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第三十五話・「親友がいるので」

 屋上への階段を駆け下り、藍子に見送られて部室棟へと向かう。そのままノンストップで、廊下を走り抜け、司令室である部室をノックする。


「……和臣?」


 返事がない。

 訝しげにノブを握ってみると、くるりと半回転。鍵もかかっておらず、ドアも押せば簡単に開いてしまった。


「和臣……?」


 部室の中央にはA1図面が広げられていて、その上にノートパソコンが置かれていた。和臣がいた形跡はあった。

 パソコンをのぞいてみると、学校の鳥瞰図が映し出されており、学校中に×印が示してあった。パソコンにはスクリーンセーバーが設定されているようだが、まだ起動していないことを考えると、そう時間は経っていないことが分かる。

 ヘッドホンから聞こえてきた和臣の実況通り、ノイズの発信源を探っていたようだ。

 単純に見る限り、×印がハズレで、ただ一つ体育館裏に示してある○印が……


「犯人のいる場所ってことか!」


 体育館裏に和臣はいる。誠一郎に迷いはなかった。部室をあとにし、体育館裏への一番の近道を考える。そうして視線を向けた廊下の先に、それはあった。


「これは、ヘッドセット……SENNHEISER……せん、へい……さー?」


 ――1945年にフリッツ・ゼンハイザー博士によって設立された、かの有名なゼンハイザー製ですよ。何を隠そう、僕はこのブランドのヘッドホンが好きで、最近HD800というフラグシップヘッドホンを……。


 楽しそうに話していた和臣の笑顔が言葉を伴って浮かんできた。


「せんへいさー……ゼンハイザー!」


 頭上部分にゼンハイザーと大きく書かれ、左側に可動式のマイクが付いているヘッドセットを手に取る。


「これで分かった。……今行くからな、和臣!」


 ヘッドセットを握りしめて廊下を蹴った。

 午後の光を浴びた廊下、リノリウムの光沢を踏みつけるようにして誠一郎は疾駆する。バスケットボール時、ブレーキをかけるときのゴムと床のこすれる高い音を纏いながら、和臣の姿を追い求める。そして、上履きのまま体育館裏に回り込もうとして……急ブレーキ。


「おい、またなんか来たぞ」

「チッ、今度こそ風紀委員か?」

「……そうじゃないみたいだな」


 煙草を吸っていた男二人が忌々しそうに舌打ちする。

 視線が誠一郎の腕を探したのは、風紀委員はもれなくその身分を示す腕章をしているからだ。権力を示す称号。風紀委員が風紀委員たる唯一無二の証。公僕で言うなら警察手帳のようなもの。手放すことを許されないアイデンティティ。


「オイ、お前、ここは通行止めだ」


 踏み出そうとしたつま先に身体を入れてくる。江戸時代に甲州街道や青梅街道を旅してきた人たちが必ず通った大木戸検問所。そこに配備された同心のように、ずいと身体で道をせき止める。


「いいえ、通ります、親友がいるので」


 それでも誠一郎は無理矢理に一歩を踏み出した。

 強引に二人の男の真ん中に身体を入れたせいで、両方の男の肩とぶつかることになった。身体に軽い衝撃が走り、男達の目の色が変わる。胸ぐらをつかみ上げられ、衝突したかのようながくんとした痛みが首に走る。


「通ります、親友がいるので」


 それでも、つかみ上げられたまま誠一郎は同じ言葉を繰り返す。


「通ります! 親友がいるので!」


 まるで殴りつけるように声をぶつける。

 男はどすを利かせて脅したものの、逆に誠一郎の真摯な迫力に気圧され、二の句を告げないようだ。

 数秒間、何かを逡巡した後、誠一郎の瞳をじっと見つめると、突き飛ばすように胸ぐらを解放する。


「……チッ、勝手にしろよ」


 胸ぐらを解放された誠一郎は、胸ぐらを整えると無言で二人のわきを通り抜けていった。


「おい! そんなことしてみろ、コージさんにどやされ――」

「いーよ、知るか」

「いーよってな……お前」


 通称うんこ座りをしながら、煙草に火を付ける。

 天に向かって狼煙を上げるように煙を盛大に吐き出す。その灰色のふきだしの中に、男が書き込んだ言葉は、なぜか誠一郎に利かせたどすよりも柔らかい。


「なぁ、親友って言葉、口に出せるか?」

「……」


 うんこ座りする男の言葉が、ひどく悲しく聞こえて、もう一人の男もついには黙り込んでしまった。

 わずらわしいことを解決しようとするのではなく、ただ捨ててきてきたこと。絡みついたものを解こうとするのではなく、切り捨てたこと。向き合おうともせずに、ただ蹴りつけたこと。

 そんな置き去りにしたがらくたの群れが、今更になって語りかけてくるようだった。

 男が胸にちくりとした痛みを感じて触れる。

 心臓のある場所に実はぽっかりと穴が開いていることに気が付く。そこに本当は大事なものを詰め込んでおかなくてはいけなかったのではないか。今、脅しを振り切って目の前を横切っていった、強い瞳を持った漢のように。


「いいよな、親友。本当……いいよな、親友」


 寒くもないのにすすり上げた鼻水。


「寒ィな、なんか」


 肩にぽんと置かれる手。


「……あとで、缶コーヒーおごってやるよ」

「ホットな」

「あったか~いだよ。なみで伸ばすのがミソだ」

「はっは! ……あったか~いぜ」

「おお、あったか~いだろ」

「あったか~い」

「あったか~い」


 特段面白くもないのになぜか繰り返し、ついには面白くなってしまって二人で笑った。


ゼンハイザーいいですよ、ゼンハイザー……。フラグシップであるHD800もいいですが、HD650がやはり価格から見てもコストパフォーマンス高いです。HD650は稀代の名機です!

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