8 対面
校門を通り抜けてから5分以上走ったところでようやく俺たちを乗せたリムジンはその動きを止めた。
窓から外を見やるとやたら大きなロータリーには他にも数台の送迎と思われる……というか間違いなくそれの高級車が普通に並んで止まっていて、今もそこから学園の生徒だろう少年、少女らを吐き出していってる。
うわぁ、ガキばっかだ。
たかが中学生の子供のくせに親の金使って偉そうに車で送迎されて通学なんぞしやがって。俺が学生の時とえらい違いだ。
つっても、ま、今の俺は人様のこと言えたもんじゃないんだけどさ……。
しかし俺、なんで今更こんなところでこいつらに交じって勉強なんざしなきゃいけないんだ? 俺の頭脳をもってすれば国内レベルの大学入試なんて受験勉強なしでも楽勝で合格する自信あるっていうのに。世の中理不尽なことが多すぎる。
「ほらカナン、ぼーっと外眺めてる場合じゃないでしょ? あなたも今日からここの生徒なんだから気を引き締めなさいね。
じゃ、今からおばあ様に挨拶しに理事長室に行くからさっさと降りる。孫が増えたって喜んでるんだからご機嫌取りよろしくね」
な、なんだよそれ、初対面だってのにそんなこと出来るかっての。
なんつー勝手な姉きなんだ!
愚図ってシートに座ったまま動こうとしない俺の肩を、姉さんがつつき早く降りるよう促してきた。
山崎はいつの間にか運転席から降り、ドアの外で俺たちが降りて来るのをもの言わず静かに待っている。もちろんドアは自動で開いてる、ちっ。
「わ、わかったって、姉さん。そんなに押さないでよ」
俺は仕方なく車内から降りるべく小さな体をいざらして車外に足を下ろそうとする……、が、
……足が地面に届かない。
ちっ、そうさ、俺はどうせチビさ。130cmにも満たない小学生サイズさ。何度乗り降りしてもその事実に変化はない。
ほっといてくれ!
で、山崎が心得てるとばかりに俺の足元に踏み台を置き、降りるサポートをしてくれる。
毎度ながら、く、屈辱だ!
でも助かる。
「あ、ありがと」
屈辱と恥ずかしさを胸にギュッと押し込めつつ礼を言い、さも何事もなかったかのようにリムジンから降りた。続いて姉さんも降りてくる。やっぱ一緒に来るのか。……来なくていいのに。
そんなことを考えながらも、ふと俺は周囲がやたらざわついていることに気が付いた。
「あれ神坂家のリムジンよ」
「え、じゃあ理事長のご家族?」
「でも理事長にあんな小さな子供いましたっけ?」
なんかこっち見てウワサしてるぞ。……こっちみんな。
「まぁあの方、銀髪よ、銀髪。あのような方いらっしゃったかしら?」
「小学部の子がどうして中学部の校舎に?」
「でもあの制服は中学部のものだよ? 転校生なのかな」
「かわいい……、家に持って帰りたい」
「……銀髪幼女……、うう、ペロペロしたい……」
持って……って、俺はモノじゃねー!
つかなんだよ、ペロペロって、どこのどいつだちきしょー。
俺はうつむき加減だった顔をあげ、そんな声がした方をキッとにらむように見る。ヤローの声だった。けど、近くにはそんな奴はいない。
変わりにそこを通りかかった女子生徒たちと目が合ってしまった。
「うそぉ、目が赤い、銀髪……」
「ふふっ、小っちゃくって可愛らしい子ねー、留学生かしら」
そんなこと話しながら歩き去っていった。ほっとけ。
で、本命変態ヤローたちはというと、見つけるには見つけた。でもかなり遠くだ。
……視力も相当だな俺。
にしても、おいおい……、なんであんな2、30mはありそうな遠いとこのつぶやき声が聞こえるんだっつうの。
くっそ。
やたらよく聞こえる耳も考えものだよな。聞きたくない話までいやでも耳に入ってくるんだから。
こりゃ絶対何か耳塞ぐもの必要だよ。
……今までと違って集団の中で過ごさなきゃいけないんだからな――。
摩耶姉さんに頼んでなんとかしてもらうしかないか?
「ご苦労様、じゃ帰りも予定通りで」
「かしこまりました。
ではいってらっしゃいませ」
「じゃ行きましょ」
ブツブツ文句言いながら物思いにふけってた俺の手をすっと取り、摩耶姉さんはかつて知ったるといった足取りでさっさと眼前に壁のようにそびえ立つ、どこの宮殿かって思えるような校舎に向け歩いていく。
山崎はそんな俺たちに向け、型にはまったかのようなお辞儀をして見送ってくれた。
「わっ、ちょっと姉さん、もうちょっとゆっくり。早いよー」
「あらごめんなさい。でもカナンもいつまでも愚図ってないでしゃんとなさいね」
はいはい、わかりましたぁ! いちいちうるさいんだから、もう。
いーだ!
