第48話. システムの最期
絶対的な城塞だと思っていた「システム」が、内側から崩壊を始めます。
窒素ガスが充満する死の部屋から生還したハン・ユンジェ。
彼が解き放った「真実」という名のウイルスは、またたく間に大韓民国の全ネットワークを感染させ、巨大な嘘を焼き尽くしていきます。
ついに向き合った、設計者キム・ソンシクと執行者ハン・ユンジェ。
怪物の終焉と、新たな時代の産声が響く第48話をお届けします。
[D-65 / 12:30:00 ― 江南『ノブレス』シルバータウン地下サーバー室]
意識の端っこで、非現実的な音が聞こえてきた。
「シューシュー」と鳴り響く窒素ガスの騒音の間から、重厚な装甲扉が歪む轟音が割り込んだ瞬間、ハン・ユンジェの視界は白く点滅し、闇と光の境界を彷徨っていた。
彼の肺はもはや空気を受け付けず、酸素を失った血液が脳を叩き、意識は沈み込んでいった。
(ここまでか……。)
その時、誰かがユンジェの胸ぐらを荒々しく掴み上げ、ガラスが割れる鈍い音と共に、冷たい何かが鼻と口を覆った。
酸素が注入されていた。
肺胞を突き刺すような純度の高い酸素が、気道の奥深くまで注ぎ込まれる。
「ハン検事! しっかりしてください!」
誰かがユンジェの頬を強く叩いた。一度、二度。
その痛みが意識を引き戻すと、ユンジェは目を開けた。ガスマスクを被った男が彼を見下ろしていた。
キム・ソンシクが統制していた保安チームの黒いユニフォーム。
だが、その胸のネームプレートには「Park J.H.」とあった。
B-07が3日前に巨額の報酬を提示して抱き込んだ、内部協力者だった。
「モニター……モニターを……」
本能的に手を伸ばしたモニター画面には、緑色の文字が鮮明に浮かんでいた。
[DISTRIBUTION COMPLETE: 100%]
[ACTIVE PEERS: 12,480+]
[SOURCE CODE: PUBLIC DOMAIN]
「終わった……」
ユンジェの枯れた声が酸素マスクの中で響いた。
このデータはすでに大韓民国を越え、全世界12,000以上のノードへと散らばった。
今、キム・ソンシクがサーバーを丸ごと爆破したとしても、トレントネットワークのように分散されたこの情報は、誰かのスマートフォンで、誰かのPCで、絶え間なく複製され、共有され続けるだろう。
ふらつきながら立ち上がるユンジェを男が支えようとしたが、その手を荒々しく振り払った。
そして、サーバー本体に刺さった銀色のマスターキーを引き抜き、ポケットにねじ込んだ。
「まだ……清算すべきことが残っています」
シルバータウンの外へ出たユンジェの目の前に広がるソウルは、奇妙な静寂に包まれていた。
正午を過ぎた江南の大通りには車が止まり、運転手たちは車から降りて空を見上げていた。
江南駅交差点の大型電光掲示板。
普段なら華やかなブランド広告が流れるその画面には、テキストコードが滝のように降り注いでいた。
VIP 3,000人の実名と共に、彼らが受け取った賄賂の額、隠密な私生活の録音データがリアルタイムでスクロールされていた。
その瞬間、通りかかった市民たちが一人、また一人と足を止め、スマートフォンを取り出した人々は、同じ情報がSNS全体を埋め尽くしているのを発見した。
[瑞草洞 大検察庁3階 特捜部]
捜査官15人が、それぞれのモニターの前で硬直していた。
誰かが匿名で配布した「プロバイダー内部機密」ファイルが彼らのPCに自動ダウンロードされ、ファイルを開いた瞬間、20年間隠されてきた殺人教唆の録音データと裏金の流出図が目の前に広がった。
一人の捜査官が震える手で上司に電話をかけた。
「部長……これ、本物ですか?」
[汝矣島 国会議員会館7階]
ある議員室では、文書シュレッダーが耳を裂くような音を立てて回っていた。
補佐官たちが書類を狂ったように放り込んでいたが、すでに遅かった。
彼らが裁断している紙の中の情報は、すべてデジタルで複製され、数万人の手に渡った後だった。
[駅三洞 AS本社3階 編集部]
職員22人がコンピュータを切り、鞄を持って建物を後にしていた。誰一人として後ろを振り返る者はいなかった。
「AS」という名の巨大な監獄が解体される音が、街中に響き渡っていた。
[キム・ソンシクの南山執務室]
部屋の中には、沈香の香りの代わりに冷ややかな静寂だけが漂っていた。キム・ソンシクはデスク越しに窓の外のソウル市内を無心に眺めていた。
数多くの電光掲示板が自らの醜聞を暴露しているにもかかわらず、彼はまるで他人事のように平穏に見えた。
「来たか。ハン検事」
