閑話休題・第六話「誠一郎液専用」
プレイヤー達がビルの屋上へとたどり着き、無線でヘリに助けを求める。
艱難辛苦を乗り越え、ついにつかみかけた脱出への切符。その切符を確実に履行させるためにも、ゾンビによる波状攻撃から最後まで身を守らなくてはいけない。
ヘリがビルの屋上にたどり着くまでの数分間が、永遠にも感じられてしまう。
「これが最後」
「ああ、ここで最後だ」
「頑張る」
藍子が道中で手に入れたアサルトライフルM16A3をリロードさせる。ゲーム中では安定した性能が魅力で、サブマシンガンの上位武器にあたる。
一方の誠一郎は威力が高く、連射も可能なベネリM4 Super 90ショットガンである。近距離では無類の強さを発揮するが、ショットガンだけに中遠距離は苦手。また、連射が可能なために弾切れが早く、弾込めの時間もあるので注意が必要な武器である。
「気を抜くなよ、最後だけあってゾンビとか特殊感染者も連続して襲ってくるぞ」
特殊感染者とは通常のゾンビとは違い、特殊能力を秘めたゾンビのことである。ゲロを吐いて視界をふさいでくるブーマー、長い舌でプレイヤーを絡め取るスモーカー、飛びかかって爪で攻撃してくるハンター。大量に襲ってくるわけではないが、どれも一筋縄ではいかない難敵である。
「あの大きいのもくるの」
「ああ、来るぞ」
「あの大きくてたくましくて堅くて太いものを持った敵。あんなモノ、受け止めきれない」
「受け止める必要はない、逃げながら戦え。ちなみに大きくてたくましくて堅くて太いものを持った敵には、ちゃんとした固有名詞があるからな。タンク、っていう固有名詞が」
「でも、わたしは受け止める。誠一郎のタンクなら」
「早速使い方間違ってるからな!」
「誠一郎、次射装填急いで。まだわたしという誠一郎液専用タンクには余裕がある」
「液……タンク……。今の発言、女性として最低だな。理解できてしまった俺も最低なんだろうが……」
そんな下ネタを交えつつ、ゲームが佳境に突入する。
ヘリコプターが到着し、プレイヤー達が必死にそこに駆け込もうとする。それを遮るようにゾンビと特殊感染者、さらには地響きと共にタンクが襲来する。その豪腕で殴られれば、大ダメージに加え、軽々と吹き飛ばされてしまう。ビルの上なので、外に吹き飛ばされでもしたら即死である。
往年のゲームにありがちな、ラストでの敵のオールスター総出演に、興奮が洪水となって押し寄せる。
「必ず生き残るぞ!」
「生きて故郷に帰ったら、誠一郎と添い遂げるの」
「……藍子、お前死ぬような気がするぞ」
スモーカーにがんじがらめにされている藍子を助けながら苦笑いする。
そのとき、誠一郎のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。
菅野よう子作曲のTank!という曲。イントロが印象的で、オープニングに使われたカウボーイビバップというアニメも放映終了してすでに十年以上経った。というのに未だに様々な番組で流される名曲中の名曲である。
「誠一郎、電話」
「仕方がないな……ちょっと待ってくれ」
最後の激闘に水を差すように鳴り響いた着信音。ゲームを一時停止する。
あれほどまでに激しい戦闘の音が鳴り響いていたのに、一瞬で訪れる静寂。
興ざめという言葉を一番理解できるシチュエーションの完成である。
誠一郎がポケットから取り出した画面をのぞき見れば、ゲームの興奮なんてまるでなかったかのように顔がこわばっていた。
「誠一郎……」
様子がおかしいことに気がついた藍子が、誠一郎の手元をのぞき込もうとする。
「……あ、いや、なんでもない。ちょっと電話出てくる」
その藍子から携帯電話を隠すようにして誠一郎は部屋を出て行く。
玄関の外に出た誠一郎は、未だ鳴り止まぬ携帯電話の画面を見る。
そこに表示されていた名前――
六條七海。
誠一郎は知らず息を飲み込んでいた。