21 鈴宮注意報?
1/25 微妙に文章を見直しました。
話の流れに変更はないので読み直さなくても大丈夫です。
「初めまして、神坂カナンです。これから……よろしくです」
摩耶様の「新任チーフを紹介するわ」との言葉で集められた僕達の前でそう挨拶をした人物に、結晶研メンバー(今のところ総勢五名)は約一名を除き、唖然とする他無かった――。
ここ、『宇宙環境結晶構造研究部』、略して結晶研は出来て間もない新興の研究部だ。しかもここは他の部署と違って成り立ちがちょっとばかり特殊なのである。
なにしろ本来なら国会で承認され、国の予算で成り立つはずの組織や部署であるはずなのに、ここの資金を出してるのは神坂財閥。日本、いや世界でも有数の大財閥、その財閥の有力者の鶴の一声でポンとお金が出資されて出来た部署なのだから。
平たく言えばここのオーナーは国ではなく神坂財閥ってことになる。そして社長に当たるのが神坂一族の一員である神坂摩耶さん――であると言うわけ。
ジャスラの中にあるけど、実際は単独の独立した部署であり、国会の言うことを聞く必要もない一企業のごとく自由な部署なのである。だけど一応の連携はしてて、利用できるものは利用しちゃえっていう、何とも都合のいい部署なんだよね、結晶研って。
まじ金持ちはやることが半端ないよね。貧乏苦学生だった僕には到底付いていけない世界だよ、ほんと。
けど、おかげでちょっと本道から外れてるとはいえ……、こうしてジャスラの一員として働けるようになったんだから、きっと感謝すべきなんだろうね。
っと、話がそれた。
僕たちの部署、結晶研はさっきもちらっと言ったけど男三名、女二名、総勢五名の結成間もない弱小部署だ。
メンバーを取り仕切るチーフがまだ不在の中、年長でジャスラでのキャリアもある佐山さんがとりあえずのまとめ役(まとめといっても仕事じゃなく、事務所の体勢作り……うーん、はっきり言うと、各種機器搬入や事務用品、その他もろもろの管理を仕切る役目、要は雑用係といってもいい)を半ばいやいやながらも買って出てくれた。
そのサポートとして佐山さんと面識のあった田村さんが付いてくれたおかげで、結晶研の体裁はようやく整ってきたと言うところだった。
若手がばかりのこの結晶研の中でも年長である二人に面倒を押し付けたようで申し訳ない気もした。
とは言っても最年長の佐山さんでも三十を越えたばかりで、女性の田村さんは二十八、僕、佐藤が二十五、同期の岡田が同じく二十五で、問題児のもう一人の女性、鈴宮にいたっては二十二歳でジャスラ全体の中でも最若手に入る年齢でしかないんだけどね。
そんな中、突然新任のチーフを連れて来るという連絡が神坂さんから入った訳で、佐山さんと田村さんはそりゃもう慌てふためいたわけだ。
オーナーである神坂家の人間である神坂摩耶さん。彼女もまたジャスラの医療部門で働いていたはずだけど、今回この部署を新設するにあたり新任チーフ共々ここへ編入となったらしい。
そして問題のその新任チーフ。
「きゃー、なにこの子~、めちゃくちゃ可愛いー!」
「ふぇ? ふみゃーーーーー!」
名前を言い終わった途端、飛び出してきた問題児、鈴宮に抱きすくめられ……、
「ちょ、ちょっと、な、なに? なんなの? あっ、ふあっ、もががっ」
激しく揉みくちゃにされながら、余りに急な出来事に戸惑いの声というか悲鳴に近い声を上げている。か、可哀想に、さぞやビックリしただろう……。
だけどそれはこちらも同様だ。
「ぐふふふぅ、もう最高! ああ、なんて完璧な美幼女! ああ、神様。私を結晶研に入れてくださって感謝しますっ」
そんなお間抜けなセリフを吐いてる鈴宮はともかく、チーフと紹介され……現在、絶賛鈴宮のおもちゃにされている人物――は、なんともはや、ちょっと想定外にすぎた。
