24 低軌道ステーションの美人さん
「ねぇねぇ、なんか私の思ってた軌道……エレベータ?の旅と今の状況、全然違っていまいちなんですけどー?」
三島がリニア列車がアースポートを出て十分も経たないうちにがっちり固定された座席から誰に言うともなく大きな声を出した。
といのも今は皆、誰かに向かって話すということが出来ない状態になってるからだ。俺たちはそれぞれ個別にとてもホールド性のいい座席に座らされ、しかも体はシートベルト(しかも六点式の大層なもので車の三点式なんか可愛く思える)でがっちり固定されていて、とても他の席の様子を窺うなんてことはする余地がない。
「……何を言ってますの。これは安全上必要な処置と伺ってますわ。それくらい我慢してもらは無くては困りますの。三島さん、余計なことをして先生や乗務員の方々に迷惑おかけしないよう、くれぐれもお願いいたしますわ……」
それにすかさず反応したのは委員長。
返事はしっかり各席に用意されてるモニター付きの通話用端末からご丁寧にクラス全員に発信されていて、そこかしこからくすくすと笑い声が漏れ聞こえてくる。というか同意の声もちらほらある。主に男子からな訳だが。
しかしまぁ、三島をダシにクラス全員に注意するとかさすが委員長。そりゃ、みんながうるさがるわけだ。
けど、三島が言いたいこともわからないでもない。俺自身ちょっと味気ないとは思う。
せっかく超高速のリニア列車で低軌道ステーションに向けクラスみんなで旅をしてるというのに、自由に動けないは、寄り合って話も出来ないわ……ではな。それでも外の景色くらいなら見ることは出来るものの、見えるものといえばほとんど単調な空。陸もはるか遠くの方がなんとか霞んで見えるくらいで、しかもそれは海なわけで……空と海の濃淡交えた青と、アクセントに雲が少々。
そりゃつまらんだろうさ。
雲を上から見るくらい、こいつらレベルなら飛行機で散々見てるだろうしな。
でも、それでもやはり綺麗だと思うし、何より貴重な体験だと思うんだけどな……。やっぱ、根本が庶民だよな……俺。
「……わっ、やだレーナったらみんなに返さなくてもいいじゃない。何よぅ、私そんなに何かしそうに見えるわけ? もうほんと失礼しちゃうんだから。私だって分別くらいありますからね、べーだ!
あーあ、この遠足でカナンちゃんの可愛いお顔が一時間近くも直接拝めないだなんて、想定外にもほどがあるー!……」
今度は対象者限定で三島からの返信が来た。
ちなみに座席は頭上までカバーに覆われていて、傍目から見れば一種のカプセル状のものに頭から肩にかけてすっぽり覆われてるかのように見える。まぁそれ以外は普通に露出してるんだけど。
それもあって中々直接会話するっていうのは無理があるわけで、さっきの三島の声はほんと無駄でしかもバカ丸出しである。ま、らしくってちょっと可愛いけどな。
で、その対象者は俺と夏目、それに委員長なわけで、これは出発してからずっと続く通話メンバーなわけである。
「……でも以外でした。翔子さんはもう低軌道ステーションくらい何度も行ってるのかと思ってました……」
三島の叫びとも呼べる言葉を軽くスルーし夏目がそんなことを言う。確かに、三島コンツェルンのご令嬢ともあろう娘が、軌道エレベータに来たこともないなんて以外だ。庶民だった俺ですら数度くらいは来たことあるのに。(もっともみんな仕事がらみで自分の財布は一切使ってないが)
「……だって私、宇宙になんて興味ないもん。
モルディブでバカンスならアリだし、実際それなら何度か行ったこともあるけど……、そこからどうして手間かけて、こんな不自由な思いして上に行かなきゃいけないの? 私全然わかんない。
リゾートのビーチで遊んだり、ショッピングしたり、おいしいもの食べたりしてるほうがよっぽど楽しいじゃん。
それにさ、……そもそも宇宙でなんかあってもやだしさぁ……」
三島の案外まともで女の子らしい返事に俺は思わずへーと感心し、つい"ぽややん"とした表情を浮かべてしまったらしい。そんな表情にすかさず反応を返すやつがいた。言うまでもなく……、
「きゃっ、カナンちゃん今のいい、可愛いー! ねぇねぇアスミン、この端末スクショ撮れるのかなぁ? つうか今の履歴に残ってるかな? ふふっ、これ見れただけでとりあえずぶーたれた甲斐あったかもー」
三島のそんなあほらしくもマジな盛り上がりに俺たちは呆れる他なく、席で縛られてなければきっと俺は色々弄ばれてたに違いない。――その姿に俺はジャスラの結晶研、鈴宮のことが重なって見え、妙な虚脱感に包まれてしまったのは仕方ないことだと思う。
*
