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第十四話・「オペレーション・スクール・ナース・オフィス」

 時計の針が、作戦開始の十分前を刻む。

 和臣は時計にちらりと目を向けた後、誠一郎、藍子と視線を交わして得意げに口を開いた。


「本作戦は、これよりオペレーション・スクール・ナース・オフィスと呼称します」

「く、おおっ……!」


 誠一郎は自分の力を確かめるように手のひらを閉じたり開いたりを繰り返す。やがて迷いを握りつぶすように握り拳を作ると、ふふふ、と不気味な笑いをこぼした。


「作戦名を決めた途端、俄然やる気が増してくるのは何でだろうなっ!」

「……。……誠一郎が、雰囲気に当てられてる」

「オペレーション・スクール・ナース・オフィス。略称はO.S.N.O.……オスノ……雄の作戦か……! まさにこの日のために与えたもうたようなイケてる作戦名ッ!」


 わなわなと震え出す誠一郎。


「冒頭からクライマックス……苛烈な戦線……次々と倒れていく仲間達……なんということだ!」


 誠一郎が妄想へダイブ。


「悲劇が、運命が俺という勃起不全者をもてあそぶというのかっ! うおおおおおっ!」

「……誠一郎が燃えてる。すでに戦闘モード」

「誠一郎君だけではありませんよ、藍子さん。何を隠そう、僕もやる気です。最上級のマンマンやる気で誠一郎君をここからバックアップさせていただきます。ここはいわゆるHQ、中央司令部(ヘッドクオーター)ってやつですからね。保健の高木先生を保健室から引き離したあとはここで作戦指揮を執らせていただきます。これはその秘密兵器です」


 隠す所などないはずの和臣の背後から、黒い物体が現れた。

 和臣の手のひらには棒状のマイクが付属されているヘッドホン。にこやかに髪をかきあげながら、瞳の奥に自信をうかがわせる和臣がみせたそれは。


「……ヘッドセット」

「はい、その通りです。1945年にフリッツ・ゼンハイザー博士によって設立された、かの有名なゼンハイザー製ですよ。何を隠そう、僕はこのブランドのヘッドホンが好きで、最近HD800というフラグシップヘッドホンを購入させていただきました。まるでコンサートホールに投げ込まれたような、音場の広さと繊細な音色に目から……いえ、耳から鱗が落ちました。さすがにフラグシップ――旗艦というだけあって値段も張りますが、僕はそれだけの勝ちがあると自負させていただきます。先代フラグシップであったHD650も捨てがたい魅力に溢れていてですね――」


 ぺちん。


「――っ!? あ、藍子さん? 僕は一体……?」


 軽い暗転の後、頭に軽い衝撃を受けたらしい和臣が目をぱちくりさせると、目の前で手刀を挙げて無表情を決め込む藍子に出会う。

 どうやら、藍子にチョップをたたき込まれたらしかった。起きている間のほとんどが誠一郎を追いかけている藍子にとってはとても珍しい他者への介入であった。


「話が進まない」


 とはいえ、それは回り回って誠一郎を想うことから来る介入であり、特段珍しいことでもない……が、和臣にとってはそれがとても嬉しかったらしい。驚きに頭を押さえたまま、頬だけがほんのりと赤くなっていく。


「ぼ、僕としたことが、恥ずかしい限りです。藍子さんにこのような醜態を……」


 切り替えるように咳払い。


「……コホン、では藍子さんにはこれを進呈致します。一見耳栓のようですが、高性能無線インナーイヤーホンです。通話することは不可能ですが、こちらの指示を受け取ることは出来ます。今回の藍子さんの任務上、指示は受け取るのみとなっております」

「わかった」

「僕は、この開放型無線タイプのヘッドセットで指示を致します。誠一郎君にはこの小型の耳かけ用でマイクと一体になっている小型のものを。もちろん、使用は単独行動時に限られます。授業中にこんなものをしていたら明らかにおかしいですから。ちなみにどのヘッドホンも電波干渉や障害物に強い2.4GHz帯デジタル無線伝送方式を採用しておりますので安心してください」


 ヘッドホンを装着しマイクの集音部を口元に近付けると、テス、テス、マイクテス、本日は晴天なり、と流暢な英語混じりで発声練習する。


「ちなみに、藍子さん。本日は晴天なりですが、なぜ本日は晴天なりか分かりますか?」

「……知ってるナリ」

「……。藍子さんが言うと唐突にかわいいですね、それ。少しどきっとしてしまいました」

「……! 誠一郎にやってみる」


 無表情の上に感嘆符が飛び出す。


「誠一――」

「藍子! 藍子おおおおおお――っ! くそ、こんなところでお前を失うなんて、俺は一体どうすれば良いんだっ!」


 ただ一人、いつまでも妄想に没頭している馬鹿一人。


「……和臣。今、私、誠一郎の中で殉職した」


 藍子が自分を指差す。


「二階級特進ですね」

「かずおみいいいいいいい――っ!」

「……二階級特進」


 藍子に指を差される和臣。


「は、ははは……僕もですね」

「藍子は自爆だからいいとして。和臣、お前は、お、俺をかばって……くそおおおおおっ!」

「あ、藍子さん……? 苦しいので首を絞めるのは止めていただけませんか……? さすがにこれ以上の二階級特進は遠慮願いたいところですが……」

「……わたしも誠一郎をかばいたかった」


 和臣を解放すると、自分を抱きしめるように手を回す藍子。


「で……でしたら、クレームの矛先が間違っているような……ゴホ……気もしないではないのですが……ゴホ、ゴホ……」


 無言の圧力によって息も絶え絶えな和臣であった。


「お前等は、馬鹿野郎だ! さっさと俺より偉くなっていきやがって……」


 主役のはずの誠一郎はなぜかいまだにトリップを続けていた。

 藍子は少しだけ哀しそうに目を細めて、窓の外に向き直る。


「英語の発声試験語である「It is fine today.」が由来。英語の It is fine today.には、英語の発声法のあらゆる要素が含まれていて、声が明瞭に伝わるか否かという試験には最適の言葉だった。これを直訳して日本で取り入れてしまったために、奇妙な形で定着したのが始まり」


 窓の外は青々とした蒼穹。


「正解です、藍子さん」


 本日は晴天なり。


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