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在る男の再生、あるいは転換――  作者: ゆきのいつき
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28 とりあえずの決着

 俺の目の前にいるそれ。

 顔の半分が茶色と白が入り混じった羽毛のようなもので覆われ、露出している首筋は爬虫類を思わせる艶やかなうろこに覆われているのが目に入る。それはきっと見えない場所へも続いているのだろう。そして体格はといえば元の性別、女性の華奢な体からは想像もつかない大柄で無骨なものとなっていて、今目の前に立つ山崎よりも頭一つ分は確実に大きい。両手には厚手の手袋がはめられていてそこも何がしかの変化が起こっているのだろうことは容易に想像できる。

 とは言え、残った顔の半分は綺麗な元の顔、村野さんの面影が色濃く残っていて、なんとも変わり果てた姿であるとはいえ……、俺にでも本人と特定出来るだけの判断材料は残っていた。

 更には、いやでも印象づけられるぎらついた両目。まるで猛禽類のように鋭いその眼差しは、元のおっとりとした柔らかい眼差しとはかけ離れたものになってしまった。そして、それは突然目の前に現れた山崎と俺によってちょっとたじろいだものの、それが俺たちだと判断出来た途端、摩耶姉さんの方へとその強い視線の行先を変える。


「む、村野……さん?

 

 そ、その姿、いったい……」


 俺はそう問いかけはしたもののそうなった理由などただの一つしか思い当たるものはなかった。


「村野さん……なの? あなた……どうして」


 摩耶姉さんもさっきまでのおちゃらけた雰囲気とは打って変わった沈痛な面持ちで村野さんを見て……俺とほとんど同じタイミングで声をかけた。つかまだ暗いはずなのに良く見えてるな、姉さん。


「ふふっ、ふふふっ……。


 分からない?


 それはそうでしょうね?


 お金持ちのお嬢様で、小さい時からきっと苦労もせずのうのうと生き、自分の思うようにふるまい、あまつさえ人も羨むような美貌……。人からもてはやされ、褒められ、傅かれ……、お姫様気分のあなたには――、

 一庶民であり、人より劣る容姿にしか恵まれなかった私のことなど、とるに足らない存在ですものね?


 ふふっ、きっと私があの医療施設から居なくなった時だって、私のことなんて欠けらも気にかけず、すぐに忘れちゃってたんでしょ?」


 たまった鬱憤を吐き出すようにまずそう言った村野さん……だったものが、摩耶姉さんをどうだとばかりに睨み付ける。


「……そ、そんなことないわ。村野さんが居なくなったのはそもそも寝耳に水の出来事だったし、まさかあなたがあのリリーファ製薬に引き抜かれただなんて、後から聞かされてビックリしたんだもの。私こそ相談もしてもらえずあなたが居なくなったからショックだったのよ?

 それに私だって何の苦労もせず生きて来た訳じゃないわ!

 そりゃ立場立場、人それぞれ与えられた問題や課題、選択肢も違うでしょうけど、私ものうのうと生きて来た訳じゃない」

 

 摩耶姉さんが珍しく感情を露わにして村野さんに言い返した。いつもどこまで本気でしゃべってるのか分からない摩耶姉さんばかり見てたから、こんな時とは言えちょっと驚きだ。


「はん!

 

 しょせん金持ちの戯言ね。

 道楽娘の苦労話なんて聞いても何の飯の種にもなりゃしないんだって!


 私は中学で親を亡くしてこの身一つ、疎遠だった伯母になんとか引き取ってもらって、そこからバイトしながらも頑張って高校を出て、苦労してなんとか入った公立大学でも勉強をするためには、毎日寝る間も惜しんで働かなきゃならなかった。実入りがいいからって変な試供品や薬品のテスターもしまくって……、おかげでろくに食べてもいないハズなのに妙にぽっちゃりした体になってしまって……。テスターになる前の契約があるから訴える訳にもいかず……、泣き寝入りだった。

 

 そんな私でも運がまわってきたのか就職先として決まったのがあの研究施設。とは言え私みたいなしがない公立大学出身者じゃ大したことはさせてもらえないでしょうけでど嬉しかった。配属先がお金持ちのお嬢様が仕切ってるところであってもね?」


 村野さんは勢いこんでどんどんしゃべる。まるで歯止めがきかないかのように喋りまくる。そしてぎらついた目が姉さんから突然俺の方に移って来る。


「カナンちゃん……。いいえ、雫石チーフ。


 私、あなたのこと尊敬してました。


 私と同じで、たった一人で世の中を生きて来て、失礼ですけど見目も非常によろしくない方でしたのに……あの研究施設、ジャスラでプロジェクトリーダーを任されるまでに出世して……。

 きっとご存じなかったでしょうけど私、憧れてました。勇気がなくてお声をかけることも出来なかったけど……。

 見た目なんて関係ないんです。生き方自体にすごく共感出来て、おかげで自分自身も頑張ろうって気持ちを分け与えて貰えましたから……。



 それが、……あれのせいで――。


 あの事件のおかげで……、


 台無しになってしまいました!」



 そう言葉を発した途端、無言になり、その表情が興奮状態から冷たい、無表情なものへと変わっていく。


 俺は思わず唾をごくりと飲み込むと、またも山崎の首に回している腕に力が入る。

 な、なんなんだよ一体。

 村野さん、あんた一体どうしたって言うんだ。尊敬してもらってたなんて初耳だし、そもそも雫石時代に会った記憶すらないけど……。


 そ、それより山崎にこの話聞かれちゃっていいのか? 俺の正体ばれちゃうじゃん! つかそもそも山崎はそのこと知ってるのか?

