26 カナン、こっそり活躍し、甘々される
まずは手始めにこれ以上亀裂が広がらないよう、欠けた箇所をエレメンタルルールで補完だ。
すでに亀裂から空気が漏れだし始めているのか、気圧低下と空気の流出を告げるアラームがそこかしこで鳴り響いていた。
おかげで落ち着いていたはずのクラスのみんなや周りの客がぞろ騒ぎ出した。お前ら騒ぐ暇があったらとっとと避難しやがれっての。
しかし、こりゃマジで早く塞がないとやばいな。
そう意気込んだもののなかなかやりずらい。
周りには俺を守ろうと三島に夏目、委員長、おまけになぜかリリヤさんまで寄ってきたから余り目立った行動はとれないし、そもそも三島に手をギュッと握らたままだから動きずらいことこの上ない。それでもなんとか目線を一際大きく入った亀裂箇所に送り、エニグマへと気を注ぐ。
イメージとしては割れたところを溶接するみたいに確実に埋めてしまうって感じかな? 綺麗な分子構造が途切れなく繋がっていく様子を想像しつつ、早急に亀裂を完全に塞がなければと気合を入れる。(分子構造をちゃんと理解してるわけじゃない、あくまでイメージとして使ったってことだから勘違いしないでくれ)
警報音はまるでそんな俺をあざ笑うかのように無情に鳴り響く。
俺の周りも避難を急ぐようにリムの方に向け走りだし、当然俺も三島に手を引かれ、子供な体の俺は短いリーチで転ばないよう必死についていかざるを得ない。や、やりにくいぜ。
それでも何とかエニグマに力を注ぎ、エレメンタルルールを発動し続け……、どうやらその効果が現れはじめた。
歪に走る亀裂に淡いもやっとした歪みのようなものが現れ、それが消え去ったあとには綺麗な結晶構造をした物体が発生していて、そこにあったはずの亀裂を埋め尽くしてしまった。多面体である結晶が辺りの光を受け、綺麗な輝きを見せ、まるでダイヤモンドのごとくだ。
俺としてはツルっとした綺麗な面になってくれればいいなと思ったんだが……、分子構造や溶接をイメージとして使ったのがいけなかったのか、ちょっと違う出来栄えとなってしまった。
うう、これちょっと目立ちすぎじゃね?
後で見られたら変に思われてしまう。もうちょっと自然に、普通な感じに見えるようにしなきゃ。
(まぁ亀裂が治ってる時点でそもそもおかしいのだが、その時の俺はそんなことにまで気が回らなかった)
俺は若干の気だるさを感じつつつもうまくいったことで興に乗り、他にも数か所出来ている亀裂に対し、小走りで移動しながらもエレメンタルルールを発動し続けた。
最初、結晶体の集まりみたいなものであった仕上がりも何度も繰り返すうちにその見栄えを整え、俺の目に付く限り最後の亀裂となったその箇所に至っては、まるで亀裂なんて無かったかのような滑らかな表面を見せるまでになった。
……とは言うものの強化ガラスは積層構造になってることに対し、俺がやったのは層に関係なく繋げることだけであり、したがって亀裂が無かったかのような仕上がりと言うには程遠く、そこを見れば模様のように入った亀裂の形が認識できる。
うーん、まだまだ改善の余地はありそうだ。
……けど、当面のつなぎとしては十分だろ。あとはフォスに任せるさ。俺はそう思いつつ他に見落としがないか周囲を窺おうと、その小さな頭を動かそうとしたその時。
「ちょ、ちょっとカナンちゃん! 急にどうしちゃったの?」
三島が声を荒げ、慌てて俺に問いかけた。
ようやくスポーク部を抜け、リム側にたどり着いたとほとんど同時。緊張の糸が緩んでしまったのか……、手を引かれ走っていた俺は前のめりになりながらも、それでもなんとか踏ん張り……、けど頑張りもそこまでで、膝から崩れ落ちてしまった。
おかげで三島は手を繋いでいた俺に思いっきり引っ張り込まれ、つられて倒れそうになっていた。
すまん。
まあなんだ、俺の体の数倍はあったはずの大きな亀裂、それを数か所、エレメンタルルールで補完したんだ、当然それにより相当血を失っているに違いないわけで……。
やっぱかねてからの心配通り、貧血を起こして倒れちゃったわけだ。な、情けない。
「ちょ、ちょっと、カナンちゃん? な、なんなの? 体すごく冷たいよ。体温が下がりまくってるよー! 顔色めちゃくちゃ悪い、つーか、目、目の色がなんか紫色っぽくなっちゃってるー!
