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第三十六話・「親友」

「気持ちが届いたってことなのか……?」


 侵入を阻むはずの男達がすんなりと見逃してくれたことに首をひねりながらも、誠一郎は日本大相撲界の力士、仕切り前の高見盛が如く自らの頬を張って気合いを入れた。痛みが覚悟を再認識させる。燃えさかる炎にさらなる薪をくべる。


「……ぬぅああぁああァああああッ!」


 耳に飛び込んできたのは、野獣の雄叫びだった。犬や猫のような威嚇するうなり声ではない。獲物の肉を食いちぎる狼や虎のような、人には到底敵わない猛獣のそれ。

 背筋が凍る。だが、凍ったそれは恐怖の氷山の一角。大気がびりびりと震えるような錯覚に足がすくみそうになる。誠一郎は手にあるものを握りしめた。親友が置いていったゼンハイザー社製のヘッドセット。ヘッド部を握りしめれば、そこから親友の力が流入してくる気がして、誠一郎は心強くなる。

 誠一郎は最後の一歩を踏み出した。


「ようやく終わったぜ……」


 地面に尻餅をついたまま、空に大きく息を吐き出す男。肺活量に換算すると風船一つはゆうにふくらませそうな大きな深呼吸。整髪料でがちがちに固めたように茶髪は膨大な汗で束になり、その色を濃くする。東京マラソンを自己ベストで走りきった後のような様相で、重い体を起こして立ち上がる。


「おい、お前等、行くぞ」


 髪をオールバックにするようにかきあげかけたところで、動きが止まる。視線が誠一郎を捕まえた。敵か味方かを探るような訝しげな低い声は、まさに威嚇する猟犬を思わせた。


「……今度は誰だ」


 唇についた金色のピアスが言葉と動きを共にする。耳朶を突き抜けたピアスが光を放つ。目に突き刺さる二つの金色の下に、誠一郎は最も見たくない惨状を見つけることになる。


「……和……臣……?」


 地面に満身創痍で倒れ伏す親友の姿。血を流し、意識を失い、言葉も聞けず、目も開けていない。誠一郎を認識すらしてくれない。まるで人形のように横たわる姿に、誠一郎は頭がどうにかなってしまいそうだった。

 後ろから強くハンマーで打ち付けられたような衝撃。

 落雷が体を突き抜けたような痺れ。

 その二つの激動が誠一郎の体を突き抜けた。


 和臣。和臣。和臣……!


 握りしめたヘッドホンがミシミシと音を立て始める。


「誰だって、聞いてるんだけどなー」


 茶髪をボリボリとかく。


「……ゆ……だ」


 念仏のように何事かをつぶやいて、ずかずかとコージに近付いていく。

 十メートル。五メートル。三メートル。そして、一メートルを切る。

 手を伸ばせば体のどこにでも触れられる位置で停止。

 文字通り目と鼻の先。顔と顔をつきあわせる再接近。

 パーソナルスペースに土足で入り込もうとする誠一郎に、コージも次第にいらだちを募らせる。


「何だ? 聞こえねーぞ」


 すくみ上がりそうな声。首元のナイフを思わせる。


「し……うだ」

「あァ!?」


 瞬間、ヘッドセットを握りつぶす。


「俺は――親友だ!」


 壊れたプラスチックが手のひらに突き刺さる。血がにじみ、地面に落ちる。ぽたり。ぽたり。砂利を彩る赤。傷ついた手のひらに痛みはない。そんなものは感覚の外に置き去りにしていた。親友の傷ついた姿を見たときから、誠一郎の中で何かがぷつりと音を立てて切れていた。それは痛覚神経か、あるいは堪忍袋の緒か。

 ヘッドホンと自らの血潮を握りしめた拳が、コージを殴り飛ばした。


更新遅れてすみません。

また二日に一回くらいの更新速度に戻れると思います……多分。

並行して、次作のプロットを練ってます。プロットは二つあって、どちらも練り込んでいる最中です。うち一つは90%完了しているので、これが終われば書き始められますが……。さて、どうしたものか。とにかく、今は目の前の作品ですね。頑張ります。

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