顔を向けないまま茶碗をいじる彼の手は、もはや震えていなかった。
「自分が何をしたか分かっているのか?」
キム・ソンシクがようやく体を巡らせた。
彼の目には憎しみではなく、冷たい失望が宿っていた。
「君は秩序を破壊した。この狭く資源のない国で、あの愚かな大衆を統制するシステムが消えたら、どうなると思う? これからこの国は、互いを噛み合う地獄になるだろう」
キム・ソンシクが指先で窓の外を指しながら言葉を継いだ。
「私が作ったのは監獄ではなかった。『必須不可欠なオペレーティングシステム』だったのだ。だというのに、君はそのシステムを消去してしまった。もうこの国は、起動すらできない鉄屑の山になる」
ユンジェは血の付いたシャツの袖をまくり上げ、キム・ソンシクの前に立って、低く冷たい声で答えた。
「委員長が言っていた秩序とは『飼育』だったのでしょう」
「あんたの口に合う奴らだけを選んで育て、残りは屠殺するシステム。カオスだと? ……いいえ。ようやくこの国が『自律走行』を始めたのです。あんたという故障したブレーキを取り外してね」
その瞬間、キム・ソンシクが頷きながらユンジェを真っ向から見据えた。彼の目には奇妙な貪欲さが宿っていた。
キム・ソンシクは席から立ち上がり、ユンジェに近づいた。
「ハン検事。君のその天才的な設計能力……惜しいとは思わないか? このデータが漏れた以上、いっそ私と手を組んで、この混乱を収拾する『新たな秩序』を作ってみないか」
キム・ソンシクが手を差し出した。
「君なら、私が成し得なかった完璧な世界を設計できる。チョン・ウジンが望んだ正義、ここで君の手で直接執行するがいい。システムを破壊する代わりに、システムを再設計するのだ」
ユンジェはキム・ソンシクの手を無視し、懐から一通の古びた書類封筒を取り出してテーブルの上に投げ出した。茶碗の横に落ち、鈍い音が響いた。
「これはチョン・ウジンが死に際に残した証拠と、俺が準備した清算書です」
「殺人教唆12件。国家保安法違反48件。資本市場法違反82件。罪状だけで140を超えていましたよ」
キム・ソンシクはテーブルの上の書類を無味乾燥に広げ、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「法か……」
キム・ソンシクが首を振った。
「君は相変わらず、そんな軟弱な紙切れにしがみついているのだな。全国民が私の醜聞を知っている今、こんな記録に何の意味がある?」
「意味はあります」
ユンジェがキム・ソンシクの目を真っ直ぐに見据えた。
「あんたは伝説的な設計者として記憶されることはない。今日からあんたは、大韓民国の法典の一ページに記録される醜悪な犯罪者として、標本にされるのだから」
ユンジェが一歩踏み出した。
「死んで幽霊になるのではなく、生きて罪を償う『人間』になれと言っているのです。それこそがあんたが最も恐れている『平凡な敗北』ではないですか?」
余裕のあったキム・ソンシクの表情が崩れ始め、再び手を震わせながら後ずさりした。彼の甲が茶碗に当たり、床に落ちて粉々に砕け散った。
「ガシャンッ――」
今、彼の帝国が壊れようとしていた。
その時、廊下の遠くからサイレンの音が聞こえてきた。捜査官たちの靴の踵が床を叩く正確なリズムが、だんだんと近づいてきた。
それはもはやキム・ソンシクの猟犬ではなく、真の法を執行しに来た者たちの足音だった。
扉が開き、捜査官5人が令状を持って入ってきた。
「キム・ソンシク氏、殺人教唆および国家保安法違反の容疑で緊急逮捕します」
冷たい手錠がキム・ソンシクの手首にかけられ、金属が肉を噛む音が静寂を切り裂いた。
キム・ソンシクはユンジェに向かって最後の一言を残し、引きずられていった。
「君も結局……私が作ったシステムの一部だったに過ぎない」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ついに帝国の設計者、キム・ソンシクが崩れ落ちました。
自らを「オペレーティングシステム」と称し、秩序という名で人々を飼い慣らそうとした怪物。彼に突きつけられたのは、派手な復讐劇ではなく、法に記録されるという「平凡な敗北」でした。
しかし、去り際に彼が残した言葉が気にかかります。
「君もシステムの一部だ」という言葉。それは呪いなのか、それとも抗えない真理なのか。
次回、最終回。
エピローグ:3871番目の論文。
戦いを終えたユンジェと、彼が守り抜いた人々。そして、システムが消えた後の世界。
明日午前7時、物語の完結をお届けします




