17 深まる謎とエニグマの真実
「ん、んん……」
なんかちょっと硬い……。
いつもとベッドの感触がちが……、
あ、あれ?
ここって……、
「んふっ……」
寝返りを打ち、ふと目の前の様子を見つめる。
「……!」
お、俺の部屋じゃない――。
ど、どこ、ここ。
俺はまだまだ覚束ない思考ながら、今寝ている場所が自分の部屋ではないことに気付くと急速に頭がはっきりしだした。
そしてまずは赤いガラス玉みたいな目ん玉をきょろきょろとさせ、辺りの様子を更に窺う。
何とも味気ない、飾り気のない部屋だ。そう、まるで以前入ってた医療施設みたい……な。
医療……施設。
つ、つうか!
まさにそのものじゃないのか?
俺は横になったまま、そんな結論を導き出してたらドアの開く音が聞こえた。
「カナン、目が覚めた?」
摩耶姉さんだった。
知らず知らずのうちに入っていた体の力がすっと抜ける。いつの間にか相当緊張してたみたいだな俺。そんなことを感じつつ、中に入って来た姉さんの姿を目で追った。
「カナンちゃん、あなたまる一日眠りっぱなしだったのよ? 余り心配させないで」
「ふぇ? そ、そんなに? 俺、そんなに眠っちゃってたの?」
しまった。つい素に戻って俺って言っちまった。また叱られる。
俺は言ってからそう思い、恐る恐る摩耶姉さんの表情を窺う。
「もう、そんないたずらが見つかった小さい子みたいな顔しないで。こんな時にまで怒ったりなんかしないわ。それに……解ってるみたいだしね」
そう言いながら姉さんは手を伸ばしてきたかと思うと、当然のごとく俺の頭を撫でだした。優しい手つきだった。
気持ちいいーなーこれ……。
……はっ、じゃなくっ!
「も、もう姉さん。お、私、子供じゃないんだから、頭撫でないでよー。っていうか、あれからどうなったのか説明して!」
あぶねぇ、危うく流されそうになった。何にかわかんねぇけど……、流されそうだった。
「な、なによぉ、気持ちよさそうな顔してたのに。可愛らしい表情してたわよぉ? カナンちゃん」
頬を膨らませてそんな愚痴とも言えないことを俺に言う摩耶姉さん。美人がそれするとたまらない魅力がある。けどさ姉さん、幾つだよ……まったく。
「わ、わかったから、ごめんって。でも仕方ないじゃん、眠かったんだから。もういいから続き、続き!」
いつまでたっても始まらないから、さっさと先を促す俺。
「ふーん……、ま、いいわ。あの後ね、ふふ、あの後かー」
なんだよもったいぶって。早く言ってくれつーの。俺はイライラしてふてくされた表情を浮かべそうになる。そんな俺を見てようやく摩耶姉さんは話を始めだした。
「そう、カナンちゃんね、まるでスイッチが切れたみたいに眠ってしまったってことなのよね。せっかく私がヘリまで出して颯爽とお迎えに行ってあげたのに。
でもね、現場付いたら驚いちゃったなー。カナンちゃんったら、あどけない寝顔で山崎にお姫様だっこなんかされちゃってるんだもの。ほんっと、可愛らしいったらなかったわよ? 思わずほっぺツンツンしちゃったくらいだもの。山崎ったら役得だったわよねー」
「なっ、う、ウソだろー?」
思わず大きな声で叫んでしまう俺。(そんな声も女の子の可愛らしい声だから何ともいたたまれねー)
ま、マジかよ。お、俺が、この俺がお姫様だっこ? 40越だった元男の、この俺が?
ううっ、恥ずい、恥ずすぎる!
あまりの恥ずかしさとみっともなさで自分の顔が一瞬で真っ赤になったことを自覚する。
「ううっ、そ、そ、そんなこと、そんなことは言わなくていいから! むしろ忘れて。そっこー忘れて! で、も、もっと大事なこと早く教えてよ。ほ、ほら、襲ってきたやつのことっ!!」
俺はもう早く話を逸らしたくて、慌てて先を促す。
「もうアタフタしちゃって……ほんと、カナンちゃん可愛い!
そう言えばあの時してたツインテールもとっても良く似合ってたわ。その姿が余りにも可愛らしかったから、今だってツインテールにしてあげてるくらいなんだもの。……三島翔子ちゃんだったかしら? 彼女なかなか見どころあるわ、カナンちゃんの可愛らしー魅力を更に引き立ててくれたんだもの。三島コンツェルンとはこれからいい付き合い出来そうな気がするわー」
ぐむぅ、俺の言うことは無視ですか、そうですか。つか何で摩耶姉がそんなことまで知って……。
って、そうか、そうだったな。……ヘッドフォンか? ヘッドフォンなのかー!
俺は発作的にがばっと跳ね起きるや、しっかり枕元に置いてあったヘッドフォンをむんずと掴み、腕を振り上げ床に叩きつけようとした。
「ちょ、ちょっとカナンちゃん、いきなり何をっ?」
摩耶姉さんがそんな俺を後ろから素早く羽交い絞めにし、俺はあえなくその行為を中断させられた。
ちっ、残念……。
それにしても摩耶姉、密着しすぎなんじゃないか……って、おい、どこ触ってるんだよ! もういい加減にしてくれー。
俺は顔を上げ、またも赤くなった顔で恨みがましい目で摩耶姉さんを見つめる。そりゃもう真剣に見つめてやった。
「ううっ、か、カナン……ちゃん? ご、ごめんなさい。ちょっと――、調子に乗りすぎちゃったかなー、なんて。……てへっ」
あ、いい年した女がてへぺろしやがった。俺はもう無表情になったね、ああ、なったさ。
そ、それが許されるのは高校生までだー!(今決めた。たった今、この俺がそう決めた!)
