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第四十話・「感謝」

 自治会の人間がわらわらと登場したことで、男達の数的優位が自治会側に傾いていた。

 数的優位だけがコージの仲間達の威勢を支える柱だっただけに、あとはあっけないものだった。悪態をつきながらも、自治会の面々に背中を押され連行されていく。まるで歌舞伎町の違法賭博で捕まった暴力団が、虚勢を張りながらも渋々警察に連行されていくニュースを目の前で見せられているようだった。もちろん、コージもその一人である。弟であると言った蒔田修次に指示された自治会員、彼らに付き従うように、コージはふらふらと歩いていく。


「なぁ、お前」


 遠くなっていく背中が立ち止まる。忘れ物を思い出したかのように声を上げるコージ。

 肩越しに振り返り、あごをしゃくって指し示す。

 視線がぶつかったのは、誠一郎だった。


「名前だ、名前。お前の名前だよ」

「報復するおつもりならば、私の名前だけで十分のはずですが」


 視線と視線を結ぶ直線を遮るように和臣が一歩前に出る。


「クソが、そんなんじゃまたこーなっちまうだろうが。そうじゃねーよ」


 コージは自分の額を指差す。ぱっくりと横様に割れた額の傷。誠一郎との頭突き合いの傷痕。血が止まってはいるが、まだ生々しい赤に額が彩られている。


「葉山誠一郎」


 和臣を飛び越える自己紹介。誠一郎は胸を張って答えていた。コージは何度かぶつぶつと名前を唱えた後、再び歩き出そうとして、また止まる。


「ああ、それと……」


 きびきびしないマイペースな振る舞いに自治会の男が舌打ちを打っていた。


「PSNのオンラインID教えろ。次はそこで対戦だ」


 マイペースにも程がある突飛なことを言い出した。


「ジャンルはFPS。有名どころのコール・オブ・デューティーシリーズでどうだ。ちなみに、クソワンマン、クソデンクロ、クソ対人グレは禁止な」


 会話の影では、余った自治会員が体育倉庫の中を改め、機材を押収していた。

 無線の機器や、ノートパソコン、各種のケーブル、外部バッテリー、秘境を探索する取材クルー顔負けの設備が次々に体育倉庫から運び出されていく。引きずられたケーブルをたぐり寄せようとして、マウスがぽろりと自治会員の手からこぼれた。砂利にでも当たったのか、プラスチックの乾いた音が風に混じる。


「クソが、丁重に扱えよ、クソ高いゲーミングマウスなんだぞ」


 ガンを飛ばされた自治会の男が、コージの凄みに後ずさる。


「ビー、エー、シー、ケー、エル、エー、エス、エイチ」

「……りょーかい、クソ楽しみにしてるぜ。後で申請送るからな、ブロックすんなよ」


 誠一郎の機械的な発音にニヤリと笑うと、捨て台詞を残す。

 コージは自治会員に脇を固められながら連行されていった。


「いいのですか?」

「よくない」


 困ったような顔は和臣だった。頬の筋肉を固めたまま、誠一郎はコージの去った風景を眺めている。そこにあった激闘の残滓でもにらみ付けるように。


「よくないし、あの男のやったことも許せない。……でも、それは俺達にも言えることであって、俺が責めるべきことじゃないんだ。俺は裁く側じゃない。俺もあいつ等と一緒に裁かれる側なんだ。でも、裁かれるとしたら、それは首謀者である俺だけ」


 和臣が慕ってくれるのを良いことに手引きさせ、藍子を巻き込んだ。そういう筋書き。


「だから、俺は、俺だけは常に責められる側でいい」


 さわさわとざわめく木々のじゃれ合いに、和臣のため息がそっと流れる。


「誠一郎君、一つだけ訂正させて下さい」


 そよぐ風に前髪をもてあそばれる。

 和臣の微笑みはまるで子供のわがままを許す父親のように慈愛と父性に満ちあふれていた。

 誠一郎はそんなことをふと考え、それが和臣の大きさなのだと思い至る。


「責められるのは僕も一緒なのです。藍子さんもそれを望んでいますよ。喜びも、悲しみも、罪も、罰も、痛みも、三人で三倍、あるいは三等分。仲間はずれはいけません。僕たちは誠一郎君を勃起させる。それはもうギンギンにです。たとえそれが世界を、全てを敵に回そうともです。それは永久不変の誓いなのですよ」


 二人の間を柔らかい風がながれていく。戦いに火照った体を優しく癒していく。痛みはさざ波のように体に寄せては返すけれども、親友の顔を見ているとそんなこと忘れてしまいそうになる。互いを支え合うこと。抜け出した魂が互いの背中を支え合っているようだった。


「田中先輩、怪我は大丈夫ですか? それと……葉山先輩も」


 自治会の人間がぞろぞろと立ち去っていく中、修次が和臣と誠一郎に対し深々と頭を垂れた。


「兄が見苦しいことをしました。謝罪して済むことではありませんが、兄に代わって謝罪いたします。すみませんでした」


 謝罪の順番は、単純に優先順位。その証拠に、修次は誠一郎の名前を思い出すのに数秒を要していた。和臣は学園の生徒ならば誰でも知る優秀な生徒である。財閥の三男坊というのも知名度に一役買っている。


