第37話(93話) 貴方に会いたい
「あの機体は……!?」
ネヴァーエンドとフェロータスを一気に退けた機体の面影に、エリーザは見覚えがあった。2年前に交戦した蒼い可変機体。既に討った筈のその姿が重なり合った。
「亡霊がっ!! 今更戻って何をするつもりだ!!」
フィーアバエナは大きく跳躍、倒れたフェロータスを飛び越え、両腕部からパイルを発射しようとする。
しかしそれは、見えない力によって阻まれた。フィーアバエナの右腕が急に引っ張られたかと思うと、地面へと引きずり降ろされる。
ティラントブロスの左腕シールドから、3本のワイヤーが射出されていたのだ。
「意外と便利だなこれ!」
「くっ、離せ、邪魔をするな!」
「おら、こっち来い!!」
ティラントブロスの膂力は軽々とフィーアバエナを引き寄せ、シールドの打突部を叩きつけようとする。
「まともな武器はそれだけ、なら距離さえ取れば!」
殴打される直前に、フィーアバエナは脚部をティラントブロスの肩に当て、一気にシリンダーを起動。ティラントブロスを跳ね飛ばし、フィーアバエナは宙返りした勢いでワイヤーを剥がした。
「逃げられたか!」
「稚拙な戦い方を!」
エリーザは着地した地点に落ちていた戦闘棍を見る。そしてまだアクトニウムが侵食していない部分を踏み折り、片手棍として構える。
再び跳躍して距離を詰める。だが今度は周りを跳ね回り、ティラントブロスを撹乱。ウォーロックが愚直な性格であることもあり、翻弄されてしまう。
「ちょこまか動くな、くそっ!!」
出鱈目にシールドを振るうが、逆にその隙を突かれ、頭部を棍で殴りつけられる。
「硬いっ!? アクトメタル製の棍でも傷一つつかないなんて!」
「やっと止まったな!!」
ティラントブロスは右手でフィーアバエナを捕まえるが、今度は腕の小型ランチャーからパイルが射出。一斉に飛び出したアクトメタル製の杭はティラントブロスの右肩を穿つのみならず、遥か後方へと吹き飛ばした。
「嘘だろこいつ!!」
「フブキ!」
エリーザはフブキへカバーを要請。
「はいはーいっと」
やる気のない返事で応じ、フブキは照準をティラントブロスの頭部へ合わせる。何故かというと2機が取っ組みあった状況でコクピットを狙えば、流石のフブキでも誤射をしかねない為だ。取り敢えず頭部さえ破壊してしまえば機能を停止させられる。
「じゃあ死 ── っ?」
発射しようとした時、空に小さな光が走るのをフブキは見た。
雷だろうか。しかし空は夕焼けではあるものの雷雲など影も形もない。
そして次の瞬間である。ヴォイドリベリオンが陣取っていた丘が衝撃と共に崩れ去り、遅れて風を切る音が追いついた。
フブキは驚くと同時に歓喜する。この攻撃の正体に確信があったからだ。
「来たな、来たな来たな来たなぁ!! 紅いEA!!」
「あの時の狙撃機だな……!」
ティノンは苦い表情を見せる。ビャクヤの部隊に接触する筈が、彼等はグシオスと交戦していた。更には謎のEAが暴れ回る戦場、かつて自分達の部隊を壊滅に追い込んだEA達。過去の嫌な記憶が這い上がってくる。
と、すぐさま反撃の弾丸が飛来した。エグゼディエルが弾道予測をはじき出すより速く頭部を掠める。ティノンも撃ち返すが、どちらの弾丸も完全に互いを捉えることは出来ない。
「遊んでる場合じゃないんだ! 一気にケリをつけさせてもらう!!」
バックパックが展開し、噴き出した炎が翼のように広がった。
電磁加速ライフルが装填されたエネルギーパック内の電力全てを喰らい、銃口から光が迸る。銃身が負担に耐えかねているのか、隙間からも電気が漏れ出している。
