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第十一話・「ぺろぺろ」

「誠一郎君、藍子さん、これをご覧下さい。最新のものです」


 お昼休みまっただ中、勃起部の三人が部室の中央に寄せた机の周りに集まる。

 肩に担いでいたくるくると丸められているA1用紙を、和臣が机いっぱいに広げる。中身は保健室の詳細な見取り図であった。

 用紙のすみには、西暦と十一時五十分と言う時間が印刷されている。

 学園の昼休みが十二時ちょうどからであることを考えると、あり得ない時間帯である。誠一郎の隣で同じように授業を受けていた和臣がどうやってこの最新の見取り図を作成し、出力することが出来たのか……誠一郎は、和臣が我が友であることに安堵する。


「誠一郎君は、この昼休みの間にこの地図を全て頭にたたき込んで下さい」


 誠一郎が無言でうなずく。頬を滑り落ちる汗を袖で拭いながら、かつて無いほどの集中力で見取り図とにらめっこを開始する。


「お二人とも、これは極秘任務です。極秘任務と言えば情報の漏洩は大敵。……ということで、作戦説明の前に簡単なところから決めておきましょうか」

「何を決めるんだ?」

「いわゆるひとつのコールサインですよ」


 和臣が得意げに指を立てる。誠一郎は、コールサインと聞いた瞬間、隣にいる藍子と顔を見合わせる。藍子は淡く頬を染めて目をつぶり、くいと顎を上げた。無防備に突き出された口唇。長いまつげがまぶたの下に影を作り出している。

 どうやら、何か壮大な勘違いしているらしかった。


「コールサインだと……!」


 誠一郎は藍子の唇を無下に手のひらでさえぎる。ふぎゅっ……という音が聞こえたかは定かではないが、小顔の藍子は簡単に誠一郎の手のひらに覆われてしまった。


「ふふ、コールサインか、なんだか格好良いな。アルファーとか、ベータとか、映画でよく見るアレのことか」

「そうです。まぁ、大概アルファーチームがいたら、真っ先に敵にやられてしまうんですけれど」

「たしかに、先遣隊や、先攻するチームがあったら、映画的な演出上、敵の強大さを煽る目的でも見せしめにやられてしまうからな。もはや、『アルファーチームが全滅だと……!』みたいな台詞や、通信途絶する直前のアルファーチームの叫び声はテンプレートの感すら漂って……って何してる藍子」

「……ぺろぺろ」


 手のひらに感じる、ちろちろとしたくすぐったい感触。

 誠一郎は温かく、かつ柔らかい舌使いに背筋をゾクリとさせられる。


「……藍子」

「ぺろぺろ……。……ん。誠一郎、どうしたの」

「おいしいか?」

「ん……おいしい。……ぺろ」

「それは良かった――な!」


 握り拳一つはあろうかという巨大なたんこぶが、藍子の頭上に出来上がった。


「お前は少し常識をわきまえろ」

「…………誠一郎が、私を無視する。嫌い」

「俺は嫌いで結構」

「あ……」


 誠一郎が藍子から顔を背けると、藍子の顔が寂しさに染まる。それが和臣の角度からははっきりと見えた。藍子の平行線をたどる感情の波形を、こうも簡単に乱れさせることのできる誠一郎に、和臣は少しだけ羨ましくなる。


「まぁ、藍子さんらしいではないですか。ところで、特に異議がなければ、誠一郎君が先程言ったコールサインをそのまま採用しようとおもうのですが」

「ああ、それで問題無――」

「異議あり」


 藍子の手が音もなく上げられる。最速で上がった挙手に音はない。まるでかの時代に暗躍した女忍者……くの一を彷彿とさせる所作であった。

 誠一郎がそのあまりの速さに隣でびくりと身体を震わせた。


「私に決めさせて」

「よろしいですか、誠一郎君?」

「……まぁ、いいだろ」

「ありがとう、誠一郎。大好き」


 告白された。


「嫌いじゃなかったのか?」

「嫌いが大好きになった」


 誠一郎はあからさまにやれやれといった表情で、手を振る。


「なんでも良いからさっさと決めろ、時間がもったいない」

「……」


 いい加減に振られた手を視線で律儀に追う藍子。無表情がなにやら不満げな色に染まったのを和臣は感じていが、あえて言葉には出さなかった。


「じゃ、決める。コールサインは、たった今から私がアルファー」

「ああ、お前がアルファーな」

「和臣が、ベータ」

「ベータ了解です」

「誠一郎が、ふにゃちん」

「ふにゃちん了か――オイ」

「どうしましたか、ふにゃちん?」

「どうしたの、ふにゃちん?」

「今、何かおかしかっただろ」

「おかしくない、ただコールサインを決めただけ」

「明確なる悪意を感じる。しかも味方からだ」

「心外。私たちはふにゃちんのために全力を尽くしている。ふにゃちんが何に対して怒っているのか私には分からない。……確かに、この任務は危険。ふにゃちんがこれから危険な任務に赴くのは知っているし、それによってふにゃちんに多大な危険が迫ることも知っている。でも、ふにゃちんにはふにゃちんである矜持を取り戻すためにふにゃちんには――」

「お前等は俺を傷つけたいのか!」


 ばんばんと見取り図ごと机を叩く。


「そんな! これは任務です! 任務がなければ僕だってふにゃちんだなんて……」

「そうこれは任務。だから、ふにゃちんはふにゃちんじゃなくちゃいけないの」

「いいだろう、お前がそう来るのなら俺にも考えがあるぞ。……藍子」


 誠一郎が真剣な声で藍子――アルファーを見つめる。


「私はアルファー、藍子じゃない」

「そうか、残念だ。実は、俺はずっと前から藍子のことを――」

「……! 私が藍子。アルファー何それ美味しいの」

「おやおや、アルファーが任務を放棄してしまいました。さすがは自称、誠一郎君の性奴隷だけありますね。すでに調教済ということですか」


 拍手と共に誠一郎を称える和臣。


「誠一郎、私のことずっと前から……。その先は」

「あ? ああ……友達だと思っていたぞ」


 さも当然の如く言ってのける誠一郎に、藍子の背景には木枯らしが吹き荒ぶのが見えたという。


「……友達」

「ああ、友達だ」

「……フレンド」

「フレンドだ」

「ガールフレンド」

「まぁ、ガールなフレンドではある」

「セック――」

「その手にはのらん」

「だ、そうですよ、藍子さん。今はまだそのときではないということで」

「うん、今回は引き下がる」


 こくりと藍子が素直にうなずいた。


「藍子さんがアルファー。ベータが僕。誠一郎君がガンマ、ということで」

「最初からこうなっていれば、俺の心に傷はなかった」


 胸を押さえてわざとらしい苦い顔をする。


「ははは、それについてはすみません。つい、藍子さんの味方をしたくなってしまいまして。……さて、時間も有限ですし、作戦前のレクリエーションはここまでにしましょう」


 和臣はポケットからチェスの駒を取り出すと、それを地図の上に並べ始めた。


お久しぶりです。またこれから頑張り出します。

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