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第七話・「……怒るときは怒るんですよ」

「国方は相変わらずの葉山至上主義なのね」


 剣の切っ先を突きつけるような鋭い声が、和臣を背中から斬りつけた。軍靴のような甲高い足音と、廊下に通る鋭い声質を持つ声の主は、まるで将官クラスの威圧感を感じさせる。


「風紀委員の狼さんが僕に何か御用でしょうか。申し訳ありませんが、本日の部活動は終了致しました。入部申し込みでしたら、後日また日を改めていただけませんか?」

「面白くもない冗談を言うのね」

「よく言われます」


 背後を振り返った和臣。そこにいたのは、一度見たら忘れられない印象を称えた一人の凛然とした少女であった。栗色の髪を後ろで一つにまとめ上げ、前髪は目にかかるほどに長い。長いまつげと、細く整えられた眉は刃物を想像させ、それが一層、強気で鋭い目を引き立てている。一見すれば美少女ではあるが、本質として横たわっているのは、他を寄せ付けない冷酷さと、怜悧さだ。態度や言葉づかいにもそれは存分に現れている。藍子が機械的な冷たさだとすれば、この少女は人間的な冷たさであろう。


「でも、冗談は時と場合、何より人を選んだ方が良いわね。世の中には冗談で済まされないことが多々あるから」

「七海さん、僕に何か――」

「六條よ。六條と呼びなさい。私を気安く下の名前で呼ばないで」


 頭一つ違う和臣を見上げながらも、態度は明らかに見下す者の視線。


「それは失礼しました。……では、改めまして六條さん、僕に何か御用でしょうか」

「ええ、単刀直入に言うわ。映画研究会なんて辞めて、風紀委員会に入りなさい。ここはあなたのいるべき場所ではないわ。あなたは極めて優秀な人間なのだから」


 命令口調が廊下を反響する。


「六條さんのように、ですか?」

「そうね」


 優秀な人間であることに迷いはないのだろう。あるいは自負があるのだろう。すんなりと肯定の言葉が唇からまろびでる。


「お誘いはありがたいのですが、僕はすでにこの部活に籍を置いておりますので」

「形だけの映画研究会に何の意味があるのかしら? 活動報告の際に慌てて活動しているふりを見せるだけの堕落した部活。田中君のような優秀な人間がするようなことではないわ。怠惰無為に時間を浪費していくだけの非生産的な活動……本当にナンセンスね。早々に廃部にしたほうが学園のためだわ」


 挑発的な目。目つきが悪いとも言えた。

 左手を腰に当てて、顎をしゃくるようにまくし立てる六條。和臣は疲れたように右手で顔を覆いながら、少し困った風にため息を吐く。しかし、顔を覆った右手、その人差し指と中指の間からのぞく目は、誠一郎に見せる普段の和臣とは明らかに違っていた。


「六條さん、僕は一応理性的で通っておりますが……怒るときは怒るんですよ」


 いつしか夕闇が廊下に帳を下ろし始める。夜にさしかかろうとする廊下には、和臣と六條以外、誰の姿もない。ロマンチックとはかけ離れたぴりぴりした空気が、二人の間で鍔迫り合う。


「ああ、そうだったわね。この部活にはアイツがいるんだったわね。感情のない人形女が――」


 衝撃が、廊下の窓を揺らした。

 和臣の左手が六條の耳朶のすぐ側を貫き、木造の壁にひびを入れていた。和臣の手が壁にわずかにめり込み、砕けた破片がぱらぱらと六條の制服の左肩に降り積もる。耳をつんざく音にもかかわらず、六條は涼しい顔で和臣の視線を受け止め続ける。


「田中君……他の生徒に見られたら勘違いされるわよ」


 確かに、写真でもってこの状況を切り取れば、壁に女性を追い込んでいる強引な男……そんな構図とすることも出来ただろう。が、写真ではない現実の中においては物騒な表現ばかりがつきまとう構図でしかなかった。


「いえ、六條さんの肩に目障りな蚊がいただけですよ」

「そう、ありがとう」


 明らかに作り笑いとも言える和臣の笑顔には興味も示さず、六條が肩に積もった破片を払う。


「いえいえ、どう致しまして。最近多いのですよ。僕も近頃周りに蚊が多くて悩まされていますから」

「気をつけた方が良いわよ。近頃の蚊はしつこいから。いつの間にか血が吸い尽くされていた、なんてことにならないようにね」

「蚊取り線香でも焚きましょうか」


 和臣が皮肉すらこもった冗談を放つが六條は相手にしなかった。


「国方に言っておきなさい。私は決して許さないと」

「? どういう意味です?」

「郵便配達員が運ぶ荷物のことに頭を回すとろくなことにならないわよ。その荷物が危険ならば危険なほど……ね」

「そうですか。では、危険な荷物を配達しないよう配達の際は肝に銘じておきますよ」

「ふざけた男」


 吐き捨てて、髪を揺らしながら遠ざかっていく。背筋の伸びた後ろ姿、迷いのない歩調は、百メートル先からでも六條だと判別できるほど印象的な歩き姿だった。和臣はもうひとつ大きなため息を吐く。


「僕もまだまだ未熟のようです。しかしながら――」


 ぴりぴりと痛む手をぶらぶらさせながら、鞄を肩に提げ直す。


「――僕には彼女のどこが良いのか分かりかねますよ、誠一郎君」


連続更新ですね。シリアスっぽい感じは個人的には書きやすいです。

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