終わってみればたった一時間弱、東京名古屋間の移動よりはるかに短い時間でしかなかった軌道エレベータのクライマー、リニア駆動列車での旅。
その搭乗口から、連絡通路を経て低軌道ステーションのエントランスとでもいうべきエアロックへとぞろぞろと移動。気圧差による不調を起こさないため数十分にわたる調整を受け……、ようやく低軌道ステーションの総合案内所のあるロビーへと集合したクラスの面々である。低軌道ステーションということで皆国際宇宙ステーション内での無重力というか微重力の様子を想像していたようで、実際その場に来たらしっかりと重力が存在していることを知ると、皆最初は一様にガッカリし、悪いと思いつつも見てて面白かった。
軌道エレベータは静止軌道に向けてぴんと張ったワイヤーを延々伸ばし、その要所要所に今居るようなステーションを設けてるんだから当然地球の重力の影響を受けている(ま、高度があるから若干重力も目減りして……体重もその分軽くなってはいるだろけど)訳で、無重力状態を味わいたければ静止軌道ステーションまで行く必要がある。とか言いながら、俺も無重力状態は何度でも味わってみたいものなのだが……。
ちなみに国際宇宙ステーションがここと同じ程度の高度でありながら無重力に近い状態になってるのは衛星と同じで地球の周りをばかみたいに早いスピードで飛んでいるからである。地球の重力に引かれるのを逆らうように飛び、その影響から逃れている訳で、自由落下の状態になっているわけだ。だからこそ衛静止星は地球に落ちず、そこに在り、常に同じ場所に存在しているように見える。
話を戻そう。
でだ、他のお客さんが俺たちのことを物珍しげに見て来る。
かく言う俺も少しばかりか、かなり注目を浴びて居心地が悪い。銀髪赤目の変わった風体をした小さな子供が中学生の列に混じってるのが不思議で堪らないって感じだ。中学生って言ってもみんなだってまだ中一なんだぞ? 俺とたいして変わらなくない?
なんて考えつつ空しさを感じる。今時の中学一年生は身長百六十越えもざらで、女子でもそれに届く背の高いやつも居るくらいなわけで……、その中で百二十台の俺はそりゃチビに見えるだろうさ。
ああそうさ、悪かったな。
そういや何気にこの姿になってから、ここまで他人の目に触れる行動起こすの初めてかも知れないな。(学校やジャスラとかは別だぞ。ごく普通に外に出たのが初めてだって意味だからな)
あ、こら、そこの男。気色悪い目で俺のこと見んな! きもい。
ううっ、なんだかみんながみんな、俺のこと変な目で見てる気がする。
中身が男だなんてばれるはずもないのに……まるで見透かされるような気がして怖い。大人たちの視線は俺よりずっと高くて、見下ろされるとすっごく不安な気持ちになってしまう。
くそ、こんな気持ち今までたいして感じたことなかったのに……。ここへきて何でこんな気分になっちまうんだか……。
摩耶姉さん、それに山崎。
もしかして身近だった人と離れたせい?
うそだろ? 俺は四十越えの男……だったはず。そんな俺がこれしきのことで……。
ううっ、信じたくない。
そんな俺の気持ちとは裏腹にクラスの男どもときたら、すでに軽い興奮状態に陥っている。
ま、気持ちはわかるけど……少し恨めしい。
けど何しろ宇宙だもんな、落ち着けって言うのが無理ゲーか。(まぁ低軌道だから本当の宇宙とはちょっと違うが……、こいつらにとっちゃ関係ないんだろうなぁ、ロマン……だよな)
「くぁー!」
そんな中、三島が歳若い女の子のくせして周りを気にすることなく緊張感のかけらもない大きなあくびを漏らした。
ぷっ、まったく……、金持ちのご令嬢のくせに、色々台無しだな。
……ま、可愛いから許す。
それに俺の鬱々とした気分もおかけでどこかに吹き飛んじまった。
「ふふっ、翔子さん、やっと解放されたってお顔してますね」
そんな三島に夏目が若干うれしそう?な表情を浮かべつつ声をかける。なんともいつも通りの対応で、三島の変な行動には慣れきってるって感じだ。
「ほんとだよアスミン。あんな窮屈で退屈な旅はもうたくさん。もう二度と軌道エレベーターには来ない。そう決心したよ、私は」
「まぁ大げさ。まだ帰りも乗らなくてはいけないんですよ? それにそんな事言ってるとカナンさんに笑われますよ。
ほら、カナンさんったら……きっと嬉しいはずなのに、表面上は落ち着いててすごく冷静。子供なのにえらいと思いませんか? ああ、なんとも健気ですっごく母性くすぐられちゃいますね」
な、夏目。そこでなぜ俺に振る? つかそんな風に見えてたのか俺。ま、暗く見えてなくて良かったけど……。つ、つーか、今何気に子供って言ったろ!
