第四話・「俺が勃起するために」
「そんなまさか……!」
端から見たら夫婦漫才とも取られかねない誠一郎と藍子の凸凹なやりとりの隣。
「僕達の絆を紡ぐこの場所が……!」
両手を震わせる和臣が、歯をがちがちとならすほどに身体をわななかせていた。
「そんな卑猥な名前の活動団体に…………素晴らしい」
狂気の発明をした発明家が、自らの恐ろしさに身震いするようにぶつぶつと言葉を漏らす。
「そう、そうなのですね。要はこういうことなのですね」
校内の女子達が見たらゾクリとしてしまうほどの確信に満ちた目。
「陰茎の内部には、三つの海綿体が通っています。左右一対の陰茎海綿体と、その下側にある尿道海綿体の、計三本です。尿道海綿体は中に尿道が通っていることでも知られ、性的興奮やその他の生理現象により、静脈洞への血流が多くなると、海綿体は血液で満たされて膨張して硬くなります。これにより、陰茎全体も膨張して硬く変化する……これが勃起のメカニズム!」
額から滑り落ちた汗が和臣の美顔をなぞり、顎へ到達。狂気に引かれた和臣と同様、重力に引かれて床に落ちていく。
「誠一郎君、藍子さん、つまり、勃起部とはこう例えられるのですよ。三つの海綿体、そのうち二つ陰茎海綿体は僕と藍子さん、そして尿道海綿体は誠一郎君。三人が一つの束となり、一つの強大な勃起を作り上げるのです。三人が、膨張して硬く、より雄々しく巨大に! かの武将毛利元就は三人の息子を枕元に呼び寄せ、言ったそうです。一本では脆い矢も、三本束になれば頑丈になると。毛利兄弟の結束を強く訴えかけた逸話です。……同じですよ。海綿体だって同じなのです。三人が束になればきっと……きっと最高の勃起が出来るはずです! そそり立てるはずです!」
「……和臣、暑苦しい」
ぼそりと小声の文句を言い、藍子は誠一郎の腕にそっと自らの腕を絡める。さりげなく胸の感触を誠一郎に味わって欲しいとさらなる接近を試みる。
「なぜに近付く」
「誠一郎、クールだから」
顔を押し返される藍子。しかし、身体はしっかりと誠一郎にしがみついている。誠一郎はタコの吸盤に体中を蹂躙されているようなイメージが頭をよぎった。
「捻りが足りない、五十点」
「……誠一郎、冷たい」
「五十点、合わせ技一本って所か」
「……。また誉められた。今日は、良い日。今日は、良い日」
耳をほのかに赤くしながら、なにやら指折り数える藍子。額をぴたっと誠一郎の二の腕につけてぐりぐりと髪の毛を押しつけてきている。それはまるで、太陽の光をたっぷりと浴びた布団に顔を埋める瞬間の至福に似ていて、顔色は平板ながらもとても気持ちよさそうだった。なんとなく突っぱねるのも悪くなってしまって、誠一郎は渋々藍子に腕を貸すことにする。
昔から、藍子には最後の最後で甘いのが誠一郎なのであった。そういうとき、大概胸の奥がくすぐったくなるのも昔と変わらない。
「そうまでして、そこまで考えて……誠一郎君、あなたは素晴らしすぎます」
くすぐったいのは藍子の行為だけではなかった。
和臣による手放しの称賛に、誠一郎は頬をポリポリとかく。
「そ、そんなにか?」
「ええ、そんなにです。世界中を探しても勃起部なんて部活動は存在しないでしょう。なんというアバンギャルド。しかし、世間は僕たちを認めてはくれないでしょうね……」
「勃起だから」
静かに藍子は核心を突く。世界中が同意したくなる、もっともな理由である。
「いいえ、それだけではないのです。世界はいつだってそうでした。時代の先を行こうとする者は、そのあまりの革命的発想から大衆に受け入れられず、排斥される運命にありました。僕たちも例外ではないかもしれません。革命はいつだって過激。身に溜まった毒を全て吐き出すところから始まります。そういった産みの苦しみを味わってこそ、変革を感じることが出来る」
和臣は、開け放った窓の外をしみじみと眺める。その細められた眼差しの行く先にあるのは、歴史の中に葬り去られてきた名も無き英雄達の無念であろうか。
「リング上の殺虫剤、DDT(Dichloro Diphenyl Trichloroethane)……その技を使いプロレスのリング上で数多くの猛者を撃ち倒してきた男が、二〇〇五年に突然この世を去りました」
神々しいまでの太陽光に包まれる和臣。誠一郎はそのとき、彼の額には白く長い鉢巻きがされているように見えた。目をこすった直後に、そのはちまきは跡形もなく消え去っていた。