この後俺はもう盛大に拗ねた。拗ねまくった。そりゃもう徹底的に拗ねてやった!
そんなこんなで、俺があの襲撃事件の話を聞き終えたのは二時間も後のことで、俺は再び寝込むことになった――。
結局、襲ってきた二体の獣、熊男と双頭狼がどこからやってきたかは掴めなかった。
けど――。
ありゃあどう考えたってあれだ。
例の鉱石がらみに決まってる……わけで。
あんな非現実的な生き物……熊男に双頭の狼だなんて、もろ俺がこうなった原因と同一の要因から生み出されたとしか考えられない。と言うかそれしかない。
それにしてもあの二体はきっちり完成された生き物に見えた。少なくとも例の事故で死んでしまった――俺の部下たちのような不完全なものでは全くなかった。一体どこのどいつがあいつらを創り出しやがったんだ?
色々隠してそうな摩耶姉を不審に思い問い詰めたら案の定……、あの鉱石、俺の研究施設から無くなってたとか簡単に言いやがるし。
ったく、なにしてるんだよ。
まぁそれに関しては俺もすっかりそのことについて失念してたのもいけないんだが。(俺自身のことでいっぱいいっぱいだったんだ、勘弁して欲しい)
しかも信じられないことに施設を使われた形跡まであるとか。
おいおい、そりゃどう考えても誰かがあの現象を再現しようとしたとしか思えんだろ。
――あの二体、元は人間だったのかな? いや動物を使ったってことも考えられるか。……でも妙に人間くさいところ、あった気がするし。
ああくそ、胸糞悪い! イライラする。
それにしてもだ。
施設が使われたっていってもただの一度きり。その後は関係者以外の立ち入り以外は決して出来ないように警備を厳重にしたって話だし。(初めからそうしとけって話なんだが)
そもそも再現目的というより、施設の機器調査が目的だった可能性の方が高いか? 動作させたのは手間賃がわりかよ。
要の鉱石は紛失し、機器の種類やスペックも調べられた。
後は別の場所でじっくり確認すればいい……ってか。
確認って何をどうすんだよ?
実験――、
人体実験かよ?
何にせよ、あの事件で起きたあの現象、ああいうこと欲する奴らが居るってことだ。
まじ胸糞悪い、気持ち悪い……ぜ。
俺は体中から血の気が引いていくのを感じた。頭がくらくらする。
実際顔色もすごく悪くなってきたようで、摩耶姉さんに横になれってすっごく心配されてしまった訳で。
つか、もう体を起こしてることすら辛かった。
色んな意味で――。
更にわかったことがある。(当然、俺が寝てる間にここで調べたらしい。ったく、いつも俺の知らない間にことが済んでて、マジいまいましい)
俺の能力についてだ。しかも良くない方向で……だ。
俺は今まであの力を使うと少なからず体力を奪われ、眠気に襲われていた。
しかしまぁ、あんな訳の分からん力を使うんだ、疲れるのも当然だろう……なんて軽く考えてた。それに軽く使うくらいなら大して疲れる訳でもなかったし。
けど違った。
それにはきっちりとした理由があったのだ。さっき摩耶姉さんから聞かされてはっきりした。
道理でやたらベタベタして、何やかや茶化して……、なかなか話そうとしなかったはずだ。
俺のあの力は命を削って造られてる力だった。
――いや、命を削るって言うのはさすがに語弊がある……か。
解りやすく言えばこうなる。
エレメンタルルールは血を以て為されている。
エニグマは俺の血を喰らい、それをもって元素を弄る源としている。
臓器には血が巡ってるじゃないかって? 確かにそうだ。それに関してはエニグマも他の臓器と同じだ。血が巡ってる。
けどエニグマは違う。決定的に。
エニグマとして機能する箇所に受け入れられた血が再び体へと戻されることはない。力の行使に用いられるからだ。そう……、例えば一方通行の心臓と言えばわかりやすいかもしれない。心臓と違うのは血を受け入れたっきり排出されることがないということだ……。
強い力を用いようとすれば……当然、それだけ血が必要になるということに他ならない。
疲れたり眠くなったりするのも道理だ。
力を使えば使う程、血を消費、まさに消費してしまっているのだから――。
幸いなことに今のところ貧血を起こすまでには至ってはいないが……。
まだ向こうにいた頃、ラボでの実験時はそもそも体力が全くなかったから簡単なことしかしなかった。昨日みたいな派手なことをしたのも実を言うと初めてだった。
もちろん化け物とはいえ、命を奪ったことも――。
これ、使い続けてたら俺どうなるんだ?
もし俺の、俺の体が賄えないほど血が必要な、そんな強い力を欲し、使ってしまったら?
俺はその事実に愕然とし、頭が真っ白になった。
血の気が更に引き、体が震える。最近こんなのばっかだ――。
ショックで脱力し横になった俺の手を摩耶姉さんがぎゅっと握りしめてくれた。姉さんの体温が温かい。俺も弱々しくはあるものの、ぎゅっと握り返した。冷え切った体に温もりが欲しかった。
「カナンちゃん。もうあの力使うのは禁止。ラボでの実験もやめましょう――、ね?」
摩耶姉さんがほんの少し前のノリが嘘のように真剣な表情と言葉でそう言った。
俺はただ黙って頷いた。
姉さんは俺の銀髪を撫でつけるように優しく撫でてくれた。俺は気持ちよくてつい目を細める。
そしてそれはずっと……、
俺が再び眠りに落ちるまでずっと……、
ずっと優しく撫で続けてくれて居た――。
今回ちょっと鬱でした。
次回はきっと大丈夫……かな?




