閑話休題・第五話「汚物は消毒」
「……ほら、冗談はいいからゲームやるぞ。サバイバルはもう始まってるんだからな。やらないなら俺がやるから見とけ」
誠一郎が少し突き放したようにいうと、藍子はコントローラーを渡さないとばかりに胸に抱く。
「わたしも一緒にプレイしたい。誠一郎とゾンビ倒すの」
「ふふん、そうこなくっちゃな。お、俺は退役軍人キャラか、藍子のは紅一点の女キャラみたいだな。ではでは……まずはそこにある武器を取るんだ。操作はやりながら覚えていけばいいか」
慣れている誠一郎はスタート地点に用意されている武器をさっさと選んでいく。ご丁寧に台の上に置いてあった武器は、イスラエル製のサブマシンガンUZIと、アメリカ製レミントンM870である。
誠一郎は迷わずショットガンを選択した。
「誠一郎の武器はポンプ式のショットガン。わたしもそれがいい」
「いいけど、このショットガンは慣れないうちは難しいぞ。遠距離の敵には駄目だし、一度一度ポンプアクションするからな。こんな感じで」
ゲーム画面のキャラクターがショットガンを壁に向けて打ち始める。派手な銃撃音のあとにガチャリとキャラクターがポンプアクションをし、ショットシェルが地面を転がる。それからまた射撃。それを三回、四回と繰り返す。一発一発の間にはコンマ数秒の間があった。
「な? 撃った後の隙が大きいんだ。藍子はおとなしくサブマシンガンにしとけ。威力はそれなりだけど、距離を問わず活躍できるし連射もできるからな、おすすめだ」
「うん、分かった。サブマシンガンにする」
素直に従った藍子がふらふらとした慣れないコントローラーさばきで銃を手に取った。ゲーム内のキャラクターは至ってサバイバルする気満々なのに、操作する側が不慣れなので動きが滑稽になる。それがとてもシュールだった。
「ではスタートだ。俺のそばを離れるなよ」
「……! スタートのはずなのにゴールした気分になった」
ほろ酔い気分のOLよろしく頬をピンク色にして身体を寄せてくる。
「言っておくが結婚はゴールじゃないぞ、スタートだ。二人三脚で、しかも途中から障害物競走に変わるらしい」
「それでもわたしは誠一郎がウエディングケーキに入刀してくれると信じてる」
「信じるのは勝手だけど、アメリカのことわざでこういうのがあるぞ。ウエディングケーキはこの世で最も危険な食べ物である、ってな」
「……」
してやったり顔の誠一郎を見ながら、藍子は無言でゲームのキャラクターを操作する。サブマシンガンを持った女キャラが誠一郎の操作するキャラに近づいていく。
「伊達政宗のことわざにこういうのがある。朝夕の食事はうまからずともほめて食うべし。誠一郎も器を磨くべき」
――バララララッ!
「ああっ! なぜ俺のキャラ撃った!?」
「手が滑った」
ゲーム内でも味方に撃たれたキャラが、誠一郎よろしく誤射を怒っている。
「この野郎……っ! 俺も危うく手が滑りそうだぜ……!」
歯ぎしりしながら無言無表情の藍子とにらみ合う。
「背中には気をつけろよ藍子……!」
「それはわたしのセリフ」
協力プレイが鍵であるゲームは前途多難であった。
誠一郎と藍子、そしてコンピューターが操作する二人、合計四人が各々異なった武器を取って、路地裏を進んでいく。おどろおどろしい音楽流れ始めると、路地裏の角から、二階の窓から、ゾンビが次々に襲いかかってきた。
「誠一郎、ゾンビきた」
「了解。落ち着いて狙って撃て。なるべく頭に当てるようにするといいぞ。ゾンビは昔から頭が弱点ってのが、相場で決まってるんだ。ジョージ・A・ロメロ監督がそう決めたからな」
「誠一郎、ロメロ監督のゾンビは走らない。でもこのゾンビは走ってる」
カチャカチャとコントローラーを操作しながらの会話。
画面では胴体にショットガンを受けたゾンビが派手に吹っ飛ばされていた。誠一郎のキャラが弾を撃ち尽くしリロード動作に入る。その隙を補うように藍子のサブマシンガンが迫り来るゾンビを足止めにする。なんだかんだ言って息が合い始めるのが藍子と誠一郎だった。
「確かにな。走るようになったのは現代ゾンビで、基本的にゾンビってのは走らないものだと、俺は思ってる。リメイク版のドーン・オブ・ザデッドとか、28時間後なんかのゾンビは、もろに疾走してるしな。アレはある意味で今までのゾンビの常識を覆す新しいゾンビの形として新鮮だった。でも、ロメロ党の俺としてはやっぱりゾンビは走らないで欲しいんだよな。知能で劣るゾンビが圧倒的な数がじわりじわりと押し寄せてくる……そんなゾンビがいいんだ。……そういえばロメロ監督はゾンビにも知能があって、だんだん進歩していくっていうのが最近の監督作品なんだっけ。ゾンビもやっぱり変わっていくんだよな……人と同じで」