一度じっくり話合う必要あるなぁ、夏目ぇ。
そんなちょっとした心の葛藤や、変な掛け合いをしつつロビーで待つこと数分程度。
ステーションの広報担当者が現れ、その人の引率を受けて施設内の見学をすることとなった。現れたのは綺麗な二十代前半くらいに見えるお姉さんだ。すらりとしたモデルばりのスタイルで、ステーションの華美な装飾のないシンプルでタイトぎみな制服を隙なく着こなしてる。顔はちょっと北欧風の彫の深めな面持ちで、青い目に薄い金髪ショートボブという金髪碧眼の完璧美人である。さすがは軌道エレベータの低軌道ステーション、国際色豊かだ。
男どもはもう釘づけ状態だ。
ちっ、こっちにも俺たちが居るだろうが! ったく、すぐ他所の女に目移りしやがって……、これだから男ってやつは。
じゃ、学校の……、引率の先生はどうしたんだよ?とそっちを窺ってみれば。ちっ、こいつらも同じ穴のムジナだった。咲川先生、同僚の男性教諭が仕事してませんよー! 注意してください。
思わず突っ込もうかと思っちまったぜ。
っていうかさっきから何だ。何で俺がそんなこと気にしなきゃならないんだ?
くそっ!
そんなこと悶々と考えてたらふと頭の上に重さを感じたと同時に目の前に人影が入り込む。
「ふぇ?」
俺は何気に上を向く。
「あらあら珍しい。日本の学校に日本人以外の子供が居るだなんて。ふふっ、なんて可愛らしい……。でも赤い瞳だなんて変わってるけど……、でもとても綺麗で素敵。それにしてもこんな小さな子が生徒さんたちと一緒だなんて……。ご姉妹に付いて来たのかしら?」
そんな、俺にとっては何とも無体なことをあっさり言い切り、目線を俺に合わせると更にしっかり頭を撫でまわすその人。
何のことはない、引率に来てくれたお姉さんだった。
い、いつの間に俺の前に……、つーか日本語ペラペラかよ。
そしてこの人も子供扱い……。しかもすでにクラスの一員としても見られてない。
がっくりだ……。
「す、すみません。
私、この学生たちの担任で咲川といいます。ステーションの方ですよね?
ご面倒おかけしますが今からよろしくお願いします。
それで、そのぉ……、その子なんですが。
見た目は見ての通り子供なんですが……、一応うちの学校の生徒でして……。
それとそのぉ……、一応彼女、神坂さんは日本人なんですが……」
うな垂れてた俺のフォローに咲川先生が登場するも……、
ちっ、何だよ、一応、一応って。一応も何も俺はれっきとした神坂学園中学部七年の生徒で、神坂カナンって名前で日本の国籍だってきっちり……、キッチリある、はずだ。
あるよな?
か、確認したことないけど……。
兎も角、俺は上目使いで俺の頭を撫でて来るモデル体型引率者を睨み付け、猛然とアピールした。
俺は子供じゃない!
「まぁ、そんなに見つめれたらお姉さん、照れちゃうわ。ほんと可愛らしいですね。
分かりました。この子も生徒さんということですね。ちょっと信じられない気もしますが……、担任の先生がそうおっしゃるのであれば間違いないのでしょう」
そう言いながら俺の頭から名残惜しそうにその手を離し、俺を撫でるために曲げていた腰をすっと伸ばすとクラスみんなを見渡すようにし、言葉を続けた。
「ではご案内いたしますので、なるべくバラバラにならないように付いて来てください。
あと、申し遅れました。
私、リリヤ=パルネラと言います。ここの総合案内所でスタッフマネージャーの補佐をしてます。日本語は通常の会話なら問題なく出来ますので、遠慮なく色々聞いてください」
そう言ってにっこりと笑ったパルネラさんの青い目はしっかり俺のことを見つめていた。
ううっ、なんか、その……、
俺の周りはこんなのしかいないのかよー!
心の声がむなしく、当然皆に聞こえるははずもなく忘却の彼方に消え去っていった。
――この時の俺はこの後に起こる出来事にこれっぽちも気付くことなく……、
自身の置かれている状況に理不尽さを覚えつつも、
その雰囲気自体に悪い気はしていなかったのだった――。
やたら字数が増えて来ました。
だのに話しは進まない……。
 




