第7話. 上書きの夜
自分が書いた文章が、目の前でリアルタイムに書き換えられていく。
姿の見えない「監視者」との不気味な共同作業。
そして明かされる、共通コード「AS-3870」の恐るべき正体。
ユンジェ自身もまた、その巨大な数字の一部に過ぎなかった……。
戦慄の第7話、始まります。
ユンジェが綴ったはずの文章が、勝手に書き換えられていく。
リアルタイムで。誰かが、この画面を見ているのか?
そして、修正された一文の右端に刻まれた、見慣れぬ記号。『3870-09』
【2019年3月23日 午前3時40分】
【下宿 206号室】
ユンジェはモニターの前に釘付けになっていた。
イ・ソジュン事件の再構成ファイルは、ようやく半分ほどを書き終えたところだ。
一文、また一文とキーボードを叩くたび、胸の奥が鋭く削り取られていくような錯覚に陥る。
「彼の行為は計画的であり……」
ふと手を止めた、その瞬間だった。
ユンジェが書いた文章:『彼の行為は計画的であり――』
しかし、画面には全く別の意味を持つ一節が浮かび上がっていた。
『彼の行為は事前に緻密に準備された犯罪であると断定され――』
「何だ……? どうなっている?」
ユンジェは目をこすり、再びモニターを凝視した。
見間違いではない。
確かに、自分が書いていないはずの言葉に書き換えられている。
【午前3時48分】
ユンジェはスクロールし、さらに過去の記述を確認した。
ユンジェが書いた一文:
『USBのログ記録は、被告人の行為に関する連続性を示している』
ファイルに刻まれた一文:
『USBのログは、被告人の一連の技術窃盗行為を明白に裏付けている』
あまりにも正確に、そして隠密に。真実が「汚染」されていく。
「誰だ……一体、誰がやっている?」
ユンジェは『編集履歴』を呼び出した。
[編集履歴なし]
[外部アクセスなし]
[セキュリティ状態:正常]
「正常だと? そんな馬鹿な話があるか!」
だがその直後。
ファイルの右下で、灰色の文字が一つ点滅した。
[AS_EDIT: 02:31 AM]
[AS_EDIT_3870-09]
ユンジェは思考の渦に飲み込まれ、絶句した。
「3870-09……?」
このUSBは単なる記憶装置ではなかった。
これはAS内部サーバーと直結した『リモート文書』だったのだ。
一文を綴るたび、誰かが同じ画面を共有し、即座に「上書き」している。
ユンジェは、ようやく理解し始めた。この「工場」の恐ろしさを。
【午前4時00分】
再びファイル構造を確認すると、見慣れぬ新しいフォルダが生成されていた。
[参照_文書]
数分前までは存在しなかったフォルダだ。中には三つのファイルが格納されていた。
[2015_キム・ミンホ_産業機密流出.pdf]
[2017_パク・ソヒョン_特許侵害.pdf]
[2019_イ・ジュニョク_営業秘密流出.pdf]
「これは……」
彼は最初のファイルを開いた。
『二〇一五年 キム・ミンホ事件』
大企業C社の研究員、キム・ミンホ。競合他社への機密流出の疑い。
証拠パターン:
メール記録
USBコピーログ
通話履歴
結果:
一審無罪 → 二審有罪
二〇一六年三月 自殺
ユンジェは生唾を飲み込んだ。
「イ・ソジュンさんの事件と、パターンが酷似している……」
二つ目のファイル:
『二〇一七年 パク・ソヒョン事件』
特許侵害の疑い。証拠は「完璧すぎ」。捏造が疑われるパターン。
結果:
不起訴 → 民事訴訟三年
二〇一八年 失踪
「これもか……」
三つ目のファイル:
『二〇一九年 イ・ジュニョク事件』
現在進行中。一審、民事併行。
そして、すべての事件の末尾に、共通の符号が記されていた。
[処理コード:AS-3870-15]
[処理コード:AS-3870-27]
[処理コード:AS-3870-43]
ユンジェの指先が、微かに震えた。
「すべてに共通の数字『3870』が含まれている!」
二〇一四年 イ・ソジュン。
二〇一五年 キム・ミンホ。
二〇一七年 パク・ソヒョン。