誠一郎のキャラと藍子のキャラが互いに背中を預け、挟み撃ちにしてくるゾンビの大群を迎え撃つ。
「誠一郎」
「ん?」
「わたしは変わらない。わたしは誠一郎がゾンビになってもそばにいる。怖がったりしない。食べたいなら食べていい。脳みそでもなんでもあげる」
「藍子……。俺は……お前の言っている意味が分からない……!」
どさくさに紛れてとんでもないことを言われたが、誠一郎はやんわりと否定してあげた。
ゲームは序盤の盛り上がりを迎えていた。ゾンビと人間、のべつ幕なしの攻防が繰り広げられている。ゾンビに殴られて体力も半減、足を引きずり、移動速度が遅くなっているキャラクターも出始めている。回復キットを使って治癒させることも可能だが、キットは有限。数の暴力の前では風前の灯火でしかない。このままではじり貧だ。
そのとき、一進一退の攻防に変化が訪れる。
……それは人間側にとっては凶と出る変化であった。
「誠一郎。メタボなゾンビが出てきた」
「そいつはブーマーって言って――」
誠一郎の声は間に合わない。路地の角から突然現れた巨体が、大量の何かを吐き出した。
「……! 得体の知れない汁でわたしの身体が汚された。視界がふさがれて、体中がべとべと。得体の知れない汁がわたしの身体にぶっかけられた。視界がふさがれて。もう体中がべとべと」
「……わざわざ二回も言うことか? いちいち表現も変えてまで」
「表現を変えたところに気がつく。さすが誠一郎」
正確にはブーマーの吐き出した液体を浴びると、浴びた人間は視界をふさがれた上に、ゾンビが大量に押し寄せることになる。周囲を取り囲まれた藍子のキャラは、殴る蹴るの攻撃を受け、ついには地面に倒れ込んでしまった。女の子キャラの悲鳴が路地裏を反響する。
「女の子一人に対して、男が集団で暴行している光景。まさか、誠一郎はこれが見たかったの。わたしが集団に暴行されて、汚され、墜ちていく様をゲームに投影する。それをおかずにして誠一郎は悦楽の――……!」
ぶつぶつと変態的なことをつぶやく藍子の腹部に無言のひじうちを炸裂させながら、誠一郎はゲーム内では藍子のキャラクターを助ける。藍子のキャラクターは藍子の痛みを代弁するようにヘルプを叫び続けていた。
「ちなみに言っておくが、あの建物の屋上で煙をもくもく上げながらこそこそしているやつがスモーカーと言って、アイツは長い舌を伸ばしてキャラクターを縛って身動きをとれなくするやっかいな敵だ」
丁寧に解説する。
「見ろ、俺のキャラクターが縛り上げられて宙ぶらりんにされているだろ? こうなったら俺一人で脱出することができないんだ。……だからと言ってはなんだが、早く舌を切るなりスモーカー本体を倒すなりして助けてほしいんだが」
「スモーカーの空気の読めなさに失望している。そこはわたしを緊縛するべきところ」
「俺はお前の思考回路に失望しているよ!」
スモーカー本体を倒して誠一郎のキャラの拘束を解いた藍子に、突然、黒い影が迫った。
「……! 誠一郎、わたしのキャラが空から降ってきた非行少年によって路上レイプされてる、助けて」
「その二つの意味で非行(飛行)少年はハンターっていうゾンビの一種だ。しかしながら、お約束過ぎだな……」
路上で女の子のマウントポジションを取ったハンターは見ようによってはそう見えなくもない。
「ちなみに、キャラは馬乗りにされてタコ殴りにされているだけだ。レイプじゃない、安心しろ」
「……わたしはレイプじゃなければ路上で馬乗りにされてタコ殴られても安心できてしまう誠一郎の思考回路に失望してる」
「今助けるからな! くたばれハンター!」
「ごまかした」
「危なかったな! さぁ、もうすぐでゴールだ!」
難関をくぐり抜けた誠一郎と藍子。
その後も悪戦苦闘は続く。藍子が火炎瓶を投げて狭い室内を火の海にしてプレイヤーを直火焼きにしたり、
「汚物は消毒」
「俺は汚物じゃない!」
ゾンビに取り囲まれた誠一郎のキャラごとアサルトライフルで斉射したり、
「ゾンビと間違えた」
「未必の故意すぎる!」
いち早く安全な部屋に駆け込んで、その後誠一郎のキャラが来るのを待たずにドアを閉めたり、
「ドアを開けてくれ、藍子! ゾンビが! 殺される!」
「これが極限下に置かれた人間の本性。本当に怖いのはゾンビよりも人間」
「せめてゲームぐらいはリアルを裏切ってくれ!」
誠一郎のキャラが倒れているのを感動の棒読みセリフで見捨てたり、
「誠一郎の勇姿は絶対に忘れない。敬礼」
「まだ生きてるから! 助けられるから!」
「誠一郎がおとりになってくれた」
「お前が勝手におとりにしたんだろうがっ!」
とにかく波瀾万丈のサバイバルゲームは過ぎていった。