小学生くらいの女の子にしか見えない、鈴宮の嗜好にジャストミート(つうかこの状況なんだから今更だろうけど)なその姿――。
日本人とは思えない、まばゆいばかりの銀髪をツインテールにし、その髪がなびく頭には細身で滑らかなクローム調のヘッドフォンをつけている。そんな頭にはひと時も同じ表情に留まることのない、なんとも可愛らしい顔が造形されていて美の女神もかくやと言ったところだ。
僕が決して言いすぎてない証拠というか……、彼女の顔はいい意味で特徴的にすぎる個性の持ち主で、絹の様に滑らかで真っ白な肌、およそ普通の人間ではありえなさそうな澄んだ赤い色をしたくりくりとした瞳、小さいながらすっと伸びツンと突き出た可愛らしい鼻、その下には桜色をしたふっくらとした小ぶりな唇があり、今も戸惑いの言葉を可愛らしい声で奏でてる。
体はやはり小学生、しかも低学年くらいの身長でしかなく、体つきもまだまだ女性というより女の子といった感じなわけで、これ以上はあえて言わないでおくよ、本人のためにもね。
とまぁ、そんな感じの小さな小さな女の子なのであって、いくら今日、新任チーフを連れて来ると聞いていたからといっても、にわかには信じがたく――。
目の前で鈴宮に弄られてる小さな女の子が僕らのチーフに就任するだなんて……、とても信じられるはずもなく――。
「う、うそだろ?」これが僕。
「マジっすか?」そしてこの軽いのが岡田。
と、唖然とした冒頭のシーンに繋がる訳である。
それにしても鈴宮……、
頼むからちょっとは自重しようよ。
*
建屋内の談話室っぽいところで俺が簡単に自己紹介を終えると、一人の若い女がすごい勢いでもって俺に突進してきた。
歳の頃はまだ二十代になったばかりって感じで、茶髪のショートボブにちょっとめずらしいアンダーリムの眼鏡をかけてて、それが可愛いい系の小顔にバッチリ似合ってる。更には笑うと口角がきゅっと上がり、俗に言うアヒル口の出来上がり。これはこれで可愛さアップ間違いなしで、薄めのメイクと合わせていかにも今時のちょっと軽いノリの女の子って感じだ。
で、そんなお姉ちゃんが俺の目の前まで一気につめ寄って来たかと思うと、あっという間に俺を抱きすくめ、そりゃもうやりたい放題し放題。撫でられ、さすられ、ぐりぐりされ……俺はもう情けない声と共に、なすがまま状態だ。
「た、助けて……、摩耶姉さ……ん」
俺がなんとか絞り出すようにして発した言葉も、そのお姉ちゃんの勢いの前に永遠とも思えるくらいの間、叶えられることもなく、摩耶姉さんも笑って見てるだけ――。くぅ、ひどい。
結局周りの大人たち、要はみんな俺の部下になる連中なんだが……、そいつらがその暴走お姉ちゃんを寄ってたかって取り押さえてくれて、ようやく俺は解放された。ったく、もっと早くそうしてくれ……、俺のHPはもうゼロだ。
それにしてもだ、俺を可愛がりにくる女は摩耶姉さんを筆頭にいままでも結構いたけど……、ここまでひどいのは初めてで、マジ死ぬかと思った。
だから俺は引き離された……、さっきまで俺にくらいついて離れなかった姉ちゃんを恨みを込めて思いっきり睨んでやった。
「あはーんっ、睨んだお顔もなんだか小動物みたいで、か、か~わい~!」
ぎゃ、逆効果……かよ。
つ、疲れる。
「こらっ、鈴宮。おまえもういい加減にしろよな?
こ、この子……、いやこの方……は、私たち結晶研のチーフなんだぞ! わきまえろよ。
それに摩耶様を前にしてなんだっ! だらしない。
ふざけるにも程があるだろう」
最初に俺たちの前に現れた背の高い男が結構な剣幕でお姉ちゃんを注意した。なるほど、このお姉ちゃんの名前は鈴宮っていうのか。なるほど……な。
よーく覚えておくぜ、ちくしょうめ。
「えー! う、うっそー。この子が? チーフ?
じょーだん。笑えない~!
