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Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜  作者: 雑用 少尉
最終章 Ambrosiaの騎士
104/120

第1話(95話) 再びゼロから

 

 白い天井と電灯が眩しい。


 それから逃れるように目を瞑っていたが、もうどうしても眠る事は出来ない。目が冴えてしまったようだ。


 ここ1週間は点滴のまま。しかし主治医のグレッグとゼオンによれば、自分の身体には今、奇跡に近い事が起きているらしい。

 アクトニウムと抑制剤に侵し尽くされた血液はほとんど正常な状態に戻っていた。痩せこけた身体や色の抜けた髪も今では元通り色づき、もう少しで歩けるくらいに回復するだろうと言われている。



 眩しい天井から目を逃すように、エルシディアは横の棚へと目を向ける。そこには大きな花瓶に沢山の花が添えられていた。自分がここへ運ばれてきた時から今まで、数々の人達が見舞いに来たのだ。

 ティノン、エリス、ゼナ、ツキミ、他にも2年前に見た顔や、知らない顔まで自分の元を訪れた。


 だが、ほぼ毎日ここを訪れる顔が1つだけある。それを見る事が今の楽しみだ。



 と、病室のドアが開く音が聞こえた。


「どうも」

「…………」

「すまないな。ビャクヤじゃなくて」

 ティノンは苦笑いを浮かべながら病室へ入る。

「……ビャクヤは?」

「ベレッタとミーシャに呼び出されてる。ちょっと長くなりそうだから、私が代わりにここに来たわけだ」

 花瓶の水を入れ替え、側の椅子に腰を下ろす。懐からウェットティッシュを取り出すと、エルシディアを助け起こす。

「体拭くぞ。ほら、脱…………」

「……!」

「どうかしたか?」

「恥ずかしい」

「はっ!? 恥ずかしいって何だ!? 女同士だろ! いいから脱げ!」

 妙に抵抗を続けたエルシディアだったが、やがて観念したかのように服をはだけさせる。


 運び込まれた時はボロボロだった皮膚は、ほとんど跡が残らないくらいまで回復している。


「2年前と少し変わったな、エル」

「貴女ほどじゃない。もうすっかり隊長なのね。あの2人の新人も、貴女を尊敬しているみたいだった」

「気苦労の方が多い役割だよ。ウェルゼ隊長の苦労が身に染みて分かるようになった」

 まだ戦争が終わったわけではない。

 ただ、今のこの時間だけは大切にしなければならない。

「何か悩んでる?」

「よく分かったな。顔に出てたか?」

「何となくだけど」

少しくすぐったいのか、身をよじりながらエルシディアは答える。


「これからはビャクヤ達と共同戦線を張るんだ。部隊を再編成して、部隊を1つに統一するらしい。それで少し揉めて……」

「貴女とビャクヤが?」

「いや……」

 ティノンの表情に陰りが見える。

「部隊内に、まだ彼奴がスペクターと名乗っていた時……交戦して、足を失くした奴がいてな」

「そんな事が……」

 エルシディアの表情も少し暗いものへ変わる。

 どちらが悪いという問題ではない。だからこそ簡単に片付けられる案件ではない事は、エルシディアにも分かっていた。

「それでも、きっとビャクヤなら大丈夫」

「そうだといいんだがな。何せ気難しい奴だから和解はかなり苦労す……むっ」

「っ?」

 口を閉じたティノンに対し、エルシディアは振り返る。

「どうしたの?」

「なんか……その……痩せた筈なのに、何でここは、前よりちょっと大きく……?」

 ある部位を両手で支えながら、ティノンは固唾を飲んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「副隊長! やはり私はどうしても、この指令に納得出来ません!」

「ゼ、ゼナちゃん……」

 必死に止めようとするツキミの前に出るゼナ。

 その理由は明白だ。ツキミの足を奪ったEAから降りた男とその部隊。彼らと今後共同戦線を張るために部隊を統合すると指令が出た事に対して、ゼナが反論したのである。


 それに対してウォーロック達が異を唱えようとしたのだが、ビャクヤとティノンの仲裁によって一旦事態は収束したのだった。


「ゼナさん、落ち着いてください。貴女もブリーフィングを聞いていた筈でしょう? ティノン隊長が交戦したあのEAを攻略する為には彼らの力が……」

「それは、それは分かっています! でも…………すみません。割り切らなければならないのは分かっているんです。でも私は……」

 ツキミのそばに寄り添いながら、苦痛の表情を浮かべるゼナ。彼女も分かっているのだ。今後の戦いでは少しでも戦力が必要になる。彼の実力は、一度戦ったゼナも十分理解している。


 しかしゼナにはどうしても許容出来ないのだ。ツキミの足を奪った彼の事を。



 その時だった。ゼナの視界に、彼の姿が目に入った。

「……あっ、ビャクヤさん。どちらに?」

「ベレッタ達に呼び出されて……っ、君達は……」

 ビャクヤも2人に気がついた。話していた口を閉じ、再び歩き出す。

「ま、待って下さいビャクヤさん。あの……あっ」

 ビャクヤを引き止めようとしたエリスを静かに避け、2人の前まで来た。

 ゼナは反射的にツキミを後ろに庇う。その目は敵意と言うほどではないが、警戒の色が現れている。

 ビャクヤはゆっくりと、


 頭を下げた。


「っ」

「謝罪が遅れた。ツキミさん、あの戦いで君の足を奪った事、心から謝罪する。それで済む事だとは思っていない、けれど……」

「あ、あの!」

 ビャクヤの言葉を遮ったのは、謝罪を受けているツキミだった。

「私、もう大丈夫です。あの時は、その、お互い敵だったから……あの、仕方がないというか……それに、皆が支えてくれたので…………だからあの、貴方も気にしないで下さい! これから一緒に頑びゃ、あ、頑張りましょう!」

