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在る男の再生、あるいは転換――  作者: ゆきのいつき
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5 進捗

 俺、雫石河南しずくいしかなんはさえない中年の醜男から小さな……ファンタジー小説もかくやってばかりのエルフ似少女へと変態してしまった。

 三ヶ月ぶりにしっかりと目覚め、医療担当のチーフだっていう神坂女史にざっと状況説明を受けた俺はまだまだ混乱さめやらぬ……、というのが正直なところだ。


 あれから三日たったが、小学生低学年並に小さくなりやがった俺の体は、未だもぞもぞと微妙に動かすこと位しか出来ない。


「ちっ、なんだよこの体は。まじ動けるようになるんだろうな?」


 動けないイラつきから、そんな悪態が自然に出る。


「あら、女の子がそんな言葉使い、いけないわー? もっとお淑やかに、丁寧な言葉使いをしましょうねー」


 イラつく原因のもう一つがこれだ。

 今のセリフをしゃーしゃーとぬかしやがった……、目が覚めた時からずっと俺の周りで色々動き回るヒール美女、神坂女史の存在だ。

 この女は俺が元男だと十分、いやっていうほど知ってるにも関わらずあんなこと言いやがるんだ。もう丁寧な対応するのもばからしくって、素のままでバンバン文句を言い散らしてる。ったく、40年間男として生きて来たってのに、いきなり女の、し、しかも女の子みたいなしゃべり方出来るかってんだ。


「ふん、そう簡単にそんなこと出来るかってんだ。それよりどうなんだよ? 俺の体、ちゃんと動ける……っていうか、歩けるようになるんだろうな?」


 唯一自由に動く部分、顔を使って俺のそばで丸椅子に座ってにやけた顔をしてる神坂女史ににらみをきかせ、唾を飛ばさんばかりの勢いで吠えまくってやった。


「あーあ、折角の可愛らしい顔が台無し。カナンちゃん、美少女はそんな口の聞き方しちゃだめ!

 それにもっと、こう、憂いを帯びたかのような優しい目で……、う。あ……、あは、はいはい」(さ、さむっ、カナンちゃんの目が怖い。それとやっぱりこの現象……、興味深いわ。やばいけど)


 まだ何か言いかける神坂女史を、冷ややかな目で鋭くにらんでやった。部屋の温度が下がっちまうんじゃないかと思えるくらい冷たくだ。いや、マジ下がったかと思うくらいだった。

 そしたらさすがに効いたのか肩をすくめて、言いかけた言葉を飲み込んだ。……初めからそうしやがれ! なんだよ、カナンちゃんて。俺は子供か! って、今はそうだけどっ、くっそー。


「で、その体だけど体内の方はなんとか骨もしっかりしてきてるし、臓器も普通の人間と……ほぼ・・、変わらなくて機能も正常だそうよ。だから心配しなくても間違いなく動けるようになるわ。


 ふふっ、これからしっかりリハビリして、動けるようにましょうね?


 もちろん! 私も手とり足とり……、協力は惜しまないわ」


 なんて笑顔見せやがる。美人のその顔はちょっと引くぞ。不釣り合いに下卑た笑みはそれはもう……、不気味だった。


 ん、そういや"ほぼ"ってなんだ。

 俺はふとさっきの言い回しが気になってすぐ聞き返そうとしたがそれは残念ながらかなわなかった。


「はい、神坂。――え、そうなの? わかったわ、すぐ戻ります」


 施設内で使用してる着用型の端末(耳に引っ掛ける……そう、補聴器のイメージが近い)に連絡が入ったようで、神坂女史が残念そうな表情を浮かべながら俺の方を見て言う。


「ごめんなさい、カナンちゃん。

 お姉さん、外せないお仕事が入っちゃったの。リハビリのお話、進めておくわね。じゃ、また来るから寂しがらないでねー」


 手を振りながら俺から離れ、さっさと部屋から去っていく神坂女史。


「誰が寂しがるか! つか、カナンちゃんって言うな。俺は男だ!」(元だけど)


 俺は元気な口先で、悪態でもって見送ってやった。



 はぁ。



 俺は天井を見つめる。もう細かいところまで見えすぎるくらいに見える。



 一人になると考えることはいつも同じだ。


 なぜこんなことになったのか? ま、今の俺の状況じゃ頭使うことくらいしか出来ないしな。


 研究室が懐かしい。


 あそこなら色々調べることもできただろうに……。聞くところによれば施設自体はどこも壊れておらず、あの時のままだそうで、今すぐにでも研究再開すら出来るらしいんだが……。今は立ち入り禁止らしい。そりゃそうか、こんなことになった奴がいる、その原因となった施設だ。そう簡単に解放できないよな。すっげー金の掛かってる設備も沢山あるってのに……もったいないことだ。


 俺が言うのもなんだけど。


 こうなった原因はどう考えてもあの光、というか鉱石だろう。

 あの変なクリオネみたいな生き物の化石。あれを粒子加速器にセットし、動作させて……ああなったんだ。まじ、いまいましい悪魔のような鉱石だ。


 ――くそ、代償がでかすぎだ。

 

