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しがない支援者の英雄譚  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 英雄の足跡
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小さな兄妹たち

 王都ユークリッド城下町。ユークリッド城をから見てやや北西。ユークリッド西部に広がる住宅地区の外れに存在する、小さな孤児院。

 煉瓦や石を積み上げ、土壁などを用いて建てられている家がほとんどなのだが、この孤児院は全て木造の建物だった。

 端的に言えば貧乏人の住処、と言ったところか。はっきり言って外見はお世辞にも綺麗とは言えないし、見るからにボロいのだ。

 ユークリッドに住む人間はおろか、ふらりと訪れた異国の人間ですら好んで立ち入ることの無いこの場所に、クレインとユーリはいた。


「……二年ぶり……か」


 長年風雨に晒され続けた影響で所々腐食してしまっている建物をじっと見つめ、クレインが呟く。

 兵士になって以来、日々の忙しさと後ろめたさで一度も訪れる事の出来なかった、リリシアの孤児院。

 相変わらず風が吹けば壊れそうだな、とリリシアには絶対に言えない事を思い、苦笑する。

 そんなことリリシアは百も承知である上、改装するお金があるのなら子供たちに美味しいご飯を振舞う事を優先させるため、改装の予定などありはしない。

 リリシアの収入だけでは子供たちの食事だけで手一杯なのだ。そのためユーリが孤児院を出て、冒険者になり仕送りしているのだが。


「なぁ、そろそろ事情を話してくれよ。もう孤児院に着いたぞ?」

「だから何度も言ってるだろ。先生と話してから説明するって」


 ここまで来る道中、ユーリは説明しろと何度も問い詰めてきた。

 事の重大さを理解していないが故の行動なのだが、ユーリに説明するよりも先に、リリシアに説明しなければならないとクレインは判断した。

 兵士をあっさりと辞めるほどの理由に足るのだが、これから起こるであろう長時間の説教を思い、クレインは肩を落として深くため息を吐く。

 ここでぼさっとしていても始まらん、と足を踏み入れたその時、


「あんちゃんだ! おかえりなさーい!」


 ユーリの背後の植え込みの中から元気のいい声と共に、ユーリの背中、と言うか背嚢目掛けて小さな影が飛びついた。


「おわっ⁉ こらメルティ! 背嚢リュックに抱きつくなっていつも言ってんだろ!」

「お土産は? お土産ー!」


 咎めるユーリの声もなんのその。背嚢に抱きついた子供は振りほどこうと身を揺する振動すらも楽しむようにきゃっきゃと声を上げ、嬉しそうにより強く背嚢にしがみつく。

 ぶんぶん左右に振り回されていても遊びの域を超えないのか、迷惑そうに身を揺するユーリとは対照的に、メルティと呼ばれた子供は楽しそうにわーいわーいと上機嫌になっていく。

 と、そこでメルティの声がぴたりと止む。ユーリも肩にのしかかっていた重みが軽くなった事を認識し、やれやれと背嚢を背負い直した。


「こらメルティ。ユーリを困らせるなって言っただろ? もう忘れたのか?」


 メルティを自分よりも高い位置に抱え上げ、優しく微笑むクレイン。

 190(センチ)あるクレインに高い高いをされているメルティは、今まではしゃいでいた姿が嘘であったかのように大人しくなり、四肢をぷらーんとさせて目の前で微笑んでいるクレインを大きな目をまん丸にして見つめていた。


「お? 少し見ないうちに可愛くなったなぁ。将来はきっと美人さんになるぞ」

「……せっ」


 はっはっは、と快活に笑って高い高いを続けるクレインに、されるがままのメルティはまん丸の目をそのままに、小さな唇を微かに戦慄かせた。

 僅かに零れた単語に、クレインがん? と首を傾げた瞬間、


「せんせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼ でっかいあんちゃんが帰ってきたよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


