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第三十四話・「愛の告白……!」

「もう駄目だ……! ……俺には耐えられない……!」


 ベッドの下で身体が震えた。怖かった。自分がこの後どうなってしまうのか。どんな侮蔑を受けることになるのか。分かっていないはずはなかった。ジェットコースターでこれから一気に滑り落ちると言うときに、ベルトと安全バーを外したらどうなるか。それを考えれば誰もが身をすくませる。分かっているからやらないし、やるべきでないと分かっている。


「やっぱり俺さ、お前等が好きなんだ」


 笑うしかない。

 馬鹿なことをしようとしている。それでも、そのベルトを引きちぎってでも、安全バーをぶち壊してでも、好感度やクラスでの位置関係がジェットコースターの落下速度さながらに降下したとしても、実行しなければいけなかった。

 守りたい下着があった。見られたくない裸があった。

 同級生の、クラスメイトの、藍子の……六條さんの身体。

 誰にも見られたく、見せたくなかった。

 自分だってのぞこうとしたくせに何を偽善的なことを……と罵られる覚悟は出来ている。端っから矛盾したことだから。この思考の道筋すら、道のないところに強引に作った道無き道だ。

 他人に見せたくない。自分は見たい。自分だけは見ていいことにしたい。

 ……恋人にでもなった気分か、この独善者が。

 正常な意識が釘を刺す。

 ああ、そうさ、独善者さ。特別ではない人間が、特別に憧れて何が悪いんだ。

 だったら……これはどうだろう。

 自分だって見なければいい。誰かに見られるよりはずっといい。

 自分が傷つくだけで、他の誰かが救えるなら、そうするべきじゃないか。

 きれいな言葉で取り憑くってもゲスはゲス。

 もういい。取りあえずはそういうことなんだ。

 脳内会議は全会一致で可決された。


「誠一郎君!」


 和臣の制止を振り切って、ベッドから飛び出す誠一郎。

 メドゥーサに睨まれた冒険者のように石になっていた身体にひびを入れ、突き破る。

 藍子の怪訝な顔が見えた。口パクで、悪いな、と告げ起ち上がる。

 背中がベッドにぶつかり、ガタンと大きな音がした。

 女子の視線が集中してくる予感があった。

 だからどうした。構うものか。

 棚に隠されたカメラを、陰湿な野望ごとぶっ壊す。

 それが俺だけに与えられたラスト・ミッションだ!

 俺が逃げられる、逃げられないは関係ない。俺ごと捕まろうが野望は阻止される。

 あとは……諸悪の根源はきっと親友がやってくれるはずだ。あいつは……俺の自慢の友達だから。

 歯を食いしばり、全身を使って駆け出す。

 男子生徒の制服を見た女子達は、声すら上げられずに動転しているようだった。悲鳴は上がっていないが、人間は良くできた生き物。すぐに封鎖された思考回路を回復させて、何をすべきか身体に命令を下すことができる。神様がくれた最高の指揮系統だ。

 誠一郎の手が、叫び声の機先を制するように、棚へと伸びる。

 もう少しで届く! ミッション・コンプリート……!

 喉からも手が出かけた矢先、カーテンをレールから引きちぎる音が聞こえ、誠一郎の視界が真っ白にふさがれる。

 厚手の布を頭からかぶせられ、横合いから体当たりされたばかりか、引き倒されてしまう。

 いち早く気が付いた勇敢な女子が、誠一郎という暴漢に対して反撃を試みたのだろう。

 白におおわれ、誠一郎は方向感覚を失ってしまう。

 目の残ったわずかな残像だけで、這ってでも棚を目指そうとする。しかし残像は、密閉された蝋燭が酸素を使い切って死に向かっていくように、思い出の君が時間の経過と共に顔を思い出せなくなっていくように、形を失っていく。

 視界が消える。

 失敗する――!?

 走る戦慄。

 直後に上がる女子達の大絶叫。

 これが絹だったらきっと何十反にもなるだろう。そんな絹を裂くような悲鳴達がそこかしこから上がる。

 悲鳴が上がったと言うことは事実を認めたということだ。気が動転していたときとはわけが違う。対処ができる。どうすべきかの検討ができる。逃げるか、それとも立ち向かうか……。後者なら敗北必至。この人数ではいくら男子といえども袋だたきだ。

 終わりの認識が誠一郎を奈落へ突き落とそうと背中に手を伸ばした。


(これで周囲からの視線は防げる。……教えて。何があったの)


 視界を塞いだカーテンから透ける、細くも凛とした声。藍子の声。


(棚に、隠しカメラが……!)

(了解。あとはわたしがする。だから逃げて。導くから)


 カーテン越し、耳元に唇を寄せる。わずかな可能性にすがるような小声のやりとり。


(……悪い、俺……)

(だから好き、ふにゃちん)

(今更のコードネームかよ!)


 カーテンも藍子の声をフィルタリングすることは出来なかったようだ。耳元まですんなりと届く澄んだささやきに誠一郎は顔が熱くなると同時に、藍子にしがみつかれたまま起ち上がる。


(起き上がって。右。真っ直ぐ)


 耳元で方向を指示する藍子の言う通りに走りだす。


(左に避けて。また真っ直ぐ。しゃがんで。そのまましゃがみ長押しの後、上キーと一緒に強キック)

(サマソかよ!?)


 叫ぶ女子生徒を体当たりで跳ねとばしつつ……少々のいざこざはあったものの、保健室の外に転がり出る。

 安全な場所まで走り、しがみつく藍子を屋上への踊り場でカーテンごとはぎ取る。


「何とかなったか……。お前じゃなかったらきっと駄目だったな」

「誠一郎が、わたしに、愛の告白……!」

「それは盛大な勘違いだ。けど、ありがとな、藍子」


 誠一郎は時間が惜しいのも我慢して藍子の頭を撫でてやる。

 感謝しても足りなかったから、せめて態度で。


「う……っん……」


 藍子はまるで首を撫でられた子猫のように気持ちよさそうに目をつぶって感じ入っている。頬はほんのりと赤い。それはまるで無防備にキスをねだっているようで、誠一郎は気恥ずかしくなる。

 これで無表情じゃなかったら……などと言ったら贅沢だろうか。

 誠一郎は首を振って考えを水滴のように飛ばした。


「じゃ、部室……和臣のとこ行ってくる。あとは頼んだぞ」

「……うん。忘れないで、約束」

「……? 分かった」


 思い当たる小節を探し出せなくて、誠一郎は音を声に出すことが出来なかったが、取りあえず感謝の意味で同意しておく。


「約束……? なんだった……?」


 部室に向かって走り出す。背中では見守る藍子の視線が頼もしかった。


「モ、モニターが死ぬ!?」という某劇場版の台詞を入れたかったのですが、止めました。

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