 部下16人の命……と、俺のこの姿。


 みんな……すまなかったな。リーダーが不甲斐なかったばかりに……。


 俺はそんな後悔と自己嫌悪に陥りながら、まだまだ弱々しい小さい体のせいもあり、いつものごとくさっさと眠りの世界に落ちていった。

 

 



 あの事故から10ヶ月が過ぎた。


 リハビリも順調に進み、半年を過ぎた頃には生活する分には不自由なく過ごせるようになった。とは言っても行動範囲はやたら規模がでかいとはいえ、たった一つの医療施設内に限られてるけどな。


 俺の立場は微妙だ。


 あの事故はあまりに多数の死亡者が出たため、国主導の研究施設とはいえさすがにうやむやにすることも出来ず、世間の知るところとなった。事故原因としては化学実験中の事故、それにより所員は俺を含めて・・・・・即死状態ってことになってるらしい。遺族には国から多額の保証金も出たって話だ。


 もちろん俺には一円たりとも出てないけどな。ま、死んでないし。そもそも現在進行形で全ての面倒見てもらってるしな。

 この10ヶ月で俺にかかってる医療費はきっと莫大なものになってると思う。払えって言われても一生かかったって無理なほどには掛かってるはずだ。


 けどそんな無体な請求が俺に降りかかってくることはない。


 その理由の最たるは俺自身だ。

 主に実験動物として――。


 マスコミが聞いたら泣いて喜びそうなネタだ。人権侵害だ!とかな。

 ま、これは俺自身が望んだことでもあるし、自主的な判断の上のことなんだから、そんなことにはならないと、思うけどな。

 

 国のとある研究プロジェクトリーダーだった雫石河南は死んだことになってる。

 ま、天涯孤独の身の上である俺は悲しんでくれる人なんて居ないし、友達もいない。唯一付き合いのあったやつらは……、みんな死んじまったしな。


 それともう一つは俺自身の特殊性……からだ。

 見た目が特異だってのもあるけど、まぁそれは些細なことだ。いや、俺にとっちゃそれで済む問題でもない(だってそうだろ? 男から女になって、尚且つ子供になっちまったんだぞ? これまでの俺の苦労はまじ半端ない!)んだが、国にしてみればそんなことよりももっと興味あることが俺にはあったってことだ。俺も能力それに初めて気付いた時(っていうか指摘された。いや無意識って怖いよな)には驚いた。


 それについては最優先の極秘事項ってことで、一般にはもちろん公開されていない。


 じゃ、この姿になってもうすぐ1年になろうかという俺は、現在どういう扱いになってるか?



 今の俺の立場はというとだ――、




「カナン~、もう起きた? 早く起きないと遅刻するわよー」


 そう言いながら俺の部屋の扉をノックしつつ中をのぞき込んで来た黒髪ボブカット、朝からスーツ姿がピシリと決まってる俺の。そう、ヒール美人、神坂摩耶の姿。


「あ、ああ、もう起きてる。今行くからそんなにせかさないでくれ」


 もう慣れた、いつものように訪れた朝。

 そんな返事と共にベッドから体を起こし、うーんと伸びをする。


「こらカナン。また言葉使いが乱暴になってる。約束したでしょ? ちゃんと丁寧に、かわいーく、女性のしゃべり方をするって……」


 つい地が出て男言葉で返事すれば、返ってきたのは来たのは耳タコのこの言葉。


 マジ耳がいたい。


「だ、だって……、その、いいじゃない、自分の家でくらい地が出ちゃっても。だ、誰も聞いてないんだし……。そ、そもそも、姉さんは私の元の姿、知ってるんだし!


 知ってる人の前でこのしゃべり方、すっごく恥ずかしいんだからね?」


 俺は自然とふくれっつらになり、そんな文句を姉となった神坂女史、摩耶姉さんに返した。


「か、かわいい~!」

「わぷっ」


 摩耶姉さんが抱き付いてきた。あんたついさっきまでドアん所にいたよな?

 

「ね、姉さん! 胸、胸。 い、息できないから~」

 

 なんだこのチチは。相変わらずでかい!

 俺のチチと違いすぎるぞ。殺意すら感じる……、って、なんで俺がそんなことを。


 つうか、そろそろマジやば。ち、窒息するー!

 俺は抱き付いてきた姉さんの背中を小さい手でパンパンとタップする。にも関わらずその力は弱まることを知らない。


 く、この、ヘンタイあねきめー!


 俺は結構マジで集中した。


「ひゃ!」


 奇声と共に俺から飛びのいた姉さん。


「カナン、ひどい~! 背中冷たいー。もう、ブラウス濡れちゃうじゃないー」


 理不尽にも俺に文句言ってくる姉さん。自業自得だろ、それ。


「それはこっちのセリフ。姉さん、私を窒息死させる気? その凶器ちちで」

「ぶー!」


 おい、幾つだ? お姉さまよ。



 こんな朝から漫才を繰り広げている俺と摩耶姉さん。


 そう。

 見た目銀髪赤目エルフな、限りな~く幼女にちかい少女になった、俺、(元)男、雫石河南は――、



 神坂女史、摩耶姉さんの妹になっていたのだった。



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