もう、どうしちゃったのー?」
俺が頭フラフラ状態でありながらも自己分析してる中、三島はしゃがみこんだ俺を抱き抱え大騒ぎだ。茶髪のツインテールが落ち着きなくフラフラ揺れ、それが妙に可愛らしく見え、ついには膝を落とした三島に横抱きにされているにも関わらず笑みがこぼれてしまった。それを見た三島が一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それがまた余計可愛さに拍車をかけた。三島のふくよかな胸に抱かれ、そんなことを考えるだなんて……俺はなんて不謹慎な奴なんだ。
それにしても目の色が紫色になってるだって? 光の加減かな? それとも……力を使ったせい……なのか?
要検証だな……。ま、それは今はどうでもいい。
「心配かけちゃってごめんなさい……、そのぉ、ちょっと久しぶりに走って疲れちゃったみたいで。
えへ、翔子ちゃん、そんな顔してると垂れ目がよけい垂れて見えちゃうよ?」
俺は目の色のことはスルーし、ちょっとおどけながらそう言葉を返す。我ながらよく言うわ。
「も、もう、カナンちゃんったら。
でも、大丈夫そうでちょっと安心した。ほんと驚かさないでよー」
「ご、ごめんなさい。私、昔から貧血とかになりやすくって……」
眉を落としてそう抗議する三島に、即席で言い訳追加。これいい感じじゃね?
「ふーん、そうなんだぁ?
――あっ、じゃあこれ、もしかして私のせいっ?
ご、ごめんね! 私カナンちゃんのこと、ちょっと無理に走らせすぎちゃったかなー?」
今度は青い顔をしてそんなことを言い出した三島。ひゃ、百面相かよ。そ、そうじゃないんだって。
でも、ま、まじいな。
「そ、そんなことないです! みし……翔子ちゃんには感謝こそすれ、責めることなんて……何もないです」
「えへっ、そ、そうなんだ。あ、ありがとー。でもほんと大丈夫? しばらく安静にしてようね」
そう言いながら俺の頭を撫でだした。
た、単純で助かった――。
そうこうしてる間にちょっと前を走っていた委員長、すぐ後ろにいた夏目やリリヤさん、それにまだ残ってた他の女子たちもどうしたの? と心配そうな顔をして寄って来た。
そして更には男子や周囲の客まで一体どうしたんだ? とばかりに好奇心旺盛に覗き込んでくる始末だ。
お、お前ら女の子がいっぱい集まってるからって、下心ありすぎだっつーの!
まだデブリの襲来、収まったって決まった訳じゃないっての!
まったく、避難は続けろって。危機感薄いよ、お前ら。
ま、その原因の一つは俺が亀裂を塞いだおかげだろうけどさ……。
いつしかうるさく鳴り響いてた各種警報も鳴りやんでいた。おかげでみんな人のことに関心を向ける余裕が出て来たようで、ほんとげんきんな奴らだぜ、男って生き物は……。あ、俺は今は女だからな、そこんとこ間違わないでくれ。
「ほらみなさん、警報は収まりましたけど避難は最後まできっちりしましょうね。ほ、ほら、みんな早く!」
「えー、もう警報収まったんだしいいじゃん。神坂も倒れてるしさ、心配じゃんか」
男性教師に混じり、健気に生徒たちの避難誘導していた咲川先生が疲れた表情を見せながらもそんなみんなに注意をする。がんばってるなぁ、先生。ほんと大変だろうなぁ……。
それに引き換え、ばか男子。しかも俺を引き合いに出すな!