「終わりね、行くわよ」

「では、失礼します」

「そうだ、忘れるところだったわ」


 誠一郎と六條の頬と頬がすれ違う。

 流麗で柔らかな髪の毛が、誠一郎の肌を、心をくすぐった。

 そして、耳たぶをはむほどに唇を寄せると、六條は小声で耳打ちする。


「……明日の放課後、一人でここに来なさい。もし来なければ……あなたにとってとても大切なものを失うことになるわ。これは、そうね……感謝よ。彼にはそう言いなさい」


 言葉の真意が理解できないまま、六條が離れる。

 蠱惑なほどに耳に残る声だった。

 強い口調は意識的に作られたもので、その本質は声優も顔負けの甘ったるい声であると分からせられる。小声でもその声質はかすれずに明瞭に耳に入り込み、脳髄を溶かしていく。

 もしもこの声で愛をささやかれたら……そんなことを想像した時、誠一郎の知らないところで、自身のある部分がぴくりと反応を示していた。

 後ろでひとつに纏めた髪を手のひらでかきあげると、六條は颯爽と去っていった。

 六條の残した香りが、本人がいなくなった後も誠一郎の胸の奥をつんと刺激し続ける。まるで治らない傷。そこから血がじくじくとにじみ出すような疼痛。


「誠一郎君、今の耳打ち、六條さんに何を言われたのですか?」


 六條を見送る誠一郎と同じ風景を見ながら、怪訝な表情で和臣は並び立つ。


「……感謝された」

「感謝?」

「ああ、感謝だって、そう言ってた」

「そうですか。それならばいいのですが」


 六條によって用意された言い逃れが、体育館裏に落ちた最後の言葉だった。



   ◇◆◇◆◇◆



「――誠一郎!」


 肩を痛めた和臣を気遣いながら、廊下を歩いていたところに珍しい声量で声がかかる。


「おや」

「藍子……。うおっ!」


 飼い主の帰りを待ちわびる忠犬の如く、誠一郎の胸に勢いよく飛び込んでくる。そのまま顔を埋め、鼻先ですりすりと胸をくすぐってくる。

 頬が少し高揚しているのは、走ってきたからだろうか、それとも感情の高ぶりからだろうか。どちらにせよ、今の藍子はしっぽがあったら左右に激しくフリフリしているのは間違いない。

 藍子にしては珍しい感情の発露だった。


「あ……汗臭いし、汚れるぞ」

「臭くない。むしろ……くんかくんか」

「やめいっ!」


 顔を手のひらで引きはがそうとするが離れない。


「心配した。すごく、心配したの。痛いのどこ? どこが痛い?」


 触診のつもりなのだろう。体をぺたぺたと容赦なく触ってくる。


「誠一郎の痛みは、わたしが舐めて治す」

「その治し方には嫌らしさしか感じない……」

「直接的にここを舐めてもいい」


 胸元に埋めていた顔が、すすす、と下半身に降りてくる。


「女の子が軽々しく男の神聖を犯そうとするな!」

「触れるなキケン? 取扱注意? 誠一郎の……おっきいマグナム。でも今は中折れ式のリボルバーで、リロード中のまま。弾が込められていない。タマがあるけど弾がないの」

「すごくセクハラと皮肉の効いた例えですね」


 おお、と感心してみせる和臣。


「でも大丈夫。わたしは使用上の注意をよく読んでいるから、用法・容量を守って正しく使える自信がある」

「用法と用量ってなんだ……?」

「知りたい?」

「……いや、別に――」

「誠一郎がわたしを撃ち抜くのは、一日一発」

「まずは俺のハートを撃ち抜いてからにしてくれないか!?」

「私のハートはすでに貫通済。あわよくばもう一つの穴も貫通――」

「さ、そろそろ自重しような、藍子」


 藍子のこめかみを、二つの拳で左右からぐりぐりする。


「…………自重……する」


 体を硬直させて痛みに耐えているようだった。無表情はそのままで苦しそうな声を漏らす。


「にしても藍子さんは、誠一郎君の心配はしても、僕の心配はしていただけないのですね。頑張ったのに悲しいです。所詮、僕はおまけにしか過ぎないのですね」


 痛めていない方の手で、和臣が涙を拭う真似をする。


「おまけだけど和臣も心配していた」

「おまけと分かっていて、かつ本人が遠慮がちにそう言っていても、普通は真っ正直におまけとは口に出さないものですよ、藍子さん……」


 ガックリとうなだれる和臣の姿に、誠一郎は思わず大声で笑ってしまう。

 日常の三人。

 やりとり。

 そんないつもの雰囲気が感じられたから。


BACKLASHは、作者が好きなブランドだったり……。roarなんかも大好きです。余談でした。

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