第9話. オリエンテーション
黒い画面の中に響く、四つの声。
A-73、A-44、A-59……そして、3870-09。
「再教育」という名の罠が待ち受ける中、ユンジェに届いた密かなメッセージ。
明かされる5年前の真実と、新たな協力者の正体。
運命が大きく動き出す第9話、ぜひお楽しみください。
暗い画面の中に、四つの声。
A-73、A-44、A-59……そして、3870-09。
【2019年3月23日 午前9時58分】
【下宿 206号室】
ユンジェはノートパソコンの前に座っていた。
画面には、たった一つのリンクが表示されている。
[再教育センター – オリエンテーション]
入場可能時間:午前10時00分
出席対象:A-73 外 3名
マウスのカーソルが、リンクの上で止まったまま動かない。
「入れば、もう戻れないかもしれない……」
「だが入らなければ、何も知らぬまま終わるだけだ」
午前十時整。
ユンジェは息を整え、リンクをクリックした。
[オリエンテーション接続中……]
[セキュリティ認証確認中……]
[A-73 確認完了]
画面が切り替わった。
完全に真っ暗な画面。
顔は見えず、そこには声だけが存在していた。
[音声チャンネル有効化]
[出席者:4名]
二十秒ほどの静寂。
その時、ぎこちない咳払いが聞こえた。
「あの……ここに、他の方もいらっしゃいますか?」
若い男の声だ。緊張で吐息が震えている。
すぐに落ち着いた女の声が返った。
「はい。接続しています」
三人目は、低く硬い中年の男だった。
「A-44です」
ユンジェもマイクを入れた。
「A-73です」
互いの顔も知らぬまま、コードネームだけで存在する四人。
【午前10時02分】
灰色の輪郭をしたシルエットが、画面中央に登場した。
昨夜の相談ウィンドウで見た、あの男だった。
「皆さん、こんにちは」
男の声は穏やかだが、冷徹な威厳を纏っていた。
「AS再教育プログラム・オリエンテーションへようこそ」
挨拶と共に、画面にスライドが表示される。
[再教育プログラム 目標]
- 認知再構成教育
- 組織順応度の強化
- 作業効率の向上
- 不必要な抵抗の除去
「皆さんは、いずれも優秀な作家たちです。しかし最近、一部で不安定なパターンが観測されました」
ユンジェは自分のプロフィール・ログを思い出した。
(感情コントロール:下、組織順応度:中下、リスク可能性:中……)
最初に声を上げた男(A-102)が、恐る恐る尋ねた。
「一つ質問させてください。再教育を拒否したら、どうなりますか?」
しばしの沈黙の後、シルエットが答えた。
「拒否は自由です。しかし――」
スライドが切り替わった。
[再教育不参加の場合]
- 作業割り当ての中断
- 契約の再検討
- A級プロトコル検討対象
女(A-59)が震える声で言った。
「……A級プロトコルって、何ですか?」
男は見えない笑みを浮かべたようだった。
「心配する必要はありません。再教育に誠実に参加されるなら、決して経験することのないものです」
その場に重く、不吉な空気が漂った。
【午前10時15分】
「三月二十五日、または二十六日のいずれかを選択し、オフラインセンターへ入所してください。三日間の集中教育の後、皆さんはより高いランクへと昇格されます」
「より大きなプロジェクト、より多額の報酬、より安定した未来が待っています」
(『削除(Removed)』された者たちにも、そう言ったのだろうか)
「他に質問はありますか?」
A-44が尋ねた。
「教育期間中、家族への連絡は可能ですか?」
「もちろんです。ただし、教育内容に関する守秘義務は必須となります」
「秘密保持なら、我々が毎日やっていることですから」
A-59が冷ややかに言った。
「その通りです、A-59様。皆さんは既に、我々のシステムの一部なのです」
その時――
チャットウィンドウに、突如として新しいメッセージが届いた。
3870-09:ここにA-73様はいらっしゃいますか?
心臓が止まるかと思った。
ユンジェは慎重に返信した。
[A-73]:はい、います。
一秒後。
新しいウィンドウが開いた。
[1:1 個人チャネル – 3870-09]
3870-09:A-73様。私の話をよく聞いてください。
3870-09:今すぐ、接続を切ってください。
ユンジェの額から一筋の汗が流れた。
[A-73]:どういう意味ですか?
3870-09:再教育は、教育ではありません。
3870-09:一度入れば、二度と出られません。
心臓が、どくんと大きく跳ねた。
3870-09:皆、『再教育』の後に姿を消しました。
ユンジェは息を呑みながら打ち込んだ。
[A-73]:あなたは……誰ですか?
ローディング表示が長く続いた後、メッセージが届いた。
3870-09:私の名前は、チョン・ウジンです。
3870-09:五年前、C社 R&Dの研究員でした。
3870-09:イ・ソジュン先輩と同じチームだった人間です。
ユンジェの視界が、一瞬歪んだ。
「同じチーム……だと?」
3870-09:イ・ソジュン事件の当時、私も取り調べを受けました。
3870-09:ASは私を脅迫した。「家族や知人の名を出しながら」
3870-09:私は生き延びました。だからA-72になり、五年間、内部で資料を集めてきました。
[A-73]:……なぜ、私を助けるのですか?
3870-09:あなたが五年前、イ・ソジュン先輩を守ろうとしたことを知っています。
3870-09:検事の職を失ってまで。
3870-09:今度は、私があなたを守りたいのです。
メイン画面では、まだシルエットが話を続けていた。
「……以上でオリエンテーションを終わります。皆さんの賢明な選択を期待しています」
だがユンジェの目は、個人チャットの画面に釘付けだった。
3870-09:再教育には行かないでください。
3870-09:代わりに、私に会ってください。
3870-09:共にASを崩壊させましょう。
ユンジェは震える手で尋ねた。
[A-73]:どこで会えますか?
すぐに返信が来た。
3870-09:江南区 〇〇ビル、地下三階。
3870-09:明日の夜十一時。
3870-09:一人で来てください。
3870-09:私が集めたASの真実をお見せします。
ユンジェはしばし迷った。
再教育 = 削除
拒否 = 監視
現状維持 = 緩やかな死
選択肢は、一つしかなかった。
[A-73]:分かりました。行きます。
3870-09:そして、A-73様。
最後のメッセージが表示された。
3870-09:イ・ソジュン先輩は、あなたを信じていました。私も信じます。
チャットウィンドウが閉じ、オリエンテーションの画面も消えた。
【午前10時35分】
ユンジェ은... ではなく、ユンジェはゆっくりとノートパソコンを閉じた。
「チョン・ウジン、イ・ソジュンの元同僚……」
そして、江南の地下三階。
ASの真実。
ユンジェは深く息を吐き出した。
「明日の夜十一時」
準備が必要だった。
USBのバックアップ。父の見舞い。そして、最後の覚悟。
「イ・ソジュンさん。最後まで守りきれず、すみませんでした。今度は、俺が行きます」
窓から日の光が差し込んでいたが、ユンジェの心の中はさらに深く、暗く沈んでいった。
明日の夜。地下三階。
そこで、すべてが始まる。あるいは……終わる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに現れた謎の協力者、チョン・ウジン。
5年前の事件から繋がる因縁が、ユンジェを地下深くへと導きます。
「再教育」か「ASへの反격」か。
絶体絶命のユンジェが選んだ道に、どんな運命が待ち受けているのでしょうか?
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