 耳を劈く大音量の叫びを上げ、至近距離でそれを受けたクレインが思わずメルティを落っことしてしまった。

 しかしメルティはしゅたっ、と華麗に両足で着地し、目にも止まらぬ速さで孤児院の中へと転がり込んでいった。


「せんせぇ‼ でっかいあんちゃんあいたぁ! でっかいあだっ! でっかいあんちゃんが! あんちゃんにでっかいあんちゃんがあんちゃんがでっかい!」

「相変わらず落ち着きがないやつだな……レディの嗜みってやつをリリシア先生から学んでないのか?」

「それメルティの前で言うなよ? 女の子扱いされると烈火の如く怒り出すから」


 ドタドタガシャンガラガッシャンと物々しい音と慌てふためいているメルティの声が孤児院の中から響いて来た。

 混乱しすぎて何を言っているかわからなくなっている事に、クレインは苦笑しながらユーリへと顔を向ける。

 ユーリにとっては毎度の事なのでさほど気にした様子はないが、クレインが口走ったレディと言う単語に肩を竦める。

 性別上は女の子なのだが、メルティはユーリやクレインに憧れる余り、「俺もあんちゃんたちみたいに強くなる!」と日々特訓ただのチャンバラごっこを欠かさない。

 リリシアはそのことを嘆いているのだが、子供は元気が一番、とユーリは寧ろ喜んでいた。


 最も、男勝りのさっぱりした性格なのだが、着替えを見られたら赤面してしまうと女の子らしい部分もあるというのはどうでもいい事か。

 メルティの声が聞こえなくなった直後、孤児院が壊れるのではないか、と言うほどの振動が鳴り出し、一直線にクレインとユーリがいる玄関に向かって来た。


「クレイン兄ちゃんが帰ってきたって⁉」

「クレ兄‼」

「アニキ!」

「おっさんどこ⁉」

「でかにーに!」

「オイちょっと待て誰だおっさんっつったの? 俺はまだ26だ‼」


 口々にクレインを呼びながら玄関に雪崩込んできた子供たちは、俺はまだおっさんじゃねぇ! とがなり立てるクレインの姿を見るや否や、ぱぁぁぁっと目を輝かせて一斉に飛びついた。


「おかえりなさーい‼」

「ちょ、お前ら馬鹿―――どおおおおおおおっ⁉」


 それはもう嬉しそうに飛びついてくる子供たちに、怪我をさせるわけにもいかないクレインは全身を使って子供たちを全て受け止め、のしかかってくる重みに耐え切れず、悲鳴をあげて倒れ込んだ。


「馬鹿野郎! 怪我したらどうすんだ!」

「クレイン兄ちゃん! 兵士のこと色々聞かせてー!」

「クレ兄おかえりなさい!」

「アニキだ! ほんとにアニキだ!」

「でかにーに! でかにーに!」

「おっさんだ! ほんとにおっさんだ!」

「おっさんつったのはお前かジード! と言うか重い! どけお前ら!」


 抗議するクレインの声も聞こえてないのか、子供たちはクレインの上ではしゃぎ回る暴れまわる。

 嬉しい反面、五人もの重みが腹や胸にのしかかっているので苦しくないわけがない。

 もみくちゃにされて苦悶の声を上げるクレインの姿を見つめながら、ユーリは小さく笑いを噛み殺す。

 なにしろ二年ぶりにクレインと会うのだ。嬉しくないわけがない。

 クレインクレインとはしゃぎ回る子供たちが腹の上で暴れる度に、クレインからぐえ、と潰れたカエルのような声がする。


「……あらあら、本当にクレインなのね?」


 そろそろ子供たちを止めようかとユーリが動いたと同時に、玄関からふんわりと柔らかな声が響いた。

 その声をきっかけに、散々クレインの上で暴れていた子供たちが一斉にその人物に駆け寄る。


「せんせ、にーにだよ! でかにーに!」

「アニキだよ! 本物のアニキだよ!」

「そうね、クレインお兄ちゃんね」


 よしよし、と慈しむように腰にしがみついてくる子供たちの頭を撫で、穏やかな笑みを浮かべて微笑む妙齢の女性。

 クレインはゆっくりと立ち上がり、微笑みを湛えたまま柔らかな眼差しを向けてくる女性に向き直り、照れているような、困ったような微苦笑を浮かべた。


「お久しぶりです。リリシア先生」

「二年ぶり……ですね。見ない間に逞しくなって…元気にしていた?」

「はい。っと、もう子供じゃないんですから! 頭を撫でるのは勘弁してください!」

「あらあら。私にとってはあなたも私の子供ですよ? 自慢の息子です」


 リリシアはユーリとほぼ身長が変わらないため、精一杯背伸びしないとクレインの頭に手は届かない。

 それでもリリシアは愛しい我が子を愛でるようによしよし、とクレインの頭を撫で続ける。

 もう良い歳のクレインは気恥ずかしさもあってかやめてくれと抗議するが、リリシアはにこにこしながら撫でる手を止めようとしない。

 うぐう、と弱りきったクレインに、リリシアは笑顔を浮かべたまま嬉しそうに撫で続ける。

 リリシアのいい子いい子は結局五分以上続き、痺れを切らした子供たちが遊べ話せと急かし出すまでクレインは生き地獄を味わったのだった。

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