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しがない支援者の英雄譚  作者: 叢雲@ぬらきも
第一章 英雄の足跡
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支援者《サポーター》

「サポーター。サポーターいらんかねー」


 王都ユークリッド。このリンデルシルズ大陸の中で最も栄えていると言われる城下町。

 道行く人々は皆貴族とまでは行かずともそれなりの格好をしており、ここに住む人々がどれほど裕福に暮らしているかを示していた。

 その中でも目を引くのは見るからに質の良い装備で固めた冒険者たち。

 上質の絹で織られたマント。磨き上げられた鏡のような光沢を放つ鎧。数々の修羅場をくぐり抜けてきたであろう武器。

 どこを見ても非の打ちようの無い一級品で身を固めた数多くの冒険者が広場を行き来している。

 

 これから冒険に行くもの。冒険から帰ってきたもの。それは人によって様々だ。

 そんな中、広場の中央。一番目立つ場所にそれはいた。

 ぼっさぼさの目元まで届く長い黒髪。やる気が欠片も見えない覇気の無い黒の瞳。身の丈以上もある巨大な背嚢。見るからにみずぼらしいぼろぼろの衣服。

 およそ一般人にも冒険者にも見えないその人物は、白昼堂々広場中央に腰を下ろし、道行く冒険者にひたすら声をかけていた。

 冒険者、と言っても職種クラスと言うものが存在する。


 まずは冒険の花形とも呼べる戦士。使用する武器は様々だが、仲間の盾となり剣となり、縦横無尽に活躍する前衛の職種。

 次に中衛に位置し、魔法と言う絶大な威力を誇る武器を持って敵を殲滅する魔法使い。

 そして後衛に位置し、聖なる力で傷を癒し、仲間の補助を務める僧侶。

 まだ細かな職種がいくつもあるが、基本中の基本と呼ばれるこの三つの職種は必ずと言っていいほどパーティー、つまり冒険者たちの集まりの中に組み込まれている。

 更にギルドと呼ばれる冒険者専用の役所で冒険者登録を済まし、資格さえあれば誰もがなれる職種なのだが、それすらもなれないような人間が極稀に現れる。

 

 そう言った者たちは支援者―――通称サポーターと呼ばれる職種にしかつけない。

 何をするかと言うと……荷物持ち。ただそれだけ。

 階層の浅い迷宮に出入りするのであれば問題はないが、長く潜るのであればそれ相応の食料や水、魔物モンスターがドロップする戦利品の数が増えてくる。

 そこで活躍するのがサポーターの役目。他にも冒険者が狩りを行いやすいように道具を駆使して敵を誘導したり、時には自分で魔物を倒せねばならない時も出てくる。

 説明だけ聞くと縁の下の力持ち、と言った印象を受けるが、現実はそうではない。


 純粋な足手まといなのだ。これが魔法を使えたり、腕に多少の自信があるのであれば使ってもらえるのだろうが、先ほどからやる気なく声をかけている少年は魔法もダメ、武器の使い方も素人同然と壊滅状態なのだ。