「破壊王と呼ばれた彼は言いました。『破壊なくして創造はなし、悪しき古きが滅せねば誕生もなし、時代を開く勇者たれ』……と。彼もまた僕たち同様、強い絆で結ばれ闘魂三銃士と呼ばれていました。そして今、僕たちは映研という安寧を破壊し、勃起部を作り上げ、時代を開く勇者となった。誠一郎君、藍子さん、僕たち三人はいわば勇者とそのパーティなのです。勇者は紛れもなく誠一郎君、あなたです。そして、藍子さんと僕はその勇者に遣える――性奴隷」
「……オイ」
口の端をひくつかせる誠一郎。
「僕はその勇者の剛直な剣を受ける盾になりましょう!」
和臣は歌劇団も驚嘆するほどの笑顔と神々しい光りを背中に背負ったまま、最高の笑顔を作る。
「そしてわたしはその勇者の極太な剣を入れる鞘になる」
瞬間的に腕から離れた藍子が和臣の隣でこれまた歌劇団もうらやむクールな立ち姿を決める。劇ならば大団円だっただろう……が。
「誰が受けて入れるか!」
破壊王もびっくりのチョップが二人の部員の頂点に落とされた。
「何をおっしゃいます! 誠一郎君の剣はなまくらですか!」
「和臣、和臣」
目尻に涙を浮かべている和臣の袖を引く藍子。
「どうしました藍子さん」
「誠一郎の、今はなまくら」
「! おっと、これは失礼。なに些細なことですよ。ああ、今日も外は良い天気です」
「うん、些細。今日も外は良い天気」
突然気まずく視線をそらして、二人で空を見上げ始めた。
「何二人で残念そうな顔をしやがる! なんか俺が傷ついてるみたいな感じになったじゃねぇか!」
「大丈夫、いざとなればわたしが勇者様の剣をしこしこ磨いてあげる」
「しこしこで剣が磨けるか! 磨くならごしごしだ!」
「分かった強めにしごく」
筒を持つように指を曲げると、藍子がそのまま上下にピストン運動を始める。
「しご……その動きはやめなさい」
「分かったもっと早――」
「やめようね、藍子」
藍子の右手を取り、背中へと捻りあげて関節を締め上げる。誠一郎の非情なる関節技が藍子の首肯を導き出した。
「……誠一郎、わたしはもっと平和的な解決を望みたい」
「僕たちは絶つことの出来ない絆によって繋がれています!」
空気の読めない和臣の大声が、関節技を決める誠一郎と藍子にフロントから投げられるタオルの如く入り込む。
「その絆を武器に、僕たちは道無き道を前進するしかないのです。僕たちの作った轍を、後継者が道しるべとするために」
この台詞だけを聞いたら、おそらくは失神する女子が幾人も現れたことだろう。誠一郎は思った。将来メジャーなミュージシャンになることを夢見る貧乏な彼氏を、ついついひもにしてしまう彼女の気持ちはこんな感じではないかと。
「――僕たちの正しさは、僕たちが証明するのではありません。後の歴史が僕たちの正しさを証明してくれるのです」
窓枠に手を置き、語りかけるように蒼穹を仰ぐ。和臣の後ろ髪がふわりと浮き、シャツが風でたなびく。和臣はいつだって何をやらせても馬鹿みたいに格好良い。
誠一郎は認識する。
部室に充満する熱さと夏の匂いが、和臣の額に浮かぶ熱意の汗と一緒になり、大きな奔流となってぶつけられた気がした。映研であった頃には一度たりとも無かった感情の高ぶりがそこにはある。親友の心強い言葉が、誠一郎の内なる心にわずかな火を灯す。
これならば勃起できるかも知れない。
誠一郎は反抗期を迎えた息子を見下ろし、会話を試みようとする。しかし、息子はぴくりともしない。口を閉ざしたまま、頑固(固くはないが)にそこにあるだけだ。
「……ところで、誠一郎君」
蒼穹に背を向けて、真面目な顔を誠一郎に向ける。
「この部活は一体何をするのです?」
「和臣、馬鹿?」
「そうですね、柄にもなく熱くなってしまいました」
ははは、と笑って和臣がぼけてみせる。
「ま、いいさ、それも含めて和臣だ」
和臣の胸を拳で小ずくと、ウインク。
「誠一郎君、僕は不意に溢れた青春の雫で前が見えません」
「はい、ハンカチ」
「あ、ありがとうございます」
藍子の差し出した猫柄のハンカチで、丁寧に目元を拭う和臣。
「勃起部の活動は簡単だ。目的は一つしかないからな」
人差し指を、二人の部員に示す。
「俺が勃起するために、この世の全てを性の対象とすることだ」
興味を持って下さった方、読んでくださった方、ありがとうございます。今回はこんな馬鹿みたいな小説を書いていますが、本来はもっとちゃんとしたものを書いています。本当です。その証拠に、『小説家になろう』に投稿されている他の小説は……っていう宣伝です。興味を持たれた方は是非、読んでくださると嬉しいです。「スクール・オブ・ザ・デッド」とか、「多重人格な彼女」とかがオススメです。評価、感想はもれなく作者の栄養になります。ではでは。