 今頃何言ってるって思うかもしれないが、藪を突っついて蛇を出したくなかったから触れないようにしてたんだよ! 悪かったな。


 なんてちょっと俺が横にそれた思考をしてたらいきなり村野さんの感情が爆発した。



「どうしてよ!

 

 あなたはぶ細工で醜悪な、ぶ男だったはずなのに!


 40越えのうだつの上がらないおっさんだったはずなのに!


 それがどうして、なぜ、そんな姿になってるの?


 ずるい!


 私は学生時代に飲まされた、注射された訳の分からない薬のせいで年齢よりもどんどん早くに衰えて、肌なんて素肌のままじゃ人に見せられないようなひどい状態になってしまったというのに……。


 雫石チーフは私たちの目の前で30以上も若返って、子供の姿になって。

 ツルツルで張りのある真っ白な肌や、さらさらで綺麗な透き通るかのような銀髪を手に入れて、お人形のガラス玉みたいな真っ赤な目をした美少女になって。


 尖がった変な耳はともかく……、


 どうしてなの? なんであんただけ!


 不条理だわ!

 不公平よ!



 私は、


 私は……、


 うう、うううっ……、うわーっ」


 そう言い切り、大きな声で泣きだしたかと思うと、そのまま対面していた山崎へと唐突に攻撃を加えてきた。


「はわっ、ちょ、ちょっと村野さん! ま、まって!」


 俺は慌ててそう言ったものの、とても聞いてくれるような状況とは思えず、それどころか攻撃は苛烈さを増す。

 が、前触れなく突然放たれた攻撃を受けたとは思えない、恐ろしいまでに素早い反射速度でそれを全て躱し切った山崎。驚いた表情を一瞬浮かべた村野さんだったが即座に追加の攻撃を加えて来た。しかもさっきは上半身だけだったけど、今度は足も交えての攻撃だ。

 前の獣人もそうだったけど技なんてないただ本能のままに打ち込んで来る純粋な殺意・・のこもった打撃。そう殺意。村野さんは俺たちを殺す気で攻撃してきてる。その勢いは次第に山崎をじわじわ後ろへと追いやっていく。


「くっ、さすがに人外生物。元ただの女性職員だったとは思えない……」


 攻撃をかわしながら、山崎の口から弱音めいた言葉が漏れる。

 山崎すまん。俺の運転手さんになってからというもの、お前の相手人外ばっかだよな。いくら体の一部がサイボーグ化してるからと言っても限度あるよな。何より俺を抱いたままでのこの状況、マジ無理ありすぎだろ。


「山崎、私を降ろして! このままじゃ山崎がやられちゃう!」

「そうしたいのは、やまやま……くっ、なのですが……、っと」


 山崎が俺の言葉に答えようとしている最中も人外……獣人村野さんからの攻撃はまるで疲れなど知らないかのように延々雨のように降り注いでくる。

 マジ疲れ無しかよ?


「村野さん、もうやめて! こんなことして何になるの?

 一緒に研究所に戻ろう? その姿、少しでも改善できるかもしれないよ!」


 俺は攻撃を続けて来る村野さんに、無駄だとは思いつつ、時間稼ぎも兼ね目一杯大きな声で声掛けする。小さな体で出す声には限界があるけど、目一杯絞り出した。


「戯言を言わないで!


 こんな体でどこにどうやって行けると言うの!


 今だって私がどうやってここまで来たか分かる? ふふっ、荷物よ、荷物。しかも仮死状態にされて氷漬けでほんとただの物扱いでね。それで死なない私もたいがいの化け物だけど……、くくっ、こんな私をどう元の姿に戻してくれると言うの? 教えて雫石河南!」


 俺は村野さんの言葉に返す言葉が無かった。

 そのせいだったのだろうか……、俺の、山崎の首周りをギュッと握って離さなかった腕の力が緩んでしまったのは。いや、ただ単に長時間力を入れたままで元より体力など無きに等しい俺だから……疲労のせいだったのかもしれない。

 俺は激しく動き続けている山崎の体から上半身がぶわっと振り回され、上の支えが無くなった俺は……、あっけなくその勢いのまま山崎の腕から放り出されてしまった。


「お嬢様っ!」


 結果……、山崎に致命的な隙が出来てしまった。

 俺は放り出され、床を無様に転がりながらも山崎の方を必死で見る。


「カナンちゃん!」

「山崎、私は無事。前に集中して!」


 摩耶姉さんの心配する声と、俺の叫びがだぶって星明りしかない薄暗いリムのエントランスホールに響く。俺は全身打撲で痛くてたまらないが、そんなことを言ってる状況じゃない!

