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第二十三話・「びくんびくん」

 保健室に広がっているかすかな医療品臭さが、女子の割合が圧倒的に増えたことによって一気に変化する。

 軽めのフレグランスを纏っている女子生徒の甘く主張する匂い。あるいは綺麗にとかされた髪の毛から漂う清涼な柑橘系の匂い。あるいはそのどちらでもない、女性だけが元来持つ大人への成長をうかがわせる蠱惑的な匂い……。

 その全てが濃密に混ざり合って、保健室を独特の空間へと変貌させる。その独特の空気感が隙を作るのか、あるいは男がいないという前提条件がそうさせるのか、無防備でありながら大胆に女子生徒達は色っぽい花を咲かせる。

 その空気の袂、誠一郎はもはや息をのむことも忘れ、ただ見る機械になり果てる。


「へー、こんな下着付けてるんだー、やらしー」


 誠一郎のクラスの女子が前に立っていた友人のジャージを大胆にもめくり上げる。


「きゃっ、なにすんのよ、このヘンタイ!」


 可愛いおへそが露わになり、赤いフロントホックが午後の淡い光の下にさらけ出される。

 小振りだが柔らかそうな胸を赤が情熱で彩る。


「いいじゃん、減るもんじゃなし。第一さ、そんな大胆な下着付けてるってことは、見せるつもりあるってことでしょ? あれ、でもおかしいなー、そんな相手いたっけ?」

「……い、いないけど。……別に何着けようが勝手じゃんさ。赤好きなんだもん」

「ふーん、コケティッシュ!」

「へ? ……ありがと」

「デリシャス・コケティッシュ!」

「意味分かって使ってる?」


 赤い下着の女子が、胸を隠すように腕を抱いて、ジト目を向ける。


「……。コケティッシュ! イェイ! ぷちょへんざ!」(Put your hands up!と言いたいらしい)

「イェイって……。なんかノリでそのまま押し通そうとしてるけど、もしかして雑誌のコメント見て、なんか専門用語みたくて格好良くて早速使ってみたくなった系?」

「マニッシュ! コケティッシュ! ポケットティッシュ!」

「はいはい……それは駅前でバイトの人からもらおうねー」

「む……。なんだー、ノリ悪いなー、もしかして太ったからかぁ?」


 悪戯な瞳で下からのぞき込む。


「……ッ! ……いーわよ、私もやるわよ」


 図星を疲れたのか、顔を引きつらせた赤い下着の女子は、挑戦的な顔で好戦的な発言。形も大きさも異なる互いの胸を付き合わせるように対峙した。


「いくわよ……マニッシュ! コケティッシュ! エッグバーグディッシュ! レギュラーバーグディッシュ! 四川風マーボバーグディッシュ!」

「ちょ、ちょっとぉっ! それ卑怯だよ! 超お腹減ってきたし! 今日朝抜いてるからめちゃめちゃ腹ぺこなんだよぉ……っ!」


 こうかはばつぐんだ!


「ふーん……、チーズバーグディッシュ、チーズカリーバーグディッシュ、フォンデュ風チーズバーグディィィ……ッッシュ!」

「ぎゃああ! 止めて許して殺さないで! うう……なんという空きっ腹にチーズの高カロリー三連発……いいもん、今日終わったらドンキー行くもん……ぐすん」


 ついには、涙声で敗北宣言。


「あ、私も一緒に行く」

「ねね、アタシもびくドン一緒していい?」

「その話ウチものったわ」


 周りで話を聞いていた女子達が二人、三人と肩を寄せ合うように話に混ざってくる。

 うっすらと化粧した女の子は、ジャージを押し上げる豊満な胸を女の子の腕に無意識のうちに押しつけている。そのせいか、下着かつジャージ越しだというのに、むにゅっという擬音が聞こえてきそうなばかりか、影の作り出す陰影によって、たわわに実った果実が大胆に歪むのが見て取れる。


「いいよ、みんなでドンキー行こっ!」

「……っていうかさ、何でこんな話になったんだっけ?」


 きっかけになった赤い下着の女子とその友達が頭をひねる。


「ううー……わかんにゃーい。ま、それもいいんじゃん? あー、早く終わって食べたいなコケティッシュ」

「いや、だからそれ食べ物じゃないから」

「ていうか、びくドンって何? びくんびくんドクン?」

「なにそれすげぇエロイ響き……って、びくドンはびくドンでしょ、びっくりドンキーの略じゃん」

「えぇ!? 初めて気いたんんだけど!?」

「あたしもー」


 一方で一番胸の大きな女の子に目移りすれば、腕を組んで神妙にうなずいている。

 胸の大きな女の子が腕を組む際、大きさからどうしても胸の上で腕を組めず、腕で持ち上げるように腕を組む……いうことを誠一郎は鼻血を出しながら学んだ。


「ちょっと待ってよ、みんな使ってるよね!?」

「使わないよー」

「うんうん、使わんわー」


 加えて、美術のデッサンも、林檎とか花瓶とか胸像ではなくて、女の子の胸にすれば、本気で濃淡を詳細に描くのに……ということを誠一郎はしみじみと冷静と情熱の間で考えていた。


「誰にも使われない……かわいそうなびくドン」

「怪獣かよ」

「なんてマイノリティ! ぎゃおー!」

「それはちゃんと使えるんだ……」


 スタイルもボリュームも表情も全てが異なる女の子達のバラエティ豊かな共演に、誠一郎は喉がカラカラになる。

 今後彼女たちがどのように身体測定を受けていくのか、それを少しでも想像するだけで、熱い何かが身体に流れ込んでくる気がした。


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