 それでなくともサポーターは侮辱の対象になりやすく、山分けである報酬をあからさまにピン跳ねされることはザラ。もらえたとしてもゴミ同然の素材が多い。

 酷い時には魔物の足止め、つまり肉壁に使われて命を落とす者も多い。

 そんな不遇の職種しかなれなかった少年、ユーリ・ツユリは今日の食い扶持を稼ぐために声をかけ続ける。

 最も、ここ数日感で碌な目にあってないので元々ないやる気がどん底に落ち込んでしまっているが。


「はぁ、またソロで森に行かなきゃいかんか……」


 声かけ開始から僅か十分。早々に飽きたユーリはいそいそと巨大な背嚢を軽々と背負い、ぼろぼろのフードを引っ張って目深まで被ると、人ごみに溶け込むように姿を消した。

 つい先ほど死にかけたばかりだと言うのに、今日の食い扶持を稼ぐためにと重いため息を零して。


           ◇


「さて、今度こそヘマしないようにな……っと」


 本日二度目の来訪である『迷いの森』の入口で、気合を入れるために両頬を力いっぱい叩くユーリ。

 程よい痛みがじんわりと広がり、思考がすっきりしたところで足を踏み出し、森の奥へと進んでいく。


 『迷いの森』は冒険者の登竜門と言うこともあってか、さほど深い森ではない。

 迷宮ダンジョンは奥へ進めば進むほど魔物の強さが変わってくる。

 これは魔法を使うものにとって生命線とも言える魔素―――魔力の源とも言えるものが大きく関わってくる。

 魔素が濃ければその分魔物も強くなるのだが、この森はさほど濃度は高くない。

 詳しい原理は未だ解明されていないが、どの迷宮も共通して入口に近いほど魔素が薄く、最深部に近いほど魔素が濃くなっていく。

 