 幸い三島たちは摩耶姉さんがリリヤさんを説き伏せ逃がすよう言ってくれていてこの場にはもういない。周りを気にする必要はもうない。


 だから……、

 もう一度エレメンタルルールを使う!


 そこまではほんの刹那、一瞬の出来事だった。


 山崎は、出来た隙をしっかりと突かれ、獣人の力がこもった必殺に違いない、村野さんの右の拳が山崎の頭部へと迫る。それは神速の域にあるといっていい山崎の受け流しですら間に合わないタイミング。


 その時。

 薄暗かったホールにカッと明かりが一斉に灯った。

 そう、まるで計ったかのようなタイミングでだ。


 急に灯った照明に村野さんはもちろん、俺や摩耶姉さんも一瞬目を閉じ、おかげで山崎に迫っていたその拳の勢いが一瞬削がれる。

 その中で不思議なことに山崎だけはその影響を受けたそぶりを全く見せず、まさに危機一髪の状況から逆転の一撃を放った。

 村野さんも面くらっていたのは一瞬だけですぐに拳にその力は戻ったけど……、時すでに遅しだった。


 いつの間に出していたのか、俺が放り出され空いていた手には例の特殊警棒が握られ、既に展開されたその先端からはピシリピシリと凄まじいばかりの放電を放っていた。


 山崎がそれを村野さんの厚い胸板、そう女性の胸じゃない……、胸板だ。そこに特殊警棒を容赦ない力でえぐるように突き入れた!


 同時にすさまじい電光がほとばしり、周囲にイオン臭がただよう。


「がっ、はっ」


 苦しむ村野さんを俺は見つめる。

 彼女、村野さんだった獣人の目。猛禽類の目の輝きを見せていたそこから……、間違いではないと思う。確かに涙が流れ出ていたように俺は見えた。


 おそらく感電による筋肉の硬直のせいなのか、動きが完全に止まった獣人村野さん。山崎は獣人の力を相当警戒しているのか警棒のバッテリーが尽きるまでその電流を流し続けた。

 バッテリーが尽き、山崎がようやく警棒を突きつけた体勢から自然体へと戻すと、俺も摩耶姉さんもようやく勝負がついたかと思い気を抜いた。


 そう、今度はこっちがその隙を突かれた。

 が、それは最早なんの意味もない行為でしかなかった。


 村野さんの動けないハズのその体。

 全身からプスプスと焼け焦げた匂いを発し、更には体液が沸騰し、体の至る所からそれが滲みだしているにもかかわらず……、その体はまるで奇跡のようにずるりと動いた。

 そう、ずるりと……、それはもうゆっくりと。

 さっきまでの山崎との競り合いのスピードはそこにはもうない。あるのは緩慢でゆるゆると動く、大きな獣人。赤ん坊でさえ、追いつけそうな……そんな悲しいくらいのんびりという言葉がふさわしいくらいの……そんな動きでしか……最早なかった。


 俺は自分の、小さくなった……女の子になってしまった体を見下ろし……、

 そして村野さんの化け物となってしまった体と見比べる。


 一歩間違えれば俺もああなっていたのだ。

 というか俺以外の人間は皆、あんな風に人以外の姿に変わり果て、そして死んでいった。


 俺の事を尊敬していたと言っていた村野さん。


 そんな彼女も今は虫の息で……、俺の前で、それでもなんとかあがこうと俺に近づいてくる。

 俺を手に入れて何をしたいのか……。ま、やりたいことは一つだろうけど……。

 俺にとても優しかった彼女をこんな目に合わせ、こんなことをさせた奴ら。

 裏でこそこそやって姿を見せない姑息な奴ら。


 許せない――。



 俺はそんなことを心に秘めつつ、目の前にゆっくり迫って来る村野さんを見る。

 大きな圧迫感とすさまじい迫力のあったはずのその体はいまにも崩れ落ちそうに脆く、儚く見える。


「もうこれ以上苦しみたくない……よね? そんな姿、人に見られたくないよね?」


 俺は力を使い、更には全身打撲で弱った体に鞭打ち、エニグマに気を込め、エレメンタルルールをなんとか発動させた。

 村野さんの体に瞬く間に真っ白な氷が纏わりつき、それはどんどん成長していく。


 山崎も摩耶姉さんでさえも黙って、そんな俺の行為を見守ってくれていた。


 空気を多く含んだそれは、細かい気泡に包まれ、透明度は著しく低い。

 更に更に氷は成長し、それはやがて全身を覆いつくし……、


 ついには縦に長い、直方体の氷の塊が出来上がった。



 真っ白い直方体の氷の塊。その中に何が詰まっているかは分からない大きな白い氷の塊。


 しばらく三人でその巨大な氷の塊を見つめた。




 俺は気を失うまで……、


 ずっと祈るような気持ちで見つめ続けた。

 彼女の気持ちが少しでも平穏であれるようにと……、



 ただそれだけのことしかしてやれることはなかった。



ごめんなさい!

宇宙編、終わり切れませんでした……。


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