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在る男の再生、あるいは転換――  作者: ゆきのいつき
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25 宇宙は危険があふれてる?

 低軌道ステーションの形(これは規模を除き、静止軌道ステーションにもほぼあてはまるが)は大まかにいうと巨大な車輪のような形であると言える。

 エレベータシャフトがちょうど車輪のハブ(軸)に当てはまり、メイン構造体である車輪の外周、リムと呼ばれるリング状の構造体は、スポーク(分かりやすく言えば棒である)により連結されている。ちなみに車輪の断面形状は台形であり地表面側である底辺が狭く、宇宙側が広くなるよう形作られていて、その規模はドーム球場より若干小さいといったところか。

 俺たちはリリヤさん(パルネラじゃなくリリヤと呼んでね……などと頭を撫でながら言われた)の案内を受けながらリニアの発着ステーションのあるハブからスポークを通り、リム側へと移動しているわけである。

 スポークは円筒が基本ではあるものの、その構造は大人の胴体ほどの太さのシャフトをフランジやブラケットなどにより円状に配置したものの連結構造体であり、人が通るフロア面こそきっちり不透過性のパネルが張り巡らされている(一定の間隔で透明部も設けられている)ものの、それ以外は行き過ぎじゃないかというほど外側が良く見える構造になっている。要は透過性のパネル(もっとはっきり言えば積層構造の強化ガラスに特殊なコーティングを施したものだ)がメインの円筒構造であり、通路の構造どころか、それ以上に外の様子がいやというほど良く見える。

 そんな所だからそれはもう男子どものはしゃぎっぷりは半端なかった。

 スポークからはハブの複雑な構造はもちろん、地球から伸びる想像を絶するほど長大で巨大な軌道エレベータの様子も垣間見ることが出来、当然今向かっているリム側の様子も見ることが出来るわけで……、それはもうはしゃぐなという方が無理かも知れない。


 そして何より眼下に大きく広がって見える地球の美しさ……。

 それを最初目にしたときはさすがに騒がしい男子どももしばらく無言でその絶景に見入っていた。


 青い地球。

 サンゴ礁が広がる青い青い海。


 その上を漂う綿菓子が散らばったかのような雲。

 

 軌道エレベータのアースポートの周りはどこまでも広がるかのような雄大な海原。

 そしてそこは次第に闇に覆われていく。

 

 本当に綺麗な星だ……。


 恥ずかしながら男の姿では何度か来たことがあるはずの俺ですら感動で言葉が出なかったほどで、不覚にも瞼から熱いものがジワリ湧き出てしまった。

 慌ててそれを拭おうとしたところで、目ざとく夏目に見つかってしまいくすりと笑われてしまった。くぅ、もうお婿にいけない……。なんて思ったのは案外マジな話だ。(いや、わかってる、わかってるから突っ込まないで欲しい……)


「綺麗……」


 散々騒いでる男子どもを背後にし、三島がそんなことをつぶやいた。


「あら三島さん、あなた軌道エレベータには興味無いとおっしゃってませんでしたかしら?」


 すかさず委員長が突っ込む。この二人……ある意味阿吽の呼吸、出来てるよな。


「もうレーナったら、うるさいなぁ。綺麗なものは綺麗なんだからそう言ったっておかしくないでしょ? 私だってこんな絶景見せられたら普通にそう思うに決まってるじゃん。


 だいたいさぁ、私、ここまで来るのが億劫ってだけで、この景色が嫌いだなんて一言も言ってませんですからねー、べーだ」


「あらそうでしたの? それは申し訳ありませんでしたわ。てっきり翔子さんは――、きゃっ!」


 委員長が唇をとんがらせて三島に反論を返そうとしていた時にそれは起こった。


 体に感じられるくらいの強めの揺れ。

 それが数秒ほど続いた。


「な、なに? なんですの?」

「地震? 地震なのー?」

「んなあほなっ、ここは軌道上だぞー。そんなのあってたまるか!」

「落ちちゃう? 落ちちゃうのー?」


 男子も女子も、突然の出来事にパニくって支離滅裂な発言が続出してる。


 ちなみに……もし、マジで軌道エレベータのアースポートと繋がるエレベータ部、その中央で長大な軌道ステーションをしっかり繋ぎとめているシャフト、幾重にも重なるカーボンナノチューブの束で構成されたそれが切断されたりなんかしたら――。

 それなりの質量を持つ低軌道ステーションは当然重力に引かれ落下、大気によって大部分は燃え、燃え尽きず残った……それでも相当に大きな構造物は地上へと到達することになるだろう。もちろん軌道エレベータ本体も同様だ。軌道エレベータは静止軌道ステーションより更に外側に伸ばされたカウンターウェイトの重量で得られた遠心力でもってその自らの重量を支えることが出来ているのだから。もっとも下はほとんどが海だからその点だけ見れば巻き込まれての被害は最小限に収まりそうではある。

