閑話休題・第四話「えっちなのは駄目だぞ」
ごちそうさまをしたあとは、何となく居間でゲームを始める二人。
イソップ寓話の北風と太陽もびっくり。旅人は家にこもる作戦に出たのだった。ソファに仲良く隣り合わせで腰掛けた誠一郎と藍子。PS3のコントローラーをひとつ藍子に握らせる。誠一郎がセンターのPSボタンを押してやるとテレビに映されたホーム画面に充電切れの表示。
「悪い、藍子のコントローラー充電切れてた。俺がいつも使っているの使ってくれ。逆に俺は有線で充電しながらやるしかないな」
普段から一人用のソフトばかりで、友人とパーティープレイをしない人間によくある現象である。
手慣れた仕草でケーブルをつなぎ終わった誠一郎が、再びソファに腰を落とす。
「誠一郎がするゲームは相変わらずファーストパーソンシューターばかり」
「FPSな。好きなんだから仕方がないだろ」
藍子が棚に並べられたソフトを見てつぶやいた。
コール・オブ・デューティシリーズ、バトルフィールドシリーズ、キルゾーンシリーズ、レジスタンスシリーズに、レフト4デッドシリーズ。
シリーズ物ばかり増えてきて新規タイトルがないと嘆いているゲーマーの泣き言が聞こえてきそうな、シリーズ物だらけのラインナップだった(※注・一部シリーズの中にCEROレーティングがZ指定も含まれます。十八歳未満の方はお気をつけください)。
その中で誠一郎が取り出したのは、レフト4デッドというゲームであった。
ゾンビウイルスの蔓延によってゾンビだらけとなってしまった町から、生き残った四人の人間が脱出するというゲームだ。
四人の人間は本来それぞれをプレイヤーが担当することになっているが、オフラインで画面を上下に分割して二人でプレイすることもできる。残りのふたりはコンピューターが担当するという具合だ。このゲームの醍醐味である疾走するゾンビが大挙して襲ってくる様は一見の価値ありだ。
そんなゾンビたちから逃れるため、プレイヤーは重火器や近接武器を駆使して戦うことになる。つまり、ワンマンプレーの許されない、いわゆる協力プレイが鍵を握る、手に汗握るゲームである。
「じゃ、一緒にプレイしよう、クーププレイだ」
協力プレイを選択し意気揚々と始めようとする誠一郎に、藍子が首をわずかにかしげる。
「……クープ」
「どうした? なんか気になることでもあるのか?」
「なんでもない」
「……なんだよ、言えよ」
「気にしない?」
「ああ、気にしないから言ってみろよ」
指先でアルファベットのシー、オー、オー、ピーを空中に描く藍子。
「COOPの読みはクープじゃない。コープが正解」
「ぐ……っ! わ、悪かったなっ!」
赤っ恥である。顔を真っ赤にして叫ぶ誠一郎を横目に、藍子はロード画面を指さす。
「始まる」
「分かってる!」
「気にした」
「気にしてない!」
「間違いは誰にでもあること。駐車場の看板にある月極という文字と同じ。月極という文字を初めて見た人は絶対にそれを『つきぎめ』とは読めない。『げっきょく』と誤読してしまう。初見殺しと言っていい。誰もが一度は必ず『げっきょく』と読み間違え、それを知見者によって正される。その延々と続くサイクルの一部になっただけ。なにも恐れることはないの。誠一郎はこれで月極と問題なく読めるようになった。これからはそれを後から来る人たちに教えていけばいいだけ。ひとつ大人の階段を上れたと考えればいい」
「そんなもので上れる大人の階段だったら、あと何千階段上れば俺は大人になれるんだろうな……」
「誠一郎、大人の階段を一気に上るいい方法がある。それは」
「えっちなのは駄目だぞ」
「……」
「これ見よがしに肩を落とすな。第一、そんな思春期にありがちな脱なんちゃらしたぐらいで上れる階段なんていうものは、単なる本人の錯覚さ。見かけ状のものであって、実際には一皮どころか、皮の一枚も剥けてさえいないんだ」
「どうして誠一郎のえっちな発言は良くて、わたしが言うと駄目なの。矛盾を感じる」
「俺のどこがえっちな発言だったんだよ……」
「皮が剥けたとか、剥けないとか」
「予言する。いつかお前は捕まるだろう」
「そして、わたしは二つの意味で誠一郎の虜になる」
「……」
「虜になるのは、警察と、誠一郎の愛とで、二つの意味がかかって」
「意味は分かってるからな! さすがにそこまで鈍感じゃないぞ俺は! まぁ……だからって敏感でもないけどな」
「やっぱり誠一郎のえっちな発言が良くて、わたしのが駄目なのは解せない」
「お前がいったい俺の発言のどこにセクシャルな要素を感じているかが、俺には分からない!」
「発言ではなく誠一郎という男性自身がセクシャル。もちろんこれも二つの意味で」
男性自身が何とナニをかけて二つの意味になっているかなんて、決して口には出すまいと心に誓う誠一郎。
対して、下ネタを連発する美少女……藍子は、相変わらずの無表情で平板な声であるが、どことなく楽しそうである。
長年のつきあい、蓄積されてきた経験値。誠一郎にのみ分かる藍子の機微の変化を、藍子のかすかな喜怒哀楽を、誠一郎は漏らさずに感じ取る。