佐山さん、ウソつくにしてもさぁ、もうちょっとばれにくいウソつこうよ。さすがにこれは私でもわかるって。
ばればれじゃーん」
お姉ちゃん、いや、"暴走列車"鈴宮は、せーたか男、佐山って言ってたな……の言葉を全く信じず、眼鏡越しに疑いの眼差し向けている。
ダメだこりゃ、せーたか佐山の言葉、全然堪えてないし。そもそも信じてもらってもいない。
ったく、信用ねーのな、佐山。
つか仕方ないか。
チーフっていうのが何しろ子供だもんな……、信じられないのも当然か。
「おまえ私の話、全然聞いてなかっただろ? 信じる信じないもない。この方が私たちの上司、チーフになるんだからいい加減、認めてくれ。頼むわっ」
背中をぐっと曲げ、背の低い鈴宮に視線を合わせながら、拝むようなポーズをとってそう言い放った佐山。
おーおー、体裁もくそもなくついに拝み倒しにかかった。
ちょっとカッコ悪いぞ、佐山。
「鈴宮さん?
佐山さんの言う通り……、この方、神坂カナンさんが私たちのチーフなのよ。
理解して――もらえない?」
情けないせーたか佐山に代わってまたもさっき同様、せーたか女のほうがしゃしゃり出て来た。うう、この女、なんだか妙な迫力っていうかプレッシャーがあるんだよな。
「(げっ、田村だ。うぜぇ)はーい、わかりました。この子が私の上司、チーフなんですね。
了解です!
全身全霊をもって、チーフに付いて行きまーす!」
敬礼の真似事をしながらあっさり了承した鈴宮。せーたかお姉ちゃん、田村さん……の、言うことは素直に聞いちゃうわけね。くくっ、なんだかこいつらの力関係がすすけて見えて来たぞ。
鈴宮の豹変ぶりにがっくりうな垂れてる佐山。
それを慰めにくる残りのメンバーである男二人。(この二人は空気だったな、うん。こりゃあ、また後で自己紹介やり直しだな……)
舌をペロッと出しながら田村のご機嫌を伺ってる鈴宮。
俺、こいつら相手に上手くやっていけるのかな?
ちょっと自信無くなって来た。いや、まぁ別にいいんだけどさ……。
さっきの轍を踏まないよう遠巻きに個性的な五人を見つつ、そんなことを考えてると俺の頭にポンと何かが乗せられた。この感覚、確認するまでもない。
「ふふっ、なんだか大変ね。でもきっと大丈夫よ。私だって付いてるしね」
姉さんのそんな励ましの言葉に、俺は逆に……確認の言葉を返す。
「姉さん、私なんかについて、ずっといた医療部隊抜けて……ほんとに良かったの? 今ならまだ間に合うよ。私なら一人で大丈夫だから、戻ってもいいんだよ?」
俺のその言葉に姉さんの頭を撫でる力が強くなる。
「何言ってるのよ。カナン一人でこんなむさ苦しいところにほっぽり出せるわけないじゃない。
だから、カナンは余計な心配しないで自分のやりたいことすればいいのよ、ね!」
姉さんの力強い言葉。
「う、うん……、わかった」
最後に一際強くポーンと俺の頭を叩くと、姉さんは笑顔を浮かべつつまだ揉めてる結晶研メンバーの元へと向かっていった。
俺はそれを見送りながらも、どこか温かい気持ちに包まれていた。
元おっさん、四十男だった俺――。
でも今は華奢で弱っちい小さな女の子。銀髪赤目で、しかも変な能力を持つ怪しい子供だ。
けど、摩耶姉さんはそんな俺を大事にしてくれる。大切にしてくれる。
俺もそんな摩耶姉さんのことは大好きだ。(LIKEの方だぞ、LOVEじゃないぞ)
まぁ、色々困ったこともしてくれる姉さんだけど。それも含めて……、最近なんだか家族って感じがすごくする。一年近くを共に生活し、俺も相当姉さんに感化されちまったみたいだ。
でもそれもいいかもな。なんだかんだ言って俺は今のこの生活、この関係を楽しんでる自覚あるし。小さくて華奢なこの体は色々大変だし、周りに面倒くさいやつがやたら寄って来ちまうけど……、それもまた面白いしな。
せっかくもらった新しい人生なんだ。
不安なことも多々あるけど……それはそれ。楽しまなきゃ損だよな。
――よし、がんばろう!
俺はそう心に決めると、摩耶姉さん、そして新たな仲間である五人の元へ――、
ゆっくり歩みを進めた。
それにしても鈴宮。
あいつは、あいつだけは要注意だ!