余計なひと言を言った男子を、三島に膝枕をされつつ横目で睨みつけてやる。
三島や夏目、委員長も同じように睨み付けていた。そいつは思わぬ女子からの無言の圧力におたおたしている。ふふっ、いい気味だ。
「咲川先生のおっしゃる通りです。幸い……なぜか警報は収まったようですが……、用心に越したことはありません。指定の避難場所に集合するようにしてください」
金髪碧眼北欧系のモデルばりの美女、リリヤさんにそう言われ鼻の下を伸ばす野郎たち。
「はーい」と、そろって間の抜けた返事をしながら避難場所に向け、ぞろぞろとまた歩き始めた。ったく、手間のかかる奴らだ。
「それでカナンちゃんはどうしたのかなー?」
今さっきの真面目な顔はどこにいったんですか? と聞きたくなるくらいの甘い声でリリヤさんが俺の方に近づいて来て言った。
「貧血みたいなんです。さっきのあれで不安になって……、それに急に走ったりしたから。私がついてたのに……」
また罪悪感が湧き出してきたのか、そんな言葉をリリヤさんに返す三島。
「まぁ……。
でもカナンちゃんは全然そんな風には思ってないみたいよ。あなたは小さなカナンちゃんを良く守ってくれてたわ。
ね、そうでしょ? カナンちゃん」
うう、ちょっと釈然としないものを感じるが……、ここは仕方ない。
「は、はい。翔子ちゃんにはいっぱい助けてもらいました。それに……、ずっと手を繋いでてくれて……、とっても安心できました」
俺はそう言いながらとっておきの笑顔を浮かべ、三島、そしてリリヤさんの顔を見返した。
――この姿になってからけっこう経つ。
全くモテなかった元男としてはだ。そこをどうすれば、どう見せれば可愛い、女の子らしい表情になるか、態度になるか……なんてことを真面目に研究したことがあるのだ。ふふっ、すごかろう! ま、実践するかは当然別だ。
他にもちょっと言えないが……、色々研究したのだ。
どこを?
だから言えないって言ってるだろ?
「「はうっ」」
なんか二人の動きが変な声ととともに一瞬硬直した気がする。
そばに居た委員長まで一緒になってぽけーっとして、どこかに気が逝ってるみたいだ。
「ばかばっか……」
夏目がぼそりとなにかつぶやいた。
俺はこのまったりとした雰囲気に……、安心感からかなんか疲れがどっと出て来た気がする。やたら眠くなってきた。こりゃいつものだな。
でもさすがに今眠るのはまずい。
「カナンちゃん、避難場所までどうやって連れて行きましょうか? まだ歩くのは辛いみたいなんですけど」
「そうねぇ、本来なら車イスとかあればいいんだけど……、うーん、手っ取り早くおんぶか抱っこかな?」
俺がぼーっとしてる中、三島とリリヤさんの何気ないやり取りから戦争が勃発した。
「あ、それ俺立候補ー!」
「なに言ってるんだよ、それなら力のある俺の方がいいって」
「こらお前ら、それは教師である俺の役目だ!」
「うわっ、先生ロリコンだー!」
あ、あほすぎる。
ああ、こんなときに山崎が居てくれたらどんなに安心出来るんだろ……。
そんな気持ちが……、つい、ほんとについ俺の口から言葉となって漏れ出てしまった。
「山崎……来てくれないかな……」
ここは低軌道ステーション。限りなく宇宙に近い場所だ。
そんなことはあり得ないはずなのに……。
「……もうカナンちゃんったら遅いー! もっと早く頼りなさいよー……」
はぁ?
幻聴か?
今、確かに今……、摩耶姉さんの声がしたような?
「……おーい、聞いてるカナン?……」
って、ヘッドフォンかよ!
な、何だよこれ、ここまで来てもまだ使えんのかよ? どんだけ高性能、どんな通信システム使ってんだよ?
「ま、摩耶姉さん? ど、どこから話してるの?」
聞くのが早かったのか、俺の体がふわっと浮き上がるのが早かったのか?
もうそれはどっちでもいいことだった。
俺はなぜかここに居る男に片腕で軽々と抱き上げられ、その腕に腰をかけるというなんとも恥ずかしい姿でそこに居た。一気に目線が上がり高いのなんの。
いわゆる片腕だっこ。どんだけ力いるんだってやり方だ。
俺は落ちないよう、その男の首に腕を回し、体を支える。みんなの……、特に三島とリリヤさんの呆気にとられた視線が恥ずかしさを誘うが、ポジション的にそこくらいしか手のやり場がないし、まじ落ちるのいやだし。
男子たちはもうあきらめの表情で、逆に仕方ないって感じでスッキリした面持ちを見せ……、つうかなんつうか憧れ?
女子たちは女子たちで目がハートになってやがる。(表現古いって? ほっとけ、俺は元四十男だ!)
兎も角。
俺はその、俺を抱き上げた男。
そして、そして目の前に居る、在りえない人に向かって声をかけた。
「や、山崎?
ど、どうして、こ、ここに?
つか摩耶姉さんも!」
俺は俺を抱き上げた山崎、そしてなぜか、なぜか俺の目の前で口笛を吹くふりをし、両腕を腰だめにして仁王立ちしてる摩耶姉さんを見やり――、
そっと天をあおいだのだった。
ちなみに摩耶姉さん、口笛吹けないからな……。
念のため言っとく。
まだ終わらない宇宙編~