……。
って、なんだ今の思考は。
まるで子供じゃないか? どうしたというんだ俺は。
……体のせい、か? ま、まさか。
いや、たまたまだ、たまたま。
そんなことあってたまるか、精神が体に引きずられるなんて……。
俺はそんな埒があかないことをつらつら考えながら、摩耶姉さんに手を引かれやたらだだっ広く豪勢な、宮殿仕様の校舎内を歩いていた。
やはり俺と姉さんは目立ちまくってた。
1学期半ばに入ってきたってのもあるし、神坂家の人間でここの卒業生でもある姉さんが結構知られた存在だってのもある。でも何よりやっぱ俺の外見によるものが一番大きそうだ。
リムジン降りてから延々と続く好奇の視線。
俺が何者かって探って来る視線。
さっきの奴みたいな変態チックな視線も結構ある。(こんな坊ちゃん、嬢ちゃんが通ってる学校にもやっぱいるもんなんだな。っていうかそれだからこそ多いってこともあるか?)
でも銀髪赤目ってとこ相当アピールしてるよな、それにチビだし。ちなみに耳は伸ばした髪の毛で隠れちゃってるからとりあえずは問題ない。けど髪を染めたり目にカラコンってのは姉さんがダメっていうし……。ま、俺もあまりそういうのは好きじゃないからいいけど、やっぱ目立つなぁ。
ほんと、こんなとこ来るんじゃなかったよー。
なんてグジグジ考えてたら……、
「カナン、ここよ。さ、入りましょ」
姉さんが指し示すドアには理事長室のプレート。
「ごくり……」
緊張して思わず唾を飲み込んでしまった。
ドアをノックしたかと思うと、返事も聞かず中に入っていく姉さん。
「あ、ちょっと姉さん、まって……」
俺は慌ててあとに続いた。
書架に囲まれた、思ったよりこじんまりとした落ち着いた佇まいを見せる部屋の奥、ちょうどドアと向かい合う形で執務用の机が据えつけてあった。
理事長……、姉さんのおばあ様、一応俺の義理の祖母ってことになるその女性は、姉さんの不躾な行動にも特に気分を害した様子もなく、にこやかな表情を浮かべつつその席に付いていた。
「おはようございます、おばあ様。カナン連れてきたわ」
姉さんは理事長への挨拶もそこそこに、背中に隠れるようにしてた俺を理事長から見える位置へと引きずり出した。
「あらあら摩耶ったら、お行儀の悪い。困った孫娘だこと。
ふふっ、……まぁいいわ。
それで……、その子が本家で引き取った娘さんね? 剛之さんからも聞いてはいたけど……まぁまぁなんて愛らしい。ほら、あなた、こちらへいらっしゃい?
おばあ様によくお顔を見せてちょうだいな?」
そう言われてもなぁ、初対面だし。
俺はどうしたものかとそーっと上目で姉さんの様子を窺う。
「くすっ、カナンったらもう、可愛らしいんだから。ほら、遠慮なんてしなくていいから、甘えちゃいなさいよ」
そう言ったかと思うと姉さんったら俺の背中をトンと突き、ひ弱でチビな俺はあっさり前の方、要は理事長の方へよろよろと押し出された格好になった。
理事長は理事長で座っていた席を立ち、机の前に並べてあったソファーの方へと歩み出ていて、俺は見事そこへ吸い込まれるように収まった。
俺は思わずそんな理事長を見上げる。
歳の頃は60代に差し掛かったところ……といったところか。所々にフリルをあしらったどこか可愛らしいデザインのスーツをさり気なく着こなす理事長は、線は細いものの背筋はピンと伸び、まだまだ年齢を感じさせない若々しさを感じる。ただそこに居るだけで上品な雰囲気を醸し出す、昔はさぞや美人だっただろう(いや、今も十分美人だとは思うけど)優しい笑顔で、俺を見下ろしてくる。
なるほど、どことなく摩耶姉さんに似てる……。
おばあ様……か。
……やっぱいいもんだな、家族って。
「まあまあ、小さくて抱きしめるとすっぽり収まってしまうわ。ほんに可愛らしい」
そう言いながら俺の頭を撫でだす理事長。
「髪もサラサラで柔らかくって、キラキラ輝いてるわ。綺麗ねぇ。それにぱっちりしたお目目はまるでルビーのように澄み切った赤で……、なんだか不思議な感じだわねぇ」
抱きしめていた体勢から向かい合うように立ち位置を変え、俺の目線に合わせて腰を落とし、じっと俺を見て来る理事長。俺はもうどうすればいいかわからず、そわそわしてしまう。
「あ、あの、その……」
「いいのよ、事情は聞いてるし剛之さんが認めたのならそれがすべて。摩耶には困ったものだけど、あなたを見て抱きしめたら……それもいいかって……私、もう納得してしまったわ」
おいおい、大事なことをそんなあっさり……。
俺、もう金持ちの考えることはよくわからん。
そんな風に絶賛混乱中ではあるものの……、摩耶姉さんのとりなしもあり、それぞれ自己紹介が始まる。
その間俺はおばあ様にずっと抱かえられ、撫でまわされていたのは言うまでもないことだ――。