プロローグ
冒険とは浪漫だ。
冒険とは人生だ。
最も尊敬する壮年の男はいつもそう言っていた。
世界中を巡り、数々の発見を繰り返してきた偉大な男、ユウト・ロベルティア。
彼は海を越え山を越え空を越え、まさしく世界を股に飛び回っていた。
ふらりと帰ってきたかと思えばまたふらりと何処かへ消えてしまう。
掴みどころのない、雲のような人間だった。
だが、帰ってくる度に子供のように目を輝かせ、自慢するように延々と話してくれる冒険譚が何よりも楽しみだった。
身寄りのない自分を拾って、立派に育ててくれた大好きな父親だった。
ユウトの話は何よりも楽しかった。
ユウトの隣で眠ることが何よりも嬉しかった。
だが―――幸せはそう長く続かなかった。
『男は冒険してナンボだ。お前も大きくなったら俺みたいな冒険者になるんだぞ』
ユウトはいつもそう言って楽しそうに笑っていた。
いつか一緒に旅をしたいとも言っていた。
でも、それは叶わなかった。
幻の秘宝〝根源の匣〟を探す旅に出て数ヵ月後、魔物の群れに襲われ、仲間を逃がすために身を挺し、志半ばで倒れた。
幼かった自分は悲しみに暮れた。毎日毎日泣いて、帰ってくるはずもない父親を待った。
けれど待っていたのは過酷な現実。身寄りのない子供の自分には生きる術がなかったのだ。
少年は覚悟を決める。いつか追いつくと決めた背中をまっすぐ見つめ、一歩を踏み出す。
その先に地獄が待っていようとも。少年はまっすぐに進んだ。
そして―――。
◇
「グルァッ‼」
「ガフガフッ‼」
「ガアッ‼」
「どああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉」
少年は決死の表情で走っていた。既に息も上がっているし、走りすぎて横腹が痛むし、朝食べたなけなしの食料がもう喉まで上がってきていた。
それでも少年は手足を死に物狂いで動かし続け、背後から追いかけてきている獣の群れから逃げようと必死に逃走を続けていた。
少年を追いかけている魔物はウルフと呼ばれる獣型の魔獣。単体ではそれほど脅威ではなく、駆け出しの冒険者ですらナイフ一つで圧勝出来るほどのもの。
しかし群れを成して襲ってきた時は対処が難しく、駆け出しの冒険者では討伐が難しいとも言われる。
だがウルフはそれほど知性が高くなく、むしろ縄張り意識が高いので徒党を組むことは珍しい。
にも関わらず、少年を血眼で追いかけているウルフの数は五体。異常とまではいかないが、その光景を見た冒険者は馬鹿じゃねーの? と侮蔑の眼差しを寄越す。
ウルフの対処法は一体ずつ確実に倒す事。これに限る。
これはあくまで駆け出しの冒険者に限定しての話。経験を積んだ冒険者であれば3、4体いようとまとめて片付ける事が出来る。
ウルフを相手にした時にやってはいけないことがある。それは相手をしている時に他のウルフの縄張りに入らないこと。
少年はそれをやらかしてしまっていた。
一体のウルフを相手にしていたところ、ちょうど縄張りと縄張りが重なった場所に陣取ってしまったのが運の尽き。
すかさず二体目が飛びかかってきた。さすがに二体はまずいと距離を離そうと走り出したところ、またも縄張りに侵入し、三体、四体とどんどん数が増えていったのだ。
さて、冒険者である少年がなぜこんなにも必死に逃げているのかと言うと二つ理由がある。
一つはウルフ一体でもいっぱいいっぱいであること。
二つ目はなんの加護も恩恵も無い、役立たずのサポーターであること。
「ガアッ‼」
「しつっけぇぞ犬っころがあああああああああああ‼」
なりたての冒険者が必ずここに訪れる、いわば登竜門的な存在の『迷いの森』。
ここに生息する魔物はどれも危険度が低く、ここで命を落とす冒険者はいないと言われている。
そんな場所で、少年は現在進行形で命の危機に晒されている。
「ちっくしょうがああああああああああああああああああああああ‼」
少年の悲痛な叫びが迷いの森の中を木霊した。
結局ウルフは通りすがりの新米冒険者に討伐してもらい、命からがら逃げ帰ったのだった。