「吹き飛ばしてやる!!」
解き放とうとトリガーを引いた瞬間だった。
横から飛び出した触手が、エグゼディエルから電磁加速ライフルを取り上げた。同時に放たれた必殺の雷弾は、ヴォイドリベリオンから少し離れた場所に着弾、しかし衝撃波は地面に大穴を開け、周りの地面ごとヴォイドリベリオンを吹き飛ばした。
「しま ──」
「ぐぅぅっっ、やるじゃんやるじゃん!! そうでなくっちゃさぁ!!」
ティノンが一瞬意識を逸らした時、フブキは対EA炸裂弾を装填、エグゼディエルのバックパック目掛けて発射した。
「あぁっ!?」
爆発した衝撃で背部とバックパックの接続部が破損。推力を失ったエグゼディエルは地面へと落下。本体に取り付けられたスラスターを噴射して態勢を整えるが、今度は触手が襲いくる。
機体を反転させながら躱すものの、腰からナイフとエネルギーパックが引き抜かれてしまう。
フェロータスはエグゼディエルから奪った武器をまじまじと見つめると、電磁加速ライフルを右手に、ナイフを左手に持つ。
そして着地したエグゼディエルへ、迷う事なく引き金を引いた。
「んうっ!!」
勘を頼りに回避しようとするが、フェロータスは触手を首に巻きつけて無理矢理引き戻す。エグゼディエルの左腕が宙を舞った。
「エグゼディエル!! 何とか、逃れるんだ!!」
ティノンは力の限り操縦桿を引くが、為す術もなくフェロータスの元へ引き寄せられる。先をアクトニウムで滴らせる針が待ち受ける。
「やらせない」
針が突き立てられようとした時、薙ぎ払われた斧槍の刃が触手を切断。更に大型ライフルが投げ渡された。
「ビャ……スペクター……!」
「ビャクヤでいいよ。うん、その方がしっくりくる」
「そう…………だな」
こんな状況に追い込まれているというのに、ティノンは思わず笑みを浮かべた。
「っと、まったく!」
その時、ディスドレッド目掛けて振り下ろされる黒爪。ディスドレッドの警告が僅かでも遅れていたらやられていただろう。
「ビャクヤ…………何故、生きてる……!?」
「約束を果たす前に死ぬわけにはいかなかったんだ! アレン、エルは今何処にいる!?」
「もう遅い! 何もかも手遅れだ……何もかも!!」
「どういう意味だ……!?」
アレンの口元に、小さな笑みが浮かぶ。全てを諦めたような、全てに絶望したような。
「間に合わなかった……俺はただ、またあの時みたいに、姉さんと、エルと……」
「だからどういう意味だって聞いて ──」
その時、2人の間にフェロータスの触手が割って入る。瞬時に2機は離れ、距離を取るが、触手はディスドレッドにのみ殺到する。
「どうして俺だけを狙うんだ……?」
斧槍を構え、フェロータスめがけて突進する。しかしまたしても、ネヴァーエンドが立ち塞がった。背中のサブアームがバスターソードを抜き、穂先の刃を受け止める。
「やめろ!! こいつは……!!」
「敵味方の判別が出来ない機体を守るのか!? あんな機体を世界に放ったら、アルギネアもグシオスも関係ない! 人類が滅びの道を辿ることになるぞ!!」
「こいつの中にはエルがいるんだ!!」
「な…………に…………!!?」
動揺で操縦桿を握る力が弱まった時だった。ネヴァーエンドの背後から伸びた触手が、サブアームごとバスターソードを奪い取った。そしてそのままネヴァーエンドへと振り下ろし、右腕を切断した。
「ぐっ!? エル、俺は味方だ!! 俺は……お前の…………」
伝わる筈がない。中にいるエルシディアはただの処理システムと化しているのだから。敵も味方も判別出来ていないのは、フェロータスのAIなのだから。
