆっくりと、お話ください」


 ギーブルが指を鳴らすと、兵士達は波が引くように去っていく。

 艦内は静かではあるが、すぐ近くから兵士達が走る音が聞こえる。目立たない来客用の道を使用しているのだろう。


「グシオスの総司令官が、ただの一兵士に何の用ですか?」

「それは本人に聞いてください。まぁそんなに身構えなくても大丈夫。どうせ、しょうもない理由ですから」

 それは一体どういう意味なのか。

 問おうとした時、既に目の前には大きな自動扉が見えてきていた。

「ここですよ。それでは私はこれで。総司令官代理として貴方のところの総司令官と対談しなくてはならないのでね」


 ギーブルが去っていく。


 ビャクヤは扉へ近づき、触れようとする。が、何か不穏なものを感じ、手を引いた。

 この扉の奥から感じる、得体の知れない空気。


 しかし戸惑うビャクヤの意思に反し、扉はひとりでに開いた。


 その先にいた人物を見たビャクヤは、息を呑んだ。


 ビャクヤを見たその人物は、涙を流していた。



「あぁ…………ビャクヤ、ビャクヤ…………っ、やっと、やっと…………!!」

「ア、リア…………!? 何故……っ!!」



 言葉は塞がれた。

 駆け寄ったアリアの抱擁と、口づけによって。


 それは母が子にする様な慈愛のキスではなく、かといって想い人に送る恋情のキスでもなく。


(何なんだ……!? これは、この、感覚は……!?)

「会いたかった…………この為に、この時の為だけに……!!」



 目の奥を覗いても、底の見えない闇が広がっていた。


「私は全てを捨てて、利用して…………ここまできたのよ、ビャクヤ」



続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜


「折れた翼」


歪んだ記憶と約束は、彼女の穢れなき翼を引き千切る。

ビャクヤは迫られる。彼女を、母として受け入れるのか……。


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