 で、静止軌道ステーションはと言うと、それとは逆に今言ったカウンターウエイトがあだとなり、その遠心力によって地球から放り出されることになってしまうだろう。


 どちらの末路も俺は断然遠慮したい――。


 そんな中ようやく揺れが収まったかと思えば、突然非常を告げるけたたましいまでの警告音がスポーク内に鳴り響いた。

 そりゃそうだよな。けど仕方ないとはいえ、これは余りよろしくないな……、パニックを助長してしまう。

 しかもそれだけならまだしも、あろうことかリム側へと通じる唯一の通路、その入り口のシャッターが無慈悲にも閉じられてしまった。


 更にそれは反対側のハブ側も同じ状況で――。

 要は俺たちは距離にして五十メートルほどのスポーク内に閉じ込められてしまったわけである。


 遠足組の、主に女子から小さな悲鳴が上がり、男子はと言えば「なんだなんだ」と、びくつきながらもそんな状況に興味があるのか……辺りをキョロキョロと見回すやからが続出した。ったく緊張感のない奴らめ。


 とは言え、一体何が起こったのか?


 他に居た大人たち数名が閉じられたシャッターに駆け寄り、バンバンとこぶしを叩きつけ、騒ぎ立てている。

 ったく、近くに子供がいるってのに、大人げない。見た目パリッとしたスーツ着て偉そうな態度撒き散らしてたやつらなのに……情けない。

 しかし、そうは言うものの、実際こんなことは本来あってはならないことだ。しかもこうやって一般の……未成年の見学者が多数訪れてる今なら尚更だ。

 俺はそんなことを考えつつ無意識に頭につけてるやたら軽く出来てるヘッドフォンに手をやった。(べ、別に不安がってるわけじゃないんだからな? ついだ、つい。他意はない。ほんとだぞ)

 で、そんな俺の……空いてる方の手を握って来る奴がいた。俺はハッとして上目でそっちを見る。


 三島だった。その目は大丈夫と熱く語ってる気がした。

 その両隣には夏目と委員長が心配そうな表情を浮かべ、揃って俺の方を見ていた。


「カナンちゃん、大丈夫。私たちがついてるからカナンちゃんは何も心配しなくていいからね」


 何を根拠にそう言ってくれてるのかは分からないが……、どうやらこの三人は俺が怖くてビビってるって思って……、自分たちも不安だろうに俺のことを励ましてくれてるみたいだ。俺、一応お前らとは同級生……同い年ってことになってるんだけどなぁ? ほんと小さい子扱い、ぱねぇぜ。


「みなさん、落ち着いてください。


 当ステーション、フォス(First Orbital Station:FOS)はちょっとやそっとのアクシデントくらいで人命に危険が及ぶような事態に陥ることはありません。


 原因について、まだ確認できていませんが、今のこの状態は各ブロック、エリアごとで区切ることで有事の際、余計な空気の流出を防止するために必要な処置です。これは想定されているルーチン内での予防的な動作であり、当然フォス内すべてで同じような状況となっているはずです。


 すぐに状況確認いたしますから、慌てずその場でお待ちください」


 リリヤさんが毅然とした態度で辺りを見回しつつ、スポーク内にいた人たちに大きな声でそう告げ、それを聞いた三島らは多少表情を和らげる。


「そ、そうそう、そうよ。みんな、お、お、落ち着いてね。きっとすぐ避難させてもらえるわ。だ、だから落ち着こうね!」


 便乗して咲川先生もうわずった声ながらみんなに励ましの言葉をかけた。


「先生! 先生こそ落ち着こうよ。俺たちは十分落ち着いてるって」

「そうだよ、先生。先生が一番テンパってるってー」

「くすくすっ、やだー」


 イマイチ冷静とは言い難い咲川先生に男子が軽口の返事を返す。それを聞いて女子たちからも失笑が起きた。

 ったく、お前らほんとにわかってるのか? ま、それでも場を落ち着かせる効果はあったけどな。バカな男子もたまには役に立つもんだな。


 がそんな上っ面だけの余裕はあっさりと消し飛んだ。


 立っていることさえ難しい。

 先ほどの揺れとは比べ物にならない……、それほど派手な揺れがここ、スポーク内を襲ったからだ。

 それはスポーク内の空気すら振動させ、その緊張した空気感がみんなの不安を再びあおる。


「きゃっ、もういやー!」

「な、なんなんだよこれー」

「くっ、早くここから出せっ、責任者、責任者は何をやってるんだっ」

「お母さーん」


 中に居た人々がほとんど一斉に叫び声や悲鳴を上げ、中には泣き声すら混じり出す。例のおっさんは未だに文句を言ってる。おいおい、愚痴を言うとか……案外余裕あるのかね。

 しかしこれにはさすがのリリヤさんですら顔色を変え、それでも必死に皆を落ち着かせようと努力している。でもそんな努力が虚しく感じるほどその揺れは続く。

 最初のような大きな揺れはもうないものの、小刻みな揺れが長々と続く。


「あ、あれ、やばくねぇ?」


 一人の男子生徒がスポークのとある個所を指さす。そこは積層構造の強化ガラスで広く覆われている天面に近い箇所。


「やばい、やばい。あれやばいって」

「ど、どーすんだよぉ、あれ」


 見つけた男子たちが騒ぎだし、それを女子たちが不安げな様子で遠巻きに見ている。リリアさんがすぐさま確認に飛んで来た。


 そしてその状態を確認したリリアさんは周りに気を使う余裕もなくなったのか、表情を無くし顔色も蒼白になってしまってる。けど、そんな状態ではあるもののそこはやはりここで働いている職員。ヘッドセットの通信機能を使い誰かと激しく会話をし始めた。