「エルが…………あの中に…………」
動きを止めたディスドレッドを見たフェロータスはゆっくりと歩み寄る。両手を広げ、抱きしめようとしていた。
「下がれビャクヤ!!」
ティノンはライフルをフェロータスへ放つ。しかし弾丸は多数の触手に阻まれ、機体へ届く前に結晶に包まれる。
更に、
「お前の相手は私だぁぁぁっ!!!」
遠方から飛来した狙撃がライフルを直撃し、爆散。
「狙撃機がまだ残ってたか!」
「無視すんな紅いEA! 早く撃ち返してこい! さっさと ──」
フブキの啖呵が終わる前に、フェロータスがヴォイドリベリオンへ電磁加速ライフルを撃ち返した。
雷光を放つ弾丸が左肩へ直撃。曲面装甲をもってしてもその莫大なエネルギーを受け流すことは叶わず、ヘラクレスを握ったまま千切れ飛んだ。
「な、な、なんで……味方を撃った……? は、は、はは、いかれてやがる、あいつ……」
燃え上がっていた報復心は一気に冷め、全身を巡る血が冷たくなるのを感じた。
「味方撃ちやがった……」
「あんなものを放っておいたら……!!」
ウォーロックが呆気にとられている間に、エリーザはアレンの元へ駆けつけようとする。しかしフェロータスはフィーアバエナに狙いを変え、発射。フィーアバエナは大きく跳躍してこれを躱したが、それを予見していたかのように触手がフィーアバエナの脚に巻きついた。
「しまっ ──」
そのまま頭から地面に叩きつけられる。頭部がひしゃげ、電子信号を伝える頸椎部が損傷し、そのまま動きが止まった。
「エリーザ!!」
アレンは通信を繋ぐが、ノイズが発生していて生死が判別出来ない。
フェロータスは覚束ない足取りで歩き続け、ディスドレッドの元へようやく辿り着いた。
首へ両腕を回し、甘えるように頭部を寄せる。
「……本当に、エルが…………」
伸ばされた触手が、ディスドレッドの背中に突き刺さった。徐々にアクトニウムが注入され、結晶が機体を侵し始める。
「おいスペクター!? 何やってんだよあのバカ!?」
ウォーロックはティラントブロスを駆り、フェロータスへと接近。しかし触手はまるで指があるマニピュレータと変わらない動きでナイフを振るい、ティラントブロスの装甲の隙間、首元を斬りつけた。頭部装甲の重量でダラリとぶら下がるが、それでも構わず突進する。
「動けティラントブロス! もう少しで、叩き込んで…………!!」
打突シールドが届こうとした瞬間、トドメのようにナイフが振るわれ、完全に頭部が切断された。ティラントブロスの動きが止まる。
「スペクター!! 脱出しろぉっ!!」
「…………エル」
こうしている間にも、機体を結晶が侵食していく。だがビャクヤの手は動かない。
先程から、声が聞こえるのだ。
── 助……………………け………… ──
「苦しいんだ……分かるよ」
── ビャクヤ…………ビャクヤァ…………!! ──
自分の右腕を見る。
父から託されたものを使えば、きっと彼女を助けられる。血の呪縛から解放させられる。
「ディスドレッド、手伝ってくれ。君も助けたいだろ? 本当の相棒を」
右腕のデータをディスドレッドへ転送。
── 会いたいよ、君に……会いたい、ビャクヤ…… ──
「今助けるぞ……エルシディアァァァッッッ!!!」
バックパックが砕け散り、その背から巨大な炎の翼が広がる。アクトニウムと同じ色をした群青の翼が燃え上がり、2機のEAを包み込んだ。
続く
次回、Ambrosia Knight 〜 遠き日の約束 〜
「忘れていた約束」
それは2人すら忘れていた、遠い過去の約束。今こそ、果たされる時。