二〇一九年 イ・ジュニョク。
すべて同じ方式。捏造された証拠。執拗な民事訴訟による圧殺。
そして、AS-3870。
「これは単なる事件番号じゃない」
「シリアルナンバー……管理番号なのか?」
三千八百七十件の事件。
三千八百七十人の、奪われた人生。
ユンジェは背筋が凍りつくのを感じた。
「イ・ソジュンは……その巨大なリストの中の一人に過ぎなかったのか?」
【午前4時18分】
画面が再び点滅した。ピコン――。
[コラボレーションモードが有効になりました]
[作業進捗率:62%]
[担当者:A-73 / 監視者:3870-09]
「コラボレーションだと……?」
ユンジェが入力すると同時に、3870-09が上書きを繰り返す。
リアルタイムの共同作業。
だがそれは『協力』などではなく、事実上の「強制執行」だった。
【午前4時25分】
ユンジェは、抗うように文章を書き殴った。
『被告人は事件の全過程において――』
突如、文章が消える。そして、自動的に文字が躍る。
『被告人は事件の全過程において、故意かつ主導的な役割を果たしており――』
右側に、チャットの吹き出しが現れた。
[3870-09:文章の調整が完了しました]
[3870-09:目的に沿った正確な表現に修正済みです]
ユンジェは手の震えを抑えながら、コメントを残した。
『お前は、誰だ?』
しばらくして、返信が届いた。
[3870-09:私はAS-3870プロジェクトの、作成担当です]
『3870とは何だ?』
静寂――。
[3870-09:規定により、A-73様には開示されません]
規定。
人間ではなく、システムそのものがタイピングしているような、冷酷な質感。
これは会社ではない。機械のように運営される、巨大な構築物だ。
ユンジェは、最後の問いを投げた。
『AS-3870。この数字の意味は何だ?』
十秒。
二十秒。
三十秒。
[3870-09:A-73様]
[3870-09:あなたもまた、その数字の中に含まれています]
「……どういう意味だ?」
画面が、一方的に消えた。
[コラボレーションモード終了]
ユンジェは暗闇の中で呟いた。
「俺も3870の中にいる……?」
それは、作家ではなく『管理対象』だという意味か。
管理、監視……あるいは、削除。
【午前4時35分】
ノートパソコンが再び起動した。
そして、作業フォルダに自動生成された一つのファイルが、嘲笑うように表示された。
[A-73_Profile_Log.enc]
プロフィール・ログ。
ファイル名を見た瞬間、心臓の鼓動が冷たくなった。
組織は、俺が綴る文章だけでなく、俺自身のすべてを記録していたのだ。
暗号入力画面の下に、プレビューの最初の数行が見えた。
[A-73 プロフィール分析]
生成日:2019.03.19
最終更新:2019.03.23 04:32
作業速度:中上
論理構成力:上
感情コントロール:下
組織順応度:中下
リスク可能性:中
――継続的な観察が必要。
ユンジェはモニターの前で、石のように固まった。
組織は既に、俺という人間を「定義」し終えていたのだ。
A-73。
組織は俺を『不確定要素』であると結論づけたようだった。
そして、その判断が導き出す結末は――。
【次話予告】
午前五時。
ユンジェのノートパソコンに、最後通牒とも取れる通知が届く。
「A-73様の作業パターンが内部基準を逸脱しています。再教育プログラムへの参加を推奨します」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
自分の書いた文字が勝手に書き換えられていく恐怖……。
さらに、自分自身も「3870」というリストの一部だったという衝撃の事実。
ユンジェに突きつけられた「リスク:中」という評価。
果たして「再教育プログラム」とは何を意味するのでしょうか?
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