 しどろもどろになりながらも、ツキミは精一杯自分の意思を伝えた。

 ビャクヤは少し呆気に取られていたが、やがて元の優しい表情に戻った。

「それでも、これからは一緒に戦うんだ。これだけは伝えたかった。僕を恨んでくれて構わない。だから……」

 視線はツキミと、ゼナにも向けられる。

 初めて顔を見た時から不思議だった。こんなに優しい顔をした人間が、何故戦場に出る事になったのか。何故こうして、優しい人間同士が戦う運命になってしまったのか。

 ゼナは根負けしたように小さく笑うと、ツキミの手を自分の元へ引き寄せた。


「本人がこう言っているなら、もう私がどうこう言うのは無粋ですね。副隊長、申し訳ございません。今までの発言を撤回致します。そして、ビャクヤさん。隊長や副隊長が信頼を寄せる実力、是非ともまた拝見させて下さいね」


 そう言うとゼナとツキミは、ビャクヤの横を通り過ぎて行った。


「……とても良い子達だね」

「はい、もちろんです。後であの子達にも、何かご馳走してあげて下さい」

「うん…………うん? にも?」

「当然私やティノンさんにもですよ! 今まで心配かけた分、それくらい安いでしょ?」

 にこやかに笑いながら、エリスは去って行く。その足取りはとても軽かった。




「あ、おっせーぞこらっ!」

「ごめんね。大事な用事が偶然重なっちゃって」

「何だそれ……まぁとにかく本題に入るぞ」

 格納庫に着くなりベレッタからの叱責が飛んだが、幸い深く追求されることはなかった。

「先日総司令官からゼロエンドの電子頭脳が送られてきた。まぁこれについてはまた別の件があるが、問題はだな」

 と、側にあった小さな頭が逃げようとしているのに気がつき、咄嗟に掴んだ。

「痛い痛い! ベレッタの馬鹿! 女の子の頭なんだからデリケートに扱いなさいよぉ!」

「お前は機動兵器をデリケートに扱え! ガルディオンとヴァルハラで出来ていた事を何で出来ない!?」

 言い争う2人の間を抜け、ビャクヤは工具箱の上に無造作に置かれたタブレットを見る。



 そこには新たなゼロエンドの姿があった。おそらく元々考案されていた姿は、元のゼロエンドと同じく飾り気のないシンプルなものだったのだろう。

 しかしそれから様々な武装が付け足されたようである。全身には追加装甲、そして数々の武装が施され、それに相まってスラスターやブースターの量も増加。異様な姿となっている。



「それはその、験担ぎだよ! こう今までの力を集結して……」

「集結させすぎだ! もう少し添削しろ! 第一これじゃまともに動かせないだろうが! おい、パイロットのお前からも何か言ってやれ!」

「……良いね、これ」

「そーだ、もっと……って、はぁっ!?」

 ビャクヤの顔には嬉しそうな笑みが浮かんでいた。

「ただミーシャ。少し頼みがあるんだ」

「何、何っ!?」

 何でも言ってくれと言わんばかりに身を乗り出すミーシャ。ビャクヤはタブレットを指差しながら要望を伝えた。

「武装をさ、過去のEA達のものを取り付けて欲しいんだ」

「んん? つまりそれって……」


「1から6までのEA武装を、ゼロエンドに集めて欲しいんだ」


「なぁっ!? おま、何言って……!!?」

「おぉっ!! そんなのやるっきゃないじゃん! まっかせといて!! おじいちゃ〜ん!!」

 度肝を抜かれた様子のベレッタをさし置き、ミーシャは駆け出して行ってしまった。


「どうしちまったんだお前!? あの知的で謎めいていたスペクターさんは何処行った!?」

「いやぁ、はは……」

「何笑ってんだ!! ああどうすんだよこれ! 重量、重量がぁ……」

「見てみたけど、ミーシャの構想段階でも推力は十分足りてる。それに……ベレッタなら上手い具合に纏めてくれる、だろ?」

「言ってくれるなお前……」

 ベレッタは半分呆れたように、半分嬉しそうに笑う。


 すると、ミーシャが慌てて戻ってきた。忘れ物でもしたのかとベレッタが尋ねようとした時、彼女はこんな事を話し始めた。

「名前!」

「……ん?」

「もうゼロエンドじゃないよ! あの子はゼロ・アンブロシア! それとあの追加武装ユニットの名前、考えといてね!」

「あ、名前ならもう決まってるよ」

 ビャクヤはタブレットの設計図の端へ名前を刻む。ベレッタとミーシャはその名を、ゆっくりと復唱した。



「「ゼロ・アンブロシア……FWE。フルウェポンエヴォルブ……!」」



「EA全ての武装を集結した姿……って感じ?」

 照れ臭そうにビャクヤは笑った。



続く

次回、Ambrosia Knight 〜遠き日の約束〜、


「招き」


最終戦争は近い。相手からの提案は和平か、戦線布告か、それとも……

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