 積層強化ガラスの外面には蜘蛛の巣状の大きな亀裂が入っていた。しかもそれが数か所ほどある。

 いくつかの亀裂は積層構造をしているガラスの中ほどを越えていて、残すところあと数ミリといったところでかろうじて砕けずその気密性を保持してるって状態だった。


 そんな危険な状態のガラスから外を窺い見て……、


 事ここに至り、俺は今回のこの騒動の原因を特定することが出来てしまった。


 デブリだ。

 

 宇宙空間、というか軌道上に大量に存在する宇宙開発の負の遺産。

 過去に打ち上げられたロケットや人工衛星、はては軍事兵器に至るまで……、


 それら全ての成れの果ての姿。


 要は宇宙のゴミ。今まさにこのフォスの周りでその姿を晒してはあっという間に消えていく……、そいつが軌道エレベータに衝突したというのが真相に違いない。


 何も俺たちがここに来た時にこんな事態にならなくとも……と思わなくもないが――。

 しかし程度の大小は別としてデブリの軌道エレベータへの衝突は何も今に始まったものでもなく、恒常的といっていいほどの頻度で衝突を繰り返していると聞いたことがある。そもそもデブリの通り道に軌道ステーションがあるのだとも。

 最初の振動でリリアさんが案外落ち着いていたのも、最初の揺れ程度であれば少なくない頻度で発生していてそれの対処にも慣れているからだろう。


 ま、さすがにその後のあれは想定外だったようだが……。しかし、普通、甚大な被害をもたらすようなデブリは監視されてるし、危険なものは排除しているはずなのに……なぜ?


 つかこんな悠長に考えてる場合じゃないか。


「みなさん、リム側の防護シャッターが間もなく開きます。そちらから退出してもらいますから、慌てず、冷静に避難してください」


 リリアさんのその言葉に皆が一様に安堵のため息を漏らす。

 そして数分とかからず言葉通りシャッターが開きその場の全員から歓声があがる。


「カナンちゃん、良かったねー。変な大人も居るしさ、一時はどうなるかと思っちゃったよ」

 

 三島が俺を抱きしめつつ正直な感想を言う。俺もその意見には賛成だ。けど、俺をそんなにぎゅっと抱きしめるのはやめてくれ。胸に顔をうずめるのも勘弁だ。役得だけど今はそれどころじゃないだろー。


 で、三島言うところの変な大人、偉そうなおっさんどもがリリアさんの子供優先の言葉などあっさり無視し、さっさとこの場から出て行ったが……、ま、鬱陶しいやつらは早くどこかに行ってもらったほうがこっちとしても精神衛生上いいさ。……つっても癪なのは確かだが。


「う、うん。わ、わかったから、翔子ちゃん離してー」

「まったく、三島さんは緊張感のきの字もありませんわね。ほら、カナンさんを離しなさいな。いやがっておいでですわ」

「ふふっ、翔子さんもカナンちゃんも、どんな時でもかわいいですね」


 三島といい委員長といい……、そして夏目ェ。


 ほんとぶれねぇな。


 そんなこんながありつつもクラスの半数が、スポークから出たところで事態がまた急変した。


 皆はまだ気付いてないが俺の鋭敏な五感がいち早く変化をつかんだ。

 亀裂……が、わずかずつ成長し始めてる。もう砕けるのは時間の問題か……。


 俺は俺の手をギュッと握って離さない三島の顔を伺う。三島がそんな俺に気付き優しい笑顔を返してくる。ううっ、俺ってそんなに不安気な顔してるのかな? 心配してくれるのは嬉しいが……男のプライドというものがあってだな。


 ええい、ともかく。


 ここはやっぱ……、俺がひと肌脱ぐしかないか。


 三島や夏目、委員長を無事地上に返してやらなきゃだしな。

 今回は凍らす程度じゃとても対処出来ないよなぁ? うん、やっぱ材料自体の分子構造いじって強化してやるのが得策ってとこか。


 エニグマに気をやるのも久しぶりだ。


 持ってくれよ、俺の体……。

 俺はエニグマに気を注ぎ、エレメンタルルールを発動させた。



 俺の体の血が無くなるのが先か、亀裂を抑えるのが先か。



 みんなのため……、精々がんばるとするさ――。



終わらせられなかった――。


きっと完結編?に続くのです……。



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