 魔素があまりにも濃すぎる場合は『瘴気』と呼ばれるようになり、人間に害を及ぼす毒素となる。

 最も、今のところ瘴気が発生する迷宮など発見されていないのだが。


「お、まだ結構人がいるな。これなら楽に奥へ行けそうだ」


 森の中にちらほらと見かける冒険者の姿を一瞥し、その間を縫うようにすいすい駆け抜けていくユーリ。

 ユーリの本職はサポーターであり、本来であればパーティーを組んで迷宮に挑むもの。

 しかしサポーターと言う不遇の立場にあるユーリを好んでパーティーに誘うものなど皆無。

 支援に徹する者が一人ソロで狩りに出るなど自殺行為でしかない。

 だがユーリはそうでもしないと明日の食事はおろか、今日の晩飯すら危うい環境にいるので、やむを得なしにこうして森に足繁く通っている。


 基本的に戦闘は避け、倒せそうな時に倒し、薬草や魔石の欠片などを回収して生計を立てている。

 ユーリは戦闘を避けるためにわざと人がいる付近を選んで進んでいた。

 そうすることで魔物の注意を少しでも紛らわすための自己防衛術だ。

 無論迷宮内での故意の魔物のなすりつけは御法度。別段禁止されてはいないが、暗黙の了解としてこれまで意図的に破られたことはない。

 事故で魔物をなすりつけてしまった場合はどうしようもないが、意図的になすりつけをされては狩りどころではなくなり、人間同士の殺し合いに発展してしまうからだ。


 先人たちの偉大な鉄則にうんうんと何度も肯きつつ、ユーリは歩調を緩めることなくするすると奥へ向かっていく。

 最深部まで行けばそこそこの値で売れる薬草などがちらほら取れるからだ。

 とは言え魔物がドロップするアイテムや魔石に比べれば微々たるものであり、ほとんどの冒険者が見向きもせず狩りに集中する。

 そのおかげでユーリはなんとか糊口を凌いでいた。

 最も、人が少ない時は奥まで自力でたどり着けないので、その日その日の行き当たりばったりなのだが。


「うし、と。そろそろ採取に取り掛かりますかねっと」


 きょろきょろと周囲を見渡し、三人組の冒険者がいることを確認すると、早速薬草の採取を始めた。

 近くに人がいれば戦闘になる確率がグッと減る上に、狩場が被らないように最低限の距離は開けておいてくれる。

 戦闘になることを何が何でも避けたいユーリに取って、採取している間は神経を尖らせるだけで済むので気が楽なのだ。

 近くに魔物の気配がしないことを確認し、鼻歌を歌いながら薬草を採取していること数分。

 少し離れていた場所で狩りをしていた三人がこちらに近付いて来た。


 ユーリは採取をやめて場所を移すかと考えたが、どちらにしても良い予感のしなかったためそのまま採取を続けることにした。

 やがて三つの足音が背後で止まり、刺すような視線がぐさぐさと突き刺さった。

 それでもユーリはせっせかせっせか薬草を採取しては背中の背嚢に放り込んでいく。


「なんだぁ? くせぇと思ったらお前かよ」

「あら? サポーター君一人なの? もしかして誰も誘ってくれなかった?」


 背後から嘲笑が聞こえるが無視。無の心で薬草を採取していく。

 無駄な時間を使うよりは1ゼニーでも稼がないと晩飯すら食いっぱぐれる事になる。

 相変わらず背中を向けた無視を決め込んでいるユーリの態度が気に食わなかったのか、三人組の一人が短く舌を打つと同時に背嚢を思いっきり蹴飛ばした。

 そのせいでユーリは前のめりに転がり、顔面から地を擦る羽目になった。


「聞こえてんだろ? くせぇからとっとと消えろっつってんだよ。狩りに集中できねぇだろが」


 そっちから来といて消えろとは何様だ、と内心で呪詛を吐くが口にはしない。

 サポーターであるユーリはこの三人の誰よりも弱い存在なのだ。

 痛む体に鞭打ち、起き上がる。どうも打ち所が悪かったらしく、鼻から血が結構な勢いで流れ出していた。

 手の甲で拭い取っても気休めにしかならなかったが、今はこの三人組の前から消えることが先決、と考えたユーリは振り向くことなく駆け出した。

 背後から聞こえる嘲笑と、心配そうに見つめる視線を背後に受け、ユーリは全速力でその場を走り去っていった。


「はぁ、はぁ、こんくらいでいいかな……」


 しばらく走った後、一度だけ後ろを振り返って速度を緩めた。

 拭っても拭っても滴り落ちる鼻血をどうにかするために一旦背嚢を下ろし、側面のポケットから綿を取り出して無理矢理鼻に詰め込んだ。


「くっそ……ジグの野郎、いつか絶対ぶん殴ってやる」


 まだずきずきと痛む鼻と頬の痛みに顔を顰めつつ、誰もいないことをいいことに不満をぶちまける。

 そして背嚢を背負い直し、改めて周囲を見回す。

 今いる場所をおぼろげに把握すると同時に、失敗したと短く舌を打つ。

 ユーリは今最深部、しかも人が全くいない場所に一人でいる。

 できれば人のいる方向へ逃げれば良かった、と嘆いても仕方ない。


 なるべく気配を殺し、神経を研ぎ澄まして入口へ向かう。

 そこらからウルフの遠吠えや唸り声が聞こえる。

 まだ昼間と言えど、人が完全にいなくなってしまう前に入口にたどり着かないと本当に死ぬ危険性がある。

 そんな緊張状態のユーリの目の前を、美しい青い鱗粉を撒き散らせて優雅に飛び去るものがあった。


「―――ソライロアゲハ⁉」


 と、思わず大声を上げそうになった口を慌てて噤み、態勢を可能な限り低くして飛び去ったものを視線で追う。

 ひらひらと優雅に宙を舞うその姿をはっきりと視認し、ユーリはグッと小さくガッツポーズを取る。

 ソライロアゲハ。『迷いの森』最深部にのみ生息し、人前に滅多に姿を現さないことから、冒険者の間で幸運を呼ぶ蝶として密かに人気が高い。

 一応魔物なのだが、魔物には珍しく戦闘能力が無い。

 ただし羽から撒き散らされている鱗粉は魔物の傷を癒す効果があり、他の魔物と同時に遭遇した場合かなり厄介な事になる。

 

