第二十四話・「今世紀最高の桃源郷」
熱は体中を駆け巡る。
かの浮世絵師、歌川広重が描いた鳴門海峡の渦潮のようにぐるぐると熱は身体を回り、やがて身体の中心に吸い込まれる。
機能を失った男性自身。男が男であるために固くそそり立たなければいけないモノ。
その硬度を自由自在に変えられる一本の器官へ流れ込む力。
まるで周囲の熱を糧にするように熱はどくんどくんと血液を脈打たせ、沸騰させていく。
誠一郎が連想したのは初日の出だった。
男性のシンボルが海の中から、ゆっくりと神々しく、赤黒く染まりながら上っていく。その先端を徐々に天に向かってそそり立たせる……。
行く年来る年、ならぬ、イク勃起フル勃起。
新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
声が上がる。海岸線で日の出と共に次々とシャッターをきる人々、恋人同士肩を寄せ合い眺める人々、彼らから大きな拍手が巻き起こる。さぁ、一年の始まり……朝立ちの始まりだ。
こちらこそ、今年もよろしくお願いします。優しく扱ってくださいね。
もはや意味不明。思考回路はショート寸前。
保健室は誠一郎にとって興奮のるつぼ。
そして、誠一郎は感じていた。興奮が一点に集中していくような気がする。
「さて、もういいですね。保健室の間取りの話に戻りましょう。敵を知り己を知れば百戦危うからずという故事の通り、自らのおかれた環境、情報を知れば……」
見慣れた姿が保健室に入ってくる。
「これから繰り広げられる真のメインディッシュ、今世紀最高の桃源郷も、最高の状態で受け入れられるというものです」
少女は入ってきた瞬間、俺の位置を知っていたのか、すぐさま目があった。
誰にも分からない表情筋の変化。うっすらと頬を染め、かすかに微笑む。きめ細やかな白い肌と、均整の取れた体つき。相変わらず胸はぺったんこの一言だが、女性としての頭身と曲線のバランスはさすがに群を抜いていた。文句の付け所がない。
誉めるのが悔しいが……圧倒的な美。
……藍子。
国方藍子だけが持つ、少女らしさと女らしさの絶妙なブレンド。
ちらと見れば冷たいと感じられる表情が、大人びた雰囲気を。艶やかな口唇が、女らしさを。
触れるのさえためらわれるシルクような繊細な首筋も、うなじも、その他多くの要素も……。何が少女で何が女か分からなくなる。
光の加減や、天候、季節ですら、藍子をサポートする撮影クルーでしか無くなる。
見る角度で美の造形が多彩に変化する。それが藍子だった。
そして、特筆すべきはジャージのちょうど胸の位置だ。
つんと尖っている二つのぽっち。うっすらと桃色の彩りが……オイ。
露骨すぎるだろう……馬鹿……。
見ていられなくなる。
興奮していた何かが、藍子の出現で少しずつ別の物に変わっていく。
興奮ではない。胸の中でじんわりと染みこんで、ズキンズキンとうずく何か。言葉にはとても出来そうにない、それを語る語彙力がないのが恨めしいが……とにかく何か別の物に変わっていく。
誠一郎は胸の奥を手探りで探そうとするが、伸ばした手のひらは、虚しく何もない場所をつかみ取った。
やっぱり駄目だ、藍子……。俺はお前じゃ……。
「藍子、まさかアナタと合同だなんて……奇遇ね、最悪」
ためらいのない怨嗟が時を止めた。
誠一郎の思考すら電源ボタンをためらいなく押すように強制停止。
女子生徒達の喧噪も、保健室ごと静寂にたたき込む。
誠一郎の心臓のフロントラインで火線が走る。心臓が爆発し、叫声が肋骨を叩く。その跳ね上がりたるや、そのまま骨折してしまうかとさえ思えるほど。
抜けていきかけた興奮が一気に戻ってきて、それどころかかつて無い興奮を呼び覚まそうとする。
強気の声。
自負の声。
彼女の声。
……六條七海。
誕生日おめでとうございます、自分!