 そもそも遭遇率が限りなく低い上に、この魔物が危険を察知した場合すぐさま逃走に入るのであまり問題ではない。

 なぜユーリが喜んでいるかと言うと、ソライロアゲハの素材は貴重な装飾品などに使われることが多く、とても高く売れるのだ。

 それこそ向こう一週間は狩りに出かける心配がなくなるほどに。

 素材もさる事ながら、魔石も勿論高値で売れる。

 魔石とは言わば魔物の心臓であり、これを砕けばどんな魔物であろうと一瞬で絶命する。


 冒険者の腕の見せどころはいかに魔石を傷つけずに魔物を倒すか、と言ったところ。

 あくまで余裕のある戦いであれば、だが。命あっての物種。欲に駆られて死んでしまっては元も子もない。

 ユーリは息を殺し、気配を限りなく絶ってソライロアゲハの後を追う。

 そしてソライロアゲハが羽を休めるために木の表面に止まった瞬間。


 右腿に固定してあったナイフを一息に引き抜き、一度の踏み込みで目標に接近。

 目標がそれに気付き、ぱっと飛翔する刹那、鈍い光が二度瞬いた。

 ひらひらと舞い落ちる鮮やかな空色の四枚羽根をそっと手で掬い上げ、傷一つないことを確認し、満足そうに肯く。

 羽根を失い、ぴくぴくと地面でもがくことしか出来なくなったソライロアゲハの頭部にナイフを突き立て、トドメを指す。

 しゅう、と煙のように本体が掻き消え、濃紫の石がころりと地面に転がった。


「よしよし、羽根と魔石回収っと。くうう、これで久々にまともな食事にありつけるぜ‼」


 思わぬ大物に興奮しつつ、ユーリは魔石と羽根を傷つかないように背嚢へしまい込むと、全速力で入口に向かって駆け出したのだった。

 幸運なことに魔物に遭遇することなく入口までたどり着いたユーリは、これでしばらくはゆっくり出来ると鼻歌を歌いながら上機嫌で歩き始めた。

 と、そこで見たくないものが視界に飛び込んだ。最深部で絡んできた三人組がなぜか入口で立ち止まっているのだ。

 咄嗟に木の陰に隠れ、顔だけを出してそろりと様子を伺う。


「ねぇ、そろそろユークリッドに戻ろうよ」

「ん? お前はあいつが心配じゃないのか?」

「サポーター君が無事帰ってこれるか心配だからねぇ。待っててあげようよ」


 にやにやと悪意を隠そうともしない二人の少年とは対照的に、僧侶と思しき修道服に身を包んだ気弱そうな少女はおろおろとするばかり。

 三人の会話に聞き耳を立てていたユーリはお前らに心配される筋合いはねーよ‼と心の中で怒鳴りつけ、静かに様子を伺う。

 さっさとユークリッドに帰ればいいものを、わざわざ入口で待ち伏せて嫌がらせしようと言う魂胆だろうと冷静に分析する。

 このまま奴らが消えるまで待つか?と考えたが、いつ魔物が襲って来るか分からない危険地帯にいつまでも長居したくもないし、ユークリッド中央広場にあるギルドでしか換金出来ないのであれば先に会うか後に会うかの違いだけ。


「あー……めんどくせ」


 ぼそりと呟き、木の陰から離れる。

 視界に巨大な背嚢。薄汚れた衣服の少年が出てきた事を視認した二人がにやりと厭らしい笑みを浮かべると同時に、気弱そうな少女が悲痛で顔を歪め、俯いた。

 薄ら笑いを浮かべて近寄ってくる少年二人をしっかりと視界に捉え、ユーリは目を閉じてゆっくりと深呼吸する。

 一度、二度ほど深呼吸を繰り返し、大きく息を吐き出したところで、


「ふっ‼」


 目をカッと見開き、短く鋭く息を吐き出すと同時に地を全力で蹴り上げ、まさしく風の如く駆け抜けた。

 二人の真横を通り過ぎて行った風は少女の真横も一瞬で駆け抜け、あっという間に遠ざかっていった。


「……あっ」

「また……逃げやがったなあの野郎……!」

「ユーリ君……」


 ぽかんと呆けていた二人は視界からユーリの姿がないと気付くと弾かれたように振り返り、もう既に豆粒のようになっている土色の背嚢を見て顔を真っ赤にさせて悔しがった。

 同じくそれを見つめていた少女はか細い声でぼそりと